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第三章 公爵夫人、落ちる。

3−9

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※リーンハルト視点
 
 
 「リーンハルト様、落ち着いてください。」
 
 今まで黙って控えていたヘンリックが口を挟んできた。
 彼が参加するとフリッツの言葉遣いに対する注意が延々と続きそうで、記録だけしててと頼んでいたのだ。
 流石にこの状況を看過できなかったと見え、僕へ注意してきた。僕だってここで激高しても意味がないことは分かっている。
 でも、エミーリアがあのまま舟で連れて行かれて、どこかの男に売られるなんて想像しただけで正気でいられない。
 必死で心を落ち着けようと深呼吸する。
 
 「ヘンリックはどこの商人だと思う?」
 
 冷静になろうと、彼に話を振ってみた。
 
 「この国の商人ではないと思います。取引相手も他国・・・帝国の貴族か、相当資産のある者でなければ、そんな危ないものに手を出そうと思わないでしょう。」
 「僕の妻は爆弾か何かかな?」
 「主以外が持った場合の危険度でいうと、それくらいなんじゃないですかね。」
 「・・・かもね。」
 
 その通りだ。とすると、随分と対象が絞れてくる。あとは明日城に行って捕まえた男達から詳しく聞き出そう。
 
 「フリッツ、夜遅くまで付き合わせてごめんね。また色々聞くことがあるとは思うけど、今日はもう寝て。あ、そうだフリッツ。君はうちでどんな仕事したいか希望ある?」
 
 エミーリアならきっと彼にそう聞くと思ったから尋ねてみた。
 聞かれた彼は椅子から立ち上がったところで、動きを止めた。不安そうな表情で僕の方を見て、首を振る。
 
 「おれ、どんな仕事があるかわかんない・・・です。」
 
 フリッツはヘンリックに睨まれて、最後に慌てて『です』をつけた。
 
 「うん、まあ、そうだよね。じゃあ、こんなことしたいとか、こういう所で働きたいとかあるかな?例えば、料理に興味があるとか、植物を育てるのが好きとか。」
 
 フリッツの目が輝いた。そうか、こういう聞き方をすれば良かったのか。
 普段ならこういうことはエミーリアが聞いてくれるから、任せっぱなしなんだよね。
 
 「旦那様は、おれのやりたいことを聞いてくれるんだな?じゃない、聞いてくれるん、です、か?」
 「出来る限り希望に添いたいと思っているよ。」
 「じゃあさ、おれは奥様の一番近くがいい!」
 「えー・・・侍女ってこと・・・?」
 「リーンハルト様、侍女はないでしょう・・・。」
 
 ■■
 

 結局、フリッツの配置は彼の希望を伝えて、うちの執事とロッテに任せることにした。
 ヘンリックが帰るついでにフリッツを部屋まで送るというので任せ、僕は寝支度をして寝室へ向かった。
 
 控えめにノックをして扉を開けると、ベッドの横で縫い物をしていたミアが立ち上がった。
 
 「ミア、お疲れ様。エミーリアの様子はどう?」
 
 近づきながら尋ねると、ベッドの方をちらりと見たミアが顔を曇らせた。
 
 「まだお熱が高くてお辛そうです。早く下がればいいのですが・・・。」
 「本当にね。ミア、後は僕が看てるから、君はもう部屋に引き取って休んで。」
 「え、旦那様が?!駄目ですよ、旦那様は明日もお仕事なのですから別室でお休みください!」
 
 そのままぐいぐいと背中を押されて扉へ連れ戻される。
 ちょっと待って!僕はまだ妻の顔も見てないんだけど!
 慌ててミアを押しとどめる。ここで追い出されてなるものか。
 
 「ミア、お願い!確かにどっちかの体調が悪い時は別室で寝ることになってるけど、今夜だけはここにいさせて。流石にあの後で彼女と離れて寝るのは耐えられないんだ。」
 
 顔の前で両手を合わせて頼み込むとミアが押す力を弱めた。
 彼女が葛藤しているのが伝わってくる。
 よし、もうひと押し!
 
