20 / 66
20.婚約者と寝室
しおりを挟む■■
sideL
次に報告した国王である父は、エミーリアが髪を切られて飛び降りたというところで、唖然とした。
「それで、エミーリア嬢は無事なのか?」
「ええ、なんとか。私が受け止めましたので。でも、私がいなければ大怪我を負っていたと思います。」
「後半月で結婚式だというのにこんなことになるとは・・・。ノルトライン侯爵は今まで何をやっていたのだ。」
「見たくないものから目を逸らし、娘の結婚が迫っているというのに領地に逃げ込み、追いかけて断罪すれば長男に丸投げしましたよ。」
「お前、ノルトライン侯爵に会いに行ったのか。」
「私の部下が。12年もの間、私からの贈り物が婚約者に届いてなかったもので、ちょっと頭にきまして。」
呆れたようにため息をついた父は、兄そっくりな深い緑の目に意地の悪い光を宿らせた。
「お前の婚約者は気の毒ではある。が、この結婚、お前にとって利益になることは1つもない上に、厄介事しか連れてきていない気がするがこのまま続けるつもりかい?」
僕は全開の笑顔を父に向けた。
「当たり前じゃないですか。父上、私にどこか妻の実家に補ってもらわねばならないようなところはありますか?」
父もそれを受けて、楽しそうに笑う。
「ないな!実際、お前はよくやっている。それが全部エミーリア嬢のおかげというならまあ、他人がどう言おうが、この婚約は成功だったのだろうな。」
「そう言っていただいて、安堵しました。ここで結婚を取りやめろなんて言われた日には、私は彼女と駆け落ちしなければなりませんでしたよ。」
「そこまでか!」
父がぎょっとした顔をした。それに今度はこちらが意地の悪い顔で返す。
「私の彼女に対する執着を甘く見ないでくださいね。」
「どうしてこうもお前達兄弟は両極端な性格になったのやら。」
父はついに顔を覆ってうなだれてしまった。
兄が3度の婚約の後に新たに義姉上と結婚したことは、僕には関係ないと思うが。
「陛下、ノルトライン侯爵家に関しては王太子殿下の采配でよろしいですか?」
「うーんまあ、いいだろう。そういや、結婚式にノルトライン侯爵家が出席しないなら、エミーリア嬢は誰がエスコートするのだ?」
「それについて、陛下。1つご相談が。」
帰邸が思ったより遅くなってしまった。
話が終わって下がろうとした時に突然、父がとんでもないことをぶっ込んで来たものだから。
「そういえば、お前、彼女と子どもを作れるのか?」
「はっ?!な、何をいきなり。ちょっ、そんなこと急に聞かないでくださいよ。」
「あー、ほら、そんなだから。」
彼女とのアレコレを想像した途端、タオルの世話になる羽目になった。まさに大量出血。
父が面白そうに慌てる僕を見ている。
煩悩を追い払いつつ、むっとして言い返す。
「これでも一応、年頃の男なので、十分に欲はありますよ!」
父は嘘くさく真面目な顔を作り、
「なら、余計に他の女性も考えたほうが良くないか?お前なら第2夫人も持てるぞ?エミーリア嬢以外は鼻血が出ないんだろう?」
などと言ってみせる。
答えはわかりきっているのに、なんで聞くかな。
僕は、これみよがしにため息をついて返す。
「父上・・・。そちらこそ母上一筋なのに、息子に何をさせようというのです。それとも、父上がお手本を見せてくださるのですか?母上に告げ口しますよ?」
父は一瞬で方針転換した。
「わかった、もう言わないから、それだけはやめてくれ。だが、本当に心配はしているんだ。エミーリア嬢との間に子どもができるのか。」
ヘンリックといい、父といい、心配性だな。まあ、僕がこんな体質だと仕方ないか。
「ご心配おかけしてすみません。でも、結婚もしないうちから、そういうことは言わないで下さい。健康な2人でも子どもができないこともあるでしょう?」
そんなやり取りをしてから帰ったのが、深夜。
さらに、今日1日色々ありすぎて、僕は疲れ切っていた。
だから、屋敷に帰るなりさっさと寝る準備を済ませ、なにか言いたそうなヘンリックとロッテに、また明日とかなんとか言ってすぐにベッドに潜り込んで寝てしまった。
■■
sideE
先に寝ててとは言われたものの、おかえりなさいが言いたくて、私はリーンを待っていた。
せっかくだから例の私室で、ラグに座り込み、ぬいぐるみをひとつひとつ手にとって眺めていた。
たくさんのぬいぐるみ。夢のようだな、と思っていたら、本当に夢の世界へ入りかけていたらしく、
「お嬢様、もうベッドでお休みになって下さい。」
とロッテに揺り起こされた。
私は半分以上寝ている頭で、はい、とも、うん、ともつかない返事をして起き上がった。
「お嬢様、寝室なのですが・・・」
説明しようとしたロッテを止めて、私はふらふらと部屋を出て、居間をまっすぐに突っ切り、私室と反対側にある扉を開けた。
予想通り、そこにはとても大きなベッドが、でんと置いてあった。
「ん、大丈夫。ここが私の寝室ね。ありがとう。寝ます。おやすみなさい。リーンに先に寝てごめんなさいと伝えて下さい。」
と呪文のように唱えて、そのままベッドに潜り込んで寝てしまった。
ベッドがやたら大きいのも公爵家だからだと思っていたし、反対側にもう一つ扉があることにも気が付かなかった。
数時間後、ふっと目が覚めた。今までずっと1人で寝ていたので、自分以外の気配に敏感に反応したのだと思う。
寝たふりをして様子を伺っていると、私が寝ている反対側に誰かが入ってきた。
私は恐怖で体が強張り、そのままじっとしていた。
「もう眠すぎる・・・。」
潜り込んできた相手のつぶやきが耳に入り、私はほっとして緊張を解いた。
リーンだ。帰ってきたんだ。嬉しくなって声をかけようとしてふと我に返る。
ん?このベッドにリーンも寝るの?
確かに何人も眠れそうなくらいの大きさだけど・・・。
と、ここまで考えて、はっと気がつく。
祖父母も同じベッドで寝ていた!
夫婦って一緒に寝るんだった!ということは、ここ、夫婦の寝室だったのか。
ロッテはあの時、きっと他の部屋のベッドに寝かせてくれようとしてたんだ。
私達、まだ結婚前だし、私と一緒に寝たら彼が出血多量で大変な事態に陥りそうだし。
どうしよう、もう夜も遅いし、今から他の部屋に移るなんてできない。
大きいベッドだし、端と端なら問題ないに違いない。
そう結論づけて、もっと端に寄ろうと身動きしたところ、気付かれた。
彼が寝息をたてるのを確認してから、動いたつもりだったのに。
さすが剣術も強いだけあるというべきか・・・。
「何かいる・・・あれ?エミィ・・・?」
ごそごそとベッド内を移動してきたリーンが、私だとわかるとぎゅっと抱きしめてきた。
ベッド内でそれはやめてください!しかも、初めて愛称で呼ばれたのに、相手が寝ぼけてるとかひどい!
「いやいや、客間で寝てもらうようにロッテに頼んだし、ここにいるわけないよね。ああ、僕もう寝てて夢見てるのか。いやに感触がリアルだけど、疲れてるからかな?それとも、ものすごく会いたかったから夢に出たかな・・・。」
自分に都合のいいことを1人で並べ立てて納得しているリーン。
私の存在は夢にされてる。それは、助かった。
でも、こんな状況では寝られないし、彼が熟睡したら、抜け出して隣の部屋のソファででも寝よう。と決めたのに彼はなかなか寝ない上に、腕の力も緩めない。
「ああ、早く本物とこうやって一緒に寝たいなあ。」
今、まさに一緒に寝てるし!実現してるから!
「あーいい匂いがする、そして柔らかい・・・この夢最高。」
ちょ、匂い嗅がないで!頬ずりしないで!撫で回さないで!夢じゃないから!
もう、現実を突きつけようかどうしようか真剣に悩んだけど、そんなことしたら彼が立ち直れなくなりそうというか、身の危険を感じるのでここは夢にしようと決めた。
「早く治して君を抱きたい・・・。」
最後にそうつぶやいて彼は今度こそ寝た。
今もだし、今日散々抱き上げたり、抱きしめたりしてたよね・・・と考えて、思い当たった。そっちの意味か!
ぶわっと全身に熱が回る。近いうちに夫婦になるんだしね、当然だよね。
でも、彼の場合、あの体質のせいでかなり難しいと思っていたから、私はそんなこと想像もしていなかった。
リーンは、違ったんだ・・・。
どうしよう。いや、そう思っていてくれるのは嬉しい。が、私が相手でなかったらそんな悩みは抱かずに済んだのでは、と思うと心が痛んだ。
なんだか悲しくなってきた。夜の悩み事はネガティブになりやすい。これは夢だし、聞かなかったことにしようと自分に言い聞かす。
そして彼の腕の中でくるりと体を反転させ、目の前の胸に顔を寄せる。
夢ならこんなことしてもいいでしょ?
彼が深く寝入ったら抜け出そうと思いつつ、頭の上から聞こえる寝息や心臓の音、人の温もりに包まれている安心感で、私もいつの間にか眠りに落ちていた。
100
お気に入りに追加
4,289
あなたにおすすめの小説
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる