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17、あなたに伝えたい
しおりを挟む心の底から絶望するとはこういうことか、と土だけの鉢植えを前に膝を抱える。もう、何日経ったかもわからぬほど同じことを繰り返し、その度に落胆してきた。
ヤルヴィではあんなに無自覚に垂れ流されていた『加護』が突然なくなるなんて・・・。
いくら考えても原因は分からず、イェッセは毎日のように力が戻ったか確認の使者を寄越す。始めの方は自ら来ていたが、いつしか代わりの人が来るようになっていた。
どうしよう、私の存在意義がなくなってしまう。きっとヴィーも私が何も出来なくなったと知ったら、私のことを嫌いになっていらないと言うに違いない。
それだけは嫌!
泥のように重たい身体を引きずり起こして植木鉢へもう一度手をかざす。・・・塔で暮らしていた時に教わったように集中して心の奥から『加護』が湧くのを待つ。
額に汗が浮かび頭がガンガンしてくる。なのに、身体のどこからも変化が感じられない。
・・・やっぱりどこにも『加護』の気配がない。私は一体、どうしてしまったのだろう?
やる気が起こるかとアルヴィにもらった花の種を三粒植えたはずの鉢はいつまで経っても土だけしかなくて。呆然とそれを眺めていると、開錠の音がして扉が開いた。
声も掛けずズカズカと入ってきたイェッセの後ろには見慣れない侍女達がついてきている。イェッセは植木鉢を見て口を歪めた。
「なんだ、まだ出来ないのか。まあいい、直ぐに加護も戻ってくるだろう。ネイリッカ、着替えて」
イェッセは早口でそれだけ言うと彼女の返事を待つことなく、控えていた侍女達を促しネイリッカを立たせて浴室へ連行させた。
■■
「ふうん。さすが『空読み姫』だね。着飾ると美しいよ」
表情は最悪だけど、と皮肉げに笑ったイェッセの前には、柔らかな春色のドレスを着せられ華やかに髪を結って宝石を飾り付けられたネイリッカが仏頂面で立っていた。
「イェッセ、これは何なのですか? 貴方はいつも突然で無理やりですね」
ムスッとした顔のままで詰ってくるネイリッカへ、イェッセは満面の笑みを向けた。
「今からいい所へ連れて行ってあげる。面白いものを見せてあげるよ」
イェッセに半ば強制的に手を引かれ連れて行かれたのは城の小広間だった。
今日は内輪のお茶会でもあるのか、ネイリッカと同じように着飾った女の子達がさざめいている。イェッセの姿を認めた人から次々と礼をしていく。
ざっと見る限りネイリッカと同じくらいの年頃の女の子が数人。ネイリッカは急に不安になってきた。
一体これはどういう場なのだろうか? 王家主催の会にしては小規模で若い令嬢しかいない。
こっそりと周囲を窺う彼女へ、イェッセがさも嬉しげに告げる。
「これはね、新しいメッツァの領主の婚約者を決める集まりなんだ。ほら、私は王になるから次の領主を決めたんだけど、その彼は領主になろうというのに婚約者がいなくてね。せっかくだから私がお膳立てしてあげることにしたんだ」
「そのような場に何故、私が出なくてはならないのですか?」
尋ねながらネイリッカの心臓の音が大きく激しくなっていく。
まさか。・・・まさか、そんなことは。
イェッセはネイリッカの疑問に答えず、離れた所で女の子達に取り囲まれていた黒髪の青年に声を投げた。
「やあ、アルヴィ。メッツァの新領主に嫁ぎたいという者が多くてこのような場を設けたのだが、好みの女性はいたかな?」
イェッセの言葉にネイリッカの全身が凍りついた。
嫌な予感が当たってしまった。メッツァの新領主はアルヴィで、これは彼の結婚相手を決めるための場なのだ。道理でネイリッカと同じくらいの年の女の子ばかりで皆精一杯着飾っている。
国で五指に入るほど裕福なメッツァの領主夫人になれば、一生良い暮らしが約束される。そうなれば相手がどこの誰であろうと、元々が庶民であろうと名乗りを上げる女性は一定数いる。そして、皆、野心に燃えており綺麗で可愛い。
・・・ヴィーの将来を思えば、イェッセの言う通り彼に新しいお嫁さんを探してあげることはきっと正しい。だけど、私はヴィーが他の人と婚約するところなんて見たくない!
やっとアルヴィに会えたというのにネイリッカは恐怖で顔を上げられなかった。
・・・私と目があったら、ヴィーはどんな表情をするのだろうか。ここにいるということは彼も新しい結婚相手を受け入れるつもりがあるということだ。そんな場に傍から見れば彼を裏切るようにイェッセの『表の花嫁』となった私が着飾って現れたらいい気分にはならないだろう。
もし、私を見る彼の瞳に負の感情が浮かんでいたら・・・。
そんなネイリッカの気持ちを知ってか知らずかイェッセは明るい声でアルヴィを呼び、ネイリッカの手を掴んだままで話し始めた。
「用意した服が合ったようでよかった。おや、あのむさくるしい前髪は切ったのか。これはまた随分と良い見目になったものだ」
「ええまあ、お城の方に無理やり切られたのですが、カッコよくなりました? ではこの場におられる女性に僕のことを嫌がられずにすみますかね」
「メッツァの領主夫人になれるのだ、誰も断らないだろう」
「それはありがたいですね」
懐かしく大好きな声が聞きたくない話をしている。頭上で交わされる会話にネイリッカの心は押し潰されてぺちゃんこになって涙がこぼれそうだった。
イェッセは青ざめるネイリッカの姿を見て満足していた。
離婚通知を持たせる際に、使者へアルヴィを煽って暴力を振るわせ拘束して城へ連れて来るように言い含めておいた。予定外にもう一人付いてきたが、それも良い方へ使えた。
ネイリッカと離婚させた詫びにメッツァの領主にしてやる、そしてオトモダチを解放したければ今日の会で婚約者を選べと言えば、アルヴィはそんなことで良いならとアッサリ受け入れた。
彼のネイリッカへの想いなど、富と脅しで簡単に潰れる程度だったのだと分かってイェッセは嬉しかった。
元夫のアルヴィが眼の前で自分以外の女性を選べば、さすがのネイリッカも諦めてイェッセの方へ気持ちを戻すだろう。そうすれば消えた『加護』の力も戻ってくるに違いない。
己の花嫁にした途端、『加護』が消えたなどという醜聞は誰にも知られたくなかった。何としてでも彼女に力を取り戻さねば、本来王に必要のない空読み姫をかなり強引に花嫁にしたので周囲から不満が出る。
最悪の場合、力のなくなったネイリッカは『王の空読み姫』の座を追われ城から追放されてしまう。それでは今までやってきたことが全て無駄になってしまうのだ。イェッセは、内心かなり焦っていた。
「さあ、アルヴィ。今直ぐこの会場内の女性達の中から結婚したい相手を選べ。ここにいる者達は皆『メッツァ領主夫人』になりたいのだ、誰でもよい。遠慮はいらない」
性急なイェッセの言葉に会場内が静まり返った。皆、誰が選ばれるのか、そのたった一人しか掴めない幸運の行方を見極めようとアルヴィの挙動を見守った。
・・・どうしよう、逃げたい。ヴィーが誰かを選ぶ前に、ここから逃げ出して何も聞こえない所へ行ってしまいたい。
ネイリッカは俯いたまま、イェッセに掴まれた腕を振りほどけないか揺すってみた。当然、掴む力が増しただけで、逃げることなどできなかった。
耳を塞ごうにも片手だけしか自由がないのでそれも出来ない。
なんとかこの場から逃げようとするネイリッカの直ぐ近くで空気が動き、アルヴィが口を開こうとする気配がした。それを察したネイリッカの肩が震える。
・・・ああ、今、思い知った。私はヴィーが他の誰かと結婚してもその幸せを祈れるほど出来た人間ではなかった。ならば無駄に終わろうとも、冷たい視線を浴びせられようとも、せめてこの離婚は不本意なものだったと、今も貴方を愛していると伝えたい。
ネイリッカは勇気を振り絞って頭を上げ、直ぐ近くにいたアルヴィを想いを込めて見上げた。彼は前髪が短くなり、何にも遮られることなく黄色がかった緑の瞳で真っ直ぐに彼女を見つめていた。
二人の視線が絡み、アルヴィの瞳が強い意志を帯びて輝いた。
「僕は、ネイリッカを選びます。今までもこれからも、ネイリッカだけが僕の『唯一の花嫁』だ!」
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