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第二章 公爵夫人、メイド体験をする。

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 ※エミーリア視点
 
 
「その恋文、私が届けるわ!」
「いいんですか?!ありがとうございます!」 
「・・・奥様、いや、所長。どうやって届けるつもりです・・・?」
 
 私が叫んだ横で、『よろず相談所』の副所長であるカールが、がっくりと机に顔を伏せた。
 何で落ち込むの?依頼人のリリーは喜んでいるわよ?
 
「どうやってって、リリーの想い人が街の巡回警備からお城の中の勤務になったから、せっかく書いた恋文が渡せなくなっちゃったんでしょ?お城に行ける私がその人を探して、渡せば済む話じゃない。ね、とっても簡単安全よ?」
 
 ね?と斜め後ろに控えている侍女のミアにも同意を求める。が、ミアもなんとも言えない顔をして、手放しで賛成はしてくれないようだ。
 何でかしら?
 不可解だけど、私はこの依頼を断る気も、他の誰かに譲る気もなかった。
 
 「勇気を振り絞って好きな人に気持ちを伝える手紙を書いたのに、読んでもらえないなんて悲しいわ。リリー、任せといて。私が責任持って渡してくるから!」
 「奥様が渡してくださるなら、こんなに心強いことはないです。ここに頼んでよかった。よろしくお願いします!」
 
 そう言ってリリーは来た時とは反対に軽い足取りで階段を降りていった。
 私は一人の少女の恋のお手伝いができることに心躍らせながら、預かった手紙をかばんに仕舞う。
 
 「ちょうど明日、お城に行く用があるから渡してくるわね。」
 「旦那様の所ですか?」
 「いいえ、お義姉様の王太子妃殿下からお茶に呼ばれているの。その帰りにでも行ってくるわ。」
 
 カールはお行儀悪く机に頬杖をつき、半眼で私を見ている。
 この男、最初に行き倒れているところを拾った時は猫をかぶっていたらしく、丁寧で嘘くさい好青年だった。
 今は、やや不遜でなんでもはっきり言う、いけ好かない人になったが、素であろうこっちのほうが私は一緒にいて楽しい。
 今もなにか含みがある視線を私に向けてきている。嫌味か何か言うつもりだろう。受けて立つ!
 
 「カール、なにか言いたいことがあるなら言いなさいよ。」
 
 私は腕を組んで、座っている応接用のソファから横の大きな机に座るカールに言い放つ。
 本来なら所長の私が座るべき場所だと思うのだけど、『月に数回しか来れない奥様より、毎日いて実務をしているオレが座るほうがいいんで。』という彼の一言で彼のものに決まった。
 『いいわよ、私には屋敷の執務室があるもの。』と言い返したものの、いつか座ってみたいと思っている。
 
 「では言わせてもらいますけどね、お城でどうやって彼を探すんです?」
 
 カールの台詞に私は首を傾げた。
 
 「城下街の警備をしていた騎士でしょ?城の騎士団詰め所に行って名前を出せばすぐにわかるんじゃない?」

 カールがため息をついて続ける。嫌な態度ねー!
 
 「ハーフェルト公爵夫人である貴方が、騎士団詰め所で男を探して恋文を渡す。すっごいスキャンダルですね?」 
 「私からじゃないもの。頼まれものよ?」
 「端から見ただけではそんな事わかりませんよ。あっという間に城内、社交界中の噂になって旦那様の耳に入りますよ?」
 
 それは考えていなかった。ただ、渡せばいいとしか思っていなかった。
 リーンに先に説明しておく?でも結局噂になれば彼の負担になってしまう。
 この仕事、思ったより難しいかも。
 
 やったわ!いつも簡単安全を合言葉に、スリルのない依頼しかさせてもらえてないのだもの。チャンスね。
 私はワクワクしてカールに宣言した。
 
 「よし、では私だってわからないように渡してくるわ!任せといて!」
 「そうじゃないですって!旦那様に頼めばいいでしょうが!」
 「なんでそこにリーンが出てくるのよ。王太子補佐の彼から恋文を渡されたら、相手の騎士がものすごく恐縮して、正直な気持ちが言えなくなるじゃない。」
 「それか、旦那様がその騎士と噂になるかですね。」
 
 今度はミアが突っ込んできた。え、リーンと騎士が噂になったら、私が責任持って消して回らないといけないわよね?そういう噂ってどうやって消すの?
 三人の間に沈黙が落ちた。
 
 「とにかくなんとかして、バレないように渡してくるわ!」
 「それが一番怖いんですってば!」
 
 カールの叫びは天井に吸い込まれた。
 
 ■■
 
 「ということなんですけど、アルベルタお義姉様、何かいい方法はありませんか?」
 
 次の日、城の王太子妃の居室でお茶を飲みながら、義姉に相談してみた。
 城内のことなら、この人に聞くのが一番いいに決まってる。なにせここに住んでいるのだから。
 
 それを聞いた義姉は、口に入れたケーキを味わいながら私を見つめてきた。私もケーキの甘さにうっとりしながら見つめ返した。
 城のお菓子は公爵家とはまた違って凝っていて美味しい。うちのお菓子も美味しいんだけど、最近は健康志向が強くてこういう味重視というのはあまり出てこない。
 久々の罪悪感を抱かせるハイカロリーなおやつを楽しんでいると、食べ終わった義姉がにっこりと笑って後ろに控える侍女達を呼んで指示を出した。
 
 「うふ、いい事を思いついたわ。エミーリア、私に任せときなさい。貴方を別人にして差し上げるから。」
 
 そう言って、楽しそうに逃さないわよ、と言って私の手を握った。
 義姉は今二人目がお腹にいるので動きづらく、暇を持て余しており、よくお茶に呼ばれて着せ替えをさせられたり、街の話をしたりしている。
 ・・・どうやら、面白いことにも飢えているらしい。人選を間違えたかもしれない。
 
 
 「はい、別人の出来上がり!これで城内をうろうろしてても怪しまれないわ。」
 
 私は鏡の中に映る人物を上から下まで眺めた。
 染め粉で一時的に黒くなった髪。目の色を誤魔化すために薄く色がついた黒縁の眼鏡。そして、黒い足首丈のワンピースに白いフリフリエプロン。
 そう、私は今お城のメイドになっている。
 
 「アルベルタお義姉様!すごいです!これなら誰も私だってわからないですね!ありがとうございます。早速行ってきます。」
 
 私は立派に変装できた喜びでいっぱいになった。まるで本の中の主人公にでもなった気分だった。
 ポケットに預かった恋文を入れ、変装させてくれた義姉と侍女達にお礼を言って意気揚々と部屋を出た。
 
 ■■
 
 「行ったわね?なかなかいい出来栄えだったわよね。さて、貴方達、エミーリアの後をつけて逐次私に知らせなさい。もし、彼女がピンチに陥ったらさり気なく助けるのよ。」
 
 王太子妃の部屋から侍女達が列をなして出ていった。
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