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春会合
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「春会合?」
新学期を迎えてから初めての休日、小夜は百目鬼組の集会に参加させられていた。いつもは朝の集会には参加しないのだが、今回は小夜に関係があることだからと何もわからない状態で、席についていた。
「そうだ。毎年開催されている組同士の会合だ。新年度の挨拶のようなものだが、今年は少し違う。」
清兵衛はいつになく小夜の言葉に反応し、口数を増やした。相変わらずの鬼瓦な顔は健在だが、怒りはないように見えた。清兵衛は小夜と合わせていた目線を前に向けた。同時期に障子を荒く開ける音がし、皆の目線が清兵衛の目線の先に向けられるとそこには、桐ヶ谷旭と武流がいた。旭はいつもとは違う真剣な顔をして、その場に胡座をし、武流はその後ろで正座をした。
「今回、例年と違うのは、桐ヶ谷組が会合に参加することだ。」
清兵衛の言葉に百目鬼組の男達はどよめいた。小夜は何が何だか分からず、旭の後ろで不満そうにしている武流を見ていた。
「うるせぇ!話はまだ終わってねぇぞ!」
清兵衛の一喝で男達は静まり返り、清兵衛は様子を見計らって、旭に目配せをした。旭は立ち上がり、ズカズカと歩き、清兵衛の前に大きく腰を下ろした。
「今年度を持って、桐ヶ谷組は『サクラ』に入ることになった。今度の日曜にあの方に会わせるつもりだ。」
先程の一喝で周りはうるさくなることはなかったが、皆怪訝な顔を浮かばせた。
「マジかよ…。」
その中で一人、驚きを隠せずに一言を放った人間がいた。佐藤だった。佐藤は旭を見ながら顔を引き攣らせていた。
「どうした。佐藤。何か不満があんのか?」
「いえ。不満などは。」
「じゃあ、なんだ。」
「……桐ヶ谷組は発足してから月日が浅いです。また周りの組からの評判はいい物ではなく…。あの『サクラ』に入ることは難儀であると考えます。」
清兵衛は鼻で笑い、佐藤を楽しそうな顔で見つめた。
『サクラ』というのは日本の極道のトップが作った会で、会員のほとんどが旧家の組の頭で構成されている。会員を降ろされることはいくらでもあるが、新規で入れることはここ二十年は無いというほどの、まさに選ばれたものだけが入ることができる会なのである。
その中に桐ヶ谷組が入るということは無謀なことで、本来ならあってはならないことなのだが、清兵衛は余裕亜役と話し始めたので、男達は戸惑いを隠せないでいるのだ。
「佐藤の言うとおりだ。こんな野蛮な男一人だけでは入ることはできない。一生かけてもだ。だが、旭は一人では行かねぇ。百目鬼組が、あの方とこいつの仲介役をすることになった。」
「そんなこと可能なんですか?」
佐藤は間髪入れずに、清兵衛に突っ込んでいった。
「ああ。今回、もう一つ違うのがそれだ。あの方が日本に戻られる。旭のことも認知済みだ。」
「…もうそんなに話が進んでるんすね。」
佐藤が苦笑し始めると、旭は急に不敵に笑い始めた。周りの人間はその様子を悍ましいものを見るような目で睨みつけた。小夜は張り詰めた空気に固唾を飲んだ。
「そのために…。」
旭は不敵な笑みのまま、小夜の方に目を向けた。小夜は野心が駄々漏れている旭の目に背筋を凍らせた。
「小夜お嬢さん、俺の息子と春会合に顔を出してくれませんか?」
「え?…なんで私が…」
小夜は訳がわからず固まるしかなかった。疑問しかない小夜とは反対に、武流は異様に落ち着いていた。そのことが更に小夜を困惑させた。清兵衛は小夜の反応に目を逸らし、声を少し落とした。
「お前は知らなくていいことだ。」
「そんな…。」
「いいから黙って会合の用意にかかれ。」
「…はい。」
ーーーー小夜の部屋ーーーー
小夜は清兵衛に言われるがまま、朝の集会を途中で抜け、部屋着に着替えた後、会合の準備とやらを始めていた。新年度の挨拶だけなので、難しいことをする訳ではないが、それでも厳かな集まりであるため、きっちりとした着物で参加しなければならない。小夜はまず着物選びから始めていた。
「お嬢様。こんな柄はどうですか?」
司波はすぐに十数着の着物を小夜の目の前に広げさせていた。
「少し落ち着きすぎじゃないかしら?桜色なんか季節に合ってると思うんだけど…。」
「お前なぁ、夏祭りに行くんじゃねぇんだぞ。」
小夜から少し遅れて集会から抜けた武流は眉間に皺を寄せて、着物選びに口出した。
「何よ。女の感性に一々口挟まないでもらえる?」
「何が女の感性だよ。『サクラ』の会合に参加するのは百目鬼小夜としてじゃねぇんだぞ。百目鬼の一員として参加するんだから、百目鬼の印象に合った着物選ばなきゃだろ。」
「きゅ、急に真面目にならないでよ。ただでさえ、春会合なんて憂鬱なのに…。着物くらい自分で決めさせてよ…。」
急に武流が真面目に説いてきたため、小夜は少し小さくなって武流を上目で見た。武流はその反応に頬を赤らめ、何も言えなくなってしまった。
「お嬢様、武流さんが言うことも一理あるんですよ。」
「司波さんまで…」
司波は小夜が広げた着物を丁寧に畳みながら話し始めた。
「『サクラ』の会合は言わばマウントの取り合いをするような場所です。確かに一番の頭が信頼を置いた組だけが集まる場所ではありますが、会員同士はそこまで仲良くはありません。互いに力を見せつけ合い、頭の信頼を一番得ている組は俺たちだと言うのを見せたいがために集まっているんです。だから毎年、頭が参加しなくても開催しているんです。」
「…司波さん、行ったことがあるの?」
司波はその質問には答えず、少しだけ微笑んで話を逸らした。
「だから、お嬢様は百目鬼組の、武流さんは桐ヶ谷組の引き立て役にならなければなりません。故に、武流さんが言うように組の印象に合った容姿でいかなければいけないというのは合っているんですよ。」
小夜は司波の言葉に少し不満そうにしていたが、渋々と司波に勧められた藍色の着物を手に取った。
「まあ、でも、逆に男どもの引き立て役を買わずに、自分の色全開で行ってもいいかもしれないですがね。」
司波の言葉に小夜は喜んだが、武流は苦笑気味で司波を見ていた。
「それに、お嬢様はどんなお着物も着こなしてしまうでしょうしね。ね?武流さん。」
「え?!あ、えぇ…。そうですね…。」
油断していたところに見透かされたことを言われた武流は、更に頬と耳を赤らめて司波に返事をした。司波はその武流の反応に笑った。
着物選びが五着まで絞れたところで、司波は着物五着を成亮のもとに持っていき、その間に二人は休憩していた。
「武流はさ、なんでそんな落ち着いてられるの?」
「…これでも少しは緊張してるよ。」
畳の上で寝転がっていた小夜は急に起き上がり、武流を上目遣いで見た。
「でも、私ほどは戸惑ってなかった。」
「そ、それは前々から聞いてたからだ。」
「なんで今戸惑ってんのよ。」
「別に戸惑ってなんかねーよ!」
「ふーん。まあ、いいけど。」
小夜は再び、畳の上に大の字で寝そべった。武流はその様子を横目で見て、目を逸らせた。
「それにしても、なんで私たちが必要なんだろう。」
「…両家の安定を見せるためじゃないか?」
「え?」
武流はわざと、小夜に顔を見せないようにして話し始めた。
「百目鬼の爺さんは歳が歳だし、成亮さんは元々堅気の人間だし、しっかりとした後継がいるのかを頭は確認したいんだよ。桐ヶ谷組は新規だし、信用ゼロだからな。入会させるんだったら、長く続く組なのか、後継はいるのかってところだろ。」
「ふーん、なるほどね。でもそしたら、お兄さんが来るんじゃないの?」
「兄貴は…今は忙しいんだ。」
「…なるほどねぇ。」
武流は絞って出した嘘を言いながら、本当のことを知っていた。二人の婚姻が無事に行われれば、百目鬼組を継ぐのは武流だ。そのことがあるからこその、桐ヶ谷組の『サクラ』への入会。そして、仲介役の百目鬼組なのだ。
しかし、小夜は婚約自体を知らない。武流は複雑な気持ちで、小夜に嘘をついた。
小夜はまた大の字から寝返りをうち、仰向けになった。武流は逸らしていた目線をもう一度小夜に向けた。どうしても武流は小夜の体の線に目が行ってしまう。暖かくなり、部屋着が薄くなり始めたせいだ。普段は見えないような二の腕や太ももに目が行ってしまう。武流は何度も邪念を取り払おうとしたが、小夜の一挙動に何度も反応してしまう。
「…お前さ、もっと気使えよ。」
「え?」
「俺、男なんだけど。無防備すぎるだろ。」
「あ、ごめん。武流だとついつい安心しきっちゃって…。」
急いで起き上がった小夜の肩からブラストラップがほろりとおち、上の服が着崩れた瞬間、武流は小夜の二の腕を掴み、小夜をその場に倒した。
「武流…?」
「なんだよ、安心って。俺言ったよな。お前に気があるって。なめてんのかよ。」
「ちが…そんなつもりは…」
小夜は少し怯えるように武流を見ていたが、それすらも武流にとっては興奮をはやし立てた。
「じゃあ、誘ってんの?」
武流が赤らんだ小夜の頬に口を近づけると、小夜は力強く目を瞑った。その反応に武流は掴んだ小夜の二の腕から手を引いた。
「何間に受けてんだよ。冗談だっつーの。」
「わ、わかりにくい冗談やめなさいよ!」
小夜はすぐ上体を起こした。武流の鼻には小夜の香りが、手には体温が残っていたが、小夜の頭では、ある日の花屋の出来事が蘇り、ある人のことで頭がいっぱいになっていた。小夜の微妙な反応に少し苛立ちを見せた武流は、小夜の右の耳元に口を近づけた。
「今度気抜いたら、軽く二回は食ってやるからな。」
小夜は慣れていたはずの耳元での声に身を退け、真っ赤にした耳と顔を手で抑えた。
「く、食うって…。あんた…。」
鼻先がつきそうなほど、小夜と武流の顔が近づくと、武流はニヤリと笑ってみせた。
「俺、お前が思ってるほど草食じゃないから。」
「……へ、変態!!」
小夜は武流から素早く離れて距離を取った。
「変態って…。男としては健全だと思うぞ…。」
小夜は油断したことに反省し、初めて武流を男として意識し始めた気がした。
ーーーー清兵衛の書斎室ーーーー
清兵衛と旭は会合のことについて話し合っていた。
「しっかし、こんなにも早くあの方に会えるなんて、夢にも思ってなかったですよ。」
旭はわざとらしく言いながら、ソファに腰を掛け直した。
「はっ。『あの方』か。よくもそんな言い方ができるな。」
「ああ。そうですね。あの方の、『息子』と言った方が正確ですね。」
意味深な目線で清兵衛を見つめながら、旭はニタリと笑った。
「…お前があの方が亡くなったことに気づかなければ、俺だって協力なんざしてねぇよ。」
「最初はただの勘でしたが、清兵衛さんは分かりやすい方だから、鎌かけただけで分かりましたよ。」
「けっ。ムカつく野郎だ。」
「でも、俺のこと目にかけてくれたんでしょう?」
「…。」
「だから、お孫様も…」
「いい加減にしろ。つけあがるんじゃねぇぞ。」
清兵衛は旭の鋭い観察力に対して威嚇するように眼光を光らせ、旭を睨めつけた。
「おっと。やめてくださいよ。怖いなぁ。」
「思ってもないことを、易々と。」
旭は細い目をさらに細めて、堪えるように笑った。
「まさか、みんなが思ってる『あの方』は亡くなってて、若造の息子が継いでるなんて誰も知らないでしょうからね。」
「それを知ったから、お前は『サクラ』に入れる。下手したら殺されてもおかしくねぇんだぞ。」
「そのために百目鬼組がいるんでしょう?若造は『サクラ』の人間なしでは今は動けませんからね。何より最近、女に目をかけてるだとか…。いろんな伝手を使って聞きましたよ。夜桜もそろそろ散る頃ですね。」
「ふっ。」
得意げに話していた旭を、清兵衛は鼻で笑った。旭はその反応に話をやめ、清兵衛を見つめた。
「ナメるのも程々にしておけよ、小僧。あの方の息子だ。そんな生半可な人間ではねぇよ。少なくとも、俺が見た若頭は肝が据わった男だったな。」
「へー…。」
「夜桜が散ろうとな、夜の桜吹雪の中は道に迷うぞ。せいぜい気をつけるこったな。」
清兵衛は旭をじとっとした目で見つめ、嘲笑した。旭は細い目を見開いて、清兵衛を見返した。
庭に咲く夜桜は月光の中で、ひらり、またひらりと散り始めていた。
新学期を迎えてから初めての休日、小夜は百目鬼組の集会に参加させられていた。いつもは朝の集会には参加しないのだが、今回は小夜に関係があることだからと何もわからない状態で、席についていた。
「そうだ。毎年開催されている組同士の会合だ。新年度の挨拶のようなものだが、今年は少し違う。」
清兵衛はいつになく小夜の言葉に反応し、口数を増やした。相変わらずの鬼瓦な顔は健在だが、怒りはないように見えた。清兵衛は小夜と合わせていた目線を前に向けた。同時期に障子を荒く開ける音がし、皆の目線が清兵衛の目線の先に向けられるとそこには、桐ヶ谷旭と武流がいた。旭はいつもとは違う真剣な顔をして、その場に胡座をし、武流はその後ろで正座をした。
「今回、例年と違うのは、桐ヶ谷組が会合に参加することだ。」
清兵衛の言葉に百目鬼組の男達はどよめいた。小夜は何が何だか分からず、旭の後ろで不満そうにしている武流を見ていた。
「うるせぇ!話はまだ終わってねぇぞ!」
清兵衛の一喝で男達は静まり返り、清兵衛は様子を見計らって、旭に目配せをした。旭は立ち上がり、ズカズカと歩き、清兵衛の前に大きく腰を下ろした。
「今年度を持って、桐ヶ谷組は『サクラ』に入ることになった。今度の日曜にあの方に会わせるつもりだ。」
先程の一喝で周りはうるさくなることはなかったが、皆怪訝な顔を浮かばせた。
「マジかよ…。」
その中で一人、驚きを隠せずに一言を放った人間がいた。佐藤だった。佐藤は旭を見ながら顔を引き攣らせていた。
「どうした。佐藤。何か不満があんのか?」
「いえ。不満などは。」
「じゃあ、なんだ。」
「……桐ヶ谷組は発足してから月日が浅いです。また周りの組からの評判はいい物ではなく…。あの『サクラ』に入ることは難儀であると考えます。」
清兵衛は鼻で笑い、佐藤を楽しそうな顔で見つめた。
『サクラ』というのは日本の極道のトップが作った会で、会員のほとんどが旧家の組の頭で構成されている。会員を降ろされることはいくらでもあるが、新規で入れることはここ二十年は無いというほどの、まさに選ばれたものだけが入ることