58 / 60
ハイヒウォッツ市
#58 盗まれた神石
しおりを挟む
ダリアについて行き、石階段を登ると大きな祭壇があった。両端には小さな滝があり、下は水堀によって囲まれていた。真ん中には何かが祀られていた形跡がある。
「ここは村の神様へのお供物を供えるための祭壇なの。」
「すごく立派な祭壇だね…。神様ってアイズ教の?」
「ううん。ゴーゾム文化はアイズ教じゃないの。正式な名称はない。そして私達が言う神様はアイズ教みたいな誰かのことではないの。」
「…どういうこと?」
「私たちの神様は草木や川、土、山、獣、虫…至る所に棲んでいるの。台所にも厠にも、鍋や皿にも。今私達が履いている草履や下駄にもいるんだよ。」
「そんなに沢山いるんだね…。」
「それに私たちの神様は願いを叶えるためにいるんじゃなくて、私たちを見守るためにいるの。だからこの祭壇は何かを願うためじゃなくて、いつもありがとうございますって感謝を伝えるところなんだよ。」
「なんか素敵だね…。純粋に神様たちを敬ってるって感じがする。」
「私も良い考え方だなって思うよ。」
確かに、この世界にいくら強靭な力を持った神のような人間が現れても、自然には勝てない。私達が飲んでいるのは自然の水だし、私達が吸っているのは自然の空気だ。何より私たちは土が無ければ歩くことすらできない。
「ここには何が供えてあったの?」
「私も見たことないんだけど、小さな石が供えてあったみたい。」
「石…?」
「そう。珍しい空色の石だったらしくて大昔から供えてあったらしいんだけど、二十年前に誰かに盗まれちゃったんだよね…。だから私、一度も見たことないんだ。罰当たりなやつだよね。神様のもの盗むなんて。」
「……。」
「その石には言い伝えがあるの。大昔人々が困窮していた時に人型に変化して人々を救ったっていう御伽噺。そこから世界平和を象徴するものとして、神様にお供えされるようになったんだって。」
「…ロウの人みたいな人ってこと?」
「…多分同じ人を指してるんじゃないかな。石から変化したのは嘘だとしても、ある時代に沢山の人を救った誰かがいたんだと思う。」
「空色の石……」
「ベリアちゃん?……」
ダリアの話を聞いているうちに意識が朦朧とし始めていた。何故か足が祭壇に近づこうとしてしまう。次第に視界は狭まり、ダリアの声が聞こえなくなっていった。しかし、足だけは止まらない。
『帰ってこい。』 『私たちの石だ。』
『こいつでは無い。』
『来い。』 『これは私たちの石ではない。』
誰かの声が重なるように聞こえる。来るなと拒むものもあれば、逆に来いと言うものもあった。
『返せ!!』
最後に罵声の声が聞こえて、私の意識はそこで切れた。
ーーーーーーーーー
畳の匂いがして、私はゆっくり目を開けた。視界にはこちらを覗き込むアリーの顔があった。いつの間にか私は宿に戻っていたらしい。
「起きた?」
「姉さん……。私、急に意識が飛んじゃって…。」
「うん。」
「ダリアちゃんは?…」
「ダリアちゃんなら、今…」
アリーが言いかけた時、襖を開ける音がした。半ば朦朧としたながら、横を見ると着物姿ではなく、私たちと同じような普通の服に着替えたダリアがいた。
「ベリアちゃん大丈夫?」
「うん、なんとか…。ダリアちゃんがここまで運んでくれたの?」
「ううん。ちょうどあの祭壇を見に来た違う宿のお客様二人が運んでくれたの。」
「そうだったんだ…。ごめんね、急に倒れたりして…。」
「ううん、私は大丈夫。きっと旅疲れが溜まっちゃったんだね。」
ダリアはそう言ったが、私は腑に落ちなかった。あの囁くような声の持ち主は一体誰だったのだろうか。単に私の空耳だろうか。あの意識がなくなる感覚は疲れだけのせいなのか…。
私はアリーに支えられながら、ゆっくりと上体を起こした。
「ベリアちゃんが寝ている間に、お母さんとおじいちゃんと話してたんだけど…」
「うん?」
「私、ナマイトダフに行っていいことになりました!」
「そうなの!?」
「うん!!私、やっと夢に近づけるよ!…私、やっと…」
「ダリアちゃん…。おめでとう!」
ダリアは嬉し涙を浮かべながら微笑んでいた。その瞳は仄かに黄色に光っていた。その時、どうしてダリアを初めて見た時、どこかで見たことがあるような気がしたのかが分かった。この子はシュタンツファーで出会ったマキに似ているのだ。好きなものを夢として見ていたマキは輝いていた。ダリアも同様に叶えたいと強く思う夢がある。この二人には似たようなものがあるのだなと気づいた。あの時のマキを思いながら、私はダリアの手を握りしめた。
「ここは村の神様へのお供物を供えるための祭壇なの。」
「すごく立派な祭壇だね…。神様ってアイズ教の?」
「ううん。ゴーゾム文化はアイズ教じゃないの。正式な名称はない。そして私達が言う神様はアイズ教みたいな誰かのことではないの。」
「…どういうこと?」
「私たちの神様は草木や川、土、山、獣、虫…至る所に棲んでいるの。台所にも厠にも、鍋や皿にも。今私達が履いている草履や下駄にもいるんだよ。」
