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最終章 公爵夫妻の宝物

6−9

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※エミーリア視点
 
 
 「ノルトライン侯爵、そろそろ母上との話し合いは終わったかな?」
 「これが、話し合いに見え、ます・・・か」
 
 リーンに問いかけられた現ノルトライン侯爵のルーカスは、言い合いの勢いのままこちらに向けた視線を直ぐに彷徨わせた。
 
 不思議に思って自分達を見てみれば、がっちり両手を繋いだままだった!
 慌てて離そうと繋いだ手をぶんぶん振ったらリーンが目を眇めた。
 
 「君は手を離すと何をするか分からないから、このままでいて。」
 「えっ?!」
 「手を繋ぐのが嫌なら、代わりにがっちり抱きしめておくけど?」
 
 私とリーンの間に沈黙が落ちる。
 
 ・・・ええっ、二択なの?!他の選択肢はないの?
 
 流石に抱きしめられたままで話すというのは、どうかと思う。だからといって両手を繋いだままというのも・・・。
 
 私は小声で抗議した。
 
 「・・・どちらも拒否。手を離して欲しいの。」
 「うーん、君がそう言うなら仕方がない。でも、絶対に動かないでよ?・・・まあ、動いたら直ぐに捕まえるけど。」
 
 渋々、条件付きでリーンが手を離してくれた。
 
 「噂通り大事にされているな。」
 
 私達のやり取りを聞いていた侯爵が、目を逸らしつつ呟いた。
 
 その台詞に驚いた私は、彼の顔をじっと凝視してしまった。
 だって、昔は私のことなんて全く気にも留めず、家の中のことにも無関心で、最終的に母の味方だった人なのに。
 
 それが、今日は母親を諌めるような発言をして、内容はともかく私の噂を知っているなんて。
 しかも、私がリーンに大事にされていることを確認して安心したような口調だった。
 
 この人の四年間は一体どんなものだったのか。少しやつれて見える顔と三十歳だというのに黒髪に多く混じる白い髪に、それがあまりいいものではなかったことが伺えた。
 
 「母上、貴方も見たでしょう。ハーフェルト公爵夫妻の仲の良さは有名なのです。この二人を別れさせようなんて、とんでもない話ですよ。さらに私欲のために持参金を返せなどと、恥知らずな。」
 
 侯爵が後ろを振り返って母親に言い聞かせたが、彼女はふいっとそっぽを向いて無視を決め込んだ。
 
 リーンはその態度にふっと笑って声を掛けた。
 
 「前ノルトライン侯爵夫人、貴方は契約違反をした。当然、相応のものを受ける覚悟は出来ているんだろうね?」
 「契約ですって?笑わせないで、あんなのただの紙切れよ。母親が実の娘に会いに来ただけで、契約違反だなんてとんでもない!」
 「母上!なんてことを言うのですか!」
 
 侯爵が強く窘めるも、前侯爵夫人の勢いは止まらなかった。
 
 「貴方も貴方ですよ、ハーフェルト公爵。貴方は私の娘婿なのだから、本来なら貴方がもっとこちらに気を配って配慮するべきでしょう。」
 
 なんて恐ろしいことを言うのか。私と侯爵は揃って青褪めた。
 そろっとリーンの様子を窺えば、彼はキレイな笑顔で前侯爵夫人を見ていたが、周囲は急速に気温が下がっていた。
 
 「前ノルトライン侯爵夫人、貴方は一体何を言っているのかな?この国の法に基づいて、四年前から私の妻と貴方は他人になっている。よって私と貴方も何の関係もない。」
 「でも、私がその娘を産んだということは事実ですわ。」
 「ああ、実の娘を虐待していたというのも事実だね。」
 「虐待だなどと人聞きの悪い。その娘の出来が悪過ぎて、厳しく躾けただけです。全てその娘のためですわ。」
 
 その言葉にノルトライン侯爵家での生活が蘇って息苦しくなった私は、無意識にリーンの服を握り締めた。
 
 その手をリーンがそっと上から包んでくれる。彼の手は温かい。
 
 「躾とはいい難い所業だったけどね。先程貴方は、契約を紙切れ一枚とバカにしたけれども、貴方を前侯爵夫人たらしめているものも、結婚証明書という契約の紙切れなんだが。私とエミーリアの結婚証明書は私にとってどんな宝物よりも大事な紙切れだけどね。」
 
 その台詞とともに、肩をそっと抱き寄せられた。その優しさに不覚にも涙がこぼれそうになる。私はぎゅっと目を閉じてそれを耐えた。
 
 「契約書という紙切れの重要性を認め、自分が我々と無関係であり、契約違反をしたと認めるか、前ノルトライン侯爵夫人の地位を無いものにしてド貧乏な男爵令嬢に戻るか、どちらでも好きな方を選んでいいよ。」
 「何を偉そうに!」
 
 追い詰められて金切り声をあげた前侯爵夫人にリーンが向けた視線は冷たかった。
 浮かべていた笑顔を消し、目を細めて彼女を見下ろした彼は、一言告げた。
 
 「そう、私は偉いんだ。貴方なんてどうとでもできるんだよ。知らなかった?」
 
 あっさりと肯定されて、彼女は今度こそ、絶句した。
 
 「そうですよ、母上。貴方がハーフェルト公爵家のお金に目がくらんでエミーリアに手を出した結果、我がノルトライン侯爵家は今日で終わりです。ディルクの時はなんとかしのいだものの、こうなってはどうしようもありません。」
 「な、何を言っているの?!ルーカス、お前は王太子殿下に目をかけてもらっているから助けてもらえるはずでしょ?!」
 「その王太子殿下のサイン入りの書類がここにある。私にノルトライン侯爵家の処遇を一任するという内容だ。」
 
 リーンが無表情で母の前にその書類を突き出した。
 
 「そんなバカな・・・。」
 「母上は、ハーフェルト公爵閣下のエミーリアに対する執着心と彼の権力を、甘く見すぎましたね。」
 
 諦めきった声でそう告げた侯爵は、もう母親の方を見なかった。
 
 「では、ノルトライン侯爵。契約書の通り、
爵位は剥奪。さらに我が領民を殺そうとした罪で前ノルトライン侯爵夫人は国外追放とする。侯爵夫人、よかったね、貴方の愛する息子のディルクとお揃いだよ。」
 「なんですって!エミーリア、お前は私をこんな目に合わせて平気なの?!」
 
 リーンが処罰の内容を告げた途端、前侯爵夫人は私へ怒鳴った。その後も罵詈雑言が続く。おかげでリーンの手が私の頭に回されて今にも耳を塞ぎそうになっている。逆にここまで我慢している彼が凄い。
 
 「お前が本当に大事にされているというなら、夫に言うことを聞かせて私達を助けてみなさい!ほら、できないでしょう?やっぱりお前は役立たずで愛されてなどいないのよ!」
 
 「エミーリア、あんな人の言うことは一切耳に入れなくていいよ。君は役立たずなんかじゃないし、たくさんの人に愛されているから。」
 
 前侯爵夫人の最後の台詞にリーンは即座に反応した。私も彼に向かって力強く頷き返す。
 
 「大丈夫。さすがにもう、誰にも愛されてないとは思ってないわ。貴方がいるし、屋敷の皆も、アレクシアも王太子妃殿下も、私の味方をしてくれるって分かってる。」
 
 だから、ここは私が自分でケリをつけなくちゃ。
 
 「リーン、ありがとう。それから、私は貴方の決めた彼女の処遇に条件を付けたいの。わがままだと思って聞いてくれる?」
 「エミィ、彼等に同情はいらないよ?」
 「ええ、リリー達にあんなことをしたのよ、私だって怒っているの!」
 「了解。君の思うままにわがままを言っていいよ。僕はそれを全て叶えよう。」
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