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7、嵐の夜は
しおりを挟むネイリッカが幸せを噛み締めた途端、彼女の全身が柔らかい光に包まれた。その光はパアッと周囲に飛び散り、キラキラ光りながら風に乗って消えていく。
オリヴェルとユッタは目を見開いてその行方を追った。
今日はそこそこ風があったため、ネイリッカから離れた輝きは風と共に近くの畑や森を通り抜け、村中に拡がっていったように見えた。
「まあ。ネイリッカちゃんは綺麗な光を出せるのねえ」
「え、私、光っておりましたか?!」
驚くネイリッカに頷きながら、綺麗だったわよーと感想を述べながらユッタは少女の背を押して館の中に入っていく。
不思議な現象に首をひねりつつも後に続いたオリヴェルだったが、数時間後、領地中の植物が成長していると報告を受けて愕然とした。
・・・ということは、本人は気がついていなかったが、あれは加護の力を使っていたということになる。聞いたことはないが『空読み姫』は無意識で力を垂れ流すのか? まさか、彼女は幼いから制御できないとか?!
オリヴェルは昼食後に遊びと称して結局ユッタの畑仕事を手伝っていたネイリッカを手招いて、その件について尋ねた。
「・・・昨日に引き続き、大変申し訳ございません。信じて頂けるか分かりませんが、誓って無意識で加護を使ったことは今まで一度もないのです。ですから、今日どうしてこうなってしまったのか、私も皆目見当がつかないのです」
出来る限り優しく尋ねたつもりなのだが、少女は項垂れてスカートをぎゅっと握りしめ、目に涙をためた。
「父さん、リッカに何を言ったの?!」
ちょうど通りかかった息子のアルヴィが飛んできてネイリッカの前に膝をついた。
昨日初めて会ったばかりだというのに、息子は随分とこの少女をお気に召したようで細々と世話を焼いてやっている。これにはユッタも驚いていたが、妹ができたようで嬉しいのよ、好きにさせましょと笑っていた。
だが、それを言うならオリヴェルだって娘ができて嬉しいのだ、可愛がりたいのだ。領主なんて面倒くさい立場だから仕方なくネイリッカに尋ねているわけで、こんなふうに泣かせたいわけでは断じてない。涙ぐむネイリッカを慰めて好感度アップをはかりたいのはこちらの方なのだ。
悲しさのあまりふるふると肩を震わせているオリヴェルに気づくことなく、アルヴィはネイリッカの涙を首に掛けていたタオルで拭いて頭を撫でている。
ネイリッカは一生懸命、起こしてしまった現象について原因を探ろうと『空読み姫』について知っていることをアルヴィへ説明していた。
「いつもはうんと集中して、こうやって手をかざして、力を入れてやっと種が一つ芽吹くくらいなんです。もしかして、アルと契約したからでしょうか? 私、護る土地が決まったらこんなにバンバン加護を使えるなんて知らなくって・・・制御出来なかったらどうしましょう」
そう言った端から彼女の周りの花がポンポンと咲いていく。それに気づいた彼女がパニックを起こす。
「どうしましょう、どうしましょう。何故こんなに加護が発動してしまうのでしょう?!」
「うーん、とにかく加護を垂れ流すのは勿体無いよね」
ネイリッカを慰めつつ考え込んだアルヴィがおもむろに彼女を抱きあげて近くの林檎の木の下に連れて行った。
「ネイリッカ、試しにこの木に加護を送ってみてよ。今は春だけど、もし林檎が実れば街で高く売れるよ」
「わ、分かりました。木は難しいのですけど、やってみます」
そう言いながらネイリッカが木の方へ手を差し出した途端、あっという間に葉が生い茂り花が咲き乱れ赤い実が鈴なりになった。
「ひいっ」
うっかり通りがかったカイが、この信じがたい光景に抱えていた藁束を取り落とした。
もはやこれは魔法なのでは?
