空読み姫の結婚

橘ハルシ

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16、ヤルヴィにて

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「なあ、ネイリッカはいつ帰ってくるんだ? 王都に行ってもう一年経つじゃんか」
「まだ十ヶ月と二十二日」
「げ、そんなに細かく数えてんのかよ」
「だって長過ぎるよ。天候の予測以外の連絡もないし、おかしいと思わない?」
「おかしいと思うけどさ、俺達にはどうしようもないだろ」
「それに最近、作物の成長が鈍い気がするんだよね。ネイリッカになにかあったんじゃないかな。心配だから、カティヤ様にはそろそろお元気になってもらって僕を王都に連れて行って貰いたい」

 中腰で畑の畝に沿って種を撒いていきながら眉根を寄せてぼやいたアルヴィへ、リュリュは気の毒そうな視線を送った。


 月満ちて子を産み落としたカティヤは、産後に体調を崩しずっと床に伏せているらしい。おかげで現在ユハナ一家がヤルヴィとまとめてメッツァの管理も行っている。

 それに、とリュリュは何度も考えていることを心の中だけで繰り返す。

 カティヤが動けないほどに弱っているのに、夫のイェッセが一度も会いに来ないというのはどういうことだ。しかも、ネイリッカを連れて行って返さない。この状況はどうもよろしくない気がする、何か嫌なことが起こりそうでリュリュはここのところドキドキしていた。

 その時、領主館の裏口がガタガタいいながら開き、アルヴィの母のユッタが顔を出した。

「アルヴィ、王都からあなた宛ての使者が来てるわよ」 
「なんだろう。ネイリッカのことかな。帰って来る日が決まったとかだといいな」

 アルヴィは顔を顰めて種まき姿勢から腰を伸ばし、服の土をはたいた。


■■
 

「・・・了承できない! そんなバカなことがあるもんか!」

 アルヴィが使者と会う間、隣の台所でユッタとともに豆のスジ取りをしていたリュリュの耳にアルヴィの怒鳴り声が飛び込んできた。彼がこんなに怒っている声を初めて聞いた。

 驚いて部屋を覗き込んだリュリュの目に、激昂したアルヴィが父のオリヴェルに羽交い締めにされながら使者に掴みかかろうとしている光景が飛び込んできた。

「アル、どうしたんだよ?! 何を言われたんだ?!」

 焦って駆け寄ったリュリュにアルヴィは泣きそうな顔で叫んだ。

「ネイリッカと僕の離婚通知書なんて持ってきやがった!」
「・・・え? 離婚?! なんでそうなるんだ
よ?!」

 ぽかんと口を開けたリュリュは暴れるアルヴィと無表情でその様子を眺めている使者を見比べた。

「繰り返しますが、私はただの使者ですので詳しいことはわかりかねます。この度、国王陛下が譲位なさり、正妃様のお子様であるイェッセ王子殿下が新国王になられます。その際、能力値の高い『空読み姫』であるネイリッカ様を『表の花嫁』に迎えることに決められたと伺っております」

 使者の言を理解した途端、リュリュの中で何かが切れた。

「そんな、そんな勝手な理由でアイツはアルとネイリッカを別れさせたのかよ?! 結婚もそっちが勝手に決めてよ、それでもあんなに仲が良かった二人を今度は何の説明もなく引き裂くなんて、お前ら酷すぎるだろ?!」

 リュリュは叫ぶと同時にテーブルを乗り越え、使者の顔に全力で拳を叩きつけた。同時にオリヴェルの拘束を振りほどいたアルヴィも使者に殴りかかった。おかげで使者の身体は直ぐ後ろの壁に盛大に打ちつけられた。

「やってくれましたね。予定ではアルヴィさんだけだったのですが、貴方も一緒だとよりいいかもしれません。城の使者へ暴行すると王都へ連行されて処罰されるってご存知でした?」

 オリヴェルが必死に願って許しを乞うたけれど、使者は首を縦に振らず、二人を連れて行った。

 
「オリヴェル、なんてことなの! 私、今すぐ追いかけてアルとリュリュを取り返してくる!」

 真っ青になって走り出そうとするユッタを夫のオリヴェルが手を引いて止めた。ユッタは動揺のあまり、泣きながら夫の肩を掴んで全力で揺する。オリヴェルは頭をガクガクさせながら妻の肩を叩いて宣言した。

「ユッタ、こう見えて僕も今回のことでは随分と腹が立っているんだ。だから、奥の手を使おうじゃないか」


■■


「で、ここに来て五日くらい経つけど、俺達はどうなるの?」
「うーん、どうも殺すつもりはなさそうだから、戴冠式が終わるまでここに入れられてるんじゃないかな。とりあえず、看守から情報収集したいね」

 一方、王都へ連行され城内の牢へ放り込まれたアルヴィとリュリュは額を突き合わせて作戦会議を開いていた。

 二人は着いて直ぐ、城の端にある塔の一室に押し込められた。部屋は塔の形に沿って壁が半円を描いており、古い板張りの床に素朴な机と椅子、簡素なベットが一つぽつんとあるだけだったが、一つある窓には頑丈な鉄格子がはまっていて牢だと分かった。

 念願の王都へ来たものの、牢に入れられてしまい身動きが取れない。更に自分たちの命すら危ういかもしれない。リュリュは正直、殴ってごめんなさいと謝って帰りたいと思い始めていたが、アルヴィはやる気に満ちていた。

 ネイリッカが王都に連れて行かれていつまで経っても帰って来ず、日に日に焦りと苛立ちが募っていくだけで何も動けない自分がもどかしかった。
 きっかけは悪夢のようなことだったが、なんとかネイリッカの近くに来ることができた。ここは牢だが出入り不自由な食事付きの宿(しかも無料)だと思えばそう悲観する状況じゃない。
 僕が今すべき事はネイリッカの居場所把握と彼女に会う手段を見つけることだ。
 巻き込んでしまったリュリュには申し訳ないけれど、友人が側にいてくれるのは心強い。

 アルヴィはリュリュの手を両手で握って頭を垂れた。

「リュリュ、僕の巻き添えでこんな所まで来ることになってごめん。でも君がいてくれて僕は心強く思っているんだ。必ず帰れる方法を探すから最後まで付き合って」

 アルヴィの言葉にリュリュがハッとして手を強く握り返した。

「アル、俺は今直ぐ帰りたいなんて思ってないから大丈夫だ。二人で頑張ってネイリッカを連れて帰ろうぜ!」
「うん・・・そのことなんだけど」

 急に勢いを失くしたアルヴィがリュリュに縋るような眼差しを向けた。

「今、気付いたんだけど、僕はこの離婚がネイリッカの意志だという可能性を考えてなかったんだ。もしかしたら、彼女はイェッセ殿下を選んだのかもしれない。そうだったら僕がやってることって無駄な空回りなんだよね」

 急激にしおたれていく友人の頭をリュリュはバシッと叩いた。

「ここまで来といて、なに弱音吐いてんだ! 俺は恋愛とか全っ然わかんねえけど、そんな俺から見てもネイリッカはあの王子より断然お前の方を好きに見えたし、そんなに直ぐに心変わりするような奴じゃないだろ。とにかく会いに行こうぜ!」

 アルヴィは活を入れられた頭を両手で押さえて、大きく頷いた。

「ありがとう、リュリュ。うん、ネイリッカとこんな風に別れさせられるのは嫌だから会いに行こう」
「まあ、まずここから出ないといけないんだけどな」
「そうだね」
「・・・で、どうすりゃいいんだろーな?」
「看守と仲良くなってみる?」
「飯の時しか来ねえじゃねーか。だけど王都って牢の飯もうまいのな」
「うん、驚いたよね」

 策が見つからず、話題がそれてゆく二人の背後に黒い影が差した。
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