次期公爵閣下は若奥様を猫可愛がりしたい!

橘ハルシ

文字の大きさ
上 下
50 / 65
第四章 夫妻、休暇を楽しむ

50、ただいま!

しおりを挟む
「テオ、もうすぐ帝国に着くそうですよ! ルイーゼと甲板に出て見てきていいですか?!」
「あ、僕も一緒に行くよ」

 フリッツさんからの伝言に窓辺で本を読んでいたテオを振り返れば、彼は青い栞を読んでいたページに挟んで立ち上がった。

「私とルイーゼは初めてですが、テオは見慣れている景色でしょうから、ここで待っていてくれて大丈夫ですよ?」

 わざわざついて来てもらうのは申し訳ないと止めたのに、テオはあっという間に私の側に来て笑顔で手を差し出した。

「僕だってフィーアと一緒に見るのは初めてなんだよ。だから、僕も連れて行って」

 そう言われると確かにそうかも、と納得した私は差し出された手をぎゅっと握った。それからルイーゼの方へ顔を向けて、行きましょうと声を掛ける。ルイーゼはニッコリと笑ったまま後ろに付き添ってくれた。

 彼女は船で帝国に行くのは初めてで、乗るときからとてもはしゃいでいた。私もまだ二度目で帰りの航路は初めてなので、昨日は二人で船内を探検しに行き、迷子になってしまった。
 その時は丁度通りがかったテオに部屋まで連れて帰ってもらったのだけど、ルイーゼが今と同じ笑顔で『テオドール様は本当にシルフィア様のこととなると度を越した心配性ですね』と言っていた。

 もしかして、あの時テオはずっと私達の後をついてきていたのだろうか・・・まさかね?

 繋いでいる手をたどって、遥か上の方にあるテオの横顔を見上げる。甲板への扉を開けようとしていたテオが気がついて首を軽く傾げて私を見下ろした。

「開けてもいい? 風が入ってくるから気を付けて」
「はい! うわあっ」

 重い金属製の扉が開いた途端、塊のような風が押し寄せてきて私は後ろに飛ばされそうになった。よろけたけれどテオの腕に必死でしがみついて体勢を立て直す。更に急に明るくなった視界に目が開けられなくてテオにしがみついたまま移動することに。

「フィーア、そろそろ目を開けられるかな?」

 笑いを含んだ声でテオに聞かれてそうっとまぶたを上げる。

 真昼の太陽に照らされた海はピカピカに輝いて吹く風は涼しく、小さく見える街並みに私は不思議な懐かしさが込み上げてきて、なんだか胸が一杯になった。

 私は不意にテオと話したくなった。でも、強風で声が届かない。私はチョイチョイと彼の服を引っ張って抱き上げてくれるよう合図をした。

 最近、彼は前ほど私を抱き上げなくなったので、内緒話をしたいときなどはこうして服を摘んで頼むことになっていた。ねだられて抱き上げるのがたまらなくいいとテオは喜んでいるけれど、私にはよく分からない。ただ、思っていたより私はテオに抱き上げられることが好きかもしれない。

 いつものように嬉しそうな顔で私を抱き上げたテオの耳に両手を当てて顔を近づける。

「実は、一昨日お義母様達と別れて船に乗った時はすごく淋しかったのですが、今こうして帝国の港を見ると帰ってきたという気持ちになって早くお友達に会いたいと思いました。私は薄情なのでしょうか?」

 くすぐったそうに私の話を聞いていたテオはふわっと笑って頰を寄せた。

「フィーアが薄情だなんて、そんなことあるものか。僕が思うに君にとってどちらも居心地のいい場所だってことじゃないかな? 離れて淋しいと思うほどに僕の家族を好きになってくれて、ありがとう」

「はい。私、お隣同士だったらいいのにと思うくらい、ハーフェルト家も帝国のお家もどちらも大好きです」
「隣同士かあ・・・」

 想像したのか、テオの笑顔が固まっている。お隣だと何か不都合が・・・?!

「隣同士は実現しないから考えないことにして・・・フィーアが疲れてないなら、遅めになるけどいつもの食堂で昼食にする?」

 昼の営業ギリギリには着くと思うよ、とテオが咳払いをしつつ提案してくれたことが嬉し過ぎて、私はテオの頭にギュッと抱きついた。

「はいっ! 早くチェレステさん達にお土産を渡したいです!」

「・・・シルフィア様、テオドール様が幸せそうに窒息しかけてます!」
 
 えっ?!