オリヴェルはそう思えど深く考える暇はなく、ユッタも呼んで五人で林檎を収穫する。荷車いっぱいになったそれは、明日の朝一でオリヴェルがエンシオに手伝ってもらって街へ売りに行くことにした。
「これが続けばとんでもなく儲かるけどさ、リッカの身体は大丈夫なの? 力の使いすぎで病気になったりしない?」
「今のところは元気です。でも、林檎を実らせてから勝手に流れ出る感じはなくなりました」
心配そうに尋ねたアルヴィに、ネイリッカは両手を握ったり開いたりして何かを確認するとホッとしたように笑った。
■■
だが、その日以降もネイリッカの『加護垂れ流し事件』は頻発した。
ある時は巨大な小麦を実らせ(大きな実を粉にするため、新しい機械が開発された)、ある時は枯れ木が蘇り珍しい果物が鈴なりになった(木の持ち主は狂喜乱舞した)
彼女が村を歩くだけで畑の作物は勢いづき、雑草も負けじと生い茂る。村人は収穫や草刈りに追われ、冬が近づく頃には、家畜は太り村人全員が一財産築けていた。
「ネイリッカちゃん様々だねえ。オリヴェルが領主になって『空読み姫』をもらってくると言った時はどうなるかと思ったけれど、正解だったね」
「だなぁ。あんなちっこいのが来るとは思わなんだが、『空読み姫』ってのは凄いもんだべ」
「見て可愛く、歩いて土地が豊かになる、全くネイリッカちゃんがうちの『空読み姫』でよかったなあ」
村人達は口を開けばネイリッカを褒め称えていた、そんなある日。
「嵐が来る?!」
「はい。七日後に来ます。風と雨がひどく、このままではかなりの被害が出るのではないかと思われます」
「それは、大変だ。」
オリヴェルは担いでいた藁束を小屋に放り投げ、腕を組んで空を見上げた。
澄み切った青空に輝く太陽。嵐の気配など微塵もないが、彼女が言うなら来るのだろう。確かに秋の終わりの嵐はいつも大きな被害を残していく。後七日、実質六日でどれだけ対策が打てるだろうか。
「水か、風か・・・」
大雨による川の氾濫か、風による家屋や作物への被害か、どちらの対応を優先すればいいのだろうと呟けば、眼の前の少女が首を傾げた。
「今度の嵐は特に雨が強いです。あの丘の向こうとサッラの家の側の地が弱くなっているので、大雨に耐えられないと思います」
「よし、ではそこの補強から始めよう」
オリヴェルの呼びかけで村中の人達が仕事の手を止め、集まってきた。皆、この時期の嵐の怖さは知っている。あっという間に過去の被害を踏まえた対策が立てられ、ネイリッカの指摘箇所を含め脆弱地盤の補強、作物の早めの収穫、弱っている木の伐採などが進められた。
そして七日後、嵐が来た時には人々は家の鎧戸を閉めて屋内で嵐をやり過ごす準備が整っていたのだった。
「ティクルさん、嵐とは想像していたより大きな音がするのですね。怖くないですか?」
「にゃー」
風でガタガタ揺れる窓にザアザアと打ちつける雨。穏やかな時とは違う自然の脅威に、ネイリッカは頭から毛布を被り猫のティクルを抱きしめて震えていた。
以前住んでいた塔は石造りで王宮内の高い壁に囲まれていたからか、嵐をこんなに感じることはなかった。荒れ狂う自然と板壁一枚挟んで対峙することが、これ程までに怖いとは思ってもみなかった。
「ティクルさん、一緒にいて下さいね」
「にゃーっ」
モフモフの身体をぎゅううっと抱きしめたところ力を入れ過ぎたらしく、彼は爪を立ててネイリッカを蹴り飛ばし、全ての扉に付いている猫用の出入り口から廊下へ出ていってしまった。
「待って、一人にしないで下さいっ」
慌てて追いかけるもティクルはスルリと隣のアルヴィの部屋へ入って行く。
さすがに夫とはいえ男の人の部屋を夜に訪ねるのは勇気がいる。もう寝ているかもしれないし、とネイリッカが扉の前で逡巡していたその時、階段を上がってきたランプの灯りが彼女を照らした。
「あら、ネイリッカちゃん。やっぱり眠れない? そうじゃないかと思って迎えに来たの」
いらっしゃい、と手を引かれてついて行ったネイリッカは、気がつけばユッタとオリヴェルの間で毛布に包まっていた。
二人の温もりとおしゃべりで嵐の怖さはあっという間に消えて、ネイリッカはいつの間にかぐっすりと眠り込んでいた。
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