上 下
83 / 98
最終章 公爵夫妻の宝物

6−16 閑話3

しおりを挟む
 ※ウータ視点(第二章に出てきた城のメイドです。)
 
 
 「ねえ、今日の予定表見た?!」
 「んー?まだ見てない。」
 「賓客リストにハーフェルト公爵夫人の名前があったわよ。」
 「ウソ!超久しぶりじゃない?!」
 「夫人が身籠られて以来、ハーフェルト公爵閣下も登城する日が減って日々味気なかったのよねー。今日はお二人が登城されるなら私達も楽しみがあるってもんよ。」
 「ウータはまたお茶を持っていく係に指名されるんじゃない?いいなあ!」
 「今日は王妃殿下や王太子妃殿下の所へ行かれるでしょうから、王族専属のメイドが給仕するわよ。」
 
 羨ましがられたが、そこはサラッと返しておく。数回指名されただけで、無用な嫉妬をされたくない。
 
 ・・・しかもその内の一回は、公爵夫人と差し向かいでお茶をご馳走になった、なんて口が裂けても言えない。
 
 
 ハーフェルト公爵夫人とは、私のおせっかいというか怖いもの知らずの性格から、変装中の夫人を新入りメイドだと思い込んで色々話しかけた縁で仲良くなったというか、多数の城のメイドの中から認識されたというか。
 
 ただ、それだけの関係で、身分も生活圏も違う相手だと分かってからは、もう二度と話すことはないだろうと思っていたのだが。
 
 初めてメイド長から『ウータ、ハーフェルト公爵夫人の部屋にお茶を運んで頂戴、ご指名よ。』と言われた時の驚きよ。
 
 まあ、そんなこんなでうじゃうじゃいる城のメイドの中で、ハーフェルト公爵夫人が顔と名前を知っている数少ないメイド、というくらいの立ち位置にいると思っていたのだ、この時までは。
 
 ■■
 
 「はい?!私が、ハーフェルト公爵家の侍女、ですか?」
 「そう。ああ、君も城のメイドという職に誇りを持っているだろうから無理強いはしないよ。良かったら、うちで働いてもらえないかな、というくらいの軽い感じで。もちろん、今より俸給は増えると思ってもらっていい。」
 
 目の前で綺麗な笑顔を浮かべ、突然理解不能な話をし始めたハーフェルト公爵閣下へ、うっかり胡散臭げな視線を向けてしまった。
 
 彼の横には直ぐに妊婦だとわかるくらいにお腹が大きくなった夫人が、にこにこしながら私を見ていた。
 
 ■■
 
 今日、予想に反して午前中にハーフェルト公爵夫人からご指名が来た。
 羨む同僚達の視線を避けるようにお茶セットと共に向かった部屋には、なんとご夫妻が揃って私を待ち受けていた。
 
 確かに、カップの数が多いな、とは思ったのだけど、空いた時間に城内で公爵夫人が知人と会われることもあるから、それかと思っていたのに!まさかの公爵閣下!
 
 二人揃っていると、別々の時より輝きが増している気がして眩しい。
 
 頭の天辺まで緊張して震える手で、お二人の前にお茶とお菓子をセットして下がろうとしたら、公爵夫人に『ウータ、一緒にお茶をいかがかしら?』と誘われた。
 公爵閣下と差し向かいだけは勘弁と必死で断ったら、当人から単刀直入に言われたのだ。
 
 「いきなりだけどウータ、うちで生まれてくる子供の侍女として働かない?」
 「はえっ?!」
 
 その言葉に素で反応してしまい、慌てて口を塞ぐ私にたたみかけてきた公爵閣下の台詞が、先の『君も城のメイドという職に~』というやつだ。
 
 ■■
 
 いや、確かに城のメイドもいい職だろうけども、この国一番人気の職場であるハーフェルト公爵家の、今国中が注目している次代のお子様の侍女!だよ?
 そんな最高の仕事が何でこんな、何の取り柄もない私のところに?!
 
 まさかに公爵夫人が知っている城のメイドというそれだけで、この公爵閣下は声を掛けてきたりしない。
 
 上手い話には裏があるというし、こんな一生分の、いや来世分もの幸運を使ってしまいそうな話、怖すぎる!
 
 私の表情から何かを読み取ったらしく、公爵閣下は夫人には見えないような角度で、見た人が凍りつきそうな美しい笑みを一瞬覗かせた。
 
 「別に妻が懇意にしているメイドだからというだけが選んだ理由じゃないよ。城で働く際に提出した身元調査書を見せてもらったら、君に5人も弟妹がいると知って、それなら子供相手も得意かな、と思ったんだ。」
 
 そんな理由?それなら他にも対象がいっぱいいそうだけど・・・。
 ていうか、今、この人私の心を読まなかった?!怖っ!
 
 それでも返事を迷う私に、公爵閣下は最終手段をとった。
 
 「エミィ、ウータは迷ってるみたいだよ。君からもちょっとお願いしてみたらどうかな?」
 「そうね!貴方より私の方がお世話になるんだものね。」
 
 それまで黙って笑顔で見守っていた夫人は、夫から話を振られて大きく頷いた。
 
 夫の手を借りてよいしょっとお腹を抱えて立ち上がり、とととっと私の所へ来て両手を胸の前で組んで小首を傾げ、一言。
 
 「うちは赤ちゃんの扱いに慣れてない人が多くって・・・ウータが頼りなの。うちに来てくれたら私が貴方を幸せにできるように頑張るから、この子の侍女になってくれないかしら?」
 「はい!喜んで侍女になります!」
 「本当?!嬉しい、ありがとう!」
 
 吸い込まれるように諾と答えてしまってから、ぱっと口に手を当てる。
 
 やられた!たおやかな公爵夫人にこんな風に可愛らしくお願いされたら断われるわけがない。
 
 最近、『銀の貴婦人』とこっそり呼ばれている夫人の透明感のある灰色の瞳に儚げに見つめられてはもうどうしようもない。
 
 それに、公爵夫人の台詞はまるでプロポーズのようで、少しときめいて顔が赤くなってしまった。
 
 いや、お給料は上がるし、いい職だし、九割方受けるつもりだったけれども!
 まんまと公爵閣下に嵌められた気にはなる。
 
 これを仕掛けた公爵閣下はさぞ満足な顔をしているだろうと思ったら、笑顔で固まっていた。
 
 「エミィ、そのお願いの仕方はやり過ぎというか、可愛すぎるというか。」
 
 ぶつぶつと呟きながら立ち上がると大股で近付いてきて、私から夫人を隠すように自分の腕に中に収めてしまった。
 
 その真ん前にいる私は、間近でお二人のやり取りを見れて心の中は大盛り上がりだったが、表向きは目のやり場に困る風を装った。
 
 で、この後、私はどうすればいいのでしょうか?
 
 「じゃあ、ウータはヘンリックの所へ行って、詳しい条件とか確認して契約書にサインしてきてくれる?ミア、案内してあげて。」
 
 またもや心を読んだような指示をされた。
 
 公爵閣下の視線を辿って、私は壁際に控えていた若い侍女の方を振り返る。
 
 彼女は主の言葉を受けて無言で扉へ向かい、私は公爵夫妻に一礼してその後に続いた。
 
 ■■
 
 「ウータさん。私は奥様付の侍女をしているミアといいます。どうぞこれからよろしくお願い致します。」
 「あ、はい。年は私の方が上でしょうけど、公爵家では貴方の方が先輩ですから色々教えてくださいね。」
 
 廊下に出たところで挨拶をされ、慌てて返す。
 薄茶の髪の彼女は人懐こそうな笑顔を浮かべると、歩きながら話し掛けてきた。
 
 「先程は旦那様が失礼をしました。ちょっと、かなり、奥様が絡むと傍若無人になってしまわれるので・・・。」
 「やはりお屋敷でもあのように仲が良いのですか?」
 「ええ、もっと遠慮がない感じですので、それは覚悟しといたほうがいいです。」
 「それって、間近でお二人のいちゃいちゃを見放題になるってことですよね!ヤバい、見たら嬉しくて鼻血吹きそう。」
 「・・・うちの屋敷は鼻血掃除のプロですから、いくらでも吹いてもらって大丈夫ですよ・・・。」
 「え?」
 
 とりあえず、同僚達にはぎりぎりまで隠しておこう。

 ■■■
 おまけ~その頃の公爵夫妻~
 
 「エミィ、君、もしかして他の人にお願いする時も、あれしてるの?」
 「ええ。リーンがああやってお願いすればよく効くよって教えてくれたんじゃない。」
 「・・・!!あれは、僕専用でっていったつもりだったのに!」
 「えっ、でも貴方以外にも効いたわよ?」
 「そりゃそうだろうね!可愛すぎだもの!もう、誰に使ったか教えて!」
 「・・・覚えてないわ。」
 「そ、そんなに大勢に使ったの?!」
 
 
 
 
 
 ■■■■
 
 ~ウータ勧誘の理由~
 
 ここ数日、リーンは悩んでいた。
 
 うーん、そろそろ生まれてくる子供の侍女を雇わないとまずいよね。でも、募集をかけたら恐ろしい程の応募があるのは目に見えてるし、そうすると書類選考や面接でエミーリアへの負担が生じる。それは避けたいんだよね・・・。
 
 あ、城の侍女ならもう身元は確かだし、それなりの技能は持ってるし、いい人材の宝庫じゃない?一人二人減っても直ぐ雇えるし、うちに引き抜いてもいいよね?
 
 あ、じゃあエミーリアが懐いているウータにしようかな。メイドだけど侍女の仕事も出来るでしょ。とりあえず、今度彼女の身元調査書を見せてもらおっと。
 
 ということで、ウータの勧誘という名の引き抜きが決まったようです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい

三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです 無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す! 無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...