 「頼むよ。このままじゃ、彼女が心配で寝られないよ。僕が無理やり命令したってことでいいから。」
 「分かりました。そこまで仰るのなら。明日、一緒にロッテさんに怒られてくださいね。」
 
 ため息とともに吐き出されたその言葉に、僕は心の中で勝利を叫んだ。
 
 「うん、僕が一人で怒られとくから大丈夫。ありがとう、ミア。じゃ、お休みー!」
 
 気が変わらないうちにと大急ぎでミアを廊下へ押し出す。
 呆れたような顔になった彼女は、看病の注意点を細々と説明してから、心配そうに振り返りながら去って行った。
 
 失礼な。大事な妻の看病くらい出来るよ。
 
 口の中だけでぼやき、扉を閉める。
 先程のやりとりで起こしはしなかったかとそっとベッドを覗き込むと、エミーリアが寝返りを打った。
 よかった、起きてはいないみたいだ。
 薄っすら汗をかいている額をタオルで拭くと、気持ちよさそうな安心した顔になった。
 
 ヤバい。無防備過ぎて、かわいい。
 
 この状態の彼女に何かしようというつもりは全くないけれど、心臓がうるさい。
 これ以上見ているのはマズい気がしてきたので、枕元の明かりを消して思い切って彼女の隣に潜り込んだ。
 
 そっと彼女に寄り添うと、熱い。思わずきゅっと抱きしめてしまった。
 なんで彼女ばかりこんな目に遭うのか。せめてこの熱だけでも、代わってあげられたらいいのに。僕にうつして治らないかなあ。
 そのまま彼女を大事に大事に腕の中に囲い込んで眠った。
 
 ■■
 
 
 「あれ、リーンがいる・・・?」
 
 明け方、ぼんやりした妻の声で目が覚めた。まだ日が昇りきっていない薄明かりの中で、彼女は僕が本物かどうか確かめるように触れてきた。
 そして本物だと分かると、ふふっと笑ってすり寄ってきた。
 エミーリア、かわいい!でも、それ以上僕を煽らないで・・・!
 
 慌てて離れた僕は、ベッドの上に起き上がって彼女の額に手を当てた。
 
 「おはよう、エミィ。まだ、熱があるね。お水飲む?」
 
 バクバクいう心臓を押さえ、平静を装って彼女に尋ねる。
 微かに頷くのを確認して彼女を抱き起こし、サイドテーブルの水をコップに注いで渡す。
 
 「ありがとう・・・。」
 
 ささやくように礼を言う彼女がたまらなく愛おしくて、ぎゅっと抱きしめようとしたら、弱々しく押し戻された。
 
 「リーン、やっぱり伝染るといけないから、この部屋から出ていって。」
 
 出ていって、とエミーリアの口から言われるとショックが大きすぎて、我慢していた何かが弾けた。
 
 「人にうつしたら治るとも聞くし、試してみようか。」
 
 彼女の頬に手を添えて顔を近づけようとしたら、後ろから首根っこを掴まれて引っ張られた。
 
 「旦那様。奥様はお熱があるというのに、何をなさっているのですか?」
 「ロッテ?!いや、その、これはちょっとした出来心で、そんなつもりは・・・。」
 
 振り向いた先のロッテは激怒していた。
 彼女は現在はエミーリアの侍女だが、それまではずっと僕の世話係だったので、小さい頃にいたずらをしてもの凄く怒られた記憶が蘇る。
 そして、僕はそのまま部屋から出され、がっつり怒られた。
 
 「よろしいですか?!ご病気の奥様にあのようなことをなさってはいけません!早く治っていただきたいのでしょう?!」
 「はい。」
 「では、今リーンハルト様がすべきことは何か、おわかりですね?」
 「はい。」
 
 延々と続くお説教にひたすら、頷いてロッテへ反省の意を伝える。結婚前のように名前呼びに戻ってるし、久々のこの迫力には逆らえない。
 
 「・・・では、さっさとお支度をされて、お仕事に行ってらっしゃいませ!それから、リーンハルト様。奥様のお熱が下がるまで面会禁止です。」
 「えっ?!それはないよ!ロッテ、それだけは勘弁してよ!」
 
 悲鳴を上げて撤回を求めたけれど、ロッテは首を振って拒否した。
 
 ・・・酷すぎる。僕はそんなに悪いことをした?!
 
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