空読み姫の結婚

橘ハルシ

文字の大きさ
上 下
17 / 26

17、あなたに伝えたい

しおりを挟む

 心の底から絶望するとはこういうことか、と土だけの鉢植えを前に膝を抱える。もう、何日経ったかもわからぬほど同じことを繰り返し、その度に落胆してきた。

 ヤルヴィではあんなに無自覚に垂れ流されていた『加護』が突然なくなるなんて・・・。

 いくら考えても原因は分からず、イェッセは毎日のように力が戻ったか確認の使者を寄越す。始めの方は自ら来ていたが、いつしか代わりの人が来るようになっていた。

 どうしよう、私の存在意義がなくなってしまう。きっとヴィーも私が何も出来なくなったと知ったら、私のことを嫌いになっていらないと言うに違いない。

 それだけは嫌!

 泥のように重たい身体を引きずり起こして植木鉢へもう一度手をかざす。・・・塔で暮らしていた時に教わったように集中して心の奥から『加護』が湧くのを待つ。
 額に汗が浮かび頭がガンガンしてくる。なのに、身体のどこからも変化が感じられない。

 ・・・やっぱりどこにも『加護』の気配がない。私は一体、どうしてしまったのだろう?

 やる気が起こるかとアルヴィにもらった花の種を三粒植えたはずの鉢はいつまで経っても土だけしかなくて。呆然とそれを眺めていると、開錠の音がして扉が開いた。

 声も掛けずズカズカと入ってきたイェッセの後ろには見慣れない侍女達がついてきている。イェッセは植木鉢を見て口を歪めた。

「なんだ、まだ出来ないのか。まあいい、直ぐに加護も戻ってくるだろう。ネイリッカ、着替えて」

 イェッセは早口でそれだけ言うと彼女の返事を待つことなく、控えていた侍女達を促しネイリッカを立たせて浴室へ連行させた。

■■

「ふうん。さすが『空読み姫』だね。着飾ると美しいよ」

 表情は最悪だけど、と皮肉げに笑ったイェッセの前には、柔らかな春色のドレスを着せられ華やかに髪を結って宝石を飾り付けられたネイリッカが仏頂面で立っていた。

「イェッセ、これは何なのですか? 貴方はいつも突然で無理やりですね」

 ムスッとした顔のままで詰ってくるネイリッカへ、イェッセは満面の笑みを向けた。

「今からいい所へ連れて行ってあげる。面白いものを見せてあげるよ」


 イェッセに半ば強制的に手を引かれ連れて行かれたのは城の小広間だった。

 今日は内輪のお茶会でもあるのか、ネイリッカと同じように着飾った女の子達がさざめいている。イェッセの姿を認めた人から次々と礼をしていく。
 ざっと見る限りネイリッカと同じくらいの年頃の女の子が数人。ネイリッカは急に不安になってきた。

 一体これはどういう場なのだろうか? 王家主催の会にしては小規模で若い令嬢しかいない。

 こっそりと周囲を窺う彼女へ、イェッセがさも嬉しげに告げる。

「これはね、新しいメッツァの領主の婚約者を決める集まりなんだ。ほら、私は王になるから次の領主を決めたんだけど、その彼は領主になろうというのに婚約者がいなくてね。せっかくだから私がお膳立てしてあげることにしたんだ」

「そのような場に何故、私が出なくてはならないのですか?」

 尋ねながらネイリッカの心臓の音が大きく激しくなっていく。

 まさか。・・・まさか、そんなことは。

 イェッセはネイリッカの疑問に答えず、離れた所で女の子達に取り囲まれていた黒髪の青年に声を投げた。

「やあ、アルヴィ。メッツァの新領主に嫁ぎたいという者が多くてこのような場を設けたのだが、好みの女性はいたかな?」

 イェッセの言葉にネイリッカの全身が凍りついた。

 嫌な予感が当たってしまった。メッツァの新領主はアルヴィで、これは彼の結婚相手を決めるための場なのだ。道理でネイリッカと同じくらいの年の女の子ばかりで皆精一杯着飾っている。
 国で五指に入るほど裕福なメッツァの領主夫人になれば、一生良い暮らしが約束される。そうなれば相手がどこの誰であろうと、元々が庶民であろうと名乗りを上げる女性は一定数いる。そして、皆、野心に燃えており綺麗で可愛い。

 ・・・ヴィーの将来を思えば、イェッセの言う通り彼に新しいお嫁さんを探してあげることはきっと正しい。だけど、私はヴィーが他の人と婚約するところなんて見たくない!

 やっとアルヴィに会えたというのにネイリッカは恐怖で顔を上げられなかった。

 ・・・私と目があったら、ヴィーはどんな表情をするのだろうか。ここにいるということは彼も新しい結婚相手を受け入れるつもりがあるということだ。そんな場に傍から見れば彼を裏切るようにイェッセの『表の花嫁』となった私が着飾って現れたらいい気分にはならないだろう。

 もし、私を見る彼の瞳に負の感情が浮かんでいたら・・・。

 そんなネイリッカの気持ちを知ってか知らずかイェッセは明るい声でアルヴィを呼び、ネイリッカの手を掴んだままで話し始めた。

「用意した服が合ったようでよかった。おや、あのむさくるしい前髪は切ったのか。これはまた随分と良い見目になったものだ」
「ええまあ、お城の方に無理やり切られたのですが、カッコよくなりました? ではこの場におられる女性に僕のことを嫌がられずにすみますかね」
「メッツァの領主夫人になれるのだ、誰も断らないだろう」
「それはありがたいですね」

 懐かしく大好きな声が聞きたくない話をしている。頭上で交わされる会話にネイリッカの心は押し潰されてぺちゃんこになって涙がこぼれそうだった。


 イェッセは青ざめるネイリッカの姿を見て満足していた。

 離婚通知を持たせる際に、使者へアルヴィを煽って暴力を振るわせ拘束して城へ連れて来るように言い含めておいた。予定外にもう一人付いてきたが、それも良い方へ使えた。
 ネイリッカと離婚させた詫びにメッツァの領主にしてやる、そしてオトモダチを解放したければ今日の会で婚約者を選べと言えば、アルヴィはそんなことで良いならとアッサリ受け入れた。

 彼のネイリッカへの想いなど、富と脅しで簡単に潰れる程度だったのだと分かってイェッセは嬉しかった。

 元夫のアルヴィが眼の前で自分以外の女性を選べば、さすがのネイリッカも諦めてイェッセの方へ気持ちを戻すだろう。そうすれば消えた『加護』の力も戻ってくるに違いない。
 
 己の花嫁にした途端、『加護』が消えたなどという醜聞は誰にも知られたくなかった。何としてでも彼女に力を取り戻さねば、本来王に必要のない空読み姫をかなり強引に花嫁にしたので周囲から不満が出る。
 最悪の場合、力のなくなったネイリッカは『王の空読み姫』の座を追われ城から追放されてしまう。それでは今までやってきたことが全て無駄になってしまうのだ。イェッセは、内心かなり焦っていた。

「さあ、アルヴィ。今直ぐこの会場内の女性達の中から結婚したい相手を選べ。ここにいる者達は皆『メッツァ領主夫人』になりたいのだ、誰でもよい。遠慮はいらない」

 性急なイェッセの言葉に会場内が静まり返った。皆、誰が選ばれるのか、そのたった一人しか掴めない幸運の行方を見極めようとアルヴィの挙動を見守った。


 ・・・どうしよう、逃げたい。ヴィーが誰かを選ぶ前に、ここから逃げ出して何も聞こえない所へ行ってしまいたい。

 ネイリッカは俯いたまま、イェッセに掴まれた腕を振りほどけないか揺すってみた。当然、掴む力が増しただけで、逃げることなどできなかった。
 耳を塞ごうにも片手だけしか自由がないのでそれも出来ない。

 なんとかこの場から逃げようとするネイリッカの直ぐ近くで空気が動き、アルヴィが口を開こうとする気配がした。それを察したネイリッカの肩が震える。

 ・・・ああ、今、思い知った。私はヴィーが他の誰かと結婚してもその幸せを祈れるほど出来た人間ではなかった。ならば無駄に終わろうとも、冷たい視線を浴びせられようとも、せめてこの離婚は不本意なものだったと、今も貴方を愛していると伝えたい。

 ネイリッカは勇気を振り絞って頭を上げ、直ぐ近くにいたアルヴィを想いを込めて見上げた。彼は前髪が短くなり、何にも遮られることなく黄色がかった緑の瞳で真っ直ぐに彼女を見つめていた。

 二人の視線が絡み、アルヴィの瞳が強い意志を帯びて輝いた。

「僕は、ネイリッカを選びます。今までもこれからも、ネイリッカだけが僕の『唯一の花嫁』だ!」
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...