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5、巨大豆は食べられるのか?
しおりを挟む「うわあ、これ、なんなの?!・・・豆? いや、化け豆でしょ」
「え、これ食べるの? オレ、ヤダよ?」
「うーん、そのままデカくなったようじゃね。それなら食べても大丈夫じゃと思うがの。ユッタさん、台所を借りてもええかの」
ネイリッカの力で巨大化した畑の豆を前にサッラとリュリュが腰を抜かした。その横で興味深げにしげしげとそれを眺めていたエンシオは、目の前の豆を一つもぎ取るとユッタに許可を取り、館の台所で調理し始めた。
ダンダンダンッ バキャッ
「調理してる音じゃねえ・・・」
「まだ生だもんで。カボチャもこんな音するじゃろ」
恐怖に引きつった目で兄の手元を眺める弟妹達に、エンシオがのんびりと言い聞かせる。
「大きさ以外は普通の豆と変わらんのじゃないかね」
こまかくした豆を鍋で煮ながら目を皿のようにして観察するエンシオの言に弟妹達が疑いの目を向けた。
「兄ちゃん、本気でそれ食べるつもりなのか? 腹壊したらどうすんだよ?」
恐る恐る鍋を覗き込む弟の口に豆の欠片が放り込まれた。
「アッチイ! 兄ちゃん、なにすんだよっ・・・うめぇ、イケる、食えるよ」
「リュリュ兄ちゃん、それ本当?! エンシオ兄ちゃん私にも頂戴・・・本当だ、美味しい」
「本当ですかっ?! そのデカ豆、皆さんに美味しく召し上がっていただけますか?!」
部屋に荷物を置き、着替えて戻って来たネイリッカがその言葉に飛びついた。
「おう、ネイリッカ。これ、イケるぜ」
「こりゃ、リュリュ! 『空読み姫』様になんちゅう口の聞き方をしとるんじゃ」
「あ、私は気軽に呼んでくださるほうがありがたいです。これから皆さんと仲良くさせていただきたいので、エンシオさんもどうぞネイリッカとお呼びくださいませ」
「そういうもんですかな・・・では、ネイリッカさんと呼ばせていただこうかの」
「はい、これからよろしくお願いいたします」
湯気が立つ豆を挟んでエンシオとネイリッカがにこにこと礼を交わす。
「ネイリッカの服、めっちゃ可愛い。いいなあ、私もそういう服が着たい」
先程までの旅用の簡素な物から袖口や裾に刺繍が施された普段着に着替えてきたネイリッカを見て、サッラが口を尖らせた。自分の服を摘んでしげしげと眺めたネイリッカはむくれるサッラにニコリと笑いかけた。
「ありがとうございます。私の服でよければ一枚差し上げましょうか?」
「そりゃいかん。それはネイリッカさんの大事な服じゃ。それにいつも泥んこで外を走り回っとるお前には綺麗な服は必要なかろ?」
「ヤダ、欲しい! ネイリッカ、私に選ばせて!」
「ダメじゃ。大体サッラ、お前はネイリッカさんとサイズが違うじゃろ。だけんど、『空読み姫』様が来てくれたんじゃ、この土地もいずれ豊かになる。そうじゃ、うちにお金が出来たらまずサッラの為に綺麗な服を作ろうな」
穏やかに諭すエンシオにサッラは大柄な自分と小柄なネイリッカの骨格の違いを確認し、残念そうに口を尖らせた。
「わかった・・・エンシオ兄ちゃん、約束だよ?! ネイリッカ、私の服のために頑張ってね!」
「はい、全力で務めさせていただきます!」
「じゃあ、まずは村の人達に挨拶がてら豆を配りに行こうか」
今まで側で三人のやり取りを見守っていた領主のオリヴェルが両手を打ち合わせた。
大きな豆を荷車に積み上げ、オリヴェルとネイリッカは村を回った。その間、エンシオ達はオリヴェルの代わりに畑に残った巨大豆の収穫を手伝うことにした。
村人達はまず渡された豆の巨大さに驚き、次にそれを抱えた小人のように見えるネイリッカの幼さに心を射抜かれた。
想像していた妖艶な美女が、180°変わって小さな妖精だったという事実は予想外に皆の庇護欲をかき立て、ネイリッカはすんなりと、いや、諸手を挙げて受け入れられたのだった。
■■
「美味しいです! 今まで食べた物の中で一番美味しいです。」
夕食の席についたネイリッカは、自分の前に置かれた皿を次々と空にしていく。
「お母さん、私は今まで食べた中で、ここのご飯が一番美味しいと思います!」
「まあ、ネイリッカちゃんは嬉しいことを言ってくれるわねー! もっと食べて頂戴。」
笑顔全開のユッタに同じくらい嬉しそうなネイリッカが頷いて、豆のスープのおかわりを頼んでいる。
ただ塩で味をつけただけの豆(巨大化後)のスープを幸せそうに食べる彼女を見たアルヴィは、思わず心の中で突っ込んだ。
(ネイリッカは都で僕らが想像できないような美食を食べてたんじゃないのかな。単に粗食が珍しいだけなのでは?)
まあでも、と彼は食卓を見回した。そこそこ大きいテーブルには自分を含めて五人が席についている。自分達領主家族とネイリッカと使用人という名目で同居しているカイだ。
彼は身寄りがなく高齢で先の災害で家を失った際に両親が領主舘の部屋が余っているから一緒に住もうと言って引き取ったのだった。
今までは四人で静かに食事をしていたのに、ネイリッカ一人が加わっただけで、とても賑やかで笑顔あふれる食卓へと変貌を遂げている。
カイも孫を見るような優しい眼差しを彼女に向けているし、突然出来た娘に『お父さん』『お母さん』と呼ばせてメロメロの父と母は言わずもがなだ。
カイは使用人として領主館に住むと言い張り使用人扱いを望んでいる。だから、最初は食事を別に摂ると言っていたのだが、母がそれは無駄だと言ってカイを説き伏せ、皆で一緒にすることになった。
父は母の言うことに異を唱えないし、息子の自分もそんなことには拘らないのだが、王宮育ちのネイリッカは使用人と同じテーブルで同じものを食べるなんて驚くだろうと思っていたら、彼女は「賑やかでいいですね!」と喜んでいた。
本当に彼女の反応はことごとく想像していた『空読み姫』像と違っていて、驚かされる。
まだ出会って一日も経っていないのに彼女のことが色々知りたくなってきた。
おかわりしたスープを平らげ、夕食前に一緒に収穫したデザートの苺に手を伸ばした隣の席の彼女に一番赤いものを取って渡す。
「リッカの選んだ苺は本当に甘くて美味しいね。」
「本当ですか!? お役に立てて嬉しいです。これからもっと頑張ります!」
にこーっと本当に嬉しそうに笑った彼女の台詞にふと考える。彼女は、この領地の役に立つことを願っていて、実際相当役に立つわけだけども、僕との関係については、どう考えているんだろうか?
『空読み姫』は『表の花嫁』
『表の花嫁』はお飾りの妻。
衣食住を保証される代わりに、領地のために一生飼い殺しにされる哀れな金食い虫。
ネイリッカがそういう世間の評を真に受けて自分のことをそんな風に考えているとしたら、可哀相過ぎる。
僕はまだ十三歳で結婚なんて考えたこともないうちにいきなり妻ができてしまった訳だけど、彼女のことは大事にしたいと思っている。
恋愛的な気持ちがあるわけではなく、役に立つからというだけでもない。その気持ちにはまだ名をつけられないけど、家族愛的なものくらいにはなりそうだ。
苺をモグモグしながらなんだか眠そうに目を閉じかけている少女にふっと笑みがこぼれる。
今日ここに来て直ぐ休む間もなく働いてたもんなあ・・・。
義務感からではなく、僕達家族は彼女を慈しむだろう。ネイリッカの笑顔と、この土地を良くしたいと頑張る姿は、あっという間に僕達の心を捉えて深く入り込んでしまったから。
その時、穏やかに見守る家族の中で苺を食べ終えたネイリッカが眠気に負けて、カックリと頭をテーブルに伏せた。
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