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第五章 公爵夫妻、デートする

5−13 閑話2

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※カール視点
 
 
 「溺愛公爵といえばさ、まだ子供がいないんだってね。」
 
 トビアスが話題を変えてきたが、よく知っている人達のことだけに迂闊なことを言わないよう、気をつけねばならない。
 オレも結構酔ってきてるしな。
 
 黙って頷きだけで肯定すれば、彼は一人で話し出した。
 
 「まあ、あの公爵家はさ、昔から呪われてるって噂だし現当主様は奥方一人だろ?絶対子供なんて出来ないよな。」
 「えっ?呪いってなんだ?!」
 
 初耳の話に思わず素で驚いた。あの夫妻のどこが呪われているんだ?お互いを愛し過ぎて周りが見えない呪いか?
 
 「なんだ、有名な話なのにカールは知らないのか?エルベの街は溺愛公爵が領主だからそういう話は禁止されているのかね。」
 
 いつの間にか呼び捨てられているけれど、それは別に構わない。それよりエルベの街でそんな話を聞かないのは、皆間近に公爵夫妻を見ていてその仲の良さを知っているからだと思う。
 旦那様の耳に入ったら怖くて、言えないだけかもしれないが。
 
 しかし、そんなに有名な話ならオレも知っておきたい。以前、あの屋敷のメイドが言いかけたこともこの事なのだろう。
 
 「禁止されているかどうかは知らないが、オレも知りたいんで教えてくれ。」
 
 軽く頼んでみれば、トビアスが快く応えてくれた。
 
 「いいぜ。ハーフェルト公爵家は昔から生まれる子供が少なくてな、前公爵には女児一人だけ、その前は男児一人だけだったのさ。」
 「え、それだけで呪われていると?」
 「だってよ、代々の公爵にはたっくさんの妻がいたんだぞ?それで子供一人って、もう呪われているとしか思えないじゃん。」
 「えっ、妻がたくさん?!」
 「数十人くらいいたらしいぜ!羨ましいよな。」
 
 そうだったのか。奥様が子供が早くできる方法がないかとぼやいていたのは、こんな事情があった訳か。
 
 まあ、あの旦那様の様子を見ている限り、他に妻を持ちそうにはないけれど、外野はうるさいかもな。
 
 「えらくショックを受けているようだが、何かあるのか?」
 「いや、何もないが、やっぱり自分の住んでいる街のご領主のことだからね。子供が出来て呪われているなんて言われなくなればいいよなと思ってただけだ。」
 「ふーん、エルベの住人は優しいんだな。」
 
 口元に当てていたジョッキが温まるまで、ぼうっとしていたら二人に不審な目で見られた。
 半分本音を返したら、奇特なものを見る目を返された。
 
 そうだよな、オレ達庶民にとっちゃ、貴族なんてその不幸を嘲笑う対象だよな。
 
 「領主が呪われていたら、街も呪われそうじゃないか。」
 
 思ってもないが、そう付け加えれば得たりと頷かれた。
 
 「ミリーさんが住んでる街なんだし、呪われ公爵が領主じゃなくなればいいね。」
 「そういやそうだな。でも、エルベは国で一番繁栄してる。それは領主の腕なんだろうなと思うぜ。」
 
 溺愛が呪われに変わっている。あだ名の数の多さは人気の証・・・てことにしておこう。
 遠い目でそんなことを考えた時、トビアスが急に目を輝かせた。あんまりいい予感がしない。
 
 「そうだ、カールも一口乗らねえ?」
 「何に掛けるんだ?」
 「結婚五年以内に呪われ公爵に子供が出来るかってのやってんだよ。もう三年過ぎてるだろ、最近『出来ない』にすげー金が積み上げられててさ、今『出来る』に掛けたら大儲けだぜ?!」
 「それ、一度掛けたら変えれないやつ?」
 「ったり前だろ?ひょこひょこ変えてたら分かんなくなるじゃん。」
 「ふーん。じゃ、願望込みで『出来る』に掛けるわ。」
 
 酔いも手伝いオレは自分の財布をひっくり返して、有り金全部をトビアスの前に押しやった。彼等の酔いでぼやけていた顔が驚愕に変わる。
 
 「マジかよ。」
 
 今月そんなに儲かってねえとか、明日からのご飯代がとか、頭の中でチラついたけどそんなことよりあの二人の知人としての意地が勝った。
 
 旦那様、オレに一儲けさせてくださいよ!
 
 
 ■■
 ※トビアス視点
 
 
 生まれた時からの腐れ縁で友達をやっているヤンが、初めて振られた女性をいつまでもぐずぐずと想っていたと思ったら、なんと諦めるから彼女の住む街へ行ってみたいと言い出した。
 
 それってばったり出会っちゃったりしたら、逆に諦められなくなりそうじゃないか?相手は難攻不落の人妻なのに。
 
 それにエルベは俺も行ってみたいけれど、結構遠いしさ。
 でも、ヤンがなけなしの小遣いをはたいて乗り合い馬車代を出してくれるとまで言ったから、渋々の体で承諾した。
 
 ■■
 
 「うわあ、なにこれ、今日はお祭りでもやってるのか?」
 
 馬車を降りた俺達はその場で足を止め、前方の鮮やかな色の壁の建物がずらりと並ぶ街を眺めた。
 
 数年ぶりに訪れたエルベの街は以前よりも活気に溢れていて、多くの人々が行き交い、新しい店も増えていた。
 
 「こんなに人が多いと思わなかった。ミリーさんに会いたかったのに・・・。」
 「ヤン、会えないのは、縁がなかったってことだよ。せっかく来たんだしよ、さっぱり諦めて楽しもうぜ!」
 
 やっぱり会うつもりだったんだな。本当に諦め悪いったら。カールもあれだけ止めとけって言ってただろ?俺はアイツの方に会えたらいいなと思っているんだけどな。
 という本音は言わず、がっかりするヤンの背を押して街の中心へと歩き出した。
 
 ■■
 
 エルベの街を楽しみ、港の市場で昼ご飯と一緒に異国のビールを飲んで、ほろ酔いで家族への土産を探していたその時、ヤンが突然棒立ちになった。
 
 「ミリーさん・・・?」
 
 嘘だろ?!このやたらと人口密度が高い街で約束もしてない人と出会うとか、ありえないだろ?!
 ・・・まさか、縁があるとか言わないでくれよな。親友の泥沼愛憎劇は見たくないぞ。
 
 こわごわとヤンの視線を辿って見れば、確かに先日会ったミリーに似た女性がいた。
 だが、その人は周囲と同じような服装をしてはいたが、明らかに周囲とは何かが違っていた。
 
 手に紙とペンを持ち、この街の有力者と思われる男と対等に、いや、男の方が従っている雰囲気で話をしつつ、あちこちをペンで指し示すと紙に何かを書き込んでいる。
 
 女の子がすぐ側にいるが、友人という様子ではなく、近くには屈強そうな男が二人控えている。どう見ても、あの一団は庶民じゃない。
 
 「ヤン、あれはどこかのお貴族のお忍びだ。近寄らないほうがいい。」
 
 そう忠告すれば、ヤンも頷いて同意した。
 
 「そうだよな。そっくりだけど髪の色が違うもんな。灰色の髪の人って珍しい・・・アレ?灰色って・・・。」
 「灰色の髪?!」
 
 二人で顔を見合わせてさっと青ざめた。
 
 この国で一番有名な灰色の髪の婦人といえば、たった一人。溺愛公爵の妻であるハーフェルト公爵夫人しかいない。
 しかも、ここはハーフェルト公爵家の領内だ。公爵夫妻は街によく出没すると耳にしたことがある。
 
 「まさか、あれは溺愛公爵の奥方?!」
 「ミリーさんとそっくりってどういうこと?!」
 「二人ともやたらと綺麗だと思ったけどよ・・・嘘だろ。」
 
 それに髪の色を変えることはとても簡単で、変装の常套手段だ。
 
 ということは。
 
 ミリーはハーフェルト公爵夫人?!
 
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