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ノイシュロス市
#50 経験値
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「おばあちゃん、ベリアちゃんに話してたこと全部話してくれる?」
午後一時。執務室にて、ルコ・ラッチは立派な隊長席に腰をかけ、いつもの愛らしい目とは違う鋭い眼光でモウカ・アイザーを見つめている。その横にいるラコ・ラッチも机にもたれながら横目でモウカを見ていた。一つの音さえ鳴らない部屋にはただならぬ空気が流れている。少し離れたところにあるソファに座っていたモウカはゆっくりと息を吐き、自分に向けられている疑心の目を見つめた返した。
「一度、アイザーの元妻であるアーツ・ミアンガがあのワイルを見てベリアと同じように痛みを訴えた。部位は違ったが、二人とも痛む部位にはアザがある。そしてそのアザは日焼けのように赤く火傷をしておった。原因はわしには分からん。おそらく一定数の人間がワイルに反応するアザを持っているのかもしれんな。」
「それは偵察の時に言っていた圧力波のこと?」
「さてな。難しいことは年寄りに聞くな。それを調べるのがお前さんらの仕事であろう。」
モウカは煙たい空気を払うように右手を二、三度顔の前で大きく振った。
「それだけ?」
「アーツが火傷を治すためにもらった薬がよく効くものでな。病院に行って同じような薬をもらうようにベリアに伝えただけだよ。」
「本当にそれだけ?」
「ああ、それだけだ。」
先程まで黙っていたラコは急にモウカのところに近づき、腰に携えていた銃を抜いた。銃口はモウカの額に向けられている。しかし、モウカは臆することなくその場に微動だにせず座っていた。
「ワイルに関することは機密事項だよ。全てのことを報告をしてもらわなきゃ、おばあちゃんを罪人として扱う。本当にそれだけ?拷問なんかしたくないんだけどな。」
「それだけじゃ。わしからは何も出ん。」
「拷問しても?」
「お前さんたちの好きなようにすれば良い。」
モウカを見るラコの目は真剣そのものだ。しかし、それに引けを取らぬほどのモウカの堂々さは引き金に置いたラコの指を硬直させた。
「ラコ。もういいよ。」
ルコは立ち上がり、真っ直ぐな瞳でモウカを見た。その目は疑心の目ではなく、対等者を見る目だった。
「おばあちゃんってアイザーのママさんだよね?」
「……。」
「そんなことくらいずっと前から分かってるよ。第一部隊におばあちゃんについて調べてもらったよ。なんとか身分を隠そうとしてたのも分かった。どうして?」
「隠そうとしたわけではない。昔の自分と縁を切りたかったんじゃ。あの家では息子の顔すら見ることができない。ただの老いぼれが部屋に閉じ込められているだけじゃ。大地震が起こる前に出家をし、教会に入ったんじゃよ。」
「……それが本当だったとしても私たちファタング隊がおばあちゃんを疑うには十分な理由がある。そのことを忘れないでね。私達は生半可な覚悟でこの國を守ってるわけじゃないから。」
「分かった。」
「拷問もしていいけど、おばあちゃんには死なれたら困るしね。ひとまず信じるよ。」
ルコは少女の顔に戻り、大きく腰をかけ、椅子をくるくると回した。ラコは詰まらせていた息を吐き、拳銃を腰にしまった。
「話は変わるがのう…」
「何?」
「お前さんたちは挫折をしたことがあるか?」
「急にそんなこと言われもな~。」
「はっはっはっ、そうかそうか。……人は何かに挫折したり、絶望を感じると他人の気持ちをより考えるようになるという。」
「そうなんだ。」
「しかし、生まれた時から他人の気持ちを見れてしまったらどうなんだろうな。」
「……そんな人いないでしょ。」
「そうだろうなぁ。だが、もしじゃ。いたとしたら、その人間は自分のために生まれたのではなく、他人のために生まれたんだろうなぁ。」
「ふーん。いい人ってことだね!」
「いや、自分のために生きることのできない勇敢で可哀想な生き物じゃよ。」
モウカは自分の左手首を右手で握りしめた。何かを恨むように過去を見つめる彼女の目が潤んでいるわけをまだ誰も知らない。
午後一時。執務室にて、ルコ・ラッチは立派な隊長席に腰をかけ、いつもの愛らしい目とは違う鋭い眼光でモウカ・アイザーを見つめている。その横にいるラコ・ラッチも机にもたれながら横目でモウカを見ていた。一つの音さえ鳴らない部屋にはただならぬ空気が流れている。少し離れたところにあるソファに座っていたモウカはゆっくりと息を吐き、自分に向けられている疑心の目を見つめた返した。
「一度、アイザーの元妻であるアーツ・ミアンガがあのワイルを見てベリアと同じように痛みを訴えた。部位は違ったが、二人とも痛む部位にはアザがある。そしてそのアザは日焼けのように赤く火傷をしておった。原因はわしには分からん。おそらく一定数の人間がワイルに反応するアザを持っているのかもしれんな。」
「それは偵察の時に言っていた圧力波のこと?」
「さてな。難しいことは年寄りに聞くな。それを調べるのがお前さんらの仕事であろう。」
モウカは煙たい空気を払うように右手を二、三度顔の前で大きく振った。
「それだけ?」
「アーツが火傷を治すためにもらった薬がよく効くものでな。病院に行って同じような薬をもらうようにベリアに伝えただけだよ。」
「本当にそれだけ?」
「ああ、それだけだ。」
先程まで黙っていたラコは急にモウカのところに近づき、腰に携えていた銃を抜いた。銃口はモウカの額に向けられている。しかし、モウカは臆することなくその場に微動だにせず座っていた。
「ワイルに関することは機密事項だよ。全てのことを報告をしてもらわなきゃ、おばあちゃんを罪人として扱う。本当にそれだけ?拷問なんかしたくないんだけどな。」
「それだけじゃ。わしからは何も出ん。」
「拷問しても?」
「お前さんたちの好きなようにすれば良い。」
モウカを見るラコの目は真剣そのものだ。しかし、それに引けを取らぬほどのモウカの堂々さは引き金に置いたラコの指を硬直させた。
「ラコ。もういいよ。」
ルコは立ち上がり、真っ直ぐな瞳でモウカを見た。その目は疑心の目ではなく、対等者を見る目だった。
「おばあちゃんってアイザーのママさんだよね?」
「……。」
「そんなことくらいずっと前から分かってるよ。第一部隊におばあちゃんについて調べてもらったよ。なんとか身分を隠そうとしてたのも分かった。どうして?」
「隠そうとしたわけではない。昔の自分と縁を切りたかったんじゃ。あの家では息子の顔すら見ることができない。ただの老いぼれが部屋に閉じ込められているだけじゃ。大地震が起こる前に出家をし、教会に入ったんじゃよ。」
「……それが本当だったとしても私たちファタング隊がおばあちゃんを疑うには十分な理由がある。そのことを忘れないでね。私達は生半可な覚悟でこの國を守ってるわけじゃないから。」
「分かった。」
「拷問もしていいけど、おばあちゃんには死なれたら困るしね。ひとまず信じるよ。」
ルコは少女の顔に戻り、大きく腰をかけ、椅子をくるくると回した。ラコは詰まらせていた息を吐き、拳銃を腰にしまった。
「話は変わるがのう…」
「何?」
「お前さんたちは挫折をしたことがあるか?」
「急にそんなこと言われもな~。」
「はっはっはっ、そうかそうか。……人は何かに挫折したり、絶望を感じると他人の気持ちをより考えるようになるという。」
「そうなんだ。」
「しかし、生まれた時から他人の気持ちを見れてしまったらどうなんだろうな。」
「……そんな人いないでしょ。」
「そうだろうなぁ。だが、もしじゃ。いたとしたら、その人間は自分のために生まれたのではなく、他人のために生まれたんだろうなぁ。」
「ふーん。いい人ってことだね!」
「いや、自分のために生きることのできない勇敢で可哀想な生き物じゃよ。」
モウカは自分の左手首を右手で握りしめた。何かを恨むように過去を見つめる彼女の目が潤んでいるわけをまだ誰も知らない。
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