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スピンオフ掲載記念【番外編】 いつかの、未来

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「父上!勝負!」

 執務室の扉が開いたと思ったら、4歳の息子が入ってきて小さな木剣を僕に突き付けてきた。

「えー、また?昨日も君、負けたでしょ?父は今お仕事で忙しいの。また今度ね。」

 そう言って追い返そうとしたら、淡い金の髪と灰色の目を持つ彼は胸を張って主張した。

「おれ、ごはんいっぱい食べて、たくさん寝たから昨日より強くなったもの。今日こそ勝つ!」
「だから、父は仕事中なんだけど?」
「じゃあ、父上は不戦敗で負け決定!今日から、母上はおれの婚約者ね!」
「ちょ、何言ってるの?!エミィは僕の妻なんだから君の婚約者になんてなれるわけがないだろ?!」
「でも、父上に勝ったら、いいって言った!」
「それはさあ、父にちゃんと勝ったらでしょ。この勝負に不戦敗なんてものは存在しないの。」
「でも、勝負から逃げても不戦敗っていう負けだって兄上がこないだ言ってた!」

 ああもう、一体誰に似たの、この減らず口の子は。

「分かった。じゃあ、庭に行こうか。あー、ヘンリックは休憩してて。」

 横で憮然と僕達のやり取りを聞いていたヘンリックは、渋々といった体で机の上の書類を整えながら頷いた。
もはやこれは毎日の恒例行事のようなもので、彼が勝負するまで引かないのはわかってるからヘンリックも諦めているらしい。
 やれやれと立ち上がって机の横に立て掛けてある大人サイズの木剣を手にとった僕は、小さな息子を片手で抱き上げると足早に部屋を出た。


「わーん、また負けた!なんでぇ?」
「君、父に勝って母上を手に入れようなんてそりゃ絶対無理だよ。父は母上だけは誰にも譲らないもの。」
「やーだー!母上と結婚したいー!」
「それだけは絶対だめ!父は今の君の歳で母上を見つけたんだから、君もそろそろ自分だけの女の子を見つけてきなさい。」

 芝生に転がって喚く息子の横に座って諭していると、くすくす笑う声と甘い匂いがした。

「あらあら、寝転がって。今日の勝負がついたなら、2人ともお茶にしない?今日は、料理長に頼んでクレープ作ってもらっちゃった。」

 そう言って嬉しそうに笑うエミーリアを見て僕と息子は飛び起きた。

「母上!」
「エミィ、こんな所まで歩いてきて大丈夫なの?!」
「リーン、大丈夫よ。だって頼もしいエスコート役がいてくれるもの。」

 そう言って微笑む彼女のお腹はふっくらしている。そして横にピタリとついて彼女の手を支えているのは7歳の長男だった。
 灰色の髪に薄青の目の彼はエミーリアに生き写しで2人が並んでいるところを見るのは至福だ。

「父上達は汚れてるんだから、母上に触らないでよね。早く手を洗って来ないと、ぼくが先に母上と2人でお茶を始めてしまうよ?」

 兄に冷たい声でそう言われた弟は、母に抱きつく寸前で慌てて自分の手のひらを確認している。
 どうやら誤魔化せないほどに手が汚れていたらしく必死の形相で、
「だめ、兄上待ってて!おれも母上とクレープ食べるんだから!」
と言い放ち、道連れとばかりに僕の手を強く引っ張ってきた。

「僕だって!エミィ、待っててよね!」
「もちろん、待ってるから。早くいってらっしゃい。」

 優しく促された僕達は手を繋ぐと、手を洗いに水場に向かって走った。

 
 戻ってきてみれば長男がエミーリアにひざ掛けを掛けてあげているところだった。その微笑ましい光景に見惚れていたら、エミーリアの横の席は子供達にとられてしまっていた。

「母上、あーん。」
「母上、紅茶に砂糖とミルクを入れていいですか?」

 エミーリアに全力で甘える次男と、お腹が大きくて動き辛い彼女のために、横で細々と世話を焼く長男。
 いい光景だと思うよ?うん、愛する家族が仲がいいことは素晴らしいよね。
でも、なんだろう、僕のこの疎外感は。
2人の時は甘えるのもお世話するのも、両方、僕なんだけどなあ。

 結局、僕も息子達もエミーリアが大好きなんだよね。子供は最大のライバルかもしれない。
 でもいいんだ、僕には夜があるから。そう夫の余裕を見せようとゆったり構えた直後、下の息子の爆弾発言に飛び上がった。

「母上は誰が1番好き?おれだよね?」

 そういうことは母と2人の時に聞きなさい!彼女が答えにくいでしょ!
・・・まあ、ここはきっと『みんな1番よ。』で誤魔化すんだろう。
 決して夜に本当は僕が1番だよね?とか、僕は特別枠だよね?とか確認しようなんて思ってない。ないよ?

「うふふ。そうね、貴方達が1番好きよ。」
「兄上とおれ一緒なの~?」
「ええ、同じだけ愛してるわ。それぞれ違うけれど2人とも私の大事な子供だもの。」

 エミーリアは慈愛に満ちた笑みを浮かべて子供達を見つめる。
産まれるまでは母親になれるか相当不安がっていたけど、今は2人ともにとても優しい母親になっている。
僕にとってはいつまでも美しくて可愛い最高の妻だけど。

「あれ、じゃあ父上は?2番目?」

 またしてもとんでも質問をした息子を心の中で怒鳴りつける。
空気を読め、4歳児!
それは、恐ろしすぎて父は聞きたくないんだ!彼女の返答次第では、立ち直れないかもしれないじゃないか!
隣の7歳児が、なんだか憐れみのこもった目で僕を見ているのは気のせいか。

 そうねえ、と考え込んだエミーリアを今すぐさらってその口を塞いでしまいたい。
だけど、実行前に彼女が口を開いてしまった。

お願い、せめて僕も1番にして。2番以下だったらもう生きていけない。

「貴方達のお父様が私を好きになってくれたから、私は今こんなに幸せなの。貴方達という宝物までもらえて、本当に夢みたいな人生を過ごしているわ。だから、お父様はね、お母様にとって誰とも比べられない、心の底から大切な人なのよ。」

 4歳児はそれって何番?と呟いているが、そんなことはもうどうでもいい。僕は感動のあまり、立って行って座っている椅子ごとエミーリアを抱きしめた。

「僕のほうが君に幸せにしてもらってるよ。本当にあの時、君に出会えてよかった。」

 思わず声が震える。愛してもらっているとは思ってたけど、こうやって言葉にしてもらうのはとてもとても嬉しい。
そのままキスしようとしたら、後ろから蹴りを入れられた。

「父上ずるい!おれも抱っこー!」

 今僕とエミーリアの間を邪魔するのは大体この子だ。そして彼は全く空気を読んでくれないが、僕達夫婦の可愛い宝物だ。僕は振り向いて彼を抱き上げてぎゅっとする。

「父上じゃないの!母上に抱っこして欲しい!」

 背中を反らして怒る次男を落とさないようにしながら諭す。

「母上はお腹が大きいからだめ。もうすぐ妹か弟が生まれて君も兄になるんだから我慢しなさい。」
「だって兄上は母上にぎゅってしてもらってるのに。兄上ずるい!」

 その言葉に下を見れば、いつの間にか移動した長男が座ったままの母親の首に手を回して、ぎゅうっと抱きしめてもらっていた。

 え、ずるい。確かにずるい。

 長男は次男のように母と結婚したいとか言ったことはないけれど、気がつけば1番いい場所で彼女に構ってもらっている。要領がすごくいい。
 僕と次男は出し抜かれてばかりだ。

「父上ばっかり母上の特別なんてずるい。」

 だから、その時長男から聞こえてきた小さな声に驚いた。
 そうか、次男と違って彼は大きい分、母親の言った言葉の意味が分かってしまったのか。

「ごめんなさい。でも、貴方にもそれくらい大事に思える人がきっと現れるわ。」

 エミーリアが長男の頬にキスをする。次男は初めて見る兄の弱った姿に驚いて、それを見ても黙ったままだった。



「昼間は驚いたよ、あんなこと言われるなんて。」
 夜にエミーリアと2人になった時、そう零すと、彼女もため息をついた。

「本当ね。嘘をつくのはいけないかなあと思って言っちゃったけど、みんな1番と言ったほうが良かったかしら。」

 この大事な時期に妻が落ち込むのは良くないと、そっと抱き上げて励ます。

「その場で誤魔化してもきっとバレる。あの子も特別な子ができればわかってくれるよ。」
「そうだといいんだけど。リーン、重いでしょ、下ろして。」
「何言ってるの、全然平気。君と赤ちゃんの重さは僕の幸せの重さだから。」

 頭の中で昼間に妻が言ってくれたことをなぞりながら幸せな気持ちでキスを交わしていたら、ノックと同時に扉が開いた。
この勢いは、あの子だな。

「母上と一緒に寝る!」

 予想通りの次男の登場に僕は脱力した。

「君ねえ、もう1人で寝なさいっていつも言ってるでしょ。」

 普段ならそう言われて3回に1回は大人しく自分の部屋に戻るのだが、今日はなぜか得意げに胸を張って続けた。

「兄上も誘ってきたの!皆で一緒ならいいでしょ?」
「え?」

 驚いて開いたままの扉を見ると、廊下で枕を抱えて恥ずかしそうに立っている長男を発見した。
 それを見た僕と妻は破顔した。

「じゃあ、今日は特別に皆で一緒に寝ようか!」
 
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