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第四章 夫妻、休暇を楽しむ
46、妻、認定する
しおりを挟む・・・本当に皆さん、私を見ていたの?!
「私の姿がおかしいわけじゃないですよね? なら、どうして私が見られているのでしょうか・・・?」
ルイーゼが張り切って身支度してくれたので、変なはずはない。だけど、それだと注目される理由が分からなくて私はおろおろと両手を宙に彷徨わせた。
「・・・もしかして、シルフィア様はご自分のことが分かってないの? 貴方は今この国で最も注目されている話題の人なのよ? そんな人が名刺を着ているような格好で街に現れたら誰だって見るでしょ」
「そうなのですか?! 私は珍獣ということでしょうか?」
「うふっ、珍獣って・・・でもまあ、そんな感じね。嫉妬や羨望を大量に含んでいるけれど」
何かがツボにハマったらしく、うふふっと笑い続けるシャルロッテ様を前に困っていたら、直ぐ側のガラス窓が軽やかな音を立てた。
コンコンッ
窓の外にはきちんと手入れされた灰色のサラサラの髪をちょっとだけ乱したテオが手を振っていて、私と目が合うと嬉しそうに笑った。その瞬間、背後がざわめく。
「うわ、笑顔のテオドール様を間近で見ちゃった。これは、ちょっと、破壊力がすごいわ」
向かいのシャルロッテ様が両手で顔を覆って呻いている。他の女性達も一様に赤い顔で同じ動作をしていて、平気なのは私とルイーゼだけのようだった。
「テオ、なんでここに?! あっ、もしかして待ち合わせの時間を過ぎていますか?!」
「いいえ、お約束の時間はまだまだ先です。きっとテオドール様が大急ぎで仕事を終わらせてきてしまったのでしょう」
慌てる私にルイーゼが冷静に解説してくれたが、そこでフッともう一つ疑問が湧いた。
「テオはどうして、私がここにいると分かったのでしょうか?」
走ってきたようだったし、もしやお店を片っ端から覗いて回ったとか? 恐ろしい想像を膨らませていたらシャルロッテ様にまた呆れられた。
「何言ってるの。貴方はハーフェルト家の若奥様なのよ? 影の護衛がついていて、夫のテオドール様へ居場所を報告してるに決まってるじゃない」
そうじゃなくても、街の人に聞けばすぐわかるでしょ、と続けたシャルロッテ様の顔を私は穴が開くほど見つめた。
・・・影の護衛って何? 聞けばわかるって何? 私の行動は全てテオに筒抜けってこと?!
「まあ、これもご存じなかったの・・・。シルフィア様は本当に猫かわいがりされてるのねえ・・・」
ついに言葉を失ったシャルロッテ様の眼差しに私はいたたまれなくなった。
「私、知りませんでした。そんなにたくさんの人が私なんかを見守って下さっていたとは申し訳なく、畏れ多いことです・・・」
「何を言ってるの。なんかじゃなくてフィーアは僕の宝物なんだから、誰にもとられないよう傷つけられないよう全力で守るのは当然だろ?」
椅子の上で小さくなった私の背後から聞き馴染んだ、爽やかな声が降ってきた。
これは、と首を後ろに傾ければ真っ直ぐな薄青の瞳にぶつかる。彼のその目を見れば、それは心の底からの言葉だと分かって、私は嬉しさと気恥ずかしさでくすぐったい気持ちになった。
「私は、テオの宝物なのですか?」
「そう、フィーアは僕の特別大事な宝物だよ」
頭を戻して椅子に座ったままで振り返り、テオを見上げれば真剣に肯定されて私は照れた。それが移ったのか、テオも少し顔を赤くしてそれを隠すように腰を屈めると私の手を取った。
「だからね、僕の心の安寧のためにもフィーアは自分を大事にしてこのまま守られててね」
私はハイ、と頷いてから続けた。
「テオに心配をかけないようにしますね。だけど、テオも私の特別大事な宝物なのですから自分をうんと大事にしてくださいね?」
「・・・! そっか、それなら僕もフィーアに心配させないよう気をつけなくちゃね」
嬉しそうに答えたテオが私の手を自分の頬に寄せて微笑んだ。途端、周囲から聞こえるか聞こえないかくらいの甲高さで悲鳴が上がる。すごい超音波。
だけど、私もこの優しい笑みには心が跳ねたから皆さんの気持ちがよくわかる。おかげで顔が熱くなってきた。
「ところで、なんで君はイゼラ侯爵令嬢と一緒にいるのかな?」
