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何者でも有らず

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「浅田、矢野、隅田!!」

 自分達の名前を呼ばれて驚いたのか、三人は足を止めて振り返った。三人だけではなく、小夜の声の大きさに驚いた周りの人間が全員振り返った。

「どうして、お前が俺らの名前を知ってるんだよ。」
 
小夜はその質問に応えることなく三人に近づいっていった。

「さすが仕事をサボりにサボって宮月に居座り、組をクビになっただけあるわね。」
「くっ…!!」
「全部知ってるわよ。私らの組でクビになる人間自体が珍しいからね。やさぐれた理由だってどうせ新入りが優秀すぎてとかでしょ?」
「テメェに何がわかる!!?誰なんだよ、テメェ!!」
「ここまで言っても分からないの?」
「…は?」

その途端、三人のうちの一人が顔を真っ青にして震え始めた。

「お、おい。どうしたんだよ。急に。」
「…め、さんだ。」
「何だよ。はっきり、言え…よ…。まさかっ」

一人が放心状態になっている間にもう一人も気付いたらしく、もう何も喋ることができなくなってしまった。

「総裁の孫娘…か……」

答えを言ったのは誠に蹴られて伸びていた男、矢野だった。矢野はじっとした目で小夜を見ていた。

「矢野。貴方、総裁に助けられて入ったって聞いたけど。」
「そうだ……。俺は恩を仇で返したんだ…。」

矢野は自暴自棄になっているのであろう。だからこんなことをしてまでもこっちの世界に縋り付くような真似をして見せたのだろう。

「自暴自棄になるのも勝手だけど、私たち子供は巻き込まないでくれる?さっき言ってたわよね。蛙の子は蛙って。
違うわよ。私たちは親がキャバ嬢だからとか、ヤクザだからとかで何者であるかなんて決めつけられない。どうやってできたお金であれ、私たちは普通の子と変わらずに生きてきた。だから、私たちも普通の子と一緒。何者でもないの。」

その言葉に周りの人間がざわつきを止めた。
 小夜も紬も香も武流もまだ将来の決まらない、何者でもない不完全な人間。故に何にだってなれる可能性を持っている。周りの人間は言うだろう。子を見て親を見ろ、と。でも、この時代にそんなものは関係無い。傷の深さは違えど、傷を負うことによって皆自由に将来を決めることができるはずだ。そうでなくてはいけないのだ。
 きっとそんな小夜の気持ちが伝わったのだろう。皆黙って真剣に小夜の話を聞いていた。

「そうだな…。確かにお前らの中ではお前たちは普通の子なんだろうな。…でも、大人たちの世界じゃそうもならねぇよ。」
「え?」
「お前らは良い人質にもなるし、組織に踏み入れるための鍵にもなる。組織の子供同士の関係がそのまま組織の関係になることだってある。現に桐ヶ谷の息子と仲の良いお前の組の傘下に桐ヶ谷組が入った。」
「……。」
「それに普通の子が堅気の世界で仲良くしても、何も言われねぇがお前らは違う。堅気世界からも疎まれるし、逆にお前らの親やそれこそ総裁が嫌がる。」
「…それは。」
「堅気世界にヤクザや水商売の子供が入ったって誰も良い気持ちはしねぇんだよ。悲しいかなそれが現実だ。」

小夜は黙った。確かに矢野の言っていることは一理ある。小夜の言ったことは所詮は理想論だ。地域や状況によって大きく異なろうが、偏見や卑しいという感覚はこれから先色々な場所で向けられ続けるだろう。

「それに……あの花屋、俺は知ってるんだ…ぜ」
「何!?花屋ってどういうこと!?」

矢野が花屋の話をしようとしたとき既に意識が飛んでいってしまっていた。小夜は他二人に気になって聞いたが、二人は何のことだか分からないという。

「お嬢さん、矢野さんは桐ヶ谷が入ってきたことで仕事を失ったんです。総裁は何故か俺ら古参よりも桐ヶ谷の人間を必要以上に大事にしやがる。それに不満を持っている者は少なくないんです。」
「能力不足と言われて仕舞えば何とも言えませんがね…。私たちはこれで失礼しやす。もう貴方たちに手は出しません。堪忍してください。」

黙ってしまった小夜を置いて、三人は出ていってしまった。
 小夜の世界では見えない世界がある。こんなにも近い場所なのに。知りたいと思ってしまった。でも同時に関わりたくないと思っていた今までの自分に対する矛盾で、心が抉られそうだった。
 文化祭も終わり、小夜は一人で朔也の元に歩いていっていた。堅気の世界と小夜が生まれた世界。それは小夜自身が思うよりも遠くて相入れないものだった。朔也は堅気の世界の人。どうしてこんなにも近くになれたのに、また新たに距離を感じてしまうのだろう。小夜の居場所は一体どこが正解なのだろうか。そんなジレンマが小夜の歩みを遅めていた。
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