■■


「おやまあ、こんな綺麗な土産をもらうのは初めてだよ」
「ありがとう、シルフィアさん。大事に飾っとくよ」
「夫婦で海かあ。いいなあ」
「ほぉ、俺の知ってる海とは違う貝がいるんだな」

 午後遅く、昼営業の終了した食堂内でそれぞれ手の中の小さなガラス瓶を眺めて口々に礼と感想を伝えてくれる。どういう偶然か皆揃っていて、一気にお土産を渡せたのだ。

 お義母様の提案で、テオと一緒に海で拾った貝や石を小さな瓶に入れてリボンをつけた。そうすると、とても可愛らしい小物になったのでルノーさん達に渡す時がとても楽しみだったのだ。だから、いっぱい喜んでもらえて嬉しい。

 ルイーゼを皆に紹介して、海で遊んだことやエルベの街での買い物、移動遊園地へ行ったことなどを話していたら私一人だけ食べるのが遅くなってしまった。

 久しぶりにルノーさんの料理を食べながら、やっぱり向こうの国と味付けが違うなあと考える。言葉は大陸の共通語だったので困らなかったけれど、料理は地域性が濃く出るらしい。もちろん、どちらも美味しい。

「・・・そろそろ着くかな?」

 隣で早々に食べ終わって水を飲んでいたテオがチラリと腕時計を見てフリッツさんへ尋ねた。フリッツさんはしばらく外の気配に耳を澄ませて頷いた。

「もう、来ますね」

 そう言ってフリッツさんは外へ出て行く。私は食べ終わった食器を片付けているルイーゼとウータさんへ尋ねる視線を送ったが、二人とも知ってるとも知らないとも判断がつかない笑みを浮かべるだけだった。

「・・・テオ、何が来るのですか?」

 絶対に知っているけど教えてくれるかわからないテオの服の裾を引いて聞いたその時、扉がバーンと開いてフリッツさんが戻ってきた。

「チェレステさん、すみません。荷物が届いたので何処に置くか指示してください」
「荷物? どんな大きさだい? だけど、何も頼んでないはずだけどねえ・・・ええっ、これはなんだい?!」

 早足でフリッツさんの傍に行って通りを覗いたチェレステさんの叫び声が響く。慌てたルノーさんが走って行ってそこに棒立ちになる。それを見てただ事じゃないとロメオさんとジャンニさんも続いて、私も立ち上がった。

「フィーア、おいで」

 笑いを含んだ声が降ってきて私の身体が浮き上がった。私を抱き上げたテオは、あっという間に皆がいる所まで連れて行ってくれた。

 テオの背の高さのおかげで後ろからでも外が覗ける。うんと首を伸ばして眺めたお店の前の通りには、山のような荷を積んだ幌馬車がズラリと並んでいた。

 凄い数。これは一体何事?!

「えっ?! これ全部うちのだって? 何の話だい、私はこんなに注文してないよ?! ルノー、お前さんかい?」

 青ざめるチェレステさんと大きく首を振って知らないと慌てるルノーさん。その横でフリッツさんがいい笑顔で手を広げた。

「これは、ハーフェルト公爵ご夫妻からシルフィア様がお世話になっているお礼です。公爵閣下が経営する居酒屋で出している酒や珍しい調味料や食品だそうですよ。シルフィア様を受け入れてもらって感謝しているので、遠慮なく受け取ってほしいとのことです。・・・あ、俺が強請って公爵閣下秘蔵のワインも一箱入れてもらったので、それは個人的にルノーさんがもらってください。今度皆でルノーさんのツマミと一緒に呑みましょう」

「ひえええ・・・」

 ルノーさんが腰を抜かして、チェレステさんが苦笑いしている。

「なんとまあ、公爵閣下は居酒屋経営までしてるのかい。こんなにたくさん、ありがたいことだ。どこに保管しようかね。シルフィアちゃん、ありがとうよ」
「えっ、私ですか?!」

 テオじゃないの?

 私はチラッと隣を窺った。

 チェレステさんと同じで、私もこのお土産のことを知らなかったのに私がお礼を言われていいのだろうか?

 戸惑う私にテオとチェレステさんが微笑む。
 
「これは僕の両親からだけど、フィーアのための贈答品だからね。君がいなかったら無いものなんだ」
「そうさ、シルフィアちゃんが公爵ご夫妻に愛されているから、こうやってウチがおこぼれに預かったんだ。だからシルフィアちゃんのおかげさ」

 そうか、これはお義父様達が私のためにしてくれたことなんだ。
 
「お義父様とお義母様は、私のことを大事な家族だって思ってくれているからこうやってチェレステさんのお店にご挨拶してくれたのですよね。それは嬉しいことで、なんだか心がとってもふわふわします。テオ、ありがとうございます」

 色んな人達に大切してもらっているという実感が湧いてきて、私はそれを与えてくれている目の前のテオの頬に感謝のキスをした。

「これはフィーアが色んな人と関わろうと頑張ってきた成果でもあるんだよ」

 ニッコリと笑って私の頬にキスを返すテオを見て、チェレステさんが満面の笑みで腰に手を当てて頷いた。

「帰ってきたら『様』はとれてるし、シルフィアちゃんから愛情表現してるし、いい休暇だったようだね」








#######

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

ここで、この章の本編は終了です。あと一話、かんさつ日記があります。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

契約婚なのだから契約を守るべきでしたわ、旦那様。

よもぎ
恋愛
白い結婚を三年間。その他いくつかの決まり事。アンネリーナはその条件を呑み、三年を過ごした。そうして結婚が終わるその日になって三年振りに会った戸籍上の夫に離縁を切り出されたアンネリーナは言う。追加の慰謝料を頂きます――

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!(続く)

陰陽@3作品コミカライズと書籍化準備中
恋愛
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜 タイトルちょっと変更しました。 政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

処理中です...