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等身大

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 ーーーー教室ーーーー
 
 しばらく沈黙が続いた。先程までの出来事が嘘のような沈黙だ。担任が気を効かせようと何か言おうとしたが、学級長の震えた泣き顔が沈黙を余計に長引かせた。

「ありがとうございました。」

最初に口を開いたのは小夜だった。小夜はお礼の言葉と一緒に頭を深く下げた。それは沈黙を破るための言葉ではなく、心からの感謝であった。二人はそんな小夜の姿をただただ見つめていた。

「私、家のことが学校でバレた時人生終わったって思ったんです。私は家とは関係ない。バレなきゃ何もみんなと変わらないって努力してきたのに。でも、家のみんながみんな嫌いなわけじゃなくて。だから隠したまま誰かと仲良くなってもどこか寂しくって。」
「小夜さん…」
「でも、ここ最近、バレても良かったなって思えるようになってきたんです。批判や冷たい目線もあるけど、それでも今の、ありのままの私に優しくしてくれる人がいるんだって、思えてきたから。飾った私じゃなくて、等身大の私をみんな見てくれているから。」

 小夜の言葉は本物だった。それは表情が語っていた。さっきまで冷たい言葉を浴びせられていた高校生とは思えないほどの優しく柔らかい笑顔。それを見た学級長はまた大粒の涙を流し始めた。

「…ほんとにごめんなさい。私のせいで。」
「ううん!それは違うよ。水樹ちゃん。」

小夜は水樹の冷たい手を握った。

「水樹ちゃんのお母さんが言ったことは一理あるの。事実、私も同じこと思ってた時もあった。私はここにいちゃいけないって。だけど、そんなことないって何度も自分の中だけで否定してた。でもさっきは違う。私以外の人から痛いところをつかれて、でも私以外の人から、水樹ちゃんと先生からそれを否定してもらえて、私の今の居場所を肯定してくれた。私の思い込みでなんとか強く保ってた気持ちを自信に変えてくれたんだよ。だから謝らないで。」
「小夜ちゃん…ありがとう。」

水樹は小夜の手を強く握り締め、目に溜まった涙を大粒にして流した。

「そうよ。水樹さん。水樹さんは何一つ謝ることはしてない。お母さんだって意地悪したくってやったんじゃないと思うわ。子供を思う気持ちが裏目に出てしまっただけなのよ。だからあまり自分を責めないで。」
「…はい。」

そう返事した水樹の顔は少しだけ晴れ、小夜の笑顔に心を救われた。
 三人の空気が軽くなってから担任は水樹を連れて職員室に戻っていった。小夜は窓を開け教室に入る風を感じた。

「お人好し、だな。」

 小夜は武流の声を聞いても振り返ることなく外の景色を眺めていた。武流は小夜の隣にいき、外を眺める小夜の横顔を見つめていた。

「なんかさ。」
「ん?」
「自分で言って悲しくなっちゃった。ありのままの自分をってやつ。どうせ聞いてたんでしょ?」

武流は教室の中に目を移し、俯き加減に続けた。

「…花野郎には言ってないのか。」
「言えないよ。言ったら壊れるかも。」
「そんなんでいいの?」
「…わかんない。でも今が幸せだからまだ、いいの。」
「そうじゃなくて…!」

そんなので関係が壊れる奴と付き合っていいのか。その言葉が出ずに、困惑した小夜の瞳を見つめるしかできず、やり場のない苛立ちを捨てるように窓の外を見た。外の中庭では園芸部の女の子と坊主頭の野球部が言葉を交わすでもなく、肩を並べて花を見ていた。

「言えよ。花野郎に本当のこと。」
「え?だから、話聞いてた?私は…」
「言って離れていくような奴だったら早いうちに別れたほうがいい。」
「…なんでそんなっ」
「想う時間が長ければ長いほど、ダメだった時に傷が深い。」
「…悪いけど、私は武流が想ってた時期よりずっと長く朔也くんのこと想ってた!今更なのよ!」
「九年」
「え?」

 武流は皮肉を込めた笑顔を作ってみせた。小夜は唐突にずっと昔の男の子のことを思い出した。いじめられていた男の子を。くまのぬいぐるみをくれた男の子を。あの殺伐とした空気で唯一の同世代だった男の子を。

「あ…え…」
「俺は九年片想いした女に振られたんだ。これ以上の経験者いないだろ。」

小夜は言葉が出なかった。出会った時からずっと私を想っていてくれた。今までの優しさはつい最近できたものなんかじゃない。武流の正真正銘の愛だった。

「安心しろよ。花野郎にどんだけ酷いこと言われたって、そいつよりもずっと昔に想ってた男が待ってんだから。」
「武流…」
「まあ、そんなことで振るような男にも見えないけどな。」
「え?」
「俺先帰るわ。じゃ」

 武流は意味深なことを小夜に残した後、振り返ることなく教室を出た。
 小夜は武流のまっすぐな言葉を受け止めて、何故だか朔也に本当のことを告白したくなってしまった。私も本当の私を知ってほしい。ありのままの私を受け止めてほしい。溢れた想いは次第に小夜の鼓動速くさせ、居ても立ってもいられなくなった小夜は窓を閉め、荷物を持って朔也の元へ駆け出しっていった。
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