26 / 60
シュタンツファー市
#26 価値
しおりを挟む
キキが死んだことにショックで何も言えなかった。しかし、シルルは続けた。
「あいつ、駅近に住んでただろう?きっと胞子の蔓延から逃げられなかったんだ。あそこらは山に囲まれた平野だからな。胞子が溜まってたんだろ。」
「でも、ビルだって…あったよね…?」
「ビルなんて言ってもそんなに高くねぇよ。駅近くはちょっとした都市部だったからな。異変に気付きにくい人が大半だったんだろう。その周辺の人らは他の地区よりも行方不明者が多いんだ…。
胞子は下に蔓延するって言われてるけど30メートル近くは上にも余裕で広がる。よく分かんねぇけど、上に広がるよりも横に広がる方が圧倒的に早いらしい。」
「そんな…。」
悲しみよりも驚きで私は言葉が出なかった。
「一ヶ月ほど前に連絡が入ったんです。でも、死因がよく分かってないんです。亡くなったという報告だけでご遺体もご自宅には来てないそうで…。もしかしたら、政府やファタング隊の方々には何か隠し事があるのかも知れません。それでなければ…。」
「何?コツキ?」
「……遺体が残らないような、もしくは報告ができないような亡くなり方をしたってことです。」
涙を堪えてこちらを見たコツキに代わって私は涙を流した。その後、リーヌとシルルも抑えていたものが溢れるように涙を流した。
「私らは当たり前のようにここに来た。助かってさも当然って顔で…。でも…でも…ぐすっ…キキやあんたの話聞いて、生きてるのが不思議に思えた。…キキはもう亡くなったけど、あんただけでもこうやって目の前にいてくれて嬉しい…。」
シルルはボロボロと涙を流しながら、息継ぎをしながら私に言った。私はその時、これまでにない恐ろしさに襲われた。私は今までそんな恐ろしいところにいたのだろうか。二年も、ずっと。私を襲った恐ろしさは私の体から力を抜き取った。足に力が入らない。膝の震えが止まらない。私は再びベンチに座り直し、震える手で涙でぐしゃぐしゃになった顔を抑えた。私はなんて愚かで醜いのだろうか。キキはきっとこの街に生きて来たかったはずだ。しかし、この街に来れた私は不平不満ばかりで情けない。自分がいかに恵まれていたのかを分かっていなかった。皮肉なものだ。自分の持っているものの価値は持っていない人を見なければ分からない。なんてなんて醜いのだろうか。持っている物だけでは満足できず、持っていない人を見ることによって生まれる安堵で初めて幸せを感じるなんて。これまでとは違う自己嫌悪が私の心を包み込んだ。だが、心の霧はそれを拒んでいるのを感じた。
しばらく経ってからは、気を取り直し、涙を拭った後、笑顔でシルルとコツキと分かれた。その後、私はリーヌと二人で帰った。二人とも口を開くことは一切なかった。
「あいつ、駅近に住んでただろう?きっと胞子の蔓延から逃げられなかったんだ。あそこらは山に囲まれた平野だからな。胞子が溜まってたんだろ。」
「でも、ビルだって…あったよね…?」
「ビルなんて言ってもそんなに高くねぇよ。駅近くはちょっとした都市部だったからな。異変に気付きにくい人が大半だったんだろう。その周辺の人らは他の地区よりも行方不明者が多いんだ…。
胞子は下に蔓延するって言われてるけど30メートル近くは上にも余裕で広がる。よく分かんねぇけど、上に広がるよりも横に広がる方が圧倒的に早いらしい。」
「そんな…。」
悲しみよりも驚きで私は言葉が出なかった。
「一ヶ月ほど前に連絡が入ったんです。でも、死因がよく分かってないんです。亡くなったという報告だけでご遺体もご自宅には来てないそうで…。もしかしたら、政府やファタング隊の方々には何か隠し事があるのかも知れません。それでなければ…。」
「何?コツキ?」
「……遺体が残らないような、もしくは報告ができないような亡くなり方をしたってことです。」
涙を堪えてこちらを見たコツキに代わって私は涙を流した。その後、リーヌとシルルも抑えていたものが溢れるように涙を流した。
「私らは当たり前のようにここに来た。助かってさも当然って顔で…。でも…でも…ぐすっ…キキやあんたの話聞いて、生きてるのが不思議に思えた。…キキはもう亡くなったけど、あんただけでもこうやって目の前にいてくれて嬉しい…。」
シルルはボロボロと涙を流しながら、息継ぎをしながら私に言った。私はその時、これまでにない恐ろしさに襲われた。私は今までそんな恐ろしいところにいたのだろうか。二年も、ずっと。私を襲った恐ろしさは私の体から力を抜き取った。足に力が入らない。膝の震えが止まらない。私は再びベンチに座り直し、震える手で涙でぐしゃぐしゃになった顔を抑えた。私はなんて愚かで醜いのだろうか。キキはきっとこの街に生きて来たかったはずだ。しかし、この街に来れた私は不平不満ばかりで情けない。自分がいかに恵まれていたのかを分かっていなかった。皮肉なものだ。自分の持っているものの価値は持っていない人を見なければ分からない。なんてなんて醜いのだろうか。持っている物だけでは満足できず、持っていない人を見ることによって生まれる安堵で初めて幸せを感じるなんて。これまでとは違う自己嫌悪が私の心を包み込んだ。だが、心の霧はそれを拒んでいるのを感じた。
しばらく経ってからは、気を取り直し、涙を拭った後、笑顔でシルルとコツキと分かれた。その後、私はリーヌと二人で帰った。二人とも口を開くことは一切なかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる