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シュタンツファー市
#22 傷跡、メモ書き
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私はいつもより早くに目覚めた。身体の疲れは睡眠で取れるが、心の霧は消えることは無かった。今日一人になれば心の霧も晴れるだろうか。晴れなくてもいい。軽くなるだろうか。私は折り畳み鏡を机に置いて長い髪を梳かし始めた。ここに来てから髪の通りが良くなった気がする。それだけいい生活をしているということだ。
前髪の隙間から小さな傷口が顔を覗かせている。この傷はきっと跡になるだろう。私はこの先もずっと鏡を見る度に過去の嫌な記憶を思い出すだろう。忘れたい嫌な記憶も可視化されてしまうと、忘れることはできない。
梳かし終わった髪を纏めようと、アリーから貰った髪ゴムをとろうとした。しかし、早朝の暗さは思っていたより不便で、誤って手を滑らせてしまった。髪ゴムはカランと音を立てて、床に落ちた。拾おうとしてしゃがんだ時、蝶の飾り部分がロケットネックレスの様になっていることに気がついた。一瞬だけ壊してしまったとヒヤリとしたが、すぐに手に取って、壊れていないことを確認した。少しだけ開いた隙間に指をかけ、開けようとした。固くてなかなか開けられなかったが、これ以上力を加えると蝶の羽を壊しそうで怖かった。すぐに諦めようとしたが蓋を閉めようとした時、メモ書きのようなものを見つけ、咄嗟にその蓋を思いっきり開けてしまった。羽は折れずに開けることができた。中には二つ折りの小さな紙が入っており、内側に何か書かれていた。私は机に髪飾りを置いて、小さなメモ紙を開いた。
『9月20日20時』
明日のナマイトダフ行きの電車の出発時刻だ。きっとアリーは私が得体の知れないものに苦しめられると分かっていたのだろう。戻ってきてもいいと言ってくれているのだ。この心の霧はやはりアリーが言っていたものと同じなのだろうか。そうだとしても、どうしてアリーは私に敢えて教えなかったのだろうか。
私はその紙を折り畳み、髪飾りの中に戻した。
私とリーヌはいつも通りに朝ご飯を食べた後、昼まで普通に過ごした。昼になり、リーヌと家を出て、途中まで一緒に歩いた。リーヌは公園で合流しようと告げて、私を一人にしてくれた。
先週と同じ道を歩いていた。あの時感じていた秋風はあまり吹いておらず、むしろ太陽の光が目にも肌にも痛かった。私の心の霧はあの時と同じ様にはいかず、そこにとどまっていた。時間が経つごとに、心の霧だけでなく、心の霧への疑心、恐怖、不安が濃くなり、自己理解の足りなさゆえの自己嫌悪は私の体に油のようにこびり付いて離れない。葉を落とし始めた木々たち。また新しく芽をつけていく。私も枯れた物を捨て去って、新しいもの身につけられる生き方ができればいいのに。
並木を見ながら歩いていると、公園に着いた。リーヌはまだ来ていないようだった。しかし、その代わりに、ベンチには長髪で綺麗な髪を下ろしている少女がいた。近づくと、その少女はこちらに気づき、振り返った。リツロだった。私は不思議と驚くこともなく、歩みを止めず、彼女に近づいていった。
前髪の隙間から小さな傷口が顔を覗かせている。この傷はきっと跡になるだろう。私はこの先もずっと鏡を見る度に過去の嫌な記憶を思い出すだろう。忘れたい嫌な記憶も可視化されてしまうと、忘れることはできない。
梳かし終わった髪を纏めようと、アリーから貰った髪ゴムをとろうとした。しかし、早朝の暗さは思っていたより不便で、誤って手を滑らせてしまった。髪ゴムはカランと音を立てて、床に落ちた。拾おうとしてしゃがんだ時、蝶の飾り部分がロケットネックレスの様になっていることに気がついた。一瞬だけ壊してしまったとヒヤリとしたが、すぐに手に取って、壊れていないことを確認した。少しだけ開いた隙間に指をかけ、開けようとした。固くてなかなか開けられなかったが、これ以上力を加えると蝶の羽を壊しそうで怖かった。すぐに諦めようとしたが蓋を閉めようとした時、メモ書きのようなものを見つけ、咄嗟にその蓋を思いっきり開けてしまった。羽は折れずに開けることができた。中には二つ折りの小さな紙が入っており、内側に何か書かれていた。私は机に髪飾りを置いて、小さなメモ紙を開いた。
『9月20日20時』
明日のナマイトダフ行きの電車の出発時刻だ。きっとアリーは私が得体の知れないものに苦しめられると分かっていたのだろう。戻ってきてもいいと言ってくれているのだ。この心の霧はやはりアリーが言っていたものと同じなのだろうか。そうだとしても、どうしてアリーは私に敢えて教えなかったのだろうか。
私はその紙を折り畳み、髪飾りの中に戻した。
私とリーヌはいつも通りに朝ご飯を食べた後、昼まで普通に過ごした。昼になり、リーヌと家を出て、途中まで一緒に歩いた。リーヌは公園で合流しようと告げて、私を一人にしてくれた。
先週と同じ道を歩いていた。あの時感じていた秋風はあまり吹いておらず、むしろ太陽の光が目にも肌にも痛かった。私の心の霧はあの時と同じ様にはいかず、そこにとどまっていた。時間が経つごとに、心の霧だけでなく、心の霧への疑心、恐怖、不安が濃くなり、自己理解の足りなさゆえの自己嫌悪は私の体に油のようにこびり付いて離れない。葉を落とし始めた木々たち。また新しく芽をつけていく。私も枯れた物を捨て去って、新しいもの身につけられる生き方ができればいいのに。
並木を見ながら歩いていると、公園に着いた。リーヌはまだ来ていないようだった。しかし、その代わりに、ベンチには長髪で綺麗な髪を下ろしている少女がいた。近づくと、その少女はこちらに気づき、振り返った。リツロだった。私は不思議と驚くこともなく、歩みを止めず、彼女に近づいていった。
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