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18、あなたを想う
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「な、何を言う?!」
しん、と静まり返った会場にイェッセの動転した声が響いた。
「ネイリッカは私と結婚しているんだよ?! ダメに決まっているじゃないか!」
「何故です? イェッセ殿下が先に僕の妻のネイリッカを奪ったのでしょう? 僕が同じことをして何が駄目なのです?」
慌てるイェッセへアルヴィは痛烈に切り返した。イェッセを見るアルヴィの目は冷たく凝っていて、ネイリッカはその初めて見る表情に彼の怒りの深さを感じた。
「それに、イェッセ殿下が『誰でもよい』『遠慮はいらない』と仰ったのですよ? 貴方なんて騙すようにしてネイリッカを王都へ連れ去り無理やり僕らを離婚させた。王になろうというお方のする所業とは思えませんね」
アルヴィは淡々と話しながらイェッセに向かって一歩、踏み込んだ。知らず、イェッセの身体が後ろへ下がる。
「そ、れは、・・・ヤルヴィのような小さな土地にネイリッカの能力はもったいないと思ったからだ」
「それは国王陛下がお決めになったことが間違っていたということですか?」
「そうではない。ネイリッカがあれほどの『加護』を持っていると誰も知らなかった。陛下の采配のおかげでヤルヴィは豊かになっただろう? もうネイリッカがいなくても大丈夫じゃないか」
「だからといって、苗を移植するように簡単に離婚させて次へ回すなんて、人に対する扱いじゃないですよ。貴方がたは『空読み姫』を自分達の所有物だと思ってませんか?」
「そんなことは思ってない! ・・・ただ、秀でた能力は国の為に最大限使うべきだ」
「その考えが既に『空読み姫』を物だと思っているって言ってるんですよ」
「そんなことは、」
「ありまーす!」
バッターンと扉が開くと同時に明るい大声が会場に響き渡った。その場の人々の視線がそちらへ集中する。
そこには、この場の誰よりも高価なドレスをまとい、波打つ小麦色の髪をはためかせたふくよかな女性が茶の目をカッと見開いて立っていた。
「カティヤ様!」
「カティヤ?!」
ネイリッカとイェッセが驚いて名を呼ぶ。カティヤはネイリッカへニコッと笑いかけると腰に手を当て、会場内を睥睨しイェッセに向かって声を張り上げた。
「イェッセ様、お久しぶりね。ネイリッカを『表の花嫁』にすると聞いて駆け付けたのよ。だって、そういうお話は妻の私抜きで決めるものじゃないでしょ?」
その通りですね、と頭を縦に振るネイリッカの横でイェッセは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「何を言う、もう決まったことで結婚済だ」
「いいえ。イェッセ様以外、誰も喜ばず受け入れられないこの結婚は白紙に戻します」
「何を言っている? そんなこと出来る訳がないだろう」
ニッコリと顔だけで笑ったカティヤは大きな歩幅でイェッセの前までやってくると、パッと持っていた紙を広げて彼の眼の前に突きつけた。イェッセは眉間にシワを寄せてその文字を辿り、青ざめた。
「これは、これは一体どういうことだ」
横から覗き込んだネイリッカも目を大きく見開いて、その文書とカティヤを交互に眺める。ヒョイと首を伸ばしたアルヴィは、内容を理解した途端、嬉しそうな声を上げた。
「『表の花嫁』制度の廃止と『空読み姫』の学校設立、両方とも許可されたのですね」
「ええ、貴方がた父子には陛下との手紙のやりとりなど協力してもらえて助かったわ。ずっと水面下で義父である国王陛下に働きかけていたけど、なかなか進展しなくって。出産を機に仮病を使ってメッツァに引き籠もって新たなる『空読み姫』制度を色々立案して、さっきオリヴェル殿から教えてもらった通りダメ押しで孫に会えなくなってもいいのですか? と尋ねたらあっさり許可が出たわ」
やれやれというように肩を竦めて笑うカティヤにイェッセが目を吊り上げた。
「いきなりどういうつもりだ」
その言葉に片眉を上げて腕を組んだカティヤは、イェッセを見上げてきっぱりと言った。
「いきなりじゃないわ。私はこの国に嫁いできて『空読み姫』のことを知ってから、ずっとモヤモヤしてたの。ネイリッカと仲良くなって彼女のことを色々教えてもらう度にそれは大きくなって、どうしても我慢出来なくなったからアルヴィ達にこっそり協力を頼んだの」
遅くなってごめんなさいね、と頭を下げたカティヤへネイリッカは首を大きく横に振って震える声で問いかけた。
「これはもう効力をもっているのですか? もし、そうなら・・・」
カティヤは得意気に胸を反らせて高らかに宣言した。
「先程、国王陛下は『空読み姫』について、今後十三歳まで親元で養育し、その後新設の学校へ入学することに決められました。そして、彼女達は卒業後『空読み姫』として国に雇われる形となりますので『表の花嫁』制度は廃止。結婚するしないも相手も自由です!」
「既に『表の花嫁』となっている人はどうなるのですか?」
恐る恐る尋ねたネイリッカへ、カティヤは含みのある笑みを向けた。
「一度、全ての婚姻関係は破棄されるけれど、希望すればそのまま『表の花嫁』でいることも出来るわ」
瞬時にブンブンと大きく首を横に振ってそれを拒否したネイリッカに、イェッセが唇を噛んだ。
「なんで、そんなことを・・・」
動揺を隠せないイェッセをカティヤは憐れみの表情を浮かべて見上げた。
「私、思ったのよ。もし、自分の子供が『空読み姫』だったらどうなるのかしらって。生まれたらすぐに国に取り上げられて二度と会えないなんて辛すぎるし、国の命令で愛されない『表の花嫁』にされるなんて全くもって受け入れられない」
そこまで言ったカティヤはくしゃりと顔を歪ませた。
「幼い恋の妄執に囚われて、生まれた我が子の顔を見にも来ない人にはわからないでしょうね。だから、貴方には黙ってこの制度を変えようと決めたの」
「そんな、妄執なんかじゃ・・・それに君は」
「ええそうね、私は貴方の顔と地位で、貴方は私が子を産むということで結婚を決めたわ。そのことに不満はない。けれども、これは私のことじゃなくてこれから生まれてくるこの国の子ども達のためなのよ」
そんな、とガクリとその場に膝を折ったイェッセはキッとネイリッカとアルヴィを睨みつけて叫んだ。
「ネイリッカは『加護』を失ってるぞ! 地を富ませる事が出来ないただの人間に成り下がったんだ。お前はそれでも結婚するのか?!」
自暴自棄になって秘密を暴露したイェッセは、どうだと言わんばかりに二人を見た。失念していた自分の状態をバラされて、真っ青になって震え始めたネイリッカにイェッセは満足したが、アルヴィは冷たい視線をイェッセに向けているだけだった。
「何も思わないのか・・・?」
思わず確認すると、アルヴィはハッとしてネイリッカの顔を覗き込んだ。
「リッカ、病気なの?! どこか痛い? 熱はない?」
予想外の反応にイェッセとネイリッカは目を丸くする。ネイリッカがフルフルと首を横に振って身体は元気です、と呟くとアルヴィは安堵の笑みを浮かべた。
「よかった! リッカ、『加護』なくなっちゃったの? じゃ、僕らと同じだね。ヤルヴィに戻ったら、一緒にあの花の種を植えよう。大丈夫だよ、リッカ。加護なんてなくっても、僕達にはこの両手がある。土を耕し種をまいて肥料をやれば、作物は大きく育つ」
アルヴィの言葉で、ネイリッカの目から涙があふれ出した。
「私が『空読み姫』じゃなくても、ただのネイリッカでも、ヴィーの花嫁になれますか?」
「もちろん! 僕は『空読み姫』を愛したんじゃない、ネイリッカという名の女の子を愛してるんだもの」
「ヴィー、ありがとう!」
ネイリッカはショックで緩んだイェッセの手を振りほどき、嬉しさのあまりぎゅっとアルヴィに抱きついた。アルヴィも力強く抱きしめ返す。
その瞬間、城が揺れた。
突き上げるようなその振動に、その場の人々は悲鳴を上げ床に伏せる。
「何事だ?!」
敵襲か、テロか?! と身を屈めていたイェッセの目の前で、ネイリッカの胸元からニョキニョキと緑の茎が伸びていきポポンと優しい茜色の花が咲いた。
ネイリッカも驚いて、首に掛けていた紐を手繰り寄せる。その先についていた布袋の中の種からそれぞれ芽が出てぐいーんと伸びて花を咲かせていた。
「あ、ヴィーにもらった花の種が・・・」
「土に植える前に咲いちゃったね」
喋っている間にも袋の中の種が次々と芽を出し伸びて花を咲かせ、ネイリッカの手の中に茜色の花束が出来上がっていく。
それを見ればネイリッカに『加護』が戻ってきたことは明白で、それならこの地響きの正体もなんとなく知れた。
危険はないとノソノソと起き上がったイェッセが心底悔しそうに床を蹴りつける。
「なんでだよ・・・なんで、私ではだめだったんだ」
「自分だけを満たすための愛と、相手を思いやる愛の違いでしょうねえ」