あ、今度の笑顔は目が穏やかじゃない。シャルロッテ様とはあまりいい出会いじゃなかったから、テオは心配してるのかな。でも、もうそのことに関しては謝罪してもらったし。
どう答えようかグルグル考えていると、周囲のささやきが耳に忍び込んできた。
「・・・今度は氷の微笑だわ。でもそれすら奥方様相手だと雪解けの微笑みレベルになるのね」
「ほら、シャルロッテ様ってば、どういうお知り合いなのか分からないけれどシルフィア様と親しいことを私達に自慢気に見せびらかすから・・・テオドール様に睨まれたらお終いよね。ふふっ、お気の毒」
その不快な言葉にシャルロッテ様を見遣ると彼女は顔を青くして震えていた。
彼女は私に謝罪したかっただけで、見せびらかすつもりはなかったはずだ。それに彼女は少々傍若無人だけど言葉は真っ直ぐで、私を綿ぼこりと言った人達と違って蔑んだりせず、対等に扱ってくれて知らないことを色々教えてくれた。
なにより、街で出会って挨拶を交わしてカフェでおしゃべりしてるのだから、これはもう。
「シャルロッテ様と私はお友達ですから、一緒にお茶をしていました」
「「えっ?!」」
周りに聞こえるようにはっきりとテオに返事をすると、テオとシャルロッテ様が同時に立ち上がって絶句した。
「先日の件は先程謝罪してもらいました。それに、シャルロッテ様とお話するのはとても楽しいのです」
私も立ち上がってテオのシャツを摘んで顔を寄せた。小声の追加説明を聞いた彼はほどけるように苦笑した。
「そっか。フィーアが友達だと決めたのなら、僕が言うことはないな。イゼラ侯爵令嬢、これからシルフィアのことをよろしくね」
「・・・はいっ!」
「まあ、僕は君がしたことを忘れないからシルフィアを傷つけたり利用しようなんて考えないように」
パッと元気になったシャルロッテ様にすかさずテオが釘を刺す。シャルロッテ様は私をチラッと見てから真面目な顔をしてテオへ頷いた。
「その節はテオドール様へも無礼なことばかり言って申し訳ありませんでした。私、心を入れ替えて友人としてシルフィア様の盾となり全身全霊でお守りしていく所存ですわ」
それはお手並み拝見、と目が怖い笑顔で返すテオとなんだかやる気に満ちた顔のシャルロッテ様を見比べて私はボソッと呟いた。
「私はお友達にまで守ってもらわねばならないのですかね?」
お義母様に護身術も習っているし、そんなに弱くないと思うのですが、と続けた私に二人が声を揃えた。
「フィーアは、どれだけ守っても足りない」
「シルフィア様は、なんだか守ってあげたくなるの」
むむ・・・私は完全に守られる側だと? 悔しくなった私は心の中で誓った。
絶対に、お義母様がパットを投げ飛ばしたように、私もテオを投げ飛ばせるようになってみせる! そうすれば私も誰かを守る側になれるはず。
頑張るぞ、と力んでいたらテオにふわりと肩を抱き寄せられた。
「フィーア、そろそろ僕とデートに行かない?」
「行きます! シャルロッテ様、本日は誘っていただきありがとうございました。またお会いする日を楽しみにしております」
よし、きちんとお礼を言えた。厳しいマナーの先生を思い浮かべてホッとしていたら、シャルロッテ様が満面の笑顔で挨拶を返してくれた。
「シルフィア様、次はぜひ、我が家にいらしてね。ハーフェルト家には及ばないけど、うちの庭も結構評判なのよ」
「ありがとうございます、ぜひ伺いたいです」
「では、後日お手紙を送るわね」
「はい!」
お友達から手紙をもらうのは初めてだ。私がワクワクしたのが伝わったらしく、テオの雰囲気がぐっと優しくなる。
「イゼラ侯爵令嬢、店を出るまで送るよ」
「えっ?!」
「君をここにおいておくと取り囲まれて大変そうだし。侯爵家訪問の参加者が増えるとシルフィアが困るからね」
テオがサラリと言って目線だけでシャルロッテ様を促し、私達は一緒に店を出た。
ガラス越しに店内から好意と好奇、嫉みの入り混じった視線が突き刺さる。シャルロッテ様もブルっと身体を震わせた。
「シルフィア様、注目を浴びるって恐ろしいわねぇ・・・」
この体験を共有できる友達がいるって素晴らしい。
「僕は生まれてからずっとだけどね」
ボソリと呟いたテオを私とシャルロッテ様が尊敬を込めて見上げ、どちらからともなく笑い声を上げた。
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