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第四章 公爵夫妻、欺く。

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※エミーリア視点
 
 「というわけで、君達の計画は潰れたよ。もともと、私はエミーリア以外と子供を作るつもりは全くないから、端から実現不可能な計画だったんだけどね。」
 「お前、それで跡継ぎが出来なかったらどうするつもりだ?公爵家当主の責務だろ?」
 
 そう不可解そうに言ったディルクに向かって、リーンは冷ややかに吐き捨てた。
 
 「跡継ぎなんて、別に自分の子じゃなくてもいいよ。自分の子がお前みたいなのだったら家が傾くじゃないか。」
 
 ばっさり切られたディルクは、リーンを睨みつけたが、笑顔で無視された。
 
 「ディルクは商会のお金、エミーリアを売ったお金、ハーフェルト公爵家のお金、全部取り損ねたね。欲張り過ぎた結果かな。そろそろ、その顔も見飽きたし、エミィの前から消えてもらおうかな。」
 
 
 リーンが綺麗だけどどこか怖い笑顔で告げると同時に、廊下に面した扉が開いて、ハーフェルト公爵家の騎士達とヘンリックが入ってきた。
 
 リーンに抱きかかえられたままの私と目があったヘンリックは片眉を上げただけで、動ずることなく淡々と告げた。
 
 「お迎えに上がりましたよ、奥様。・・・ああ、この方が首謀者ですか。」
 
 彼は私の無事を確認した後、首を巡らしてすぐに縛られているディルクを見つけた。
 それから首を傾げて私とディルクを見比べている。・・・そうね、似てるわよね!
 
 「ヘンリック、それが首謀者だよ。なんと、ノルトライン侯爵家のご次男だ。まあ、現在は帝国のボーヴェ商会の入婿になっているそうだから、向こうに送って裁いてもらおう。人身売買に誘拐未遂、ああ、夜会で馬鹿な噂を流したのもそうだろうから、名誉毀損も入れとこう、他に暴行もいけるかな?」
 
 リーンはずらずら罪状をあげ、ヘンリックがメモをとっている。その間に騎士達がマルゴット嬢とディルクを立たせて連行しようとした。
 
 ディルクはそれを振り解こうと身体を捩りながらリーンに訴える。
 
 「ちょ、待ってくれよ。僕は帝国で裁かれるのか?!それってフィーネ姉上の旦那にバレるってこと?!ヤバい、あの人怖いんだよ。それに、なんでそんなに罪があるんだよ!濡れ衣だ、まだなんにもしてないじゃないか。」 
 
 「何言ってるの。ここまで実行してるじゃないか。ガイオ義兄上は怖くないよ、公平で潔癖な帝国司法長官じゃないか。君のした事もきっちり正しく判断してくれるよ。もちろん、私から見た詳細を手紙で送っておくから安心してね。」
 
 「どうせ僕のこと悪く書くんだろ。」
 「事実を書くだけだよ。・・・ディルクがどうしてもこの国の法で裁かれたいなら、それも可能だよ?ただし、その場合、私は自分の持てる権力、立場、縁故、全てを使ってお前の息の根を止める。僕は全くもって公平に判断する気がないから、義兄上に任せようと思っただけなんだけど、どっちにする?」
 
 壮絶な笑みでそう言い切ったリーンの迫力に言葉を失ったディルクは、今度は無抵抗で部屋から連れ出されていく。
 
 その背に向かってリーンが付け足した。
 
 「そうそう、最後に言っとくよ。僕は五歳で婚約したけど、婚約も結婚も年齢は関係ないんじゃないかな。大事なのはどれだけ本気か、今もその関係を続けられているか、それだけだよ。」
 
 ディルクは扉をくぐる際に、リーンに守られている私をちらっと見て顔を顰め、何か吐き捨てるように言っていた。
 残念ながら、その間、リーンが耳を塞いでいたので、何も聞こえなかった。外す努力はしたのだけど、力の差があり過ぎたわ・・・。
 
 
 「あれは全く反省してないな。」
 
 扉が閉まり、リーンが呟く。
 彼はようやく私を離して、一人残っていたヘンリックから着替えを受け取っている。
 流石にちぐはぐな格好で外に出るわけにはいかないので、ここで着替えていくらしい。
 
 私は背を向けて終わるのを待つことにした。
 
 
 ディルクとマルゴット嬢が捕まって、これで誘拐未遂事件が解決した。
 ということは、以前のように自由に外出が出来るようになったわけで嬉しいはずなのに、私の心の中は何かが詰まったように重く息苦しい。
 
 結婚前といい、今回のことといい、彼は私と婚約したばっかりに、こんな面倒ごとに巻き込まれている。
 私がいなければ、マルゴット嬢もディルクに利用されることもなく、もしかしたら、リーンと結婚していたかもしれない。父も母も無理やり隠居させられて、私を呪いながら過ごすことにならなかっただろう。
 
 それは考えても仕方のない『もしも』の話なんだけど、私はその『もしも』に囚われ沈み込んでいた。
 
 
 「エミーリア。君がいなければ、ノルトライン侯爵家は前夫人とディルクによって食い潰されていただろうし、フィーネ義姉上は無理やり好きでもない僕と結婚させられていたかもしれないし、僕は勉強も剣術も嫌いな怠け者王子として、この国の厄介者になっていただろう。」
 
 突然、頭の中を読まれたかのような台詞が背後から聞こえて驚いた私は、声に出ていたのかと口を手で押さえて振り返った。
 
 「リーン!最後まで着替えてっ!」

 彼を見た途端、思わずそう叫んで顔を覆った私へ、ボタンの留まっていないシャツをひらひらさせながら彼が平然と近寄って来る。
 
 「なんで恥ずかしがるの。僕の裸なんて・・・」
 
 私は咄嗟に彼の口を両手で塞いで、それ以上は言わせなかった。
 
 「それとこれとは関係ないの!さっさとボタンを留めて!」
 「えー。じゃあ、手伝って?」
 
 もう!ヘンリックは何をしているのと室内を見渡せば、私達以外に誰もいなくなっていた。
 
 私は仕方なく、正面で可愛く首を傾げて待っているリーンのボタンを留めようと腕を伸ばした。
 
 ぽすんっ
 
 気がつけばそのまま腕を取られて、彼の胸に抱きこまれていた。
 こんな形で彼の素肌に直接触れるのは初めてで、その温かさと匂いに落ち着かなくてどきどきする。
 
 「リーン、誰か来るかも。ボタンを留めてあげるから、離して。」
 
 必死に懇願すれば、きゅっと力を込められて耳元で真剣な声がした。
 
 「エミィが『私なんていなければよかった』と、もう二度と考えないって言うなら離す。」
 「なんで、」
 
 そんなこと分かったの?!驚いて彼の顔を見つめたら、そのまま優しく口付けられた。それから、私の頬に手を寄せて、慈しむように指で撫でながらリーンがささやく。
 
 「やっぱり、そう思ってたんだ。今回のことも、なにもかも、君のせいなんかじゃない。君がいなければ良かったなんて、そんなことは何一つないんだ。」
 
 止まっていたはずの涙がひと粒、こぼれ落ちる。それを唇ですくって彼は続けた。
 
 「ノルトライン侯爵家の没落は、前当主の経営能力のなさと、夫人の浪費のせいだ。そこだけは間違えちゃだめだよ。全て君の責任だなんて言うやつが間違っているんだ。だから絶対に気にしちゃだめだよ、いいね?」
 
 彼の私を思うその言葉だけで、私は救われた。
 
 
 「あの、ところで、リーンは私に優し過ぎると思うのだけど。」
 「そんなことないと思うよ。僕はもともと優しくない人間だから、僕の持ってる優しさは全部、君のために使うって決めてるんだ。それで丁度、世間一般と同じくらいだと思うよ。」
 「そ、そうなの・・・?」
 
 それが本当なら、世間一般の人の優しさってとてつもない量ね?
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