頬に手を当てニコニコと答えたカティヤの言葉にイェッセはついに涙をこぼした。
しん、と静まり返った会場にイェッセの動転した声が響いた。
「ネイリッカは私と結婚しているんだよ?! ダメに決まっているじゃないか!」
「何故です? イェッセ殿下が先に僕の妻のネイリッカを奪ったのでしょう? 僕が同じことをして何が駄目なのです?」
慌てるイェッセへアルヴィは痛烈に切り返した。イェッセを見るアルヴィの目は冷たく凝っていて、ネイリッカはその初めて見る表情に彼の怒りの深さを感じた。
「それに、イェッセ殿下が『誰でもよい』『遠慮はいらない』と仰ったのですよ? 貴方なんて騙すようにしてネイリッカを王都へ連れ去り無理やり僕らを離婚させた。王になろうというお方のする所業とは思えませんね」
アルヴィは淡々と話しながらイェッセに向かって一歩、踏み込んだ。知らず、イェッセの身体が後ろへ下がる。
「そ、れは、・・・ヤルヴィのような小さな土地にネイリッカの能力はもったいないと思ったからだ」
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「だからといって、苗を移植するように簡単に離婚させて次へ回すなんて、人に対する扱いじゃないですよ。貴方がたは『空読み姫』を自分達の所有物だと思ってませんか?」
「そんなことは思ってない! ・・・ただ、秀でた能力は国の為に最大限使うべきだ」
「その考えが既に『空読み姫』を物だと思っているって言ってるんですよ」
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「ありまーす!」
バッターンと扉が開くと同時に明るい大声が会場に響き渡った。その場の人々の視線がそちらへ集中する。
そこには、この場の誰よりも高価なドレスをまとい、波打つ小麦色の髪をはためかせたふくよかな女性が茶の目をカッと見開いて立っていた。
「カティヤ様!」
「カティヤ?!」
ネイリッカとイェッセが驚いて名を呼ぶ。カティヤはネイリッカへニコッと笑いかけると腰に手を当て、会場内を睥睨しイェッセに向かって声を張り上げた。
「イェッセ様、お久しぶりね。ネイリッカを『表の花嫁』にすると聞いて駆け付けたのよ。だって、そういうお話は妻の私抜きで決めるものじゃないでしょ?」
その通りですね、と頭を縦に振るネイリッカの横でイェッセは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「何を言う、もう決まったことで結婚済だ」
「いいえ。イェッセ様以外、誰も喜ばず受け入れられないこの結婚は白紙に戻します」
「何を言っている? そんなこと出来る訳がないだろう」
ニッコリと顔だけで笑ったカティヤは大きな歩幅でイェッセの前までやってくると、パッと持っていた紙を広げて彼の眼の前に突きつけた。イェッセは眉間にシワを寄せてその文字を辿り、青ざめた。
「これは、これは一体どういうことだ」
横から覗き込んだネイリッカも目を大きく見開いて、その文書とカティヤを交互に眺める。ヒョイと首を伸ばしたアルヴィは、内容を理解した途端、嬉しそうな声を上げた。
「『表の花嫁』制度の廃止と『空読み姫』の学校設立、両方とも許可されたのですね」
「ええ、貴方がた父子には陛下との手紙のやりとりなど協力してもらえて助かったわ。ずっと水面下で義父である国王陛下に働きかけていたけど、なかなか進展しなくって。出産を機に仮病を使ってメッツァに引き籠もって新たなる『空読み姫』制度を色々立案して、さっきオリヴェル殿から教えてもらった通りダメ押しで孫に会えなくなってもいいのですか? と尋ねたらあっさり許可が出たわ」
やれやれというように肩を竦めて笑うカティヤにイェッセが目を吊り上げた。
「いきなりどういうつもりだ」
その言葉に片眉を上げて腕を組んだカティヤは、イェッセを見上げてきっぱりと言った。
「いきなりじゃないわ。私はこの国に嫁いできて『空読み姫』のことを知ってから、ずっとモヤモヤしてたの。ネイリッカと仲良くなって彼女のことを色々教えてもらう度にそれは大きくなって、どうしても我慢出来なくなったからアルヴィ達にこっそり協力を頼んだの」
遅くなってごめんなさいね、と頭を下げたカティヤへネイリッカは首を大きく横に振って震える声で問いかけた。
「これはもう効力をもっているのですか? もし、そうなら・・・」
カティヤは得意気に胸を反らせて高らかに宣言した。
「先程、国王陛下は『空読み姫』について、今後十三歳まで親元で養育し、その後新設の学校へ入学することに決められました。そして、彼女達は卒業後『空読み姫』として国に雇われる形となりますので『表の花嫁』制度は廃止。結婚するしないも相手も自由です!」
「既に『表の花嫁』となっている人はどうなるのですか?」
恐る恐る尋ねたネイリッカへ、カティヤは含みのある笑みを向けた。
「一度、全ての婚姻関係は破棄されるけれど、希望すればそのまま『表の花嫁』でいることも出来るわ」
瞬時にブンブンと大きく首を横に振ってそれを拒否したネイリッカに、イェッセが唇を噛んだ。
「なんで、そんなことを・・・」
動揺を隠せないイェッセをカティヤは憐れみの表情を浮かべて見上げた。
「私、思ったのよ。もし、自分の子供が『空読み姫』だったらどうなるのかしらって。生まれたらすぐに国に取り上げられて二度と会えないなんて辛すぎるし、国の命令で愛されない『表の花嫁』にされるなんて全くもって受け入れられない」
そこまで言ったカティヤはくしゃりと顔を歪ませた。
「幼い恋の妄執に囚われて、生まれた我が子の顔を見にも来ない人にはわからないでしょうね。だから、貴方には黙ってこの制度を変えようと決めたの」
「そんな、妄執なんかじゃ・・・それに君は」
「ええそうね、私は貴方の顔と地位で、貴方は私が子を産むということで結婚を決めたわ。そのことに不満はない。けれども、これは私のことじゃなくてこれから生まれてくるこの国の子ども達のためなのよ」
そんな、とガクリとその場に膝を折ったイェッセはキッとネイリッカとアルヴィを睨みつけて叫んだ。
「ネイリッカは『加護』を失ってるぞ! 地を富ませる事が出来ないただの人間に成り下がったんだ。お前はそれでも結婚するのか?!」
自暴自棄になって秘密を暴露したイェッセは、どうだと言わんばかりに二人を見た。失念していた自分の状態をバラされて、真っ青になって震え始めたネイリッカにイェッセは満足したが、アルヴィは冷たい視線をイェッセに向けているだけだった。
「何も思わないのか・・・?」
思わず確認すると、アルヴィはハッとしてネイリッカの顔を覗き込んだ。
「リッカ、病気なの?! どこか痛い? 熱はない?」
予想外の反応にイェッセとネイリッカは目を丸くする。ネイリッカがフルフルと首を横に振って身体は元気です、と呟くとアルヴィは安堵の笑みを浮かべた。
「よかった! リッカ、『加護』なくなっちゃったの? じゃ、僕らと同じだね。ヤルヴィに戻ったら、一緒にあの花の種を植えよう。大丈夫だよ、リッカ。加護なんてなくっても、僕達にはこの両手がある。土を耕し種をまいて肥料をやれば、作物は大きく育つ」
アルヴィの言葉で、ネイリッカの目から涙があふれ出した。
「私が『空読み姫』じゃなくても、ただのネイリッカでも、ヴィーの花嫁になれますか?」
「もちろん! 僕は『空読み姫』を愛したんじゃない、ネイリッカという名の女の子を愛してるんだもの」
「ヴィー、ありがとう!」
ネイリッカはショックで緩んだイェッセの手を振りほどき、嬉しさのあまりぎゅっとアルヴィに抱きついた。アルヴィも力強く抱きしめ返す。
その瞬間、城が揺れた。
突き上げるようなその振動に、その場の人々は悲鳴を上げ床に伏せる。
「何事だ?!」
敵襲か、テロか?! と身を屈めていたイェッセの目の前で、ネイリッカの胸元からニョキニョキと緑の茎が伸びていきポポンと優しい茜色の花が咲いた。
ネイリッカも驚いて、首に掛けていた紐を手繰り寄せる。その先についていた布袋の中の種からそれぞれ芽が出てぐいーんと伸びて花を咲かせていた。
「あ、ヴィーにもらった花の種が・・・」
「土に植える前に咲いちゃったね」
喋っている間にも袋の中の種が次々と芽を出し伸びて花を咲かせ、ネイリッカの手の中に茜色の花束が出来上がっていく。
それを見ればネイリッカに『加護』が戻ってきたことは明白で、それならこの地響きの正体もなんとなく知れた。
危険はないとノソノソと起き上がったイェッセが心底悔しそうに床を蹴りつける。
「なんでだよ・・・なんで、私ではだめだったんだ」
「自分だけを満たすための愛と、相手を思いやる愛の違いでしょうねえ」
頬に手を当てニコニコと答えたカティヤの言葉にイェッセはついに涙をこぼした。
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