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19、あなたに花束を
しおりを挟む「アル、無事かー!」
また扉がバンッと開いて、今度はリュリュが飛び込んできた。
「イェッセ様!」
続けてイェッセの側近のヤミと護衛のニコ。会場内を見渡し、悄気げたイェッセと明らかに加護が爆発したとわかる花を抱えたネイリッカと側にいるアルヴィを見て一瞬立ち止まり、何があったのか悟った途端イェッセの元へ駆けてゆく。
「カティヤ様ー! あっ、ネイリッカ」
最後に飛び込んできたのはサッラで、ネイリッカは驚きと喜びですぐさま駆け寄った。二人は手を取り合って再会を喜ぶ。
「サッラ、お元気そうでなによりです! ですが、どうしてこんな所に?!」
「ネイリッカも元気そうでよかった! 私はカティヤ様のお供なの。ほら、今回は隠密行動ってことで、カティヤ様がメッツァのお屋敷にいるふりしなきゃいけないから、乳母さん達は若君様とお留守番なのね。アルのお父さんとお母さんもヤルヴィとメッツァの管理で来れなくて。それで私がお手伝いについてきたの。エンシオ兄ちゃんの荷馬車で来たから兄ちゃんも街で待機してるんだよ!」
会いたかったヤルヴィの人達の顔を見て名前を聞いて、ネイリッカの目に涙が滲む。それに気がついたサッラは、ネイリッカにハンカチを渡しながら頭の天辺からつま先まで眺めて顔をしかめた。
「キラキラと派手ね、ネイリッカ。あなたはいつもの綿の服が一番似合ってると思うわ。アルも前髪切ってそんな王子様みたいな服着てすましちゃって、変!」
側で会話を聞いていたリュリュが妹の失礼な言葉に慌ててフォローに入る。
「確かにアルの服は見ていて落ち着かねえけど、前髪はさっぱりして俺はいいと思うぜ。それに、ネイリッカは街で売ってるお人形みたいできれいだぞ」
それは褒め言葉なの? と我が兄のネイリッカへの賛辞に困惑するサッラ。懐かしいやり取りにネイリッカはアルヴィと顔を見合わせて笑った。
「そうですね、私もお人形はやめていつもの服に戻りたいです」
「僕も落ち着かないや。ところで、リュリュはどうやって牢から出てきたの?」
「ああ、カティヤ様の命令であの王子様の護衛のおっさんが牢の鍵を開けてサッラの所へ連れてきてくれたんだ」
「牢?!」
驚くネイリッカにアルヴィが簡単に経過を説明したところ、目を丸くして聞いていたネイリッカの目が段々とつり上がっていった。そして、聞き終わると同時に胸の前に抱えていた茜色の花束を布袋ごとサッラへ預け、カティヤに説教されているイェッセの所へドレスを絡げて走って行き、そのままの勢いで大きく腕を振りかぶって平手打ちを食らわせた。
バッチーーン
派手な音がして周囲が静まり返った。会は終わりとばかりに出ていこうとしていた令嬢達も何事かと足を止めてそちらを見ている。
ネイリッカのあまりの勢いに、イェッセは打たれた頬を押さえて呆然と立ち尽くし、いつもなら不敬だ、と怒鳴り散らすはずのヤミですら目を見開いて固まっている。
「もう許せません! イェッセ、私は貴方に逆らわず言うことを聞いていたのに、よくも私の大事な人達を牢に入れてくれましたね!」
イェッセは打たれた頬を押さえて呆然とネイリッカを見下ろした。彼女は見たことのないほど怒っており、その目はつり上がったままで、まだまだ怒りが燃え滾っているようだった。こんな形で怒りをぶつけられたことがなかった彼は初めて彼女に恐怖を覚え、慌てて言い訳をした。
「だって、彼らは使者に暴力を振るったんだ」
「そんなの、貴方がしたことを思えば当然でしょう?! だから貴方が唆したも同然です。何故、そこまでして私を『表の花嫁』にしたかったのですか?!」
ネイリッカが言い終わらぬうちに、その場の全員が呆気にとられて彼女を見た。
えっ?! まさか、この人はイェッセ殿下の気持ちを分かってないの?
鬼の形相のネイリッカに睨みつけられている彼へ、ちょっぴり同情票が集まった。そんな周囲の様子が目に入らぬまま、イェッセは遂にネイリッカへぶちまけた。
「それは、君が好きだからだよ! なのに君は国に決められた男なんかとさっさと仲良くなっててさ・・・酷いよ」
「・・・え? そんなの初めて聞きましたよ・・・?」
とんでもなく想定外なことをいわれたという顔になって動きを止めたネイリッカを目の当たりにして、イェッセは傷ついた表情になった。
「あらあらイェッセ様、今初めて伝えたなんて大問題ね。自分が傷つきたくないばかりに一番大事なことを言わないでネイリッカを強引にアルヴィから引き離したなんて最低だわ」
隣に居たカティヤが心底呆れ果てた声でイェッセの傷口に塩と唐辛子をすり込む。とことん不貞腐れたイェッセは口をとがらせた。
「普通、気づくよね?」
「何を言っているの? 察してもらうことを当たり前だなんて思わないで。『好き』というのはとても大事な気持ちなの。彼女を王都に連れて行く時に言うべきだったのに言わず、ネイリッカのアルヴィへの気持ちを知っていたのにそれを踏み躙り、貴方のやったことはチグハグで酷すぎるわ」
カティヤにバッサリと切られたイェッセは、目を彷徨わせて項垂れた。
「・・・アルヴィから離して、私の側におけばネイリッカの気持ちが変わると思ったんだ」
「そんなことでネイリッカの気持ちは変わらなかったでしょ。貴方は自分を変えるべきだったのよ」
「幼い頃からずっと好きだったんだ。そんなの出来ないよ」
「そういうときは相手の幸せを祈るのが、本当の愛らしいですよ? ああ、イェッセ様はネイリッカの能力だけが欲しかったんでしたっけ」
カティヤの横からニョキッと生えてポソリと告げたサッラの言葉にイェッセは苦しそうに、そうじゃないんだ、とだけ呟いて目を閉じた。
「ねえ、イェッセ様。私は貴方がネイリッカを好きだと知っていても貴方の妻になったのは、顔と権力が理由だと言ったけれど・・・本当は貴方を愛していたからよ」
今回のことに関してはやり過ぎだと思っているけどまだ愛はあるわ、と付け足したカティヤの穏やかな声にイェッセは目を見開いて彼女を凝視した。それから泣いているような笑顔になって片手で目を覆った。
「僕は幼いネイリッカが一生懸命加護の訓練をしているところに惹かれたはずなのに・・・いつの間にかその能力ごと自分のものにしたくなってしまっていたんだ。結果、愛する人の幸せを壊してしまった。そして、僕を愛してくれる人にも酷い態度をとってしまっていた。カティヤ、今まですまなかった。ネイリッカ、アルヴィ、酷いことして本当に申し訳なかった。もう二度と君達に手は出さないと約束する。私は君達の幸せを願えるようになりたい」
顔を上げて許しを請うたイェッセに、ネイリッカは側に来たアルヴィと顔を見合わせた。ネイリッカは眉間にシワを寄せて考えていたが、アルヴィに守られるように肩を抱かれてゆっくりと口を開いた。
「・・・私、貴方がしたことでとても辛い思いをしました。それを忘れることはできません。だけど、変わるというのなら様子を見させてもらいます。だけど、先にリュリュにも謝ってください」
頷いたイェッセが『王子に謝られるのは落ち着かない』と慌てるリュリュの元へ向かうのを見送ったサッラが、ニヤリと笑ってネイリッカから預かった茜色の花束をアルヴィに渡した。いつの間にか根の部分が切られ、サッラの髪を結んでいたリボンでまとめられている。
「はい! アル、これをどうぞ」
「あ、私が持ちますよ」
「ダメよ、これはアルにとってとっても大事な花束なんだから」
どういうことですか? と首を傾げるネイリッカとカティヤにアルヴィが顔を赤くしてコホンと一つ咳払いをした。
「ええと、この花は染料になりまして、うちの村の花嫁衣装はこの花と同じ茜色なのです」
「では、アルにもらった種は花嫁衣装に使われるお花だったのですか」
「あらあら、ということは」
カティヤの言葉に押され、アルヴィは真っ赤な顔でネイリッカに花束を差し出した。
「本当はうちの庭で二人で種から育てて、花が咲いたら言うつもりだったんだけど。ネイリッカ! これで染めたドレスを着て僕の花嫁になってください!」
ハッとしたネイリッカの顔にみるみるうちに笑顔が広がっていく。
「はい! 私はヴィーの花嫁になりたいです!」
大きな声で応えたネイリッカは思いっきり地を蹴ってアルヴィの首に飛びついた。
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