13 / 98
第二章 公爵夫人、メイド体験をする。
2−5閑話1
しおりを挟む※リーン視点
「ねえ、ヘンリック。あれ、誰に見える?」
書類を捌くのに飽きて窓の外を見た僕は、両手を上げて伸びをした姿勢で固まった。
僕の視線の先を追った側近のヘンリックが、窓の近くに行って眼鏡を動かす。
眼鏡を外す。ピカピカに拭く。掛け直す。
「おくさま・・・?」
「に、見えるよねえ?髪の色は違うし、メイドの制服着てるんだけど、僕の妻で、ハーフェルト公爵夫人のエミーリアに見えるよねえ・・・?」
「あの方はいったい何をしているのですか?!直ぐに止めさせなくては!」
「ヘンリック、落ち着いて。今お前があそこに乗り込んで騒げば余計広まるよ?彼女のことは僕がなんとかするから、これを各部署に配って来てよ。それで、今日の仕事はおしまいね。」
「えっ?!・・・本当に終わってますね。」
「でしょ。エミィが城に来ている時はいつも前倒しで仕事進めてて良かった。じゃあ、そういうことで僕は彼女を回収に行くから、ヘンリックは帰っていいよ。」
「そういう訳には!」
「たまには早く帰って奥さんと子供と過ごしなよ。一歳だっけ、きっと帰りを待ってるよ。」
ぐっと押し黙ったヘンリックは、逡巡してからため息をついた。
「では、お言葉に甘えて本日は配り終えたら先に帰らせていただきますが、絶対に奥様を回収してくださいね!それから二度とこういうことはしないように言い聞かせておいてくださいね!」
「うん、任せといてー。」
山のような書類を抱え、部屋を出ていくヘンリックを見送って、僕はもう一度伸びをして肩を回す。
あー全力を出して疲れた。これはエミーリアで癒やすしかないな。
彼女のことを考えると、ひとりでに笑みがこぼれてくる。
さて、今日も面白いことをしている彼女をどうやって捕まえようかな。
一体何のためにしているのかわからないが、公爵夫人がメイドになって窓拭きをしているなんて、誰も想像もしないだろう。
執務中は脱いでいた上着に袖を通して身なりを整える。
そして、再度エミーリアのいる階に目を向ければ、彼女は相変わらず一生懸命に窓を拭いている。僕はしばらくその様子を眺めていた。
あ、僕に気がついて、慌てて隠れちゃった。
そんな態度をとれば正体をバラしているようなものだよ、奥さん。
でも、今からあの部屋に行っても、掃除を終えていなくなっている可能性が高いな。
とりあえず、彼女の変装を助けた人物なら、
何のためにあんなことをしているか理由を知っているだろうから、まずそこへ行くか。
僕は王太子妃の部屋へ向かった。
「義姉上、エミーリアを迎えに来ました。」
「あら、リーン様。今日はとても早いのね。残念だけど、エミーリアは今、用事で席を外しているわ。戻ってきたら貴方のところへ行くように伝えるから、ご自分の部屋でお待ちになってて?」
まずは知らんふりで奇襲をかけたが、王太子妃である義姉は社交用の笑みを貼り付け、サラッと返してきた。さすが。
周りの侍女も無反応だ。
僕は室内を見渡す。エミーリアが隠れている様子はない。
・・・侍女の数が普段より少ない。エミーリアの見張りに出しているな。
ならば、彼女の身に危険が及ぶ前には助けてもらえるだろう。そこは安心した。
「そうですか、分かりました。義姉上、侍女を数人お借りしてもよろしいですか?」
「ええ・・・どうされるの?」
「簡単な頼み事を少々。君達、エミーリアの着てきたドレスと窓拭き掃除の用具を私の執務室に届けておいて。あ、掃除用具はわかりづらい窓の下に、ドレスは隣の部屋に入れておいてくれる?」
「リーン様?!何を・・・!」
「義姉上。見慣れない黒髪の黒縁眼鏡のメイドを見かけたのですが、ご存知ありませんか?」
ひょいと投げかけると義姉上が氷の女王のような笑顔を浮かべた。背後が何やら黒い。
「あら。もうお気づきになったの。本当に彼女に関することには、とんでもない能力をお持ちね。」
「お褒め頂き光栄です。で、彼女の目的はなんですか?教えていただけないなら、エミーリアに外出禁止令を出さねばなりません。ヘンリックが怒ってましてね。」
「夫なのに、ご存知ないの。あらあら。」
僕の脅しにも一向に怯む様子がない。本当にこの人はやりにくい。
ムッとしている僕に義姉上は勝ち誇った笑みで続けた。
