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番外編
公爵夫人のお出かけ 後編
しおりを挟む「エミィ!」
早くいなくなって、と願っていたのにリーンは真っ直ぐにやって来て私を高く抱き上げた。
なんでバレたの?!きっと怒られる!
私はぎゅっと帽子のつばを握る手に力を込めて目を瞑った。
「お待たせ!」
思っていたのと全く違うその言葉に、私は目を瞬かせて帽子で顔を隠したままの体勢で彼を見下ろした。
今日は彼と待ち合わせなんてしていないし、黙って一人で抜け出して来ていると分かっているはずなのに、どうして?
「なんで、怒らないの?」
見下ろして彼の薄青の目を見つめ、ぽつりと尋ねればリーンの顔がくしゃりと歪む。
あ、泣きそう。私は帽子から手を離して彼の頬へと伸ばした。
「君はもう、こうやって外出できるのに僕のわがままで自由を奪っててごめんね。」
私の手に頬を寄せながら彼が謝罪してきた。
確かにリーンにお願いされて私は外出しなかったけれど。
「貴方に出るなと言われてても、本当に出たかったら私は出掛けてるわ。多分、私も初めての妊娠で臆病になってたの。だから、貴方が謝ることじゃないわ。」
「エミィ・・・」
彼が今にも涙を零しそうになったその時。
「わー!ご領主様と奥方様だ!」
「ずっと街に来なかったね。元気になったの?」
「赤ちゃん生まれたの?!」
顔馴染みの子供達に取り囲まれた。
彼等は主にこの広場に屋台を出している店の子供達で、よくここに店の手伝いや遊びで来ていて、いつの間にか仲良くなっていたのだった。
「赤ちゃんはまだ生まれてないけど、彼女は元気になったからこれまでのように時々街に来るよ。皆、よろしくね。」
「わーい、やったあ!奥方様、うちの新作また食べてね!」
「ええ、ありがとう。って、リーン?!いいの?」
驚く私を見上げた彼は得意そうな顔で頷いた。
「もちろん!僕は考えたんだ。僕と君の希望を叶えるために、この街を君と赤ちゃんが安心して歩けるようにすればいいじゃないかってね。段差を無くして、車道を制限して、警備ももっと増やそうと思う。」
それはまた、壮大な計画ね!でも、リーンがそう言ってくれたことがたまらなく、嬉しかった。
「リーン、ありがとう!大好き!」
「たまに暴走しちゃうけど、僕だって君が大好きなんだ。」
ぎゅっと彼の頭に抱きついたら、ふわりと降ろされて直ぐさま全て抱きしめられた。
「あーっ!奥様がいたー!ご無事でよかったああ!」
その時、ミアの半泣きの声が聞こえてきて私はぎゅっとリーンの服を掴んだ。
「エミィ?」
「・・・リーン、私は庭を散歩中にミアが忘れ物を取りに行ってる間に抜け出してきたの。すごく心配かけちゃったわ。お願い、一緒に怒られて頂戴!」
「ははっ、いいよ。一緒に怒られよう。でもどうやってあの邸から出てきたの?」
そこで私は彼と揃ってやってきたミアや護衛のデニス達に脱出方法を白状した。
「さすが、奥様。よくもまあ、そんな場所を見つけましたねえ。」
「いや本当に。君には何かそういうモノを見つける能力が備わっているんじゃないの?」
「知らないわよ。いつも、向こうが勝手に私の前に現れるのだもの。」
「私、奥様が消えたと思って本当にびっくりしたんですよ!」
「うう・・・勝手にいなくなって心配をかけてごめんなさい。」
「ミア、僕がエミィを外出禁止にしたからいけなかったんだ。すまない。」
雇い主のリーンに謝られてしまえば、それ以上文句が言えないミアがまだまだ何か言いたそうな顔で口を噤む。
「ですが、今回は我々が奥様の不在に気がついてから、さほど時を置かずにぬいぐるみ屋のヴォルフが注進に来てくれ、続けてフリッツが『奥様が街にいる』って駆け込んできましたから、心配する時間が短く済んで、捜索も楽でした。」
デニスの台詞に私は憮然とした。
「ヴォルフもフリッツもなんで秘密にしてくれなかったのかしら。」
「奥様、何を仰っているのですか?貴方が急にいなくなることで、この国にどれだけ影響を及ぼすと思ってるんですか!」
「国?!」
「国、です!奥様に何かあったら、国中大騒ぎですよ?」
ミアにフンッと鼻息荒く言い返されて私はたじたじとなった。
・・・さすがに国はないでしょ・・・。
「まあまあ、ミア、落ち着いて。エミィも自分に何かあればこの国が壊れるって分かってるから。ね?」
リーンまで何を言ってるの?
呆然とする私を引き寄せてさっと頬にキスをした彼は、そのまま会話を続ける。
「それにこれからは街に自由に行ってもらうから、もう抜け出したりすることはないと思うし。」
「えっ?!旦那様、いいんですか?!」
「毎回仕事を放り出して、奥様について行ってはいけませんよ?!」
「大丈夫、付き添うのは街の整備が終わるまでにするから。」
驚くミアに釘を刺すスヴェン。リーンはしれっと答えているが、街の整備は大規模になりそうだから出産後まで続くのでは?
ニコニコしながら宣う溺愛夫の言に、私は彼の仕事の進行を見ながら出掛けようと心に決めた。
「そろそろお話は終わりましたか?」
聞き慣れたヘンリックの無愛想な声に振り返れば、両手に飲み物を持った彼と美味しそうな食べ物を持った先程の子供達がいた。
「はい、こちらが奥様の分です。」
ぐいっと渡されたカップの中身は飲みたいと思っていた新作で。
「わあ、嬉しい!ありがとう、ヘンリック。」
「礼なら旦那様に仰ってください。私は指示どおりに買ってきただけですからね。」
リーンにもう一つのカップを渡しながらヘンリックが言い、私はリーンの方を振り返った。
「ありがとう、リーン。これ飲みたかったの!」
喜びを炸裂させて礼を言えば、リーンも嬉しそうな顔になる。
「エミィは邸内の散歩中だったから何も持ってなかったでしょ。そろそろ疲れて喉も乾いてお腹も空いてるかなと思ってね。」
「大当たりよ!お財布を持って来なかったことを物凄く後悔してたとこなの。」
同時に私のお腹がぐうっと鳴って、子供達が笑いながら次々に美味しそうな料理を差し出してくれる。
「奥方様、これ父さんの新作なの!」
「奥方様、こっちは母ちゃんの自信作だぞ!」
「ぼくのもだけど、全部妊婦さん仕様なんだよ!あとね、ちっちゃい子が食べられる物もいっぱい作ろうって皆が言ってるから、赤ちゃんが生まれたら一緒に来てね!」
「「え?」」
最後の台詞で私とリーンの動きが止まった。
「みんな、赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしてるんだよ!」
じわじわとその言葉が染み込んできて私の目からぽろっと涙が溢れた。
「ありがとう。私、こんなに皆に大事にしてもらって、どれだけ感謝しても足りないわ。」
「奥方様がいるからこの街は平和なんだって父ちゃんが言ってた。」
「そうそう。だから奥方様はご領主様にいっぱい大事にされててね!」
「もちろん、とっても大事にしてるよ。エミィは僕の最高に大切な女性だからね。」
子供達に真剣に返したリーンは、私をベンチ座らせた。
それから皆で食べたおやつは、今までで一番美味しかった。ミアも機嫌を直してくれ、街の人達も次々に挨拶をしに来てくれた。リーンも終始笑顔だった。
「さて、そろそろ帰ろうか。」
「そうね。でもなんで、私を抱き上げるの?歩けるわよ?」
「君は今日、たくさん歩いたでしょ。帰りは僕が運ぶから。」
「いえ、妊婦にも運動は必要なのよ?」
「もう今日の分は終わってるよ。それに、夕暮れで人が多くなってきて、君が歩くには危険だからね。ほら、赤ちゃんのためだと思って大人しくしてて。」
そう言われればこれ以上は拒否できない。
そうして広場近くまで来てくれた馬車に乗ってはじめて、私は自分が随分疲れていたと知った。
リーンは気がついていたのかしらとそのまま目を閉じた途端、私はふかふかの座席に沈み込むように眠ってしまった。
「奥様、寝ちゃいましたね。」
「久々のしかも突発的な外出でしたから、そりゃ疲れもするでしょう。」
「本当にエミィからは目が離せないな。彼女にかかればうちの邸は隙だらけだ。」
夢の中でリーンが私の頭にふわりとキスをした。
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