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第二章 公爵夫人、メイド体験をする。

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 ※ほぼエミーリア視点
 
 
 「書けないっ!今更恋文なんて難しいのよー!」
 「素敵じゃないですか、結婚三年目の恋文。でも、なんで此処で書こうとしてるんです?自分の屋敷で書いてくださいよ。」
 
 出て行けと言わんばかりにハタキを動かしながら言うカールを私は睨む。
 
 「いいじゃない。リーンに頼まれて二週間。書けないまま、日に日に圧が強くなる気がして落ち着かなくて。屋敷以外の場所なら書けるかもと思ったのよ。」
 「ほー。要は逃げて来たと。」
 「逃げてないわよ!こうやって書いてるじゃない!」
 「一週間前に『好きです』の一言を書いたっきり進んでませんけどね。旦那様が『今日ももらえなかった』と毎晩がっかりなさってます。」
 「ミア、それは言わないで!もう、恋文って何を書けばいいの?リリーに教えを請いに行こうかしら。」
 
 机の上に突っ伏してボヤいたら、腰に手を当てたカールがアドバイスをくれた。
 
 「こらこら、奥様。リリーと貴方は立ち位置が違うでしょうが。リリーは好きを初めて伝える手紙で、貴方は・・・そうですねえ、日頃口に出して言えないこととか、感謝とか、これからのことでもいいんじゃないですかね?」
 
 なるほど。それなら書ける・・・かなあ?
 私はペンを持ち直すと、新しい便箋を出して普段言えないことを考え始めた。
 リーンの好きなところも書こうと思ったら、たくさんありすぎたので割愛して、本当に言いたいことだけの簡潔な文にした。
 
 「書けた!・・・で、いつ渡せばいいのかしら?」
 「いつもお二人で過ごされる夕食後がいいんじゃないですか?」
 「そうねえ。でも、ミア。それだと、目の前で読まれそうで嫌なのよ。」
 「その後の展開も読めちゃいますね!」
 「そ、それは読まないで?!」
 
 ミアの言いたいことがわかり過ぎて顔が赤くなる。
 期待外れの手紙で、リーンががっかりしてそうならないかもしれないけど!
 
 「では、今度のお休みにデートに誘って、外で渡すというのはいかがですか?それなら直ぐに読まれないのでは?」
 「なるほど。そうしてみようかしら。」
 
 私がミアの提案に頷くと、部屋の掃除を終えたカールが呆れたように笑った。
 
 「あの旦那様が外だってくらいで、奥様からの手紙を読むのを我慢しますかね。」
 「少なくとも直ぐ押し倒されることは回避できると思います。」
 「ミア?!」
 「まー、それはそうか。でも、そのまま真っ直ぐ屋敷に連れて帰られそうだけどな。」
 「カールまで!なんでそうなるの!」
 
 「「それ以外、思い浮かびません。」」
 
 ミアとカールが揃って勢いよく答えるものだから、圧倒されて私の声は小さくなった。
 
 「えええ・・・。リーンはそんなことしないと思うんだけど。」
 「奥様、なにか賭けます?」
 「止めとくわ。」
 
 ミアが目を爛々とさせて聞いてきたが、断った。何故か、負ける気しかしない・・・。
 
 ■■
 
 次の休日、午後。
 私とリーンはエルベの街を歩いていた。
 
 私達がこの街の領主夫妻であることは大体の人が知っているが、周囲に合わせた服装の時は、気さくに挨拶してくれたり、私的に遊びに来ているからとそっとしておいてくれる。
 用があるときは遠慮なく声を掛けてくれるよう伝えているので、呼び止められることもあるけれど。
 
 いつもは新しく出来たお店を覗いたり、話題の場所に行ったりすることが多い私達。
 でも今日は、恋文を渡すことが目的なので、最終目的地の公園にどうやって誘導しようかとそればかり考えて、私はずっと上の空だったらしい。
 
 よく行くカフェの新メニューを前にして、リーンに頬をつつかれた。
 
 「エミィ。今日は楽しくなさそうだね?疲れてる?」
 
 心配そうな顔をした彼にそう指摘された私は、首を横に振ってそれを否定して、自分の顔を触ってみた。
 緊張のあまり表情が固くなっていたかも。
 
 相手が自分のことを好きだと分かっていても、これだけ緊張するなら、分からぬ相手に恋文を渡すことがどれだけ恐ろしいことか。
 私はリリーからの恋文をもう少し、重々しく渡すべきだったのではないだろうか。
 軽く渡しすぎた為に、最初に恋文だと思われなかったのでは。
 先日の行いを反省して暗くなっていると、目の前にフォークに乗ったケーキが差し出された。
 条件反射でそれをぱくっと食べる。
 
 「美味しい!」
 
 思わず大きな声が出て、慌てて口を押さえる。向かいのリーンは、とても優しい顔でこちらを見ていた。
 
 「よかった。朝からずっと顔が強張っているから、本当は街に行くのもやめようか迷ってたんだ。」
「それは、その・・・。」
「うん、分かってる。ごめんね、僕の我儘でこんなに悩ませちゃって。まさか、そんなに真剣に書いてくれるとは思ってなくて、気軽に頼みすぎたかなと反省してる。」 
「初めて書くのだもの。真剣にもなるし、悩みもするわよ。本当に大変だったんだから!」
 
 話していてだんだん熱くなってきた。本当に頭が擦り切れるくらいずっと考えて、苦労して書いたのに。よくも気軽に頼んだわね!
 
 「ふふっ。エミィがまた怒ってる。」
 
 むくれる私に彼が嬉しそうに笑う。そんな反応されたら、怒りが続かないのですけど。
 もう。彼には勝てない。それに今日、渡すことがバレバレだとは!
 
 「リーン、この後、公園に行きましょ?」
 「あ、隠すの止めたね?」
 「ええ。もうバレてるなら正々堂々と渡して差し上げるわ。」
 「正々堂々・・・なんだか、かっこいいね。君からの恋文、とっても楽しみだな!」
 
 リーンがこれ以上ないくらいの喜びの表情を浮かべて、いそいそとケーキにフォークを入れた。
 私も開き直って、目の前の新作ケーキを食べることを楽しむ。
 
 この時、この会話が周りに筒抜けだということに私は気がついていなかった。
 
 
 開き直って覚悟を決めたものの、いざ渡すとなると緊張する。
 公園への道を二人で辿りながら、私は渡す時の台詞を頭の中で繰り返すことに忙しくて、無言になっていた。
 手を繋いで隣を歩くリーンが、気を遣ってあれこれ話し掛けてくれるけど、生返事しか返せないでいた。
 
 「奥様!」
 
 突然、後ろから呼ばれて振り返ると、そこには明るい笑顔のリリーと、驚きの表情を浮かべた私服のフィリップがいた。
 
 「こんにちは、リリー!フィリップと一緒ということは、いいお返事をもらえたのね?」
 「えーっと、とりあえずお互いまだよく知らないので、お試しでお付き合いすることになりました!奥様が手紙を彼に渡してくださったおかげです。ありがとうございました。」
 
 お試し?!・・・それはよかったって言っていいのかしら?
 戸惑う私に、嬉しそうにお礼を言ってくれるリリー。
 
 「私、少しはお役に立てたのかしら。恋文を書くのがどれだけ大変か知らなくて、渡す時にもっときちんとするべきだったんじゃないかと反省してるの。」
 
 私が両手でリリーの手をとって、そう懺悔すると、彼女は隣で目を丸くして私達を見ているフィリップを見上げた。
 
 「フィリップさん、私からの手紙を受け取った時、どうでしたか?私は、奥様はそんな酷い渡し方をなさってないと思いますが。」
 
 尋ねられたフィリップは、姿勢を正して口を開いた。
 
 「ここで、ハーフェルト公爵ご夫妻にお目にかかるとは思いませんでした。このような格好で大変失礼を・・・。」
 「フィリップ。いいんだ、私達はよくこうやってこの街を歩いている。その時は街の人々と同じ目線で交流できればと思っているから、君もそういうつもりでいてくれるかな?」
 
 フィリップに城にいるときのように鯱張った挨拶をされかけ、リーンがさらっとそれを断った。
 フィリップは周囲を見回し、街の人々の私達に対する視線を確認して頷いた。
 街の人達は、私達を気にすることなく普段通りの行動をしている。
 そりゃ、多少は好奇の目で見られているとは思うけども・・・。
 
 「かしこまりました。できる限りそのように致します。それでは先日、リリーからの手紙を届けてくださったのは公爵夫人だったのですね。ありがとうございました。」
 「実はそうだったの。それで、私が手紙を渡す時にもっと丁寧にしていれば、貴方も直ぐに恋文だとわかったのではないかと思って反省してたのよ。」
 「いえ、そんなことはありません。あれは私のような男が恋文など貰うことはないと思っていたからでして。」
 「そんな風に思っていたのね。では、実際にもらってみてどうだった?」
 
 思わずもらった時の感想を聞いてしまった。
 これから渡す側としては、気になるわよね。
 
 「リリーからもらえて大変嬉しかったです。」
 「よかったわ。」
 
 そっか、やっぱり恋文を貰うのは嬉しいものなのね。それを聞いたリリーも少し照れたような笑顔浮かべてている。
 リーンも喜んでくれるといいな、とその様子を想像していたら、突然、ぐいっと腰に腕が回ってきて後ろへ引っ張られた。
 
 「フィリップ。あの時は妻が驚かせたようで申し訳なかったね。手紙を渡した時の彼女の姿に関しては他言無用でお願いするよ。」
 
 リーンが私を後ろから抱え込むようにしてフィリップに言った。
 
 「ハーフェルト公爵閣下、もちろんです。」
 「ありがとう。フィリップもリリーとお幸せにね。じゃ、僕達はそろそろ行くね。」
 
 リーンがいうだけ言って私をそのまま抱えて歩き出した。
 ちょっと、私はまだ話が終わってないのだけど?!
 
 私は二人に慌てて手を振って、別れの挨拶をした。
 
 ■■
 
 「フィリップさん、旦那様に嫉妬されちゃいましたね。」
 「え?!そんな、なんで?!」
 「奥様があんまりにも可愛らしい顔をしたからだと思います。」
 「え?そうだった?」
 「え?そう思いませんでしたか?」
 「いや、全然。リリーの笑顔に見惚れていて気が付かなかった。」
 「ええっと・・・。」
 
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