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第四章 公爵夫妻、欺く。
4−4
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※エミーリア視点
大事な人を傷つけた。後悔しても叩きつけた言葉は、なかったことに出来ない。
私は両手をぎゅっと握って、じっと身を固くして立ちつくしていた。
ふっと空気が動いて、彼がぎゅっと抱きしめてきた。
これは・・・予想外だわ。
ここは、怒って一人でどこかへ行くとか、私に怒鳴るとかじゃないの?
いや、彼は私を怒鳴ったりしないわね・・・。
彼のよくわからない行動により、私の思考も混乱している。
「エミィ、大好き!愛してる!」
続けて耳元で弾けた言葉に目を開けた。
今、なんと?
私に八つ当たりみたいにあんなこと言われて、出てくる台詞はそれで合ってる?
「君が『夫婦だから全て分かち合いたい』と言ってくれたことが、すごく嬉しい。」
確かにそんなようなことを言ったけれども!相手の口から簡潔にまとめられて突きつけられると、恥ずかしい内容だわ!
私が彼に言いたかったことって、もしや、この一言に集約されるの?!
下ろしたままだった手で、無意識にきゅっと彼の背中を掴む。ついでに、赤くなっているに違いない顔も押し付けて隠す。
うー、照れくさい!
くすっと笑う気配がして、リーンの手が頭を撫でてきた。
「あのね、誤解しているようだから言っとくけど、僕は君に関することで苦労を感じたことはないよ。人質未遂事件については、そろそろ協力をお願いしようかと思っていたんだ。君がそう言ってくれるなら心強いよ。危険な目にはあわせないようにするから安心して。」
「貴方が来てくれるって分かっているから、少しくらい危なくても平気よ。」
「それは僕が嫌だから無しで。」
私だってもっと頼りにされたいと、ちょっと強がってみたら、即座に却下された。
結局、彼に守られるのね。
私だって貴方を守ってみたいわ、と彼の背に回した腕に力を入れて抱きしめてみるも、直ぐに彼に包み込み直されてしまった。
うーん、もっと身体が大きくならないと難しいのかしら・・・。
悩む私を抱え込んだまま、彼は話を続ける。
「それと確かに君の言う通り、僕は君に言ってないことが色々ある。でも、それは、言う必要がないと判断したからなんだ。」
「前の公爵閣下のことも?」
「うん。だって、僕は君以外を妻にするつもりは全くないもの。祖父は祖父。僕は僕。違う人間なんだから同じことをする必要はないでしょ?」
それはそうだけど、と私は顔を上げて彼を見る。
「でも、周りの人達は・・・」
「祖父は、やたらと自分の血を引く男児を欲しがってね。多産系の女性を次々娶ったものだから、そのイメージが僕にもついてきちゃってるんだろうな。」
「そういえばお義母様は、貴方が自分の子供には拘らないと仰っていたけれど、リーンは自分の子供は欲しくないの?」
リーンはそれに答える前に、じっと私の目を見つめてにこっと笑った。
「欲しいよ。ただし、君との子供なら。エミィそっくりの子供が出来たら、僕は嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだけどね。」
「なら、リーンそっくりの子供だったら、私が嬉しすぎてどうにかなっちゃうわね。」
「じゃあ、両方に似てたら、二人で大喜びしようね。」
「・・・どっちにも似てなかったら?」
「大丈夫、僕は絶対に君に似てるところを見つけられるから!」
そう言ったリーンは、心底嬉しそうに笑った。
陽が上りきってもやが晴れ、花壇の植物についた朝露がきらきら光っている。
改めて手を繋ぎ直した私達は、庭の散策を再開した。
何度も来ている庭園なのに、早朝というだけで違ったものに見える。
私は空いている方の腕を、大きく広げて深呼吸をした。
「朝の空気って気持ちいいわね!」
「うん。君の機嫌も直って本当によかった。」
うっ、全力の笑顔で痛いところを突かれた。
私は小さくなって彼に謝る。
「八つ当たりしてごめんなさい。貴方はいつも私のことを考えてくれているのに、酷いこと言ったわ。」
「いや、責めたんじゃないんだ。君の機嫌が悪いと僕の胃が痛くって。昨夜、初めて君に背を向けて寝られて、もうどうしようかと・・・。」
「・・・それでも、後ろからくっついてきてたじゃない・・・。」
「そうしないと、寝られないもの。君が直ぐ側にいるのに、温かさも柔らかさも感じられないなんて、何の拷問?」
それは、拷問じゃなくて、ただの喧嘩というか、私が一方的に怒ってたというか。
どう返すか考えているうちに、直ぐ側の植え込みの葉を一枚ちぎった彼が、それをくるくる回しながら続けた。
「そういえば、ミアが不在の間の侍女のことなんだけど。」
その内容に、私は首を傾げる。
「ロッテがいるし、私は自分のことは自分で出来るし、ミアがしばらく留守でも大丈夫だからってことで長期休暇をあげたわよね?」
ミアが休暇に入って数日経つが、フリッツも手伝ってくれるし、寂しさはあっても不便はそんなにない。
それでなんで侍女の話が出てくるの?
回していた葉をぴんっと投げ捨て、不思議がる私の頬に手を添えた彼が薄っすらと笑った。
なんか、ちょっと怖い・・・。
「王妃殿下に、公爵夫人に侍女がつかないのはよくないと言われてね。それに、僕は君に少しの不自由もさせたくないし、早く自由に外出もさせてあげたい。」
「その気持ちは嬉しいけれど、侍女と関係あるの?」
「もちろん。適役の侍女をミアの代わりにしばらく君の側に置く。その侍女となら街へ行っても大丈夫だよ。」
「本当?!」
にっこり笑って頷く彼の後ろに、黒い気配が漂っているように見えるのは気のせいかしらね?
「その人、すごい人なのね。私の知ってる人?」
「それは会うときまで内緒。」
楽しそうに答える彼はご機嫌で、先程までの不穏な感じは消えていた。
あれは、一体何だったのかしら・・・。
■■
「あらあら、朝から仲が良いわねえ。」
「朝早くに起きて何するのかと思えば、息子夫婦の覗き見とはいかがなものか。」
窓に張り付き、庭園を散策する次男夫婦を遠眼鏡で覗く妻を呆れたように見遣る国王。
「最近、面白いことがなくて。フェリクスも二人目が出来てから貫禄がついちゃって、からかいがいがなくなってきてたのよね。だから、久しぶりにエミーリアが来てくれて嬉しいわ。」
キスでもしないかしらーと、うきうきしている妻にため息をつきつつ、国王もその横へ並ぶ。
「王妃よ、エミーリアは貴方の玩具ではないんだぞ?後でリーンに怒られるのは私なのだから、もう少し自重してくれよ。」
昨夜、氷のような目をした次男に、これ以上妻で遊ばないよう母を制御しろと脅されたことを思い出した国王は身震いした。
リーンハルトよ、そんなこと言ったってお前の母なのだから、それがどれだけ困難なことか分かるだろう?
板挟みの悲哀を漂わせながら、彼は隅々まで計算され尽くした美しい庭園内に、二人を見つけ目で追った。
「おや、あの二人は揉めてないか?」
「ええ、そのようね。リーンが一方的に責められているなんて珍しいわよ。」
確かに義娘が息子にくってかかっているようだ。
隣の妻はもう興味津々で、前のめりになっている。
こういう好奇心旺盛で物怖じしなくてタフなところが、王妃に向いていて長所だと思っていたが、家族にまで向けられるとこちらへのとばっちりが酷い。
しかし、息子夫婦の危機かもしれないと思えば自分も彼等から目を離せないでいた。
ひたすらお互いを思いやっているように見えたが、あの二人も喧嘩をすることがあるのだな、と妙なところに感心した。
「あ、リーンが、がばっといったわ!」
妻の実況中継に意識が戻される。
がばっとって、なんだ?!まさか?
