ロウの人 〜 What you see 〜

ムラサキ

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シュタンツファー市

#30 持っていくもの。

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次の日、学校に着いてすぐにマキは嬉しそうに話しかけてきた。
「おはよう!私の作った曲、完成したよ!今日帰りに聴いてくれる?」
「もうできたの!?」
「うん!」
「すごいね…。うん!私も早く聴きたい!」
「やった!!」

そう言ってマキはすぐに自分の席に戻って行った。

その後は授業を普通に受けた。普通に受けているふりをしていた。私の耳は周りの音を通さず、頭の中に心の霧の声が流れていた。聴き難いものもあった。油絵の絵の具のように粘り気のある黒色が私の体の内側を塗り潰していく。不透明なんかじゃない。ただただ汚くなっていく。そしてうっすらと気付いた。私が心の霧と向き合わなかったのは、自分が汚くなると分かっていたからなのではないか。自分を綺麗のままにしたかったのだ。
昼になった。マキは自分の席で昼ご飯も食べずに何かを書いていた。仕方なく私は一人で弁当を食べた。すると、急にリツロが私に体を真っ直ぐに向け、話があると言った。私はリツロが妙に改まるので、すぐに食べる手を置いて体をリツロの方に向けた。

「今日、ナマイトダフ行きの電車が二ヶ月ぶりに出るわよね?貴方乗るの?」
「え?」

唐突に核心に触れられて、はぐらかすこともできなかった。

「父親が避難民反対派だから追い出されていった避難民の行き場がナマイトダフって知ってるの。」
「父親って?」
「離婚してるだけで、連絡はとっているの。だけど、養育費も払わないし、言うことには偏りがあるし、父親なんて血だけの話よ。父らしいことひとつもされてないもの。弟たちはそんなこと無いみたいだけど。たまに話に行ってるみたい。あの人に会いに行った日には話したことを必ず家で楽しそうに話すのよ。」
「そうなんだ…。」
「そんなことはどうでもいいのよ。どっちなの?」
「私追い出された記憶…無いんだけど…。」
「そんなこと知ってるわよ。はあ…めんどくさいわね。貴方は行きたいんじゃないの?」
「どうしてそんなに私の心が読めるの?」
「見れば分かるわよ。私と同じ事考えてることくらい。ここから居なくなりたい、逃げたいって顔をふとした時にしてるわよ。」

私の顔はそんなに分かりやすいのだろうか。心の霧は私の気付かないところで表れていたのだろうか。私は両手で自分の頬を押さえた。

「周りがそれに気付いてるのかは分からないけど、私は貴方と同じことを考えてるから分かる。そりゃ貴方の立場だったら思うに決まってるわ。」
「どうして私の立場だけでわかるの?」
「それは自分で考えなさいよ。」
「………。」
「今日の電車が行ってしまえば、今度はいつ来るか分からないの。シュタンツファーのアイザーはナマイトダフのファタング隊を極力入れたくないからね。」
「そうなんだ…。」
「そんなのんびりしてられないでしょ?いい?今日しかないの。この前言ったわよね?貴方にあって私にはない自由を思う存分使いなさいって。私だって行けるなら行きたい。でも、私は母親と弟たちを置いていくことはできない。」
「そんなこと言ったて、あっちに行ってどうなるか…分からないし…。」
「ちょっとこっちに来て。」

そう言うとリツロは私の腕を引いて中庭のガーデンベンチに連れていった。

「ねぇ。リツロちゃん…。私だって子供じゃないもん。自分の気持ちくらい分かってるよ。だけど、何でもかんでも素直にはなっちゃいけないと思うの。それに…我慢してたらその内慣れると思うし…。」
「ふざけないで!!」

リツロは急に怒り、握っていた私の腕を強く締めた。

「私は五年間この気持ちを持って生きてきたの。時間が経ったって消えることは無かったし、どんどん強くなっていった。昔は電車通りも多かったし、行ける場所も多かった。どうしようもなくなったら逃げればいいって思ってた。だけど、今は違う。電車はいつ来るか分からない。全然来ない電車が来た時、どれだけ我慢してることか…。我慢なんて何もしないことと同じよ!変えたいと思うものは何も変わらないの!」
「リツロちゃん…。」

「貴方が最終的にどうするかは貴方次第だわ。だけど、もしナマイトダフに行くのなら私のこの思いも持って行って欲しい。私が自由になりたいと思った願望を。私の分まで自由になって欲しい。」
「リツロちゃんは私に、助言するなら責任を取れっていたんだよ?どうしてそんなに助長するの?」
「貴方はナマイトダフに行けば確実に幸せになれるからよ。ここはアイザーの管轄よ。ナマイトダフをよく思わないような噂が流れてもおかしくないわ。私たちが思うほど悪いとは思えない。そのことは貴方の方が分かってると思うけど。」

リツロが言うように私は何処かナマイトダフの噂に引っかかっていた。第三部隊のクックは基地に着いた時、治安は悪くてもナマイトダフは素敵な街だと言った。普通、治安が非常に悪い街には素敵だなんて言葉は使わない。素敵という言葉が似合うほどの人や街並みがあるんだろうとずっと思っていた。

「どうしてそんなに私を良くしてくれるの?」
「貴方しか私の思いを持って行ってくれる人が居ないからよ。それにどうせ私しか貴方の背中を押せる人いないでしょ?」
「……。」
「さよなら。」

そう言うとリツロは私の腕を引き、言葉とは反対に私を強く抱きしめた。リツロの体は震えていた。ずっと思っていた。リツロは質問に答える時、躊躇がない。リツロは私と違って自分の気持ちを明確にできているのだ。私は思いを受け取るよに優しくリツロの背中に両手を添えた。とても小さな背中だった。
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