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番外編

二人のクリスマス

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「ただいま! ウータさん、若様起きてる?」
「おかえりなさい、フリッツ。さっき目を覚まされたところよ」

 ノックと同時に子供部屋へ飛び込んできたフリッツが、手に持っていた木の枝を若様の前で振った。それには実がいくつかついていて、動かすと可愛らしい音がする。

「今日のお土産。ほら、こうやって振れば音がするだろ?」

 フリッツがキョトンと見上げている若様に枝を持たせて一緒に振れば笑い声が上がった。

 若様は最近よく笑うようになった。屋敷内で一番年の近い(十二歳差)フリッツはそれが嬉しいらしく、学校帰りにこうやって色々な物をお土産として持って帰り一緒に遊んでいる。

「若様、街の人達が早く会いたいって楽しみにしてたよ。初めて街に行く時はおれも一緒に行きたいな。旦那様もロッテさんもミアさんも行きたいって言ってたぞ」

 若様へニコニコしながら語りかけるフリッツの横で、私は若様を先頭に公爵夫妻、侍女達、その護衛達と長い行列ができるのを想像してクスリと笑った。

「そういや、奥様は?」

 今、気がついたというように首を巡らすフリッツに心の中だけで苦笑する。私がここにきた頃の彼は奥様べったりだったのに、若様が生まれてからは若様のことばかりだ。

「今日は裏口から真っ直ぐここに来たのね。奥様は玄関ホールで旦那様とツリーの飾りつけをされているはずよ」
「そっか、もうそんな時期なんだ」

 呟いた彼はちょっと遠くを眺めてから私の目を真っ直ぐに見てきた。

「ねえ、ウータさん。おれさ、この家の騎士になろうと思うんだ。でさ、大きくなったテオドール様の護衛になりたいんだよ」
「あら素敵。じゃあ、学校はもう卒業するの?」
「そのつもり。一緒に入った友達も半数以上卒業していったし、そろそろおれも必要な分学び終わったかなって」

 フリッツの通う学校は学びたいことを好きなだけ学べて卒業も自分で決められると聞いた。彼は目標ができたので、次の段階へ進むと決めたのだろう。

「そっか」
「うん。でさ、どうすればここの騎士団に入れてもらえると思う?」

 ハテ? と首を傾げる。何故、それを私に聞く? 当の騎士達に聞けばいいのでは? 私の表情を読んだフリッツが首を振った。

「やっぱり、ウータさんも分かんないかー。スヴェンさん達に聞いたら、旦那様に言えって言われてさー。おれ、あの人とこういう話するの緊張するんだよね。でも、奥様通すのも違う気がしてさ。しょうがない、ラスボス感あふれる旦那様に聞いてくる」

 待っててね、と若様の小さな手を摘んでゆるく振ったフリッツは顔を引き締めて出ていった。

 あー、うー しゃらん

 フリッツがいなくなった途端、若様が声を出した。もらった木の枝を振って彼を呼び戻そうとしているようだった。

「テオドール様、フリッツの応援に行きますか?」

 うー、と声を上げた若様を抱き上げて私も玄関ホールへ向かった。


「・・・うちの騎士に? それがフリッツの希望なら、僕は歓迎するよ。まあ、結構きつい仕事だとは思うけど、それでもやりたいなら団長に推薦しとくね」

 ホールの巨大なツリーの下、直立不動で顔を赤くしているフリッツと話す旦那様の表情は柔らかい。その隣で話を聞いている奥様は胸の前で手を握りしめ顔を輝かせている。

 よかった、お二人とも嬉しそうだ。

「いつか、フリッツがテオの護衛になってくれたら嬉しいわね」

 奥様がワクワクした顔で言えばフリッツが目を丸くした。その野望に関してはまだ伝えていなかったらしい。旦那様は奥様の笑顔に甘い顔をしつつ、フリッツへにやりと笑う。

「それはなかなか難しいね。テオの護衛はトップレベルの実力がないとなれないよ」
「フリッツなら大丈夫よ! 今年のフリッツのクリスマスプレゼントは剣がいいかしら?」
「エミィ、それはちょっと気が早すぎるよ。だけど、フリッツ、君が一人前になったらクリスマスプレゼントに僕達から剣を贈ろう」

