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22.婚約者、登って走って逃げる。
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■■
sideE
「お嬢様、おりて下さい!」
「エミーリア様は本当に侯爵令嬢なのですかねえ。」
「ミア、貴方も感心してないで、お嬢様を説得しなさい!」
「旦那様はエミーリア様の好きなようにさせていいって仰ってましたけど?」
「無茶は止めろとも仰っていたでしょう?!」
「無茶じゃないわよ!私、子供の頃に領地で木登りしてたもの!」
「と仰っておりますが、どうします?ロッテさん。」
ハーフェルト公爵邸に引っ越してきて1週間。
最初のうちは習慣が抜けず、私は自分の部屋に引きこもっていた。それを心配したロッテとミアが機を捉えては、部屋の外に誘い出してくれたおかげで、身に染みついていた部屋から自由に出ることへの罪悪感が薄れてきた。
そして、今日は天気がいいので、庭に行ってみようということになったのだった。
ハーフェルト公爵家は初代国王の5男が興した家で、当時からずっとここに屋敷を構えている。
よって、庭の一画に森がある。
そこには当然のように大木があり、私は子供の頃、祖父と領地で木登りをしたことを思い出した。
あの時期は母と離れていたし、祖父が可愛がってくれて1番子供らしく無邪気でいられた頃だった。
それを思い出したら、木に登りたくなったわけで。
私は靴と靴下をぽいぽい脱いで、手頃な大きさの木に飛びついて登りだした。
下でロッテが叫んでいるが、少しの間だけ樹上で祖父母がいて楽しかった頃を追想していたい。ごめんなさい、と心の中で詫びておく。
やっぱり山の麓にあった領地の館と、王都の中心地に立つこことでは、樹上から見える景色も、聞こえてくる音も違っている。
微かに聞こえてくる街の喧騒に耳を澄ませていたら、木が揺れた。
驚いて幹にしがみつき、下を覗き込んだ私の目に入って来たのは、淡い金色のふわふわの頭だった。
「わあ!驚いた。リーンも木に登れるのね。」
あっという間に同じ高さまで登ってきたリーンは、少し得意気に目を煌めかせた。
「君が領地に行って最初の手紙に、木登りしてるって書いて送ってくれたからね。僕も一緒に登れるように、ここで練習してたんだ。まさか、今になってそれが実現するとは思わなかったけど。」
彼の珍しい少年っぽい笑みに、私の心臓が飛び跳ねる。最近、ちょこちょこ、こういうことがあって私の心臓は忙しい。
「今日は早く帰れたから君とゆっくりできると思ってたら、いないんだもの。まさか、木に登ってるとはね。」
そう言いながらここからの景色を眺め渡して目を細める。
「懐かしい。この木にも登ったよ。ここから見える街並みは変わらないな。エミィ、あの城の横に見える白い尖塔が僕達が式を挙げる聖堂だよ。」
彼が指差した方を見ると、街の向こうにどんと存在感を放つ城と、その横で強くなってきた午後の光を白く反射する建物が見える。
「ここからも見えるのね。聖堂では身内だけの式で、それ以外の人にはお城の夜会で披露されるんだったわね。そういえば、リーンは踊れる?」
「そりゃ、踊れるとも。・・・そういや、君と踊ったことはなかったっけ。」
「私は、ほとんど踊ったことはないわ・・・。」
2人で顔を見合わせて、青ざめる。
「今すぐ、練習しよう。」
「そうしましょう!」
慌てて木から下りて、屋敷に戻った。その移動中、2人でずっとロッテにお説教され続けた。
私はロッテが怒ると怖いことを身に沁みて知った。
結果として、ダンスはなんとかなった。リーンは慣れているし、私も物覚えはいいほうなので、難なく合わせることができた。
問題は1曲しか彼が保たないことだった。
お仕事モードにしようが、目を逸らし続けようが、2曲目途中で鼻血を吹く。
見ていたヘンリックがついに呆れた声を出した。
「リーンハルト様、毎晩一緒に寝るのは平気なのに、何でこの短い時間が無理なんですか?」