慌てて見れば、単に抱きしめているだけだった。怒る女性にああいう行動ができるとは。流石、リーンハルト。
私には怒る妻を抱きしめるなんて、怖くて無理だ。
結局、何を話していたのかはわからぬままに二人は仲直りしたようで、再び散策を開始した。
「もっと揉めるかと思ったのに、リーンったら長引かせないわね。」
おいおい・・・。
つまらなさそうな声を出すな、息子を褒めてやれ・・・。
大事な人を傷つけた。後悔しても叩きつけた言葉は、なかったことに出来ない。
私は両手をぎゅっと握って、じっと身を固くして立ちつくしていた。
ふっと空気が動いて、彼がぎゅっと抱きしめてきた。
これは・・・予想外だわ。
ここは、怒って一人でどこかへ行くとか、私に怒鳴るとかじゃないの?
いや、彼は私を怒鳴ったりしないわね・・・。
彼のよくわからない行動により、私の思考も混乱している。
「エミィ、大好き!愛してる!」
続けて耳元で弾けた言葉に目を開けた。
今、なんと?
私に八つ当たりみたいにあんなこと言われて、出てくる台詞はそれで合ってる?
「君が『夫婦だから全て分かち合いたい』と言ってくれたことが、すごく嬉しい。」
確かにそんなようなことを言ったけれども!相手の口から簡潔にまとめられて突きつけられると、恥ずかしい内容だわ!
私が彼に言いたかったことって、もしや、この一言に集約されるの?!
下ろしたままだった手で、無意識にきゅっと彼の背中を掴む。ついでに、赤くなっているに違いない顔も押し付けて隠す。
うー、照れくさい!
くすっと笑う気配がして、リーンの手が頭を撫でてきた。
「あのね、誤解しているようだから言っとくけど、僕は君に関することで苦労を感じたことはないよ。人質未遂事件については、そろそろ協力をお願いしようかと思っていたんだ。君がそう言ってくれるなら心強いよ。危険な目にはあわせないようにするから安心して。」
「貴方が来てくれるって分かっているから、少しくらい危なくても平気よ。」
「それは僕が嫌だから無しで。」
私だってもっと頼りにされたいと、ちょっと強がってみたら、即座に却下された。
結局、彼に守られるのね。
私だって貴方を守ってみたいわ、と彼の背に回した腕に力を入れて抱きしめてみるも、直ぐに彼に包み込み直されてしまった。
うーん、もっと身体が大きくならないと難しいのかしら・・・。
悩む私を抱え込んだまま、彼は話を続ける。
「それと確かに君の言う通り、僕は君に言ってないことが色々ある。でも、それは、言う必要がないと判断したからなんだ。」
「前の公爵閣下のことも?」
「うん。だって、僕は君以外を妻にするつもりは全くないもの。祖父は祖父。僕は僕。違う人間なんだから同じことをする必要はないでしょ?」
それはそうだけど、と私は顔を上げて彼を見る。
「でも、周りの人達は・・・」
「祖父は、やたらと自分の血を引く男児を欲しがってね。多産系の女性を次々娶ったものだから、そのイメージが僕にもついてきちゃってるんだろうな。」
「そういえばお義母様は、貴方が自分の子供には拘らないと仰っていたけれど、リーンは自分の子供は欲しくないの?」
リーンはそれに答える前に、じっと私の目を見つめてにこっと笑った。
「欲しいよ。ただし、君との子供なら。エミィそっくりの子供が出来たら、僕は嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだけどね。」
「なら、リーンそっくりの子供だったら、私が嬉しすぎてどうにかなっちゃうわね。」
「じゃあ、両方に似てたら、二人で大喜びしようね。」
「・・・どっちにも似てなかったら?」
「大丈夫、僕は絶対に君に似てるところを見つけられるから!」
そう言ったリーンは、心底嬉しそうに笑った。
陽が上りきってもやが晴れ、花壇の植物についた朝露がきらきら光っている。
改めて手を繋ぎ直した私達は、庭の散策を再開した。
何度も来ている庭園なのに、早朝というだけで違ったものに見える。
私は空いている方の腕を、大きく広げて深呼吸をした。
「朝の空気って気持ちいいわね!」
「うん。君の機嫌も直って本当によかった。」
うっ、全力の笑顔で痛いところを突かれた。
私は小さくなって彼に謝る。
「八つ当たりしてごめんなさい。貴方はいつも私のことを考えてくれているのに、酷いこと言ったわ。」
「いや、責めたんじゃないんだ。君の機嫌が悪いと僕の胃が痛くって。昨夜、初めて君に背を向けて寝られて、もうどうしようかと・・・。」
「・・・それでも、後ろからくっついてきてたじゃない・・・。」
「そうしないと、寝られないもの。君が直ぐ側にいるのに、温かさも柔らかさも感じられないなんて、何の拷問?」
それは、拷問じゃなくて、ただの喧嘩というか、私が一方的に怒ってたというか。
どう返すか考えているうちに、直ぐ側の植え込みの葉を一枚ちぎった彼が、それをくるくる回しながら続けた。
「そういえば、ミアが不在の間の侍女のことなんだけど。」
その内容に、私は首を傾げる。
「ロッテがいるし、私は自分のことは自分で出来るし、ミアがしばらく留守でも大丈夫だからってことで長期休暇をあげたわよね?」
ミアが休暇に入って数日経つが、フリッツも手伝ってくれるし、寂しさはあっても不便はそんなにない。
それでなんで侍女の話が出てくるの?
回していた葉をぴんっと投げ捨て、不思議がる私の頬に手を添えた彼が薄っすらと笑った。
なんか、ちょっと怖い・・・。
「王妃殿下に、公爵夫人に侍女がつかないのはよくないと言われてね。それに、僕は君に少しの不自由もさせたくないし、早く自由に外出もさせてあげたい。」
「その気持ちは嬉しいけれど、侍女と関係あるの?」
「もちろん。適役の侍女をミアの代わりにしばらく君の側に置く。その侍女となら街へ行っても大丈夫だよ。」
「本当?!」
にっこり笑って頷く彼の後ろに、黒い気配が漂っているように見えるのは気のせいかしらね?
「その人、すごい人なのね。私の知ってる人?」
「それは会うときまで内緒。」
楽しそうに答える彼はご機嫌で、先程までの不穏な感じは消えていた。
あれは、一体何だったのかしら・・・。
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リーンハルトよ、そんなこと言ったってお前の母なのだから、それがどれだけ困難なことか分かるだろう?
板挟みの悲哀を漂わせながら、彼は隅々まで計算され尽くした美しい庭園内に、二人を見つけ目で追った。
「おや、あの二人は揉めてないか?」
「ええ、そのようね。リーンが一方的に責められているなんて珍しいわよ。」
確かに義娘が息子にくってかかっているようだ。
隣の妻はもう興味津々で、前のめりになっている。
こういう好奇心旺盛で物怖じしなくてタフなところが、王妃に向いていて長所だと思っていたが、家族にまで向けられるとこちらへのとばっちりが酷い。
しかし、息子夫婦の危機かもしれないと思えば自分も彼等から目を離せないでいた。
ひたすらお互いを思いやっているように見えたが、あの二人も喧嘩をすることがあるのだな、と妙なところに感心した。
「あ、リーンが、がばっといったわ!」
妻の実況中継に意識が戻される。
がばっとって、なんだ?!まさか?
慌てて見れば、単に抱きしめているだけだった。怒る女性にああいう行動ができるとは。流石、リーンハルト。
私には怒る妻を抱きしめるなんて、怖くて無理だ。
結局、何を話していたのかはわからぬままに二人は仲直りしたようで、再び散策を開始した。
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