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ハイヒウォッツ市
#59 旅立ち
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午前十一時。私はすっかり調子を取り戻し、電車の出発の時間までアリーと宿の部屋で待機していた。
アリーは明らかに私の体に異常なことが起きていると勘付いているのに、何も聞かないでいた。いや、聞かないでいてくれた。しかし、その話題を避けるための不自然な沈黙は、逆に私の胸を締め付けた。アリーは一番信用している人だ。できることなら私が思っていることを全て打ち明けたい。しかし、それができないというのが日に日に苦しくなっていく。
「何も言わなくてもいい…って言ったけど…」
アリーは呟くようにして話し始めた。私はそれを聞き取ろうと、耳をアリーの方に傾けるようにして上半身を寄せた。アリーもゆっくりと私の方に顔を向け、少し目線を下げ、話の続きをした。
「ベリアがもし言わないでいるのが苦しいのなら、話を聞いてほしいと思うのなら、私はいつでも聞くよ。それはファタング隊の隊員としてではなく、姉として。上に報告することもないし、聞いてないってことにするから。」
「…ありがとうございます。」
「うん。」
「…でも、私は姉さんにはまだ言いたくない…。言った後に、もし何かのきっかけで秘密がバレた時に姉さんを疑いたくありません。」
「…うん。ありがとう。分かったよ。」
アリーは私の頭に手を置いて、二、三度軽く撫でてくれた。いつか、いつか私の秘密が明らかになってアリーに伝えられる日が来たらいいのに。そう思いながら、アリーの掌からの温もりを感じていた。
ーーーー午後十二時五十三分 ハイヒウォッツ駅ーーーー
私、アリー、そして荷物を持ったダリアは、いよいよナマイトダフに向かって出発する電車を目の前にしていた。ホームにはダリアの母と祖父が見送りに来ていた。
今度はいつ電車が来るか分からない。もしかしたら、3年、4年…それ以上の期間会えなくなる可能性もある。それにこの世界で無事に生きていけない可能性もないわけじゃない。母と祖父に別れを告げるダリアを見ていると、ハイヒブルックで祖父と別れた時の気持ちを思い出した。不安で、どうしようもないあの感覚。ダリアの笑顔を見ていると、二人に心配をかけないようにとしている必死さが伝わってくる。本当は泣きたいくらいに不安を感じているはずなのに。
「私なら大丈夫だよ。ベリアちゃんもいるし、ファタング隊の方もいるんだよ!…だから、心配しないで。」
「子供の心配をしないでいられる親がどこにいるのよ…うっ…」
「ちょっ…お母さん泣かないでよ~!」
泣いている母親の横では祖父が真剣な顔をしてダリアを見つめていた。
「ダリア。」
「はい!」
「…帰りたくなったらいつでも帰ってきて良いからな。失敗しても、自分を責めずに元気よくいなさい。お母さんとおじいちゃんはダリアが明るく、楽しく、元気よくいてくれたらそれで十分なんだからな。」
「…うん。ありがとう。」
ダリアは涙が止まらない母の背中を摩りながら、祖父の手を握った。
「ダリアちゃん。ベリア。そろそろ乗るよ。」
「「はい。」」
私とアリーは先に電車に乗った。ダリアは二人の手を名残惜しく離し、荷物を持って振り返らずに電車に乗った。
午後一時。電車のドアは閉まり、大きな音を立てながらゆっくりと動き始めた。席についたダリアは何故か家族がいる方ではない窓を眺めていた。私はダリアの代わりにホームにいる二人を見ていた。母親はきっと涙で前が見えていないだろう。こちらに振る手は遠くから見ても分かるほどに震えていた。祖父の手にはまだダリアの手の温もりが残っているのだろう。すり抜けたダリアの手を引き留めているかのように手を握っていた。
ゆっくりと二人が遠ざかっていく、ダリアをもう一度見たが、それでも二人のことを見ようとしていなかった。二人が小さくなって見えなくなっても、ホームにいるような気がした。一人娘。一人孫。私の心に二人の不安や悲しみが再現されているようで、心が苦しくなった。
「…ぐすっ……」
「ダリア…ちゃん?」
「ベリア。」
静かに泣き始めたダリアに話しかけようとした私にアリーは首を横に振って見せた。そして、私とアリーは一度席を立ち隣の車両に移動した。
「今は一人にしてあげましょう。」
「…はい。」
アリーは静かに微笑んで、言葉を続けた。
「人ってああやって成長していくのね。不安や悲しみで涙を流して大きくなっていく。不安や悲しみは不幸や絶望にしかないわけじゃない。ダリアちゃんみたいに夢や希望を追うからこその涙もあるのよね。どんな涙も無駄なんかじゃない。その人を成長させ、形を作るものなのよ。」
「形…」
「ベリアも沢山泣いて成長してきたのよ。そしてこれからも。」
涙が人を成長させるというのなら、私がリーヌの前で流した涙も私を強くさせてくれたのだろうか。それともこれから成長させてくれるのだろうか。少なくとも、ダリアは確実に成長に繋がる涙を流している。そのことが私にとっては、とても羨ましいことだった。
アリーは明らかに私の体に異常なことが起きていると勘付いているのに、何も聞かないでいた。いや、聞かないでいてくれた。しかし、その話題を避けるための不自然な沈黙は、逆に私の胸を締め付けた。アリーは一番信用している人だ。できることなら私が思っていることを全て打ち明けたい。しかし、それができないというのが日に日に苦しくなっていく。
「何も言わなくてもいい…って言ったけど…」
アリーは呟くようにして話し始めた。私はそれを聞き取ろうと、耳をアリーの方に傾けるようにして上半身を寄せた。アリーもゆっくりと私の方に顔を向け、少し目線を下げ、話の続きをした。
「ベリアがもし言わないでいるのが苦しいのなら、話を聞いてほしいと思うのなら、私はいつでも聞くよ。それはファタング隊の隊員としてではなく、姉として。上に報告することもないし、聞いてないってことにするから。」
「…ありがとうございます。」
「うん。」
「…でも、私は姉さんにはまだ言いたくない…。言った後に、もし何かのきっかけで秘密がバレた時に姉さんを疑いたくありません。」
「…うん。ありがとう。分かったよ。」
アリーは私の頭に手を置いて、二、三度軽く撫でてくれた。いつか、いつか私の秘密が明らかになってアリーに伝えられる日が来たらいいのに。そう思いながら、アリーの掌からの温もりを感じていた。
ーーーー午後十二時五十三分 ハイヒウォッツ駅ーーーー
私、アリー、そして荷物を持ったダリアは、いよいよナマイトダフに向かって出発する電車を目の前にしていた。ホームにはダリアの母と祖父が見送りに来ていた。
今度はいつ電車が来るか分からない。もしかしたら、3年、4年…それ以上の期間会えなくなる可能性もある。それにこの世界で無事に生きていけない可能性もないわけじゃない。母と祖父に別れを告げるダリアを見ていると、ハイヒブルックで祖父と別れた時の気持ちを思い出した。不安で、どうしようもないあの感覚。ダリアの笑顔を見ていると、二人に心配をかけないようにとしている必死さが伝わってくる。本当は泣きたいくらいに不安を感じているはずなのに。
「私なら大丈夫だよ。ベリアちゃんもいるし、ファタング隊の方もいるんだよ!…だから、心配しないで。」
「子供の心配をしないでいられる親がどこにいるのよ…うっ…」
「ちょっ…お母さん泣かないでよ~!」
泣いている母親の横では祖父が真剣な顔をしてダリアを見つめていた。
「ダリア。」
「はい!」
「…帰りたくなったらいつでも帰ってきて良いからな。失敗しても、自分を責めずに元気よくいなさい。お母さんとおじいちゃんはダリアが明るく、楽しく、元気よくいてくれたらそれで十分なんだからな。」
「…うん。ありがとう。」
ダリアは涙が止まらない母の背中を摩りながら、祖父の手を握った。
「ダリアちゃん。ベリア。そろそろ乗るよ。」
「「はい。」」
私とアリーは先に電車に乗った。ダリアは二人の手を名残惜しく離し、荷物を持って振り返らずに電車に乗った。
午後一時。電車のドアは閉まり、大きな音を立てながらゆっくりと動き始めた。席についたダリアは何故か家族がいる方ではない窓を眺めていた。私はダリアの代わりにホームにいる二人を見ていた。母親はきっと涙で前が見えていないだろう。こちらに振る手は遠くから見ても分かるほどに震えていた。祖父の手にはまだダリアの手の温もりが残っているのだろう。すり抜けたダリアの手を引き留めているかのように手を握っていた。
ゆっくりと二人が遠ざかっていく、ダリアをもう一度見たが、それでも二人のことを見ようとしていなかった。二人が小さくなって見えなくなっても、ホームにいるような気がした。一人娘。一人孫。私の心に二人の不安や悲しみが再現されているようで、心が苦しくなった。
「…ぐすっ……」
「ダリア…ちゃん?」
「ベリア。」
静かに泣き始めたダリアに話しかけようとした私にアリーは首を横に振って見せた。そして、私とアリーは一度席を立ち隣の車両に移動した。
「今は一人にしてあげましょう。」
「…はい。」
アリーは静かに微笑んで、言葉を続けた。
「人ってああやって成長していくのね。不安や悲しみで涙を流して大きくなっていく。不安や悲しみは不幸や絶望にしかないわけじゃない。ダリアちゃんみたいに夢や希望を追うからこその涙もあるのよね。どんな涙も無駄なんかじゃない。その人を成長させ、形を作るものなのよ。」
「形…」
「ベリアも沢山泣いて成長してきたのよ。そしてこれからも。」
涙が人を成長させるというのなら、私がリーヌの前で流した涙も私を強くさせてくれたのだろうか。それともこれから成長させてくれるのだろうか。少なくとも、ダリアは確実に成長に繋がる涙を流している。そのことが私にとっては、とても羨ましいことだった。
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