いつもの如く、赤く染まったタオル越しにリーンが叫ぶ。
「だって、初めて2人で踊ってるんだよ!寝るのも、慣れるのに3日かかったんだから!何でダンスってこんなに距離近いの?!本番は今より綺麗になってるんでしょ?!1曲だって保つかどうか!」
「つべこべ言わず、最低2曲は踊って下さい。エミーリア嬢、明日は本番と同じドレスとメイクでお願いします。」
「え、僕の楽しみがなくなるんだけど?!」
「貴方の楽しみより、無事に踊り切るほうが大事です。いいですね、エミーリア嬢。」
「仕方ないわよね、リーン。代わりに明日、楽しみにしてて。」
「・・・僕も明日、当日と同じ格好するから!」
「それ、血塗れにならないですか?」
「リーン、諦めた方がいいわ。」
リーンががっくりと項垂れ、座り込んでしまった。
私は彼の頭を撫でつつ慰める。
最近、習慣になったこれのせいで、私の前でリーンが落ち込んだり拗ねたりすることが増えたと、ヘンリックがぼやいていた。
まあ、撫でられている本人は嬉しそうだからいいとしよう。
■■
sideL
「リーン、大変よ!」
僕が屋敷内の執務室で退屈な書類作業をしていると、エミーリアが扉を開けて飛び込んできた。
一緒に暮らし始めて10日。
その間に僕達は学園を卒業した。
1日中屋敷にいるようになって、彼女は随分とここに馴染んでくれた。
こうやって、邸内を走るくらいには・・・。
今日は朝からアレクシア嬢の結婚式に出席していた彼女は、いつもよりうんと綺麗に装っている。
その格好でドレスの裾を高く持ち上げて、廊下を爆走するのは、止めたほうがいいと思うんだよ。
使用人達が目のやり場に困るし、ヘンリックですら信じられないものをみた顔をしている。
彼女はうちに来てから、昔のお転婆さが戻ってきたようで、はらはらさせられることが多い。
そろそろ、護衛の人数を増やそうかな・・・。
息を切らせて僕の前に来た彼女を、上から下まで見たが、いつもより3割増で美しいだけで、怪我などはなく元気そうだ。
何があったのかな?
手の中の書類を机の上に戻して、近づいてきた彼女を見上げる。
「おかえり、エミィ。何があったの?」
「ただいま。あ、お仕事中だったのね、ごめんなさい。やっぱりあとにするわ!」
「ちょうど休憩しようと思ってたから、大丈夫だよ。」
慌ててドレスの裾を翻して出ていこうとする彼女の手を、机越しに掴んで引き寄せる。
後ろでヘンリックが睨んでいる気配がするけど気にしない。これくらいの量、後で集中してやればすぐ終わる。
手をつないだまま机をくるっと廻って、彼女と合流し、部屋の中央に置いてあるソファに腰を下ろす。
ヘンリックは諦めたのか、15分したら戻ります、と言い置いて部屋を出ていった。
なるほど、15分は彼女と2人きりにしてくれると。
「で、何が大変なの?アレクシア嬢が結婚式で新郎と喧嘩でもした?ああ、もうヴェーザー伯爵夫人か。」
「そう、アレクシアはもう伯爵夫人なのよね。2人は喧嘩なんかしなくて、とても幸せそうだったわ。アレクシアはとっても綺麗で、私が出席したことをとても喜んでくれたの。彼女の結婚式に出れてよかった。ありがとう、リーン。」
ノルトライン侯爵家から出て、うちに慣れてくれたとはいえ、彼女が完全に自由なったとは言い難い。
何かを決める時、まだ時々母親を気にするような素振りを見せる。
そんな自分をどうにかしようと、今まで母の目を気にしてできなかった思い切った行動をとってみているようだが、本当に危なっかしいことばかりしてくれる。
僕はどこまでも付き合うつもりだけど、怪我と行方不明だけは勘弁してほしい。
こないだも木から下りる時、擦りむいていた。
彼女が本当に精神的にも自由になるのは、もう少し掛かりそうだ。
今日の結婚式への参加もそうだった。
元々行くと決まっていたのに、公爵家に居候の身で行ってもいいものか、なんてことで悩んでいるものだから、無理やり馬車に突っ込んでミアと護衛を3人つけて送り出した。
僕も一緒に行けたら良かったんだけど、さすがにまだエミーリアの夫でもないし、王子だし、ほいほいと出席するわけにはいかなかった。
「それでね、私は結婚式というものを初めて見たんだけど、式の終わりに新郎新婦がね!」
興奮したまま話すエミーリアが可愛くて、じっと眺めていたら、彼女の顔が段々赤くなってきた。
「式の終わりに?」
続きを促してみても、なにか言いづらそうに詰まっている。
辛抱強く待っていると、両手を握りしめて、真っ赤になった彼女の口から奇妙な音が漏れてきた。
「き、ききききき、」
「木?」
木がどうかしたのか?突然生えてきたとか?まさかね。
「きき、キス、してたの!」
ああ、うん。誓いのキスね。式の最中にみんなの前でするね。
「・・・え、それが大変なことなの?」
思わず僕の口をついて出た疑問に、涙目になったエミーリアが叫ぶ。
「私達もあれするの?!しないわよね?!貴方、症状が出るからできないわよね?!出来ないって言って!」
「え、知らなかったの?当然、するよ?できるよ?」
そう答えたら彼女がソファの端まで飛び退いて僕と距離をとった。
ああ、もう、そういう行動とらないでくれる?嗜虐心がくすぐられて止められないんだけど。
「エミィ、僕とキスするのは嫌なの?」
わざと傷ついた顔を作って見せる。
予想通り、焦ったように戻ってきて、そうじゃないんだけど、と口ごもる彼女の顎に手を添えて、さっと頬に口付ける。
「??!!」
キスを受けた頬を押さえて、今度は扉の近くまで逃げた彼女をそのまま壁まで追い詰めて囲う。
もう言葉も出ないようで、頭から蒸気でも上がっていそうなくらい顔が赤い。
一緒に寝るのはいいのに、こういう方面はものすごく恥ずかしがって逃げまくるんだけど、結婚したらどうなるんだろう?少し不安だ・・・。
そんなこんなで唇へのキスは、結婚式まで大事に置いとこうと思っていたんだけど、今しようかな。ものすごくしたいんだけど。
練習って大事だよね?
ほぼ覚悟を決めている彼女の頬に、そっと手を添わせて目を合わせる。
「エミィ・・・」
名前を呼んだところで、
コンコンコン!ガチャ!
「あれ、お邪魔でしたかね。」
謀ったようにヘンリックが入ってきて、のうのうと宣った。
ああ、ものすっっごく邪魔だよ!!
エミーリアは、開いた扉から脱兎のごとく逃げ去った。
sideE
「お嬢様、おりて下さい!」
「エミーリア様は本当に侯爵令嬢なのですかねえ。」
「ミア、貴方も感心してないで、お嬢様を説得しなさい!」
「旦那様はエミーリア様の好きなようにさせていいって仰ってましたけど?」
「無茶は止めろとも仰っていたでしょう?!」
「無茶じゃないわよ!私、子供の頃に領地で木登りしてたもの!」
「と仰っておりますが、どうします?ロッテさん。」
ハーフェルト公爵邸に引っ越してきて1週間。
最初のうちは習慣が抜けず、私は自分の部屋に引きこもっていた。それを心配したロッテとミアが機を捉えては、部屋の外に誘い出してくれたおかげで、身に染みついていた部屋から自由に出ることへの罪悪感が薄れてきた。
そして、今日は天気がいいので、庭に行ってみようということになったのだった。
ハーフェルト公爵家は初代国王の5男が興した家で、当時からずっとここに屋敷を構えている。
よって、庭の一画に森がある。
そこには当然のように大木があり、私は子供の頃、祖父と領地で木登りをしたことを思い出した。
あの時期は母と離れていたし、祖父が可愛がってくれて1番子供らしく無邪気でいられた頃だった。
それを思い出したら、木に登りたくなったわけで。
私は靴と靴下をぽいぽい脱いで、手頃な大きさの木に飛びついて登りだした。
下でロッテが叫んでいるが、少しの間だけ樹上で祖父母がいて楽しかった頃を追想していたい。ごめんなさい、と心の中で詫びておく。
やっぱり山の麓にあった領地の館と、王都の中心地に立つこことでは、樹上から見える景色も、聞こえてくる音も違っている。
微かに聞こえてくる街の喧騒に耳を澄ませていたら、木が揺れた。
驚いて幹にしがみつき、下を覗き込んだ私の目に入って来たのは、淡い金色のふわふわの頭だった。
「わあ!驚いた。リーンも木に登れるのね。」
