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最終章 公爵夫妻の宝物
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※エミーリア視点
・・・初めて母に真っ向から反発したかもしれない。
デニスの背中に隠れているけれど。
「デニス、ありがとう。」
声を掛けて彼の横に並ぶ。母に一歩近づくことになるが大丈夫、と自分に言い聞かせた。
投げた扇が叩き落され、私を傷つけられなかった彼女は悔しそうな顔をして腕を組み、睨みつけてきた。
「まあまあ、お金と権力で豪勢に自分を守っていること!お前のどこにそれだけの価値があるというのかしら?」
私は言葉に詰まる。それは、いつも頭の片隅にあることだったから。
言い返せない私を見て母の目が輝いた。
「ほらご覧なさい。お前はどう足掻いても出来損ないなのよ。お前が意思のある人間ですって?バカも休み休み言いなさい!お前は欠陥品なの。いいこと?お前のせいでディルクは商家如きに離婚された上に、帝国の何処かで無理やり働かされているのよ?!」
ディルクは帝国の法に基づき、矯正のため各地で無償労働することになったと聞いた。当然、離婚もされた。
ディルクを顔で選んだ妻は渋ったけれど、商家の主人である父親が激怒して、即離婚届が叩きつけられ慰謝料も請求されたという。
・・・そういえば、その慰謝料はどこに請求されたのかしら?本人には払えそうにないと思うんだけど。
「ディルクの慰謝料って・・・。」
ぽろっと私の口からこぼれたその台詞に母が噛みついた。
「うちに請求が来たわ!お前のせいよ!だからお前が払いなさい!そんないい暮らしをしているのだもの、余裕でしょう。」
そんなバカな!被害者の私が加害者のためにお金を出すってどう考えてもおかしいでしょ?
「それはおかしいです、私は被害者ですよ。そんなものを一切払う謂れはありません。それにディルクは自分のしたことの責任を、自分できちんと取らねばならないと思います。」
「何を言っているの!お前がディルクの言う通りに、あの男の元へ売られなかったからいけないのでしょ!ああ、可哀想な私の息子。お前はディルクの姉なのだから、あの子のためにお金になるべきだったのに。」
元とは言え、母親に言われるにはさすがに、ショックの大きい台詞だった。
私は無意識に一歩、後ろに下がった。
デニスやミアの気遣う視線を感じるけれど、流石に今の私に虚勢を張る気力はなかった。
なんで、髪と目の色が灰色というだけで、きょうだい四人の中で私だけがそんな酷い扱いを受けなければならないの?
私だって望んでこの色で生まれて来たわけじゃないのに。
でも、私は今の灰色の髪と目の自分が好きだ。だって、この色だったからこそリーンと出会えたのだもの。
彼は『君の髪が何色でも好きになってた』と言いそうだけど、それでも私達の出会いはこの髪の色だったのよ。
だから、もうなんと言われようとこの色を嫌ったり落ち込んだりしないわ!
私はこの母と、今日この場で今度こそ絶対に決別する!
私はぎゅっと両手を握りしめて気合を入れ、俯きかけていた顔を上げて正面を見据えた。
母の目をじっと見つめながら口を開く。
冷静に落ち着いていこう。
「再度言いますが、親子の縁は切ったはずです。私とノルトライン侯爵家は無関係です。」
確か、見せてもらった契約書にはそう書いてあった。そうよね、リーン?
心の中ではここにはいない夫に確認する。
私が来るなと言ったから、彼は戻ってこないはず。
私が自分でケリをつけなくては。
あ、リーンへの伝言に『これは、私のわがままよ!』って付け加えるのを忘れてたわ・・・。スヴェンが勝手に付け加えておいてくれたらいいのだけど。
私がちらりと現実逃避している間にも、前ノルトライン侯爵夫人は容赦なく責め立ててくる。
「何を馬鹿なことを。お前は私がお腹を痛めて産んだ娘なのよ、親子の縁が契約書なんていう紙切れ一枚で切れる訳がないでしょうが。こんなにお金がある家に嫁いだのだから産んで育ててもらった恩返しするのが当然でしょう。」
さっきからお金をくれとしか言わないこの人と会話を続けることがしんどくなってきた。
リーンには怒られるだろうけど、持参金を返して終わりにしたいとすら思ってしまう。
でも、そうしたらこの人は止めどなく私の所へお金をもらいに来る。
それはハーフェルト公爵家にとても迷惑をかけることになるし、私はこの人達にお金をあげるためにリーンと結婚したわけじゃない。
何としてもお金を渡さずに帰ってもらわなくては。・・・多少、キツい手段を使ってでも。
どう動くべきか考えている私に目の前の人はにやりと笑った。
「そういえば、結婚して三年過ぎても子供が出来ないらしいわね。私なんて結婚して直ぐに妊娠して男児を産んだわよ。本当にお前は何一つまともに出来ないダメな子ねえ。」
ついに一番嫌な方向から斬り込まれた。
気にするな、私。この人は私を痛めつけたいだけよ。ここで傷付いたら向こうを喜ばせるだけ。
だけど、あからさまなその嫌味にも傷つくくらい、今の私には子供の話はキツかった。
ダメだ、泣くな、私。何が何でも涙を引っ込めなくちゃ。相手の思う壺よ。
目の前がぼやけてきて、また俯いてしまったその時、私の耳に馴染みのある声が聞こえてきた。
「あのおばさん、酷い人間だな。」
「本当にね。貴族だとか言う前に人間として最低よね。」
「貴族も俺達と同じ人間だからな。でもまあ、今まで会ったことがない程酷い母親だな。」
「奥様の実の母親だなんて信じられないわ。」
猛烈にあの人を批判する会話が聞こえてきて、そちらを見ればいつの間にかフリッツとカール、リリーがいた。
フリッツは学校帰りらしく鞄を肩にかけている。でも、普段はこの正門ではなく屋敷に近い裏門を使っているはずだ。
何故、今ここに?
流石に驚き過ぎて涙が引っ込んだ。
この正門付近はお店の類は何もなくて、通いの使用人達の家が多い。だから主にうちに用がある人しか通らない。ということはこの三人はここに用があって来たということだけど・・・?
目を丸くして見つめている私に気がついたリリーが、いつもの笑顔で手を振ってきた。
「奥様、うちに寄って下さったそうですね。その件でご相談があって来ちゃいました。」
「おれは今日カールおじさんの所に用があって、近いからここから帰ろうと思ったんだけど・・・。」
「こら、フリッツ。おじさんって呼ぶなっていつも言ってるだろーが。奥様、オレはフリッツを送って来たのですが、えらい修羅場で驚いてます。」
リリーに続けてフリッツが怖い顔をした前侯爵夫人達を気にしつつ言い、カールが最後にまとめた。
「そうなの。えっと、見苦しいものをお見せして申し訳なかったわね。もうこちらの方達にはお引き取り願うから、貴方達はどうぞ門内に入って待ってて。」
私も動転してよくわからないことを口走る。
三人の登場で私の気が逸れて、またしても傷つけ損ねたと思った前侯爵夫人が苛ついたように叫んだ。
「それが噂のお前が偽善で拾った者達ね!いいところに来たわ。」
彼女がさっと手を翻した途端、今まで背後で立っているだけだった護衛達が剣を抜いて三人に襲いかかった。
何で?!どうなってるの?!
カールがとっさにフリッツを抱えて逃げるのが見えた。
「今すぐ離婚して私と来るか、お金を渡すと返事をなさい!早くしないと貴方の大事な庶民が死んでしまうわよ。それとも、取るに足らない庶民だから死んでもいいのかしらね、ハーフェルト公爵夫人は。」
そんなバカな理由で何の関係もないリリー達を殺そうとするなんて!
前ノルトライン侯爵夫人の台詞を聞き終わる前に、私の身体は立ち竦んでいるリリーに向かって動いていた。
リリーのお腹には赤ちゃんがいるのに!
「奥様っ!!」
ミアの悲鳴と共に、私はリリーに向かって振り上げられた剣の前に飛び出した。
・・・初めて母に真っ向から反発したかもしれない。
デニスの背中に隠れているけれど。
「デニス、ありがとう。」
声を掛けて彼の横に並ぶ。母に一歩近づくことになるが大丈夫、と自分に言い聞かせた。
投げた扇が叩き落され、私を傷つけられなかった彼女は悔しそうな顔をして腕を組み、睨みつけてきた。
「まあまあ、お金と権力で豪勢に自分を守っていること!お前のどこにそれだけの価値があるというのかしら?」
私は言葉に詰まる。それは、いつも頭の片隅にあることだったから。
言い返せない私を見て母の目が輝いた。
「ほらご覧なさい。お前はどう足掻いても出来損ないなのよ。お前が意思のある人間ですって?バカも休み休み言いなさい!お前は欠陥品なの。いいこと?お前のせいでディルクは商家如きに離婚された上に、帝国の何処かで無理やり働かされているのよ?!」
ディルクは帝国の法に基づき、矯正のため各地で無償労働することになったと聞いた。当然、離婚もされた。
ディルクを顔で選んだ妻は渋ったけれど、商家の主人である父親が激怒して、即離婚届が叩きつけられ慰謝料も請求されたという。
・・・そういえば、その慰謝料はどこに請求されたのかしら?本人には払えそうにないと思うんだけど。
「ディルクの慰謝料って・・・。」
ぽろっと私の口からこぼれたその台詞に母が噛みついた。
「うちに請求が来たわ!お前のせいよ!だからお前が払いなさい!そんないい暮らしをしているのだもの、余裕でしょう。」
そんなバカな!被害者の私が加害者のためにお金を出すってどう考えてもおかしいでしょ?
「それはおかしいです、私は被害者ですよ。そんなものを一切払う謂れはありません。それにディルクは自分のしたことの責任を、自分できちんと取らねばならないと思います。」
「何を言っているの!お前がディルクの言う通りに、あの男の元へ売られなかったからいけないのでしょ!ああ、可哀想な私の息子。お前はディルクの姉なのだから、あの子のためにお金になるべきだったのに。」
元とは言え、母親に言われるにはさすがに、ショックの大きい台詞だった。
私は無意識に一歩、後ろに下がった。
デニスやミアの気遣う視線を感じるけれど、流石に今の私に虚勢を張る気力はなかった。
なんで、髪と目の色が灰色というだけで、きょうだい四人の中で私だけがそんな酷い扱いを受けなければならないの?
私だって望んでこの色で生まれて来たわけじゃないのに。
でも、私は今の灰色の髪と目の自分が好きだ。だって、この色だったからこそリーンと出会えたのだもの。
彼は『君の髪が何色でも好きになってた』と言いそうだけど、それでも私達の出会いはこの髪の色だったのよ。
だから、もうなんと言われようとこの色を嫌ったり落ち込んだりしないわ!
私はこの母と、今日この場で今度こそ絶対に決別する!
私はぎゅっと両手を握りしめて気合を入れ、俯きかけていた顔を上げて正面を見据えた。
母の目をじっと見つめながら口を開く。
冷静に落ち着いていこう。
「再度言いますが、親子の縁は切ったはずです。私とノルトライン侯爵家は無関係です。」
確か、見せてもらった契約書にはそう書いてあった。そうよね、リーン?
