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第三章 夫の実家に初訪問
21、入国審査
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きっちりお化粧をしてお茶会でも着たお気に入りのドレスを身につける。ウータさんに髪も綺麗に結って貰い、鏡の前で気合を入れてくるりと回る。
「フィーア、可愛い」
「テオ様、おかしなところはないですか?」
「ないよ。フィーアはいつも可愛い。だから今日も大変可愛い」
側で私の支度を眺めていたテオ様に尋ねれば即座に期待していたのと違う答えが返ってきた。そういうのじゃない、とツッコミたかったけれどテオ様の表情を見てやめた。
これは、何を聞いても『可愛い』としか言ってくれないスイッチが入っている。最近、たまにだけど彼はこうなってしまう。可愛いと言われて嬉しくないわけじゃないけれど、今聞きたいのは正直な感想だ。
私は今度は後ろのウータさんの方へ身体を向けて同じことを尋ねてみた。ウータさんは顎に手を当てて私をあちこちから眺めた後、ニッコリと頷いた。
「完璧です、シルフィア様」
「よかった! これでハーフェルト公爵家の方々に安心して会うことができます」
ほっとして椅子に座れば、すかさずテオ様が私の手を取って指先に唇を寄せて微笑んだ。
「本当に君は何を着ても可愛い、僕の自慢の妻だよ。うちの家族は君がどんな格好をしていても気にしないと思うけど、周りの人はきっと色々難癖つけてくる。これから先、何かあったら直ぐに言うんだよ? 僕が全部処理するからね」
何かって具体的にどんなこと? 処理ってなんだか不穏なんだけど、何をするつもりなの?
頭の中では疑問が飛び交っていたけれど、いつもより真剣な夫の雰囲気に飲まれた私は、大人しく頷いた。
「エルベの港が見えてきましたので、下船の準備をしてくださいよ。お、シルフィア様、気合が入ってますねえ」
ガチャ、と扉が開いて顔を出したフリッツさんが褒めてくれた。
■■
「これはテオドール様、フリッツさん、おかえりなさいませ。今回はウータさんもご一緒ですか、お久しぶりです。・・・おや、お連れ様がもう一人。ええと、こちらのお嬢様は・・・初めてですか? はい、入国許可証を確認致しますね。・・・なになに、『シルフィア・ハーフェルト。テオドール・ハーフェルトの妻』えっ? ええっ?!」
目をこぼれ落ちそうなくらい見開いている入国管理官へ、真面目な顔で頷き返す私とテオ様。
帝国からの船を降りた人は皆、入国審査を受けねばならない。。テオ様達は普段、顔パスとやらで免除されているのだが、私は今回が初めての入国なので受けなければならない。ということで、審査のカウンター前の踏み台(お子様用)に乗って出来るだけ結婚指輪が見えるように手を揃えて挑んだのに見事に玉砕した。
もう、皆なんで見た目だけで判断するの?! ・・・いや、見た目しか判断材料がないのか。この国には結婚指輪の習慣もないっていうし、よけいそうなるのかな。
段々としおたれていく私の身体がふわっと浮き上がった。後ろで見守ると言っていたテオ様が、しびれを切らせたらしい。いつものように私を軽々と抱き上げて管理官に笑顔を向ける。
あれ、目は笑ってないような?
「そう。彼女は僕の妻だよ。これからずっと一緒だから彼女のことも覚えておいてね」
テオ様の無言の圧に高速で首を縦に振る管理官に私からもよろしくと挨拶をして、身体を安定させるためテオ様の首に腕をまわしたところで、周囲の視線が私へ集中していることに気がついた。
「うそ、テオドール様の奥方様だって!」
「きゃー、初入国をご一緒するなんてすごい幸運を掴んじゃったわ!」
「なんともお可愛らしい方だねえ」
ざわめきの中から聞こえてくる言葉は今まで掛けられてきたものより、うんと優しくて暖かかった。私はなんだか嬉しくなって目の前のテオ様の耳にささやいた。
「嫌われていないようで、ほっとしました」
「よかった。僕の生まれ育った場所をフィーアが気に入ってくれると嬉しいな」
くすぐったそうな笑顔とともに頬にキスが降ってきて、周囲から拍手が起こった。
「テオドール様、ご結婚おめでとうございます!」
「奥方様とご一緒に街に遊びにいらしてくださいね!」
あちこちからお祝いの言葉が飛んできて、私はテオ様の腕から飛び降りた。周囲の人々へ向かってドレスの裾を捌いて練習してきた通りに礼をした。
「初めまして、シルフィアと申します。この国の皆さんにお会いできて大変嬉しいです」
もう一度、温かい拍手を貰ったところで人だかりの一角が崩れ、開いた場所から背の高い男の人ときらびやかな女の人が現れた。
「テオ兄様、なかなかこないと思ったら、こんなところで引っかかってたのね」
ふわふわの濃い金髪をバサッと背中に流した美女がキリッとした紫色の瞳で私を見て叫んだ。
「やだ! この人がテオ兄様の結婚相手なの?!」
この方は多分、話に聞いていたテオ様の妹様。今年十五歳と聞いたのだけど、想像していたよりずっと背が高くて大人っぽい。そして、私は彼女に嫌われた・・・?
大きな目を更に見開いた彼女は、ドキドキしている私の方へツカツカとやってくると両手を胸の前で握りしめた。
「なんて可憐で小さくてお可愛いらしいの! 初めまして、シルフィアお義姉様! 私はテオドールの妹のディートリントです。どうぞ末永くよろしくお願い致します。お願いですから、テオ兄様を見捨てないでくださいませね」
あれ・・・? これは、嫌われてないと思っていいのかな?
私は彼女の可愛らしく整った唇から怒涛の勢いで放たれた言葉達を頭の中で必死に解釈しつつ、両手を小さく胸の前にあげて一歩下がった。
「は、初めましてディートリント様。こちらこそ末永くよろしくお願い致します。あの、私がテオ様に見捨てられることはあっても、私がテオ様を見捨てるなんてことはあり得ませんから」
遠慮しいしい反論すれば、彼女の目が輝く。その眩しさに更に一歩下がった途端、身体が浮いた。
「ディー、いきなり失礼だよ。大体、僕がシルフィアを見捨てるなんてあり得ないし、もし彼女が僕を見捨てるならどんな手を使ってでも引き止めるよ」
しれっとまた私を抱き上げたテオ様が妹へ注意しているのか、なんなのか。
貴方、今、最後になんて言いました?!
「テオ様、もし私が見捨てた場合は何をするつもりなのですか?」
「うん? それはその時のお楽しみで」
「私、テオ様を見捨てたりしませんよ?」
「そう願いたいね」
「・・・」
「おかえりなさい兄上。馬車を待たせてるから続きは乗ってからにしない? ほら、長旅で義姉上もお疲れでしょう」
ちょっと怖めの笑顔を浮かべたテオ様に私が固まっていると、明るい声が割って入ってくれた。
テオ様より背が高くて長い淡い金の髪を一つに結んだその青年は、私と目が合うと丸い灰色の瞳を細くして口元を綻ばせた。
「初めまして。テオドールの弟のパトリックです。お会いできることを楽しみにしていました」
「初めまして、シルフィアです。私もお会いできて嬉しいです。・・・こんな状態でのご挨拶で申し訳ありません」
抱き上げられたままで挨拶する予定じゃなかったのに! しかも、挨拶を交わしながら移動してるし。足の長い兄弟は会話しながらどんどん進んでいき、遅れずに後ろからディートリント様もついてきている。
・・・私、これからこの人達と同じ速度で歩けるのかな。
二台の馬車に分かれてハーフェルト公爵家に向かう。フリッツさんとウータさんは後ろの馬車に乗ったので、私はきらきらしい人達に囲まれて小さい身体を更に縮こまらせて座っていた。
「・・・本当は父上と母上も港までくる予定だったんだけどさ。父上の仕事が終わらないみたいで間に合わなかったんだよね」
「別に一家総出で迎えに来る必要はなかったんだよ。馬車だけ寄越してくれればそれで済んだのに。二台も無駄だろ?」
「何言ってるの、テオ兄様のお相手が来るのよ? 早く見たいに決まってるじゃない」
「ディー、そこは見たいじゃなくて会いたいって言おうよ・・・」
「あら、本音が・・・失礼。」
賑やかなきょうだいの会話に圧倒されて、ひたすら気配を消していた私をディートリント様が真っ直ぐに見て謝る。私は焦って両手を振りながらとんでもないとか、お気になさらずと口の中でモゴモゴ返した。
なんだか想像以上に緊張する。この後、テオ様のご両親にも会うのに、私の心臓保つかな?
「フィーア、可愛い」
「テオ様、おかしなところはないですか?」
「ないよ。フィーアはいつも可愛い。だから今日も大変可愛い」
側で私の支度を眺めていたテオ様に尋ねれば即座に期待していたのと違う答えが返ってきた。そういうのじゃない、とツッコミたかったけれどテオ様の表情を見てやめた。
これは、何を聞いても『可愛い』としか言ってくれないスイッチが入っている。最近、たまにだけど彼はこうなってしまう。可愛いと言われて嬉しくないわけじゃないけれど、今聞きたいのは正直な感想だ。
私は今度は後ろのウータさんの方へ身体を向けて同じことを尋ねてみた。ウータさんは顎に手を当てて私をあちこちから眺めた後、ニッコリと頷いた。
「完璧です、シルフィア様」
「よかった! これでハーフェルト公爵家の方々に安心して会うことができます」
ほっとして椅子に座れば、すかさずテオ様が私の手を取って指先に唇を寄せて微笑んだ。
「本当に君は何を着ても可愛い、僕の自慢の妻だよ。うちの家族は君がどんな格好をしていても気にしないと思うけど、周りの人はきっと色々難癖つけてくる。これから先、何かあったら直ぐに言うんだよ? 僕が全部処理するからね」
何かって具体的にどんなこと? 処理ってなんだか不穏なんだけど、何をするつもりなの?
頭の中では疑問が飛び交っていたけれど、いつもより真剣な夫の雰囲気に飲まれた私は、大人しく頷いた。
「エルベの港が見えてきましたので、下船の準備をしてくださいよ。お、シルフィア様、気合が入ってますねえ」
ガチャ、と扉が開いて顔を出したフリッツさんが褒めてくれた。
■■
「これはテオドール様、フリッツさん、おかえりなさいませ。今回はウータさんもご一緒ですか、お久しぶりです。・・・おや、お連れ様がもう一人。ええと、こちらのお嬢様は・・・初めてですか? はい、入国許可証を確認致しますね。・・・なになに、『シルフィア・ハーフェルト。テオドール・ハーフェルトの妻』えっ? ええっ?!」
目をこぼれ落ちそうなくらい見開いている入国管理官へ、真面目な顔で頷き返す私とテオ様。
帝国からの船を降りた人は皆、入国審査を受けねばならない。。テオ様達は普段、顔パスとやらで免除されているのだが、私は今回が初めての入国なので受けなければならない。ということで、審査のカウンター前の踏み台(お子様用)に乗って出来るだけ結婚指輪が見えるように手を揃えて挑んだのに見事に玉砕した。
もう、皆なんで見た目だけで判断するの?! ・・・いや、見た目しか判断材料がないのか。この国には結婚指輪の習慣もないっていうし、よけいそうなるのかな。
段々としおたれていく私の身体がふわっと浮き上がった。後ろで見守ると言っていたテオ様が、しびれを切らせたらしい。いつものように私を軽々と抱き上げて管理官に笑顔を向ける。
あれ、目は笑ってないような?
「そう。彼女は僕の妻だよ。これからずっと一緒だから彼女のことも覚えておいてね」
テオ様の無言の圧に高速で首を縦に振る管理官に私からもよろしくと挨拶をして、身体を安定させるためテオ様の首に腕をまわしたところで、周囲の視線が私へ集中していることに気がついた。
「うそ、テオドール様の奥方様だって!」
「きゃー、初入国をご一緒するなんてすごい幸運を掴んじゃったわ!」
「なんともお可愛らしい方だねえ」
ざわめきの中から聞こえてくる言葉は今まで掛けられてきたものより、うんと優しくて暖かかった。私はなんだか嬉しくなって目の前のテオ様の耳にささやいた。
「嫌われていないようで、ほっとしました」
「よかった。僕の生まれ育った場所をフィーアが気に入ってくれると嬉しいな」
くすぐったそうな笑顔とともに頬にキスが降ってきて、周囲から拍手が起こった。
「テオドール様、ご結婚おめでとうございます!」
「奥方様とご一緒に街に遊びにいらしてくださいね!」
あちこちからお祝いの言葉が飛んできて、私はテオ様の腕から飛び降りた。周囲の人々へ向かってドレスの裾を捌いて練習してきた通りに礼をした。
「初めまして、シルフィアと申します。この国の皆さんにお会いできて大変嬉しいです」
もう一度、温かい拍手を貰ったところで人だかりの一角が崩れ、開いた場所から背の高い男の人ときらびやかな女の人が現れた。
「テオ兄様、なかなかこないと思ったら、こんなところで引っかかってたのね」
ふわふわの濃い金髪をバサッと背中に流した美女がキリッとした紫色の瞳で私を見て叫んだ。
「やだ! この人がテオ兄様の結婚相手なの?!」
この方は多分、話に聞いていたテオ様の妹様。今年十五歳と聞いたのだけど、想像していたよりずっと背が高くて大人っぽい。そして、私は彼女に嫌われた・・・?
大きな目を更に見開いた彼女は、ドキドキしている私の方へツカツカとやってくると両手を胸の前で握りしめた。
「なんて可憐で小さくてお可愛いらしいの! 初めまして、シルフィアお義姉様! 私はテオドールの妹のディートリントです。どうぞ末永くよろしくお願い致します。お願いですから、テオ兄様を見捨てないでくださいませね」
あれ・・・? これは、嫌われてないと思っていいのかな?
私は彼女の可愛らしく整った唇から怒涛の勢いで放たれた言葉達を頭の中で必死に解釈しつつ、両手を小さく胸の前にあげて一歩下がった。
「は、初めましてディートリント様。こちらこそ末永くよろしくお願い致します。あの、私がテオ様に見捨てられることはあっても、私がテオ様を見捨てるなんてことはあり得ませんから」
遠慮しいしい反論すれば、彼女の目が輝く。その眩しさに更に一歩下がった途端、身体が浮いた。
「ディー、いきなり失礼だよ。大体、僕がシルフィアを見捨てるなんてあり得ないし、もし彼女が僕を見捨てるならどんな手を使ってでも引き止めるよ」
しれっとまた私を抱き上げたテオ様が妹へ注意しているのか、なんなのか。
貴方、今、最後になんて言いました?!
「テオ様、もし私が見捨てた場合は何をするつもりなのですか?」
「うん? それはその時のお楽しみで」
「私、テオ様を見捨てたりしませんよ?」
「そう願いたいね」
「・・・」
「おかえりなさい兄上。馬車を待たせてるから続きは乗ってからにしない? ほら、長旅で義姉上もお疲れでしょう」
ちょっと怖めの笑顔を浮かべたテオ様に私が固まっていると、明るい声が割って入ってくれた。
テオ様より背が高くて長い淡い金の髪を一つに結んだその青年は、私と目が合うと丸い灰色の瞳を細くして口元を綻ばせた。
「初めまして。テオドールの弟のパトリックです。お会いできることを楽しみにしていました」
「初めまして、シルフィアです。私もお会いできて嬉しいです。・・・こんな状態でのご挨拶で申し訳ありません」
抱き上げられたままで挨拶する予定じゃなかったのに! しかも、挨拶を交わしながら移動してるし。足の長い兄弟は会話しながらどんどん進んでいき、遅れずに後ろからディートリント様もついてきている。
・・・私、これからこの人達と同じ速度で歩けるのかな。
二台の馬車に分かれてハーフェルト公爵家に向かう。フリッツさんとウータさんは後ろの馬車に乗ったので、私はきらきらしい人達に囲まれて小さい身体を更に縮こまらせて座っていた。
「・・・本当は父上と母上も港までくる予定だったんだけどさ。父上の仕事が終わらないみたいで間に合わなかったんだよね」
「別に一家総出で迎えに来る必要はなかったんだよ。馬車だけ寄越してくれればそれで済んだのに。二台も無駄だろ?」
「何言ってるの、テオ兄様のお相手が来るのよ? 早く見たいに決まってるじゃない」
「ディー、そこは見たいじゃなくて会いたいって言おうよ・・・」
「あら、本音が・・・失礼。」
賑やかなきょうだいの会話に圧倒されて、ひたすら気配を消していた私をディートリント様が真っ直ぐに見て謝る。私は焦って両手を振りながらとんでもないとか、お気になさらずと口の中でモゴモゴ返した。
なんだか想像以上に緊張する。この後、テオ様のご両親にも会うのに、私の心臓保つかな?
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