空読み姫の結婚

橘ハルシ

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6、朝の出来事

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 ネイリッカが目を覚ました時、外はまだ薄暗かった。
 ベッドの中から見上げた天井は、黒い梁と白い漆喰のはっきりしたコントラストが薄闇の中でもくっきりと浮かび上がっている。
 王宮の金と精緻な絵画でも、途中の宿の木肌がそのままの板張りの天井でもない。
 
 王宮内の『空読み姫』が共同生活をする塔の部屋よりうんと狭いけれど、清潔感のある雰囲気。
 
(えーっと、ここはどこでしたっけ? 確か、昨日ヤルヴィの領主館に着いて色々あって、最後に美味しい夕食を頂いて・・・!)
 
 そこまで思い出した彼女は、がばりと身を起こして室内を見渡した。
 
「いつの間に私は自分の部屋のベッドで寝ているのですか!?」
「ニャアアア!」
 
 ネイリッカの叫びと共に何かが布団の上から転がり落ち、抗議の声を上げた。
 
「え?!何、何がいるんですかっ!」
 
 パニックに陥ったネイリッカの目の前に、再びその何かが飛び乗ってきて毛を逆立てた。
 淡い栗色の毛並みの尖った耳の、しっぽの長いそれは。
 
「猫さん、ですか・・・?」
「フーーーッ!」
「あわわわ、怒ってますね。落っことしてしまい、申し訳ありません!」
「リッカ、入るよ! ・・・ティクル、落ち着いて!」
 
 ティクルと呼ばれたその猫は、アルヴィの声を聞くとすぐさま毛並みを元に戻して、彼の下へ駆け寄った。
 それをすくい上げて胸に抱きかかえたアルヴィがネイリッカの所にやってきた。
 
「おはよう、リッカ。ティクルが驚かせてごめんね。」
「お、おはようございます。あの、いえ、私がティクルさんを落っことしてしまったのが悪いので!」
 
 ネイリッカは寝起きのボサボサ頭を手で抑えながら慌ててベッドから飛び降りた。
 
 「あの、昨夜の記憶がないのですが、どうしてここに寝ていたのでしょうか?」
 
 先程からの疑問を口にすれば、アルヴィがくすりと笑った。

「リッカは昨日夕食中に寝ちゃったので、父さんが君の部屋に運んだんだ。」
「まあ! それはご迷惑をお掛けいたしました。お片付けのお手伝いもせず、寝てしまうなんて申し訳ございません」
「いや、長旅の後なのに直ぐ働かせてしまってこちらこそ申し訳なかったと反省してる。だから、僕達は君にもう少し休んでいて欲しいと思ってるんだ。朝食ができた頃に起こしに来るから、まだ寝ててくれる?」 

 ネイリッカは今までそんな気遣いをされたことがなかったので、戸惑った。
 
「ええと、私はこの地を良くするためにきたのですから、昨日働いたことは当然のことなのですが・・・。皆様のご希望としては、私にまだ寝ていてもらいたいということでしょうか?」
「うん、まだ疲れが残っていると思うから是非。よかったらティクルを置いていくよ。無愛想な奴だけど君のことが気に入ったみたいだから仲良くしてやって」
「え、ティクルさんが私のことを?! 嬉しいです、猫さんと一緒に暮らすの初めてなので、色々教えてください」

 目を輝かせて喜ぶネイリッカを見てほっとしたアルヴィはティクルを彼女のベッドに降ろした。ティクルはさっさと枕の上に行き、くるりと丸くなる。

「あ、ティクル! それはリッカの枕じゃないか・・・ごめんね、直ぐ退かすから」
「いえ、せっかく気持ちよさそうにしておられるのでそのままで! ほら、私も寝られますから!」

 大丈夫だと示すために急いでベッドに潜り込み、ティクルの横に頭を乗せて目を閉じたネイリッカにアルヴィは頬を緩ませた。

 なるほど、エンシオやリュリュが文句を言いながらもサッラを可愛がる気持ちがわかった。

「じゃあ、ティクルとゆっくり休んでてね」 

 アルヴィは手を伸ばしてふわりと彼女の頭を撫でると廊下へ出た。


 ・・・アレ? 僕は今、何をした?

 扉を閉めてからハッと気がついて自分の手を見る。

 ・・・ああ、可愛がりたい妹がいるってこんな感じなのか。

 守るものができた嬉しさに一人納得したアルヴィは、足取りも軽く階段を降りていった。


 その頃、室内のベッドではネイリッカが頭を抱えて悶絶していた。

 生まれて初めて男の子に頭を撫でられました! 夫のアルヴィ様に触れられて嬉しいような恥ずかしいような落ち着かない気持ちです!

 ネイリッカは枕に突っ伏してジタバタと手足を動かした。驚いたティクルがぴょんと飛び上がる。

「ティクルさん、これでは眠れません! どうしたらよろしいでしょうか?!」
「にゃあー」

 嘆きつつ抱きつこうとしたネイリッカの顔に、全力でピンクの肉球パンチが飛んできた。

「ティクルさんの足はふにふにですねー!」
「にゃっ?!」

 パンチが効かなかった上に、足を取られたティクルは観念してネイリッカの抱きまくらになった。

 にゃーーーん!

■■

 その後、もふもふの魔力に勝てず、がっつり二度寝したネイリッカの目が覚めたのは昼前だった。

 窓のカーテンから差し込む強い光に首をひねり太陽の位置を確認した彼女は飛び上がった。

「た、大変です! 朝ごはんに起こしてもらえるのではなかったのでしょうか?!」

 大慌てで着替えて一階に降りたネイリッカは、テラスに通じるガラス窓から農作業中のオリヴェルを見つけて飛び出した。

「ご領主さま、いえ、お父さん! 申し訳ありません、寝坊致しました」

 振るっていた鍬を止め首にかけたタオルで汗を拭き、眩しそうにネイリッカを見たオリヴェルが破顔する。

「やあ、ネイリッカちゃん。おはよう。よく眠れたかい?」
「それはもう。こんな時間まで寝ていたのは初めてです。」
「それはよかった。昨日はごめんね、疲れてるとこにいきなり力を使わせて挨拶まわりもさせてしまって」
「それが私の役目ですから、謝って頂くなんてとんでもないことです。それより、私は寝過ごしてサボってしまった分を取り戻さねばなりません。お父さん、本日は何をいたしましょうか?」

 焦るネイリッカの言葉に頷いたオリヴェルはいい笑顔で宣言した。

「うん。今日のネイリッカちゃんのお仕事は、今から一緒にご飯を食べて遊ぶことだよ」
「ご飯を食べて、遊ぶのが仕事・・・?」

 言われたことが理解できず、呆然としているネイリッカにオリヴェルが言い添えた。

「そうだよ。昨夜ユッタと二人で話して、ネイリッカちゃんはまだ十歳だから、しっかり食べて遊ばせて健康的な生活をさせたいねって決めたんだ」
「そ、それは、やはり私が幼いから皆さまのお役に立てないということでしょうか?!」

 悲壮な顔で両手を握りしめたネイリッカにオリヴェルが慌てて走り寄った。

「そういうわけじゃないんだ、そうじゃなくて君はもう、うちの娘になったのだから愛情たっぷり大事に育てたいってことなんだよ」
「私を、本当の子供のように愛してくださるというのですか・・・?」
「そのとおり! なので、君も僕達を本当の親だと思ってわがまま言ったり甘えてくれたら嬉しいのだけど」
「そんな、まさか、こんなことが・・・」
 
 夢にまで見た、温かい愛情に満ちた家族が自分のものになる。その事実をネイリッカは驚きすぎてなかなか信じることができなかった。

「ネイリッカちゃん、起きたのね。じゃあ、アルヴィも呼んでお昼ごはんにしましょ」

 立ち尽くしているネイリッカに昨日の巨大豆を両肩に担いで歩いてきたユッタが朗らかに話しかける。声の方へ勢いよく振り向いたネイリッカは、ユッタのホカホカとした笑顔に全身が熱くなった。

 すごい。これは、どこかの物語の中に出てくる仲良し家族の会話のようだ。そして、その家族の中に自分も入っているなんて!

 ネイリッカはその時、生まれて初めて、天にも昇る心地というのはこういうものかと身体を震わせた。
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