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ナマイトダフ
#2 興奮
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食事を終えた私たちは四階に上がり、大きな広間に通された。そこには服や装備品らしいものが並べられていた。
「今から君たちには、一人一袋渡すので、その中にこれから使う衣服などを入れてもらう。その後は、部屋番号を教えるので、その部屋に向かい、今日はゆっくり休んでくれ。これからの動きについての説明は明日に行う。」
そこには道案内をしていた係員はいなくなっており、代わりに背が高く体格の良い男性が指揮をとっていた。
男性が指揮をとったように私たちは列をなして、渡された大きな袋に制服のような深緑の服、靴、帽子を入れていった。まるで囚人になったような気分だ。口を開くものは誰もおらず、ただひたすらに荷物を詰めていった。私とベリアもその異様な空気に一言も話すことはなかった。
最後に渡されたものは棒のようなものだった。使い古されたその棒は、取手の部分に円板のようなものがついていて、円盤は棒についている穴に通された紐で硬く結ばれていた。
「これは私たちが指示するまで決して使わないように。」
「は、はい。」
棒を荷物にしまった後、私は大広間の出口手前の係員に部屋番号を聞いた。次にダリアが部屋番号を聞いた。私たちは別部屋になってしまった。しかも、階数も違っていて、二人とも顔を曇らせた。
「大丈夫だよ!慣れれば何とかなるって!不安なのはきっと今のうちだよ!アリーさんだって、この街の人たちだってみんな通ってきた道なんだから!」
先に口を開いたのはダリアだった。私はその言葉に励まされ、意識的に口角を上げて、ダリアに感謝を伝えた。
互いの部屋に向かうべく、それぞれ別れた。私の部屋番号は『782』。七階にということだ。ここにはエレベーターなどはない。ギシギシと鳴る階段を上がり、長く続く廊下を東に向かった。
「779、780…」
「782?」
突然話しかけてきたのは、可愛らしい顔をした色白の女の子だった。目は紫色で、髪は青みがかってウェーブになっている。身長は私と同じくらい。私と同い年だろうか。
「…782、です。」
「そっか!最後の一人は貴方なのね!」
「?」
満面な笑みを浮かべたその少女は、私の部屋であるはずの七八二番の部屋になんの躊躇もなく入っていった。そこにはその少女とは別に二人の少女がいた。そのうちの一人は、先程の怒りを放っていた赤毛の女の子だ。部屋の隅で表情ひとつ変えずに座っている。もう一人はクリーム色の髪をボサボサにさせながら、畳の上をゴロゴロと転がっていた。私は、まさかとは思いつつも、恐る恐る先程の青髪の少女を見た。
「びっくりだよね。四人部屋なんだって。」
その少女は少し困り眉を浮かばせて微笑んだ。私は軽く口角を上げようとしたが、表情筋が強張って上手く笑うことができなかった。
ーーーー一階 大浴場ーーーー
私と三人の少女は汗を流すため、部屋に置かれていた浴室セットを持って大浴場に向かった。浴場はハイヒウォッツと同じような内装になっていた。しかし、大きさは比べ物にならず、中にいる人たちの量は街中同様だった。
「ここの浴場、深さ三メートルのところあるんだよ。だからみんな気をつけてね。」
「はーい!」
注意をしたのは青髪の少女。元気よく返事したのはクリーム色のくるくる少女だった。赤髪の子は何も言わずに服を脱ぎ終わり、先に行ってしまった。クリーム色のくるくる少女も雑に服を脱ぎ、飛んでいくように先に入ってしまった。呆気に取られていた私の心を見透かしたように、青髪の子はクスッと笑った。
「二人とも自由人だね。私たちはゆっくり入ろ。」
「そうですね。」
「敬語じゃなくていいよ。私の名前はスージー・ミーセンク。十九歳だよ。」
「あ、私はベリア・ハイヒブルックです。十八になりました。」
「年下か~、じゃあ敬語じゃないとね。」
「は、はい!」
「ふふっ、うそうそ!一つ違いなんて大差無いし、気にしないで!」
「うん、」
「いこっ!ベリアちゃん!」
他人の裸を見るのはまだ慣れない。それにこの緊張感だ。誰もが周りの様子を伺っていた。変に他人をジロジロ見るのも気が引ける。余計に目のやり場に困る。
汗を流し終え、スージーと共に湯船に入った。
「みんな怖い顔、してるね。」
柔らかな声で肩をすくめるスージーに、この場では怖い顔した皆が普通で貴方が一番異様だよと、言いたくなったが、流石に初対面でそれをいう度胸はない。
それにしても、彼女はどうしてこんなにも堂々としていられるのだろうか。ここにいるということはナマイトダフに住んでいるわけでもない。
「スージーちゃんは、その、どうしてそんなに落ち着いていられるの?」
「ん?どうしてって?」
どうして、と言う彼女の瞳を見て分かった。この子は全然緊張してないんだ。むしろ楽しみにしている。何故か。彼女はここのことを知っているんだ。
「スージーちゃん、どうしてナマイトダフに?」
「こっちでやりたいことがあってね!こっちの被服に興味があるの。その勉強のため。」
「じゃあ、ある程度こっちのことについて知ってるんだ!」
「知ってるというか、こっちにお父さんが住んでるんだよね。色々あって、私と弟はシュタンツファーにいて、母親はノイシュロスにいるよ。」
「今、弟さんは?」
「シュタンツファーで学生やってる。昆虫が好きすぎてずっと研究で学校から帰ってこないの。だから私がこっちに来ても何の問題もないんだ。」
「弟さん、止めなかったんだ。」
「お父さんがいるところだからね。シュタンツファーではナマイトダフが物凄く危険な場所なんて言われてるけど、ナマイトダフは取って食われるような場所じゃないよ。ちょっと厳しいだけで。」
「そう、なんだ。」
としか言えなかった。ただ、そういう理由でここに来ている人もいるのだと、驚いた。生き延びるためだけにここにいるのではない。この地でしかできないことをしに来ている人もいるのだ、と。
では、あの赤毛の子は何のために?どうしてあんなにも冷たい憤怒を抱えているのだろうか。
私の見ている世界が当たり前だと思っていた。だが、この瞬間に私とは別の世界を見ている二人に出会った。人の数だけ私の知らない世界があるのかもしれない。そう思った瞬間、知的探究心のようなものから湧き出る興奮を感じた気がした。
「今から君たちには、一人一袋渡すので、その中にこれから使う衣服などを入れてもらう。その後は、部屋番号を教えるので、その部屋に向かい、今日はゆっくり休んでくれ。これからの動きについての説明は明日に行う。」
そこには道案内をしていた係員はいなくなっており、代わりに背が高く体格の良い男性が指揮をとっていた。
男性が指揮をとったように私たちは列をなして、渡された大きな袋に制服のような深緑の服、靴、帽子を入れていった。まるで囚人になったような気分だ。口を開くものは誰もおらず、ただひたすらに荷物を詰めていった。私とベリアもその異様な空気に一言も話すことはなかった。
最後に渡されたものは棒のようなものだった。使い古されたその棒は、取手の部分に円板のようなものがついていて、円盤は棒についている穴に通された紐で硬く結ばれていた。
「これは私たちが指示するまで決して使わないように。」
「は、はい。」
棒を荷物にしまった後、私は大広間の出口手前の係員に部屋番号を聞いた。次にダリアが部屋番号を聞いた。私たちは別部屋になってしまった。しかも、階数も違っていて、二人とも顔を曇らせた。
「大丈夫だよ!慣れれば何とかなるって!不安なのはきっと今のうちだよ!アリーさんだって、この街の人たちだってみんな通ってきた道なんだから!」
先に口を開いたのはダリアだった。私はその言葉に励まされ、意識的に口角を上げて、ダリアに感謝を伝えた。
互いの部屋に向かうべく、それぞれ別れた。私の部屋番号は『782』。七階にということだ。ここにはエレベーターなどはない。ギシギシと鳴る階段を上がり、長く続く廊下を東に向かった。
「779、780…」
「782?」
突然話しかけてきたのは、可愛らしい顔をした色白の女の子だった。目は紫色で、髪は青みがかってウェーブになっている。身長は私と同じくらい。私と同い年だろうか。
「…782、です。」
「そっか!最後の一人は貴方なのね!」
「?」
満面な笑みを浮かべたその少女は、私の部屋であるはずの七八二番の部屋になんの躊躇もなく入っていった。そこにはその少女とは別に二人の少女がいた。そのうちの一人は、先程の怒りを放っていた赤毛の女の子だ。部屋の隅で表情ひとつ変えずに座っている。もう一人はクリーム色の髪をボサボサにさせながら、畳の上をゴロゴロと転がっていた。私は、まさかとは思いつつも、恐る恐る先程の青髪の少女を見た。
「びっくりだよね。四人部屋なんだって。」
その少女は少し困り眉を浮かばせて微笑んだ。私は軽く口角を上げようとしたが、表情筋が強張って上手く笑うことができなかった。
ーーーー一階 大浴場ーーーー
私と三人の少女は汗を流すため、部屋に置かれていた浴室セットを持って大浴場に向かった。浴場はハイヒウォッツと同じような内装になっていた。しかし、大きさは比べ物にならず、中にいる人たちの量は街中同様だった。
「ここの浴場、深さ三メートルのところあるんだよ。だからみんな気をつけてね。」
「はーい!」
注意をしたのは青髪の少女。元気よく返事したのはクリーム色のくるくる少女だった。赤髪の子は何も言わずに服を脱ぎ終わり、先に行ってしまった。クリーム色のくるくる少女も雑に服を脱ぎ、飛んでいくように先に入ってしまった。呆気に取られていた私の心を見透かしたように、青髪の子はクスッと笑った。
「二人とも自由人だね。私たちはゆっくり入ろ。」
「そうですね。」
「敬語じゃなくていいよ。私の名前はスージー・ミーセンク。十九歳だよ。」
「あ、私はベリア・ハイヒブルックです。十八になりました。」
「年下か~、じゃあ敬語じゃないとね。」
「は、はい!」
「ふふっ、うそうそ!一つ違いなんて大差無いし、気にしないで!」
「うん、」
「いこっ!ベリアちゃん!」
他人の裸を見るのはまだ慣れない。それにこの緊張感だ。誰もが周りの様子を伺っていた。変に他人をジロジロ見るのも気が引ける。余計に目のやり場に困る。
汗を流し終え、スージーと共に湯船に入った。
「みんな怖い顔、してるね。」
柔らかな声で肩をすくめるスージーに、この場では怖い顔した皆が普通で貴方が一番異様だよと、言いたくなったが、流石に初対面でそれをいう度胸はない。
それにしても、彼女はどうしてこんなにも堂々としていられるのだろうか。ここにいるということはナマイトダフに住んでいるわけでもない。
「スージーちゃんは、その、どうしてそんなに落ち着いていられるの?」
「ん?どうしてって?」
どうして、と言う彼女の瞳を見て分かった。この子は全然緊張してないんだ。むしろ楽しみにしている。何故か。彼女はここのことを知っているんだ。
「スージーちゃん、どうしてナマイトダフに?」
「こっちでやりたいことがあってね!こっちの被服に興味があるの。その勉強のため。」
「じゃあ、ある程度こっちのことについて知ってるんだ!」
「知ってるというか、こっちにお父さんが住んでるんだよね。色々あって、私と弟はシュタンツファーにいて、母親はノイシュロスにいるよ。」
「今、弟さんは?」
「シュタンツファーで学生やってる。昆虫が好きすぎてずっと研究で学校から帰ってこないの。だから私がこっちに来ても何の問題もないんだ。」
「弟さん、止めなかったんだ。」
「お父さんがいるところだからね。シュタンツファーではナマイトダフが物凄く危険な場所なんて言われてるけど、ナマイトダフは取って食われるような場所じゃないよ。ちょっと厳しいだけで。」
「そう、なんだ。」
としか言えなかった。ただ、そういう理由でここに来ている人もいるのだと、驚いた。生き延びるためだけにここにいるのではない。この地でしかできないことをしに来ている人もいるのだ、と。
では、あの赤毛の子は何のために?どうしてあんなにも冷たい憤怒を抱えているのだろうか。
私の見ている世界が当たり前だと思っていた。だが、この瞬間に私とは別の世界を見ている二人に出会った。人の数だけ私の知らない世界があるのかもしれない。そう思った瞬間、知的探究心のようなものから湧き出る興奮を感じた気がした。
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