「彼女が言わなかった、というなら聞かないほうがいいのでは?大人しく帰りを待っていたほうが賢明よ。」
「聞いてどうこうしようというわけではないのです。ただ、彼女の行き先を知りたいのです。まさか、メイドになって窓拭きをしたかった訳ではないのでしょう?」
「そうねえ。私はまだ、エミーリアと話し足りないから、リーン様に彼女を持って行かれたくないのよねえ。」
義姉上がにこやかに断ってきた。
なにか代わりになるものはないかな。
「そうそう、僕達は次の城での夜会に出席しますが、エミーリアはまだドレスを作ってないのですよ。義姉上、彼女をトータルコーディネートしてくれませんか?」
「よろしいの?!リーン様、いつもご自分でおやりになって、誰にも手を出させないじゃない。いつかやってみたいと思ってたのよ!」
王太子妃があっさり落ちた。僕だって本当は妻のドレスのデザインを人に任せたくはないが、今回は仕方ない。義姉は僕と趣味が同じでセンスも良いので、大丈夫だろう。
いずれは義姉監修のエミーリアも見てみたいと思ってはいたのだ。
「では、彼女が何故あんなことをしているのか教えていただけますね?」
「仕方ないわねえ。まあ、エミーリアから口止めはされてなかったからいいでしょう。彼女は変装して騎士団詰め所に恋文を届けに行ったのよ。行って帰ってくるだけのはずだったのに、まさかメイドの仕事までするとは私も思わなかったわ。私も今度窓拭きを教わろうかしら?」
呑気な義姉の台詞に、控えていた侍女達が青ざめて首を振っていたけれど、僕はそれどころではなかった。
え?エミーリアは他に好きな男が出来たの?しかも、恋文を渡すくらい本気なの?いつ、僕のことを嫌いになったの?今朝一緒に登城してこの部屋の前で別れるまで、そんな気配全くなかったよね?どういうこと?
人生最大のピンチに顔面蒼白になってぐるぐる思考していたら、恐る恐るといった体で年嵩の侍女が義姉に声を掛けた。
「恐れながら、王太子妃様は肝心な部分を王太子補佐様にお伝えしておりません。」
「あら、そうだったかしら?」
並んだ侍女達が僕を気の毒そうに見ながら一斉に頷いた。
肝心な部分ってナニ。相手の名前か?
聞いたら瞬殺しそうなんだけど。
緊張が頂点に達して今にも喚きだしそうな僕を見た義姉が、ぽんと手を打った。
「ああ、エミーリアは頼まれ物の恋文を届けに行ったのよ。だから、そんなにショックを受けないで頂戴。」
その瞬間、僕は安堵のあまり膝から崩れ落ちた。
「義姉上、お願いですからその一番重要な情報を抜かさないでください。何もかも投げ出してエミーリアを担いで山奥にでも隠遁しようかと思ったではないですか・・・。」
「情熱的なんだか、犯罪的なんだかわからない行動ね。」
「なんと言われようと彼女を他の男にやるつもりはないですよ。一度手に入れたら二度と手放す気はないんです。」
「相変わらず、重いんだから。」
「兄上も同じじゃないかな。」
「・・・どうでしょうね。」
義姉が心当たりのありそうな顔をして明後日のほうを見る。
一矢報いたと満足した僕は別れを告げて部屋を出ることにした。
「では、黒髪のかわいいメイドを一人、捕まえに行ってきます。ああ、ミアにはいつもの時間に迎えに来るように伝えておいてください。くれぐれも邪魔をしにこないようにと。」
■■
「ああ、もう!リーン様にエミーリアを持っていかれちゃったわ。今日はもう私のところに帰ってこないでしょうねえ・・・。」
「そうですねえ。来週また来られるご予定ですから。」
「今度こそ、リーン様に取られないようにしなくっちゃ。フェリクス様に頼んで、一日中会議でも入れてもらおうかしら。」
「そうなると王太子妃様も夜まで王太子様にお会いになれませんがよろしいのですか?」
「そうね。うーん・・・。」
36
お気に入りに追加
2,486
あなたにおすすめの小説
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい
三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す!
無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる