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1、花嫁は十歳
しおりを挟むとある北の国の玉座の間で、とある土地の領主に封じられたばかりの四十路男が固まっていた。
「はじめまして!」
彼は春の風のように軽やかな声で挨拶をする目の前の少女を穴があくほど見つめ、上段からにやにやと見下ろす国王に向って一言、確認した。
「へ、陛下・・・本当にこの方が、うちの領地の『空読み姫』様なのですか?!」
金髪碧眼で鍛えに鍛えた立派な体格の持ち主のその男は、目の前でちょこんとお辞儀をする自分の腰程までしかない小柄な少女を見て途方に暮れた。
少女の方は横だけを可愛らしく結って花を飾った長い茶色の髪をふわっと揺らし、首を傾げて男を見上げている。
行儀悪く椅子に肘をつき、その手に顎を乗せて面白そうに2人を見ている体格の良い初老の男、この国の王はあっさりと頷き、四十路男の希望を打ち砕いた。
「そうだ。その娘がお前の『表の花嫁』となる」
「待ってください! 何が何でも幼すぎますよ!あの、貴方様はおいくつですか?」
「年齢ですか? 今年十になりました」
「とおっ?! ちょっと待って、私の息子よりも年下じゃないですか。さすがにこれは無茶ですよ! 愛する妻と息子に軽蔑されます!」
慌てふためくその男に王はため息をつきながら声を掛けた。
「オリヴェル・ユハナ。お前が、領主就任の際に『地の加護』を持つ『空読み姫』を熱望したのだぞ?」
「それはその通りですが、まさか十歳の花嫁だなんて・・・」
「以前にも説明したが、『空読み姫』は天気を予知し、髪色に合わせた加護を領土にもたらし、希望のあった領地へ一人、国から下げ渡される。滅多に生まれぬ貴重な人材だから領主が『表の花嫁』として娶り責任を持って不自由のないよう世話をする、ただそれだけの関係だ。年齢は問題ではなかろう」
「ですが、国の法では結婚出来るのは十八歳からでは・・・?」
「王である私の許可があれば問題ない。あ、十八まで手は出すなよ?」
「絶対にだしませんよ!」
「ならば何の問題もないだろうに」
「そうは言われましても、気分的に問題がありまくりでして・・・」
眉を極限まで下げ、自らの十歳の花嫁を眺める四十一歳の花婿(暫定)の煮え切らない様子に痺れを切らせた王が声高に告げた。
「よし、では更に特例としてお前の息子の『表の花嫁』としようではないか。『地の加護』を持つ『空読み姫』は髪が茶色で地味だから不人気と聞いておったのだが、数が少ないらしくてな。ネイリッカ、せっかく若くして嫁ぐのだから、二代に渡って務めるがよい」
「かしこまりました、陛下。ヤルヴィの領主様、私、ネイリッカと申します。『表の花嫁』として本日より末永くよろしくお願いいたします」
「次期領主の、としてな」
鮮やかな青と金のドレスを捌いて優雅に挨拶をしたネイリッカに王がつっこんだ。
「承知しております。ですが、どなたに嫁ごうと私の役目は変わりません」
ネイリッカは王を恐れることなく毅然と胸を張って言い返した。
それから彼女はさっさと王へ別れの挨拶をすると、オリヴェルを振り返り、濃い茶色と明るい空色という『空読み姫』の特徴である左右違う色の瞳を柔らかく細めて微笑んだ。
「それではヤルヴィのご領主様、私を貴方の領地へお連れくださいませ!」
自分達とは違う、その不思議な瞳に真正面から微笑まれたオリヴェルは、何も言葉を返せないまま、ネイリッカに腕を掴まれ引きずられるように玉座の間を退出した。
「確かに、どう見ても父と娘にしか見えんのう・・・」
王のつぶやきに、控えていた側近達は心から同意した。
■■
それから直ぐに二人は支度を整え、王都から領地へと向った。
彼らの目的地であるヤルヴィは、この国の端っこにあり、うんと遠かった。
「ネイリッカ殿、うちみたいな貧しい小さな領地の『空読み姫』を引き受けてくれてありがとう。誰もなってくれないんじゃないかと心配してたんだ」
馬車に揺られながらオリヴェルが礼を言うと、ネイリッカが目をぱちくりとさせた。
「確かに前王の時代は、王のお気に入りにしか与えられなかったと聞きますけど、今の国王陛下はどんな領地にも『空読み姫』は必要だとお考えですから」
「うん、でも、うちは前領主がもうこんなとこ嫌だ! 領主やめた! って放り出すくらい貧しくてさ。君にはきっと今までのような贅沢な暮らしをさせてあげられないし、苦労をかけることになる。それが申し訳なくて」
落ち込むオリヴェルの袖をきゅっと摘んで意識を向けさせたネイリッカは、ぶんぶんと首を横に振ってそれを否定した。
「私は贅沢な暮らしをしたいと思っていません。私は私を必要としてくれる所へ行けることが嬉しいのです。私の方こそ、まだまだ未熟で出来ないことが多くてご迷惑をおかけすると思いますが、一生懸命頑張りますから、これから色々教えて下さい」
「そんなふうに言って貰えてとても嬉しいよ。これから私達は家族になるんだし、遠慮はいらないから何でも聞いてね」
「家族・・・! はい! ありがとうございます!」
オリヴェルの言葉にネイリッカが嬉しそうに頷いた。
それから七日程馬車に揺られて、今朝方ついにヤルヴィの領地に入った。
それまで目を輝かせて車外の景色を眺めていたネイリッカが、うつむきつつ腰まである茶の髪を指にぐるぐると巻きつけながらオリヴェルに尋ねてきた。
「・・・あのう、私の夫となる人はどのようなお方ですか? あっ、私は『表の花嫁』ですので、もちろん『奥の花嫁』様のお邪魔は致しませんし、その方が望むなら姿も見せないように致します。私がお飾りなのは存じておりますが・・・その、やはり、形だけとはいえ自分の夫となる方のことを知っておきたいと思いまして・・・」
実はネイリッカは、ずっと自分の結婚相手のことを聞きたくてたまらなかったのだ。
相手にとって自分は国が勝手に決めた『表の花嫁』という名のお飾りの妻であり、家柄や恋愛により選ばれた妻である『奥の花嫁』にとっては目障りな存在だと聞かされてきた。
それ故多くの『空読み姫』達は、端から愛されることを期待せず、いかに贅沢な暮らしが出来るかという点を嫁ぎ先に期待していた。
それでも、まだ幼いネイリッカは一生を共にする相手と出来れば円満な関係を築きたい、少しは愛情を向けて欲しいというささやかな願いを持っていた。
しかし、いきなり十歳で嫁ぐことになり、心の準備が全く出来ておらず、どうしていいかわからないままここまで来てしまったのだった。
最初は既に妻子のある三十以上も年上の男が相手ということで、愛されることは諦めきっていたのだけど、会ってみればオリヴェルは想像と違って優しく、しかもその息子と結婚することに変わった。
それにより、ネイリッカの胸には『空読み姫』が心の内でひっそりと憧れる、愛し愛されて幸せな夫婦になれるかもしれないという、微かな希望が芽生えていた。
未だ名も知らぬオリヴェルの息子は、父親と同じように金髪碧眼なのだろうか、背は低いのか高いのか、性格は?
実はずっと、それらを聞くタイミングを窺っていたのだが、言い出せぬまま馬車はどんどん進み、気がつけばもう目的地のすぐ近くまで来ていた。
ここまで来てしまったらもう聞かずにぶっつけ本番にしようか迷ったものの、やはり何も知らずに会うのは怖いと勇気を振り絞って尋ねてみたのだった。
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