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第三章 夫の実家に初訪問

25、名を呼んで

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 鋭い剣戟の音がして私は首を竦めた。危ないっと叫びそうになるのを両手で口をふさぐことによってなんとか抑え込む。

 視線の先ではテオ様とディーが剣で打ち合っている。健康維持と自己防衛能力の向上を兼ねて毎朝、家族でこうして身体を動かすそうだ。

 私は参加出来ないけれど、せっかくなので近くのベンチで見学することにした。テオ様も今日は参加しないと言って私の隣に座ろうとしたのだが、ディーが『久しぶりにテオ兄様と手合わせしたい!』と主張して引かず、仕方なさそうに相手になった。
 ということで、残ったパトリック様が私の話し相手になってくれていた。彼は穏やかでディーのように突然、飛びかかって来ないので安心していられる。


「兄上、意外と腕が落ちてないね。帝国にいる間も練習してたのかな?」

 隣りに座っているパトリック様が尋ねるように私を見てきたので、首を傾けながら答える。

「私は今日初めて、テオ様が剣を遣うところを見ましたので・・・」 
「そうなんだ。学院の稽古場とかでやってたのかな。でも、兄上は剣術が嫌いだったから留学中は積極的にはやらないと思ってたんだけど」

 そこで言葉を切ったパトリック様が私を眺めて合点したように笑った。

「ああ、義姉上と結婚したからか! 護りたいものが出来たら、それは力が入るよね」
「わ、私のせいですかっ?!」
「いや、『せい』ではなくて『おかげ』だよ。義姉上のおかげで兄上が強くなってくれるなら安心だ。だって、兄上はここの当主になるんだから多方面から狙われる・・・」

 パトリック様はそこまで言って慌てて口に手を当てたけど、私にはバッチリ聞こえていた。

 今、テオ様が狙われるって言ったよね?! なんで? 誰から?

「あー、怖がらせるようなことを言ってしまってごめんなさい。大丈夫だよ、兄上は自分を守れるくらいには強いし、護衛も腕のたつ人達がついてるから。ただ、うちは父が権力の中枢にいて資産もあるから、本当に色々ちょっかいを出されやすくて・・・できれば義姉上もなにか武術ができたほうがいいんだけど」

 そう言った彼は、私を真っ直ぐに見つめた。

「義姉上も、自分で自分の身を守れるようになりたい?」
「もちろんです! テオ様やフリッツさんの手を煩わせずに外出できるようになりたいです・・・でも、剣を使うのは怖いです。」
「じゃあ、母上と同じように護身術だけにしよう。それでも、次期公爵夫人だし、一人歩きは難しいと思うけど」
「護身術・・・?」

 それがどんなものか想像できなくてガンガン打ち合う二人に視線を向けた。さっきより激しくなっているような。

 剣なしでアレをやるのかな? 殴り合う練習ってこと? 私は殴られて生きてきたけど人を殴ったことはないし、練習だとしても誰かに殴られるのはとても怖い。

「いきなり護身術って言われても分からないよね。ちょっと待ってて、見本を見せるから。母上!」

 パトリック様が私の後ろへ声を放つ。慌ててそちらへ首を巡らせれば、明るい笑顔でおはようと手を振る軽装の公爵夫人がいた。


「義姉上、見ててね」

 そう言ってパトリック様が母親の公爵夫人と向かい合う。公爵夫人は私よりうんと背が高いのに、パトリック様は更に高くて身長差が三十センチ位ある。
 さすがにパトリック様が公爵夫人を倒すという設定はないと思うけど、どう見ても公爵夫人のほうが強いとは思えない。どうするのかと緊張して見ていたら、構えたと思った瞬間に大きなパトリック様が地面に転がって小さな夫人に抑え込まれていた。

 今、何が・・・?! 

 ぽかんと口を開けていたら、汚れを払って起き上がったパトリック様がちょっと照れくさそうに笑った。

「こんな感じで、夜会での不届き者くらいならやり込められるよ。母上も何度かこれで助かってるから、義姉上も身に着けといたほうがいいと思うんだ」
「凄い! 私も出来るようになりますか?!」

 思わず叫んだ私にパトリック様がもちろん、と頷く。早速教えるね、と動いたパトリック様を夫人が止めた。

「パット、待って。シルフィア様には私が教えるわ。貴方だと身長差がありすぎるでしょ」

 公爵夫人の指摘にパトリック様と私は顔を見合わせた。上下で首を直角に曲げて見合うその格好にどちらともなく笑いがこぼれる。

「そう言えば俺達が一番身長差があるね」
「そうですね。やはり身長差は少ないほうがいいのですか?」
「うん、慣れるまではそのほうがいいかな」

 それなら、パトリック様の次に身長差が大きいテオ様とも難しいかなと考えていたら、当人がやってきた。

「フィーア、パットと何の話をしてたの?」

 汗を拭きつつ私に尋ねてきたその声は若干低い。これは、もしや。

「あら、テオ兄様。嫉妬ばかりしてるとお義姉様に嫌われるわよ」

 すかさずディーの遠慮のない突っ込みが飛んできてテオ様がぐっと詰まった。

「大丈夫ですよ、テオ様を嫌いになんてなりません。パトリック様とお話して、私も、・・・ええと、護身術を習うことにしたのです」

 公爵夫人をどう呼べばいいか迷って結局、口に出せずに終わった。すると、公爵夫人がニコッと笑って自分を指差した。

「そうそう、シルフィア様。私のことは貴方が呼びにくくなければ『お義母様』と呼んでね。」
「あ、じゃあ俺は『パット』で」

 すかさずパトリック様も呼び方を指定してきて、私はあたふたした。

「お、お義母様とパット様?」
「数ヶ月だけど俺のほうが年下だし、義弟だし『パット』とだけで呼んでくれたら」

 それは失礼じゃないの?! と思ったものの、よく考えればディートリント様もディーと呼んでいるわけだし、本人の希望であればと腹を括った。
 
 私はニコニコしながらこちらを見ている公爵夫人とパトリック様に向かって、恐る恐る呼びかけた。

「お義母様、パット。私のことも『シルフィア』と呼んでください!」
「僕も『テオ』がいいな」

 あれ?! 何故かテオ様が便乗してきた!

 私にとってテオ様は恩人だからずっと『様』を付けて呼ぶべきだと思っていたけれど、これはどうしたものか・・・。

「テオ様は私の命の恩人ですから『様』を付けて呼ぶべきだと思っているのですが、付けないほうがいいのでしょうか?」
「テオ兄様ってば、お義姉様の命の恩人なの?! なにそれ、格好いい! でも、だからといって『様』を付けなくちゃいけないなんてことはないわ!」

 ディーが目をキラキラさせつつキッパリと言い切ってくれたので、私もテオ様の希望を受け入れる決心がついた。

「で、では、これからはテオ様のことをテオと呼びますね。本当に、いいんですか?」

 そう最終確認をした途端、抱き上げられた。

「もちろん! 僕はずっと君からそう呼ばれたかったんだ」

 その眩しい笑顔に私の顔が熱くなる。私は目の前にある彼の耳に手を当てて、そっと呼びかけた。

「テオ」

 その私の一言で彼が浮かべた笑顔は、最高に幸せそうだった。

■■

「テオ兄様達、朝から二人の世界に行っちゃったわ。もー、命の恩人ってなんなの?! めちゃくちゃ気になるじゃない。お母様もお父様も教えてくれないから、出会いとか結婚の決め手とか聞きたいのに。」

「そういうのは勝手に他人が話すものではないわ、本人達から聞くものよ。それに私も詳しくは知らないの。そうねえ、テオもパットも今日はお城に行くから、午後からディーとシルフィアと三人で女子会をしましょうか。だけど、無理に聞き出してはダメよ?」

「女子会! いいわね! さすがお母様」
「えー、俺も参加したかったな」
「女同士でしか聞けない話があるのよ! パット兄様はテオ兄様から男同士の話を聞くといいわ」
「兄上と恋愛の話かぁ。貴重なんだか怖すぎるんだか」
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