ロウの人 〜 What you see 〜

ムラサキ

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ハイヒウォッツ市

#58 盗まれた神石

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 ダリアについて行き、石階段を登ると大きな祭壇があった。両端には小さな滝があり、下は水堀によって囲まれていた。真ん中には何かが祀られていた形跡がある。

「ここは村の神様へのお供物を供えるための祭壇なの。」
「すごく立派な祭壇だね…。神様ってアイズ教の?」
「ううん。ゴーゾム文化はアイズ教じゃないの。正式な名称はない。そして私達が言う神様はアイズ教みたいな誰かのことではないの。」
「…どういうこと?」
「私たちの神様は草木や川、土、山、獣、虫…至る所に棲んでいるの。台所にも厠にも、鍋や皿にも。今私達が履いている草履や下駄にもいるんだよ。」
「そんなに沢山いるんだね…。」
「それに私たちの神様は願いを叶えるためにいるんじゃなくて、私たちを見守るためにいるの。だからこの祭壇は何かを願うためじゃなくて、いつもありがとうございますって感謝を伝えるところなんだよ。」
「なんか素敵だね…。純粋に神様たちを敬ってるって感じがする。」
「私も良い考え方だなって思うよ。」

確かに、この世界にいくら強靭な力を持った神のような人間が現れても、自然には勝てない。私達が飲んでいるのは自然の水だし、私達が吸っているのは自然の空気だ。何より私たちは土が無ければ歩くことすらできない。

「ここには何が供えてあったの?」
「私も見たことないんだけど、小さな石が供えてあったみたい。」
「石…?」
「そう。珍しい空色の石だったらしくて大昔から供えてあったらしいんだけど、二十年前に誰かに盗まれちゃったんだよね…。だから私、一度も見たことないんだ。罰当たりなやつだよね。神様のもの盗むなんて。」
「……。」
「その石には言い伝えがあるの。大昔人々が困窮していた時に人型に変化して人々を救ったっていう御伽噺。そこから世界平和を象徴するものとして、神様にお供えされるようになったんだって。」
「…ロウの人みたいな人ってこと?」
「…多分同じ人を指してるんじゃないかな。石から変化したのは嘘だとしても、ある時代に沢山の人を救った誰かがいたんだと思う。」
「空色の石……」
「ベリアちゃん?……」

ダリアの話を聞いているうちに意識が朦朧とし始めていた。何故か足が祭壇に近づこうとしてしまう。次第に視界は狭まり、ダリアの声が聞こえなくなっていった。しかし、足だけは止まらない。

『帰ってこい。』            『私たちの石だ。』
         『こいつでは無い。』
   『来い。』            『これは私たちの石ではない。』

誰かの声が重なるように聞こえる。来るなと拒むものもあれば、逆に来いと言うものもあった。

    『返せ!!』

最後に罵声の声が聞こえて、私の意識はそこで切れた。

ーーーーーーーーー

 畳の匂いがして、私はゆっくり目を開けた。視界にはこちらを覗き込むアリーの顔があった。いつの間にか私は宿に戻っていたらしい。

「起きた?」
「姉さん……。私、急に意識が飛んじゃって…。」
「うん。」
「ダリアちゃんは?…」
「ダリアちゃんなら、今…」

アリーが言いかけた時、襖を開ける音がした。半ば朦朧としたながら、横を見ると着物姿ではなく、私たちと同じような普通の服に着替えたダリアがいた。

「ベリアちゃん大丈夫?」
「うん、なんとか…。ダリアちゃんがここまで運んでくれたの?」
「ううん。ちょうどあの祭壇を見に来た違う宿のお客様二人が運んでくれたの。」
「そうだったんだ…。ごめんね、急に倒れたりして…。」
「ううん、私は大丈夫。きっと旅疲れが溜まっちゃったんだね。」

ダリアはそう言ったが、私は腑に落ちなかった。あの囁くような声の持ち主は一体誰だったのだろうか。単に私の空耳だろうか。あの意識がなくなる感覚は疲れだけのせいなのか…。
 私はアリーに支えられながら、ゆっくりと上体を起こした。

「ベリアちゃんが寝ている間に、お母さんとおじいちゃんと話してたんだけど…」
「うん?」
「私、ナマイトダフに行っていいことになりました!」
「そうなの!?」
「うん!!私、やっと夢に近づけるよ!…私、やっと…」
「ダリアちゃん…。おめでとう!」

ダリアは嬉し涙を浮かべながら微笑んでいた。その瞳は仄かに黄色に光っていた。その時、どうしてダリアを初めて見た時、どこかで見たことがあるような気がしたのかが分かった。この子はシュタンツファーで出会ったマキに似ているのだ。好きなものを夢として見ていたマキは輝いていた。ダリアも同様に叶えたいと強く思う夢がある。この二人には似たようなものがあるのだなと気づいた。あの時のマキを思いながら、私はダリアの手を握りしめた。
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