あっという間に同じ高さまで登ってきたリーンは、少し得意気に目を煌めかせた。
「君が領地に行って最初の手紙に、木登りしてるって書いて送ってくれたからね。僕も一緒に登れるように、ここで練習してたんだ。まさか、今になってそれが実現するとは思わなかったけど。」
彼の珍しい少年っぽい笑みに、私の心臓が飛び跳ねる。最近、ちょこちょこ、こういうことがあって私の心臓は忙しい。
「今日は早く帰れたから君とゆっくりできると思ってたら、いないんだもの。まさか、木に登ってるとはね。」
そう言いながらここからの景色を眺め渡して目を細める。
「懐かしい。この木にも登ったよ。ここから見える街並みは変わらないな。エミィ、あの城の横に見える白い尖塔が僕達が式を挙げる聖堂だよ。」
彼が指差した方を見ると、街の向こうにどんと存在感を放つ城と、その横で強くなってきた午後の光を白く反射する建物が見える。
「ここからも見えるのね。聖堂では身内だけの式で、それ以外の人にはお城の夜会で披露されるんだったわね。そういえば、リーンは踊れる?」
「そりゃ、踊れるとも。・・・そういや、君と踊ったことはなかったっけ。」
「私は、ほとんど踊ったことはないわ・・・。」
2人で顔を見合わせて、青ざめる。
「今すぐ、練習しよう。」
「そうしましょう!」
慌てて木から下りて、屋敷に戻った。その移動中、2人でずっとロッテにお説教され続けた。
私はロッテが怒ると怖いことを身に沁みて知った。
結果として、ダンスはなんとかなった。リーンは慣れているし、私も物覚えはいいほうなので、難なく合わせることができた。
問題は1曲しか彼が保たないことだった。
お仕事モードにしようが、目を逸らし続けようが、2曲目途中で鼻血を吹く。
見ていたヘンリックがついに呆れた声を出した。
「リーンハルト様、毎晩一緒に寝るのは平気なのに、何でこの短い時間が無理なんですか?」
いつもの如く、赤く染まったタオル越しにリーンが叫ぶ。
「だって、初めて2人で踊ってるんだよ!寝るのも、慣れるのに3日かかったんだから!何でダンスってこんなに距離近いの?!本番は今より綺麗になってるんでしょ?!1曲だって保つかどうか!」
「つべこべ言わず、最低2曲は踊って下さい。エミーリア嬢、明日は本番と同じドレスとメイクでお願いします。」
「え、僕の楽しみがなくなるんだけど?!」
「貴方の楽しみより、無事に踊り切るほうが大事です。いいですね、エミーリア嬢。」
「仕方ないわよね、リーン。代わりに明日、楽しみにしてて。」
「・・・僕も明日、当日と同じ格好するから!」
「それ、血塗れにならないですか?」
「リーン、諦めた方がいいわ。」
リーンががっくりと項垂れ、座り込んでしまった。
私は彼の頭を撫でつつ慰める。
最近、習慣になったこれのせいで、私の前でリーンが落ち込んだり拗ねたりすることが増えたと、ヘンリックがぼやいていた。
まあ、撫でられている本人は嬉しそうだからいいとしよう。
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「リーン、大変よ!」
僕が屋敷内の執務室で退屈な書類作業をしていると、エミーリアが扉を開けて飛び込んできた。
一緒に暮らし始めて10日。
その間に僕達は学園を卒業した。
1日中屋敷にいるようになって、彼女は随分とここに馴染んでくれた。
こうやって、邸内を走るくらいには・・・。
今日は朝からアレクシア嬢の結婚式に出席していた彼女は、いつもよりうんと綺麗に装っている。
その格好でドレスの裾を高く持ち上げて、廊下を爆走するのは、止めたほうがいいと思うんだよ。
使用人達が目のやり場に困るし、ヘンリックですら信じられないものをみた顔をしている。
彼女はうちに来てから、昔のお転婆さが戻ってきたようで、はらはらさせられることが多い。
そろそろ、護衛の人数を増やそうかな・・・。
息を切らせて僕の前に来た彼女を、上から下まで見たが、いつもより3割増で美しいだけで、怪我などはなく元気そうだ。
何があったのかな?
手の中の書類を机の上に戻して、近づいてきた彼女を見上げる。
「おかえり、エミィ。何があったの?」
「ただいま。あ、お仕事中だったのね、ごめんなさい。やっぱりあとにするわ!」
「ちょうど休憩しようと思ってたから、大丈夫だよ。」
慌ててドレスの裾を翻して出ていこうとする彼女の手を、机越しに掴んで引き寄せる。
後ろでヘンリックが睨んでいる気配がするけど気にしない。これくらいの量、後で集中してやればすぐ終わる。
手をつないだまま机をくるっと廻って、彼女と合流し、部屋の中央に置いてあるソファに腰を下ろす。
ヘンリックは諦めたのか、15分したら戻ります、と言い置いて部屋を出ていった。
なるほど、15分は彼女と2人きりにしてくれると。
「で、何が大変なの?アレクシア嬢が結婚式で新郎と喧嘩でもした?ああ、もうヴェーザー伯爵夫人か。」
「そう、アレクシアはもう伯爵夫人なのよね。2人は喧嘩なんかしなくて、とても幸せそうだったわ。アレクシアはとっても綺麗で、私が出席したことをとても喜んでくれたの。彼女の結婚式に出れてよかった。ありがとう、リーン。」
ノルトライン侯爵家から出て、うちに慣れてくれたとはいえ、彼女が完全に自由なったとは言い難い。
何かを決める時、まだ時々母親を気にするような素振りを見せる。
そんな自分をどうにかしようと、今まで母の目を気にしてできなかった思い切った行動をとってみているようだが、本当に危なっかしいことばかりしてくれる。
僕はどこまでも付き合うつもりだけど、怪我と行方不明だけは勘弁してほしい。
こないだも木から下りる時、擦りむいていた。
彼女が本当に精神的にも自由になるのは、もう少し掛かりそうだ。
今日の結婚式への参加もそうだった。
元々行くと決まっていたのに、公爵家に居候の身で行ってもいいものか、なんてことで悩んでいるものだから、無理やり馬車に突っ込んでミアと護衛を3人つけて送り出した。
僕も一緒に行けたら良かったんだけど、さすがにまだエミーリアの夫でもないし、王子だし、ほいほいと出席するわけにはいかなかった。
「それでね、私は結婚式というものを初めて見たんだけど、式の終わりに新郎新婦がね!」
興奮したまま話すエミーリアが可愛くて、じっと眺めていたら、彼女の顔が段々赤くなってきた。
「式の終わりに?」
続きを促してみても、なにか言いづらそうに詰まっている。
辛抱強く待っていると、両手を握りしめて、真っ赤になった彼女の口から奇妙な音が漏れてきた。
「き、ききききき、」
「木?」
木がどうかしたのか?突然生えてきたとか?まさかね。
「きき、キス、してたの!」
ああ、うん。誓いのキスね。式の最中にみんなの前でするね。
「・・・え、それが大変なことなの?」
思わず僕の口をついて出た疑問に、涙目になったエミーリアが叫ぶ。
「私達もあれするの?!しないわよね?!貴方、症状が出るからできないわよね?!出来ないって言って!」
「え、知らなかったの?当然、するよ?できるよ?」
そう答えたら彼女がソファの端まで飛び退いて僕と距離をとった。
ああ、もう、そういう行動とらないでくれる?嗜虐心がくすぐられて止められないんだけど。
「エミィ、僕とキスするのは嫌なの?」
わざと傷ついた顔を作って見せる。
予想通り、焦ったように戻ってきて、そうじゃないんだけど、と口ごもる彼女の顎に手を添えて、さっと頬に口付ける。
「??!!」
キスを受けた頬を押さえて、今度は扉の近くまで逃げた彼女をそのまま壁まで追い詰めて囲う。
もう言葉も出ないようで、頭から蒸気でも上がっていそうなくらい顔が赤い。
一緒に寝るのはいいのに、こういう方面はものすごく恥ずかしがって逃げまくるんだけど、結婚したらどうなるんだろう?少し不安だ・・・。
そんなこんなで唇へのキスは、結婚式まで大事に置いとこうと思っていたんだけど、今しようかな。ものすごくしたいんだけど。
練習って大事だよね?
ほぼ覚悟を決めている彼女の頬に、そっと手を添わせて目を合わせる。
「エミィ・・・」
名前を呼んだところで、
コンコンコン!ガチャ!
「あれ、お邪魔でしたかね。」
謀ったようにヘンリックが入ってきて、のうのうと宣った。
ああ、ものすっっごく邪魔だよ!!
エミーリアは、開いた扉から脱兎のごとく逃げ去った。
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