ロウの人 〜 What you see 〜

ムラサキ

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シュタンツファー市

#28 アリー・リーリック前編 (アリー)

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ベリアを見送りたかったが、すぐに郵便局の人間に呼ばれてしまった。
おそらくアルティア隊長からであろう。
地震やワイルの出現によって郵便配達で行っていた長距離の連絡が取りにくくなってしまったが、今は特殊な訓練を受けたフクロウによって胞子蔓延区域とのやりとりができている。
私が呼ばれた先の郵便受付にアルティア隊長のメンフクロウを見つけた。フクロウの足には小さな金色の小筒がついていた。私は入隊してから初めて文通フクロウを受け取った。フクロウの入った重たいゲージを市役所の外まで持っていき、座れるところを見つけ腰をかけた。ゲージの中からそっとフクロウを取り出し、小筒を開け中身を広げた。中には短めの文章が綴られている紙が入っていた。

『第三部隊、ディモンを殲滅。要救助者の捜索は断念。ナマイトダフに向かう。』

私はほっと胸を撫で下ろした。これでしばらくは胞子蔓延区域に出立することはない。正直、私には出征をして戦うのは向いていないと感じていた。クックは積極的にディモンに立ち向かっていたが、私は常にビクビクと震えていた。そして今も少しだけ震えている。
よく見ると下に小さく何かが書いてあった。

『p.s. クックは無事だ。』

「アルティア隊長…。」

私は恥ずかしくなって、紙を素早く閉じ、胸ポケットに入っていたメモ帳を取り出し、小さく切り取ってからシュタンツファーに無事に着いたこと、ベリアのことを綴り小筒に入れた。

「ナマイトダフのアルティア隊長まで。」

フクロウは私の言葉を聞いた途端、ナマイトダフの方角に体を向け、大きな羽をばたつかせ、青空へ飛んでいった。
私は飛んで行くフクロウを見送りながら昔のことを思い出していた。

私がここ、シュタンツファーに来たのは十年以上前のことだ。

その昔、リベフィラ國は奴隷制度があった。廃棄物処理や獣の皮を剥いだりするような仕事から貴族の言いなりになり、非人道的な扱いを受けるなどの仕事があった。プロップ教が布教しだし、十五代目アイザー教皇が國の統帥権をもった時代には身分差別は無くなったとされているが、昔からの慣習の根は深く、リーリックという名を出しただけで就職ができないというのは少なくない話であった。しかし、九十八代目になってからリーリック市は再び不当な扱いを受け始めた。市の自治体は金目的でアイザー家の関係者に子供を売り始め、元々孤立した市民達はさらに荒んでいった。そして、法も秩序もない街になっていった。

ーー 十年前 リーリック市 ーー

「アリー…ごめんね、守ってやれなくて…。」
「いいよ、母さん…。私なら大丈夫だから…。」

私は知っていた。私が売られれば、家族に謝礼金が入ることを。自分の母親だ。信じたい気持ちが一番だが、もしかしたらと疑ってしまう。とても悲しいことだ。疑ってしまうことが悲しいのではなく、母親でさえ疑わしくなるような街になってしまったことが悲しい。
私は家族に別れを告げた後、見送りもないまま、アイザー家の回し者のような人たちによって家畜用トラックの暗い荷台に詰め込まれた。中には小さい子供達が膝を抱えて震えていた。泣きじゃくる子供や泣き疲れて意気消沈する子までいた。私はそれを横目に見ながら、同い年くらいの子達がいた隅に腰をかけた。
私たちはこれからどこに行くのだろう。不安、恐怖、諦め。どれも合っているが合っていない。もっと奥深くの何かが震えている。子供特有なのだろうか。自分の気持ちが時々分からなくなる。それを言葉にできない時の不安は不快感を覚えさせる。私は眉間に皺を寄せ、そのまま目を閉じ、うずくまった。

どのくらい時間が経っただろうか。以前乗っていたのであろう獣の臭いで鼻がうまく機能していない。トラックの中で揺られ続けると、足と尾骶骨を打ち続けるので非常に痛い。

「止まれ!!!!」

これ以上揺れないでくれ、と思った瞬間に強い衝撃がトラックを揺すった。私達はその勢いで思いっきり跳ね上がり、全身を打った。痛みに耐えながら、目を開けて見ると、皆が立ち上がれなくなっており、頭から血を流しながら泣き叫んでいる子らもいた。外から男性の声が聞こえる。

「なんだお前!!?どけよ!!営業妨害だぞ!!」
「営業妨害?子供を売り飛ばすのが君らの仕事なのか?」
「くっ…!」
「中を確認する。ここにいる奴らは一歩も動くんじゃない!!」
「ま、待て!!中はただの豚なんだよ!!このナキゴエは特殊な豚だからであって…。」

回し者の言うことを遮るように男性は荷台のドアを開けた。その瞬間目を瞑りたくなる程の眩い光が荷台の中を明るく照らした。男性の影がくっきりと浮かんで見える。

「君らは子供を家畜と呼ぶのか?」
「あ?」
「君らにとって子供は家畜なのかと聞いているんだ!」
「知らねーよ!こっちだって依頼されてやってんだよ!!」
「ふざけるな!!子供はな、子供って生き物はな、君らみたいな野郎の汚い手で触れていいもんじゃないだ!!!」
「……ちっ」

影だけでもわかった。この人は本気で怒っている。私たちのために本気で怒っているのだ。見ず知らずの私達のために。

「子供たちの保護を開始しろ!」

そう言うと、ぞろぞろと隊服をきた人間が入り込み、私達を毛布で包み、荷台からそっと優しく下ろしてくれた。私が降りた後、先程の男性がこちらに駆け寄ってきた。四十代くらいの強面の人だった。

「ファタング隊第一部隊隊長ガルカ・ウェーハンドフという。救出が遅れてしまいすまなかった。よく堪えたな。」

その言葉を聞いた時、私の何かがぷつりと切れ、涙が溢れ出してきた。そして私の奥深くで震えていたものがわかった。私は助けを渇望していたのだ。助けて欲しくて震えていたのだ。私の渇望が震えていたのだ。私はそれに気づいた時、全身から力が抜け、意識を失った。
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