「そんなに沢山いるんだね…。」
「それに私たちの神様は願いを叶えるためにいるんじゃなくて、私たちを見守るためにいるの。だからこの祭壇は何かを願うためじゃなくて、いつもありがとうございますって感謝を伝えるところなんだよ。」
「なんか素敵だね…。純粋に神様たちを敬ってるって感じがする。」
「私も良い考え方だなって思うよ。」
確かに、この世界にいくら強靭な力を持った神のような人間が現れても、自然には勝てない。私達が飲んでいるのは自然の水だし、私達が吸っているのは自然の空気だ。何より私たちは土が無ければ歩くことすらできない。
「ここには何が供えてあったの?」
「私も見たことないんだけど、小さな石が供えてあったみたい。」
「石…?」
「そう。珍しい空色の石だったらしくて大昔から供えてあったらしいんだけど、二十年前に誰かに盗まれちゃったんだよね…。だから私、一度も見たことないんだ。罰当たりなやつだよね。神様のもの盗むなんて。」
「……。」
「その石には言い伝えがあるの。大昔人々が困窮していた時に人型に変化して人々を救ったっていう御伽噺。そこから世界平和を象徴するものとして、神様にお供えされるようになったんだって。」
「…ロウの人みたいな人ってこと?」
「…多分同じ人を指してるんじゃないかな。石から変化したのは嘘だとしても、ある時代に沢山の人を救った誰かがいたんだと思う。」
「空色の石……」
「ベリアちゃん?……」
ダリアの話を聞いているうちに意識が朦朧とし始めていた。何故か足が祭壇に近づこうとしてしまう。次第に視界は狭まり、ダリアの声が聞こえなくなっていった。しかし、足だけは止まらない。
『帰ってこい。』 『私たちの石だ。』
『こいつでは無い。』
『来い。』 『これは私たちの石ではない。』
誰かの声が重なるように聞こえる。来るなと拒むものもあれば、逆に来いと言うものもあった。
『返せ!!』
最後に罵声の声が聞こえて、私の意識はそこで切れた。
ーーーーーーーーー
畳の匂いがして、私はゆっくり目を開けた。視界にはこちらを覗き込むアリーの顔があった。いつの間にか私は宿に戻っていたらしい。
「起きた?」
「姉さん……。私、急に意識が飛んじゃって…。」
「うん。」
「ダリアちゃんは?…」
「ダリアちゃんなら、今…」
アリーが言いかけた時、襖を開ける音がした。半ば朦朧としたながら、横を見ると着物姿ではなく、私たちと同じような普通の服に着替えたダリアがいた。
「ベリアちゃん大丈夫?」
「うん、なんとか…。ダリアちゃんがここまで運んでくれたの?」
「ううん。ちょうどあの祭壇を見に来た違う宿のお客様二人が運んでくれたの。」
「そうだったんだ…。ごめんね、急に倒れたりして…。」
「ううん、私は大丈夫。きっと旅疲れが溜まっちゃったんだね。」
ダリアはそう言ったが、私は腑に落ちなかった。あの囁くような声の持ち主は一体誰だったのだろうか。単に私の空耳だろうか。あの意識がなくなる感覚は疲れだけのせいなのか…。
私はアリーに支えられながら、ゆっくりと上体を起こした。
「ベリアちゃんが寝ている間に、お母さんとおじいちゃんと話してたんだけど…」
「うん?」
「私、ナマイトダフに行っていいことになりました!」
「そうなの!?」
「うん!!私、やっと夢に近づけるよ!…私、やっと…」
「ダリアちゃん…。おめでとう!」
ダリアは嬉し涙を浮かべながら微笑んでいた。その瞳は仄かに黄色に光っていた。その時、どうしてダリアを初めて見た時、どこかで見たことがあるような気がしたのかが分かった。この子はシュタンツファーで出会ったマキに似ているのだ。好きなものを夢として見ていたマキは輝いていた。ダリアも同様に叶えたいと強く思う夢がある。この二人には似たようなものがあるのだなと気づいた。あの時のマキを思いながら、私はダリアの手を握りしめた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?
大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」
世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。
”人類”と”魔族”
生存圏を争って日夜争いを続けている。
しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。
トレジャーハンターその名はラルフ。
夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。
そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く
欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、
世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる