上 下
34 / 98
第四章 公爵夫妻、欺く。

4−4

しおりを挟む
※エミーリア視点
 
 
 大事な人を傷つけた。後悔しても叩きつけた言葉は、なかったことに出来ない。
 私は両手をぎゅっと握って、じっと身を固くして立ちつくしていた。
 
 ふっと空気が動いて、彼がぎゅっと抱きしめてきた。
 
 これは・・・予想外だわ。
 ここは、怒って一人でどこかへ行くとか、私に怒鳴るとかじゃないの?
 いや、彼は私を怒鳴ったりしないわね・・・。
 彼のよくわからない行動により、私の思考も混乱している。
 
 
 「エミィ、大好き!愛してる!」
 
 続けて耳元で弾けた言葉に目を開けた。
 今、なんと?
 私に八つ当たりみたいにあんなこと言われて、出てくる台詞はそれで合ってる?
 
 「君が『夫婦だから全て分かち合いたい』と言ってくれたことが、すごく嬉しい。」
 
 確かにそんなようなことを言ったけれども!相手の口から簡潔にまとめられて突きつけられると、恥ずかしい内容だわ!
 私が彼に言いたかったことって、もしや、この一言に集約されるの?!
 
 下ろしたままだった手で、無意識にきゅっと彼の背中を掴む。ついでに、赤くなっているに違いない顔も押し付けて隠す。
 うー、照れくさい!
 
 くすっと笑う気配がして、リーンの手が頭を撫でてきた。
 
 「あのね、誤解しているようだから言っとくけど、僕は君に関することで苦労を感じたことはないよ。人質未遂事件については、そろそろ協力をお願いしようかと思っていたんだ。君がそう言ってくれるなら心強いよ。危険な目にはあわせないようにするから安心して。」
 
 「貴方が来てくれるって分かっているから、少しくらい危なくても平気よ。」
 「それは僕が嫌だから無しで。」
 
 私だってもっと頼りにされたいと、ちょっと強がってみたら、即座に却下された。
 結局、彼に守られるのね。
 私だって貴方を守ってみたいわ、と彼の背に回した腕に力を入れて抱きしめてみるも、直ぐに彼に包み込み直されてしまった。
 うーん、もっと身体が大きくならないと難しいのかしら・・・。 
 
 悩む私を抱え込んだまま、彼は話を続ける。
 
 「それと確かに君の言う通り、僕は君に言ってないことが色々ある。でも、それは、言う必要がないと判断したからなんだ。」
 「前の公爵閣下のことも?」
 「うん。だって、僕は君以外を妻にするつもりは全くないもの。祖父は祖父。僕は僕。違う人間なんだから同じことをする必要はないでしょ?」
 
 それはそうだけど、と私は顔を上げて彼を見る。
 
 「でも、周りの人達は・・・」
 「祖父は、やたらと自分の血を引く男児を欲しがってね。多産系の女性を次々娶ったものだから、そのイメージが僕にもついてきちゃってるんだろうな。」
 「そういえばお義母様は、貴方が自分の子供には拘らないと仰っていたけれど、リーンは自分の子供は欲しくないの?」
 
 リーンはそれに答える前に、じっと私の目を見つめてにこっと笑った。
 
 「欲しいよ。ただし、君との子供なら。エミィそっくりの子供が出来たら、僕は嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだけどね。」
 「なら、リーンそっくりの子供だったら、私が嬉しすぎてどうにかなっちゃうわね。」
 「じゃあ、両方に似てたら、二人で大喜びしようね。」
 「・・・どっちにも似てなかったら?」
 「大丈夫、僕は絶対に君に似てるところを見つけられるから!」
 
 そう言ったリーンは、心底嬉しそうに笑った。
 
 
 陽が上りきってもやが晴れ、花壇の植物についた朝露がきらきら光っている。
 
 改めて手を繋ぎ直した私達は、庭の散策を再開した。
 
 何度も来ている庭園なのに、早朝というだけで違ったものに見える。
 私は空いている方の腕を、大きく広げて深呼吸をした。
 
 「朝の空気って気持ちいいわね!」
 「うん。君の機嫌も直って本当によかった。」
 
 うっ、全力の笑顔で痛いところを突かれた。
 私は小さくなって彼に謝る。
 
 「八つ当たりしてごめんなさい。貴方はいつも私のことを考えてくれているのに、酷いこと言ったわ。」
 「いや、責めたんじゃないんだ。君の機嫌が悪いと僕の胃が痛くって。昨夜、初めて君に背を向けて寝られて、もうどうしようかと・・・。」
 「・・・それでも、後ろからくっついてきてたじゃない・・・。」
 「そうしないと、寝られないもの。君が直ぐ側にいるのに、温かさも柔らかさも感じられないなんて、何の拷問?」
 
 それは、拷問じゃなくて、ただの喧嘩というか、私が一方的に怒ってたというか。
 どう返すか考えているうちに、直ぐ側の植え込みの葉を一枚ちぎった彼が、それをくるくる回しながら続けた。
 
 「そういえば、ミアが不在の間の侍女のことなんだけど。」
 
 その内容に、私は首を傾げる。
 
 「ロッテがいるし、私は自分のことは自分で出来るし、ミアがしばらく留守でも大丈夫だからってことで長期休暇をあげたわよね?」
 
 ミアが休暇に入って数日経つが、フリッツも手伝ってくれるし、寂しさはあっても不便はそんなにない。
 それでなんで侍女の話が出てくるの?
 
 回していた葉をぴんっと投げ捨て、不思議がる私の頬に手を添えた彼が薄っすらと笑った。
 なんか、ちょっと怖い・・・。
 
 「王妃殿下に、公爵夫人に侍女がつかないのはよくないと言われてね。それに、僕は君に少しの不自由もさせたくないし、早く自由に外出もさせてあげたい。」
 「その気持ちは嬉しいけれど、侍女と関係あるの?」
 「もちろん。適役の侍女をミアの代わりにしばらく君の側に置く。その侍女となら街へ行っても大丈夫だよ。」
 「本当?!」
 
 にっこり笑って頷く彼の後ろに、黒い気配が漂っているように見えるのは気のせいかしらね?
 
 「その人、すごい人なのね。私の知ってる人?」
 「それは会うときまで内緒。」
 
 楽しそうに答える彼はご機嫌で、先程までの不穏な感じは消えていた。
 あれは、一体何だったのかしら・・・。
 
 ■■
 
 
 「あらあら、朝から仲が良いわねえ。」
 「朝早くに起きて何するのかと思えば、息子夫婦の覗き見とはいかがなものか。」
 
 窓に張り付き、庭園を散策する次男夫婦を遠眼鏡で覗く妻を呆れたように見遣る国王。
 
 「最近、面白いことがなくて。フェリクスも二人目が出来てから貫禄がついちゃって、からかいがいがなくなってきてたのよね。だから、久しぶりにエミーリアが来てくれて嬉しいわ。」
 
 キスでもしないかしらーと、うきうきしている妻にため息をつきつつ、国王もその横へ並ぶ。
 
 「王妃よ、エミーリアは貴方の玩具ではないんだぞ?後でリーンに怒られるのは私なのだから、もう少し自重してくれよ。」
 
 昨夜、氷のような目をした次男に、これ以上妻で遊ばないよう母を制御しろと脅されたことを思い出した国王は身震いした。
 
 リーンハルトよ、そんなこと言ったってお前の母なのだから、それがどれだけ困難なことか分かるだろう?
 
 
 板挟みの悲哀を漂わせながら、彼は隅々まで計算され尽くした美しい庭園内に、二人を見つけ目で追った。
 
 「おや、あの二人は揉めてないか?」
 「ええ、そのようね。リーンが一方的に責められているなんて珍しいわよ。」
 
 確かに義娘が息子にくってかかっているようだ。
 隣の妻はもう興味津々で、前のめりになっている。
 こういう好奇心旺盛で物怖じしなくてタフなところが、王妃に向いていて長所だと思っていたが、家族にまで向けられるとこちらへのとばっちりが酷い。
 
 しかし、息子夫婦の危機かもしれないと思えば自分も彼等から目を離せないでいた。
 ひたすらお互いを思いやっているように見えたが、あの二人も喧嘩をすることがあるのだな、と妙なところに感心した。
 
 
 「あ、リーンが、がばっといったわ!」
 
 妻の実況中継に意識が戻される。
 がばっとって、なんだ?!まさか?
 慌てて見れば、単に抱きしめているだけだった。怒る女性にああいう行動ができるとは。流石、リーンハルト。
 私には怒る妻を抱きしめるなんて、怖くて無理だ。
 
 結局、何を話していたのかはわからぬままに二人は仲直りしたようで、再び散策を開始した。
 
 「もっと揉めるかと思ったのに、リーンったら長引かせないわね。」
 
 おいおい・・・。
 つまらなさそうな声を出すな、息子を褒めてやれ・・・。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい

三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです 無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す! 無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実
恋愛
当代のアルメスタ公爵、ジェラルド・サン・アルメスタ。 彼は幼くして番に出会う幸運に恵まれた。 けれどもその番を奪われて、十年も辛い日々を過ごすことになる。 やっと見つかった番。 ところがアルメスタ公爵はそれからも苦悩することになった。 彼女が囚われた十年の間に虐げられてすっかり心を失っていたからである。 番であるセイディは、ジェラルドがいくら愛でても心を動かさない。 情緒が育っていないなら、今から育てていけばいい。 これは十年虐げられて心を止めてしまった一人の女性が、愛されながら失った心を取り戻すまでの記録だ。 「せいでぃ、ぷりんたべる」 「せいでぃ、たのちっ」 「せいでぃ、るどといっしょです」 次第にアルメスタ公爵邸に明るい声が響くようになってきた。 なお彼女の知らないところで、十年前に彼女を奪った者たちは制裁を受けていく。 ※R15は念のためです。 ※カクヨム、小説家になろう、にも掲載しています。 シリアスなお話になる予定だったのですけれどね……。これいかに。 ★★★★★ お休みばかりで申し訳ありません。完結させましょう。今度こそ……。 お待ちいただいたみなさま、本当にありがとうございます。最後まで頑張ります。

処理中です...