 そう言われた時のフリッツの顔はとても幸せそうだった。


■■


「そうそう、リーンはクリスマスプレゼントに何か希望はある? テオには乳母車、ウータとミアにはコート、ロッテにはショール、フリッツはブーツでしょ」

 指折り数えつつ尋ねれば、夫のリーンが思案顔になった。

「物、じゃなきゃダメかな?」

 物以外ってなんだろう? 私はちょっと想像してみた。

「一人の時間が欲しいとか?」
「そんなものよりエミィと二人で過ごすほうがいい」
「どこかに一緒に出掛けたい?」
「いずれは。でも、今は難しいでしょ」
「・・・動物を飼いたい?」
「もうこれ以上、君の愛情を分ける相手を増やしたくない」

 どれも違ってた、と腕組みをして次を考えていたら、含み笑いをしたリーンが内緒話をするように私の耳に手を当てた。

「・・・えっ?! それでいいの?!」
「うん、それがいいんだ」
「わかったわ、任せておいて!」
「楽しみにしてるね」


 当日夜。私はミアとロッテによって飾りつけられていた。

「奥様の盛装は久々で、腕が鳴りますねえ」
「うっ、久しぶり過ぎて苦しいかも」
「奥様、頑張って下さい。今夜は奥様自身が旦那様へのプレゼントなんですよ。思いっきり綺麗にならないと」
「・・・ミア。その言い方はどうかと思うわ」
「でも、間違ってないですよね。旦那様へのクリスマスプレゼントが『着飾った奥様』なんですよね?」
「それは、そうなんだけど!」
「奥様、髪飾りはどれになさいますか?」
「うーん、家宝のサファイアも着けたいし、初めてのクリスマスプレゼントで貰った雪の結晶の髪飾りも思い出が・・・」
「「ここは雪の結晶でしょう!」」

 二人の勢いで髪飾りが決まり、私はリーンが待つ大広間へ連れて行かれ、ポイッと中へ放り込まれた。

 パタン、と後ろで扉が閉まる音がして気がつけば広い室内に私とリーンだけになっていた。

「エミィ、とっても綺麗だね」

 嬉しそうに目を細めるリーンもとびきりの盛装をしていて、あまりの眩しさに彼をまともに見ることができない。

「エミィ、大丈夫?」

 気遣わしげに覗き込んでくる彼から逃げるように顔を覆って叫ぶ。

「リーンが、素敵すぎて直視できないのっ」
「ふはっ、それは光栄。だけど、せっかく君だけのために着たのだから、見てくれたほうが僕は嬉しいな」

 その言葉にハッとした。そうか、私もリーンも今夜はお互いのためだけにこの姿になったんだわ。私はそろりと手を動かして彼を見た。

 うん、とっても格好いい。彼はいつだって私だけの王子様。

「リーン、貴方はいつも格好いいけれど、今日はもっと素敵ね」
「エミィだって、毎分毎秒可愛くなるから僕は本当にどうしようかと思ってるよ」

 それで二人で照れた。それから、リーンがはにかみながらその場に膝をつき、私へ手を差し伸べた。

「可愛いエミィ、どうか僕と踊って頂けませんか?」
「ええ、喜んで」

 ちょっとすまして彼の手に自分の手を重ねる。二人で向かい合うと目があって自然と笑みがこぼれた。

 そして、音楽はなかったけれど、二人で何曲も踊った。

 足が痛くなるころ、ふわっと笑った彼がうっとりと呟いた。

「僕のためだけに着飾ったエミィと踊る。これはなんて贅沢で幸せな贈り物だろう」
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