心の中ではここにはいない夫に確認する。
私が来るなと言ったから、彼は戻ってこないはず。
私が自分でケリをつけなくては。
あ、リーンへの伝言に『これは、私のわがままよ!』って付け加えるのを忘れてたわ・・・。スヴェンが勝手に付け加えておいてくれたらいいのだけど。
私がちらりと現実逃避している間にも、前ノルトライン侯爵夫人は容赦なく責め立ててくる。
「何を馬鹿なことを。お前は私がお腹を痛めて産んだ娘なのよ、親子の縁が契約書なんていう紙切れ一枚で切れる訳がないでしょうが。こんなにお金がある家に嫁いだのだから産んで育ててもらった恩返しするのが当然でしょう。」
さっきからお金をくれとしか言わないこの人と会話を続けることがしんどくなってきた。
リーンには怒られるだろうけど、持参金を返して終わりにしたいとすら思ってしまう。
でも、そうしたらこの人は止めどなく私の所へお金をもらいに来る。
それはハーフェルト公爵家にとても迷惑をかけることになるし、私はこの人達にお金をあげるためにリーンと結婚したわけじゃない。
何としてもお金を渡さずに帰ってもらわなくては。・・・多少、キツい手段を使ってでも。
どう動くべきか考えている私に目の前の人はにやりと笑った。
「そういえば、結婚して三年過ぎても子供が出来ないらしいわね。私なんて結婚して直ぐに妊娠して男児を産んだわよ。本当にお前は何一つまともに出来ないダメな子ねえ。」
ついに一番嫌な方向から斬り込まれた。
気にするな、私。この人は私を痛めつけたいだけよ。ここで傷付いたら向こうを喜ばせるだけ。
だけど、あからさまなその嫌味にも傷つくくらい、今の私には子供の話はキツかった。
ダメだ、泣くな、私。何が何でも涙を引っ込めなくちゃ。相手の思う壺よ。
目の前がぼやけてきて、また俯いてしまったその時、私の耳に馴染みのある声が聞こえてきた。
「あのおばさん、酷い人間だな。」
「本当にね。貴族だとか言う前に人間として最低よね。」
「貴族も俺達と同じ人間だからな。でもまあ、今まで会ったことがない程酷い母親だな。」
「奥様の実の母親だなんて信じられないわ。」
猛烈にあの人を批判する会話が聞こえてきて、そちらを見ればいつの間にかフリッツとカール、リリーがいた。
フリッツは学校帰りらしく鞄を肩にかけている。でも、普段はこの正門ではなく屋敷に近い裏門を使っているはずだ。
何故、今ここに?
流石に驚き過ぎて涙が引っ込んだ。
この正門付近はお店の類は何もなくて、通いの使用人達の家が多い。だから主にうちに用がある人しか通らない。ということはこの三人はここに用があって来たということだけど・・・?
目を丸くして見つめている私に気がついたリリーが、いつもの笑顔で手を振ってきた。
「奥様、うちに寄って下さったそうですね。その件でご相談があって来ちゃいました。」
「おれは今日カールおじさんの所に用があって、近いからここから帰ろうと思ったんだけど・・・。」
「こら、フリッツ。おじさんって呼ぶなっていつも言ってるだろーが。奥様、オレはフリッツを送って来たのですが、えらい修羅場で驚いてます。」
リリーに続けてフリッツが怖い顔をした前侯爵夫人達を気にしつつ言い、カールが最後にまとめた。
「そうなの。えっと、見苦しいものをお見せして申し訳なかったわね。もうこちらの方達にはお引き取り願うから、貴方達はどうぞ門内に入って待ってて。」
私も動転してよくわからないことを口走る。
三人の登場で私の気が逸れて、またしても傷つけ損ねたと思った前侯爵夫人が苛ついたように叫んだ。
「それが噂のお前が偽善で拾った者達ね!いいところに来たわ。」
彼女がさっと手を翻した途端、今まで背後で立っているだけだった護衛達が剣を抜いて三人に襲いかかった。
何で?!どうなってるの?!
カールがとっさにフリッツを抱えて逃げるのが見えた。
「今すぐ離婚して私と来るか、お金を渡すと返事をなさい!早くしないと貴方の大事な庶民が死んでしまうわよ。それとも、取るに足らない庶民だから死んでもいいのかしらね、ハーフェルト公爵夫人は。」
そんなバカな理由で何の関係もないリリー達を殺そうとするなんて!
前ノルトライン侯爵夫人の台詞を聞き終わる前に、私の身体は立ち竦んでいるリリーに向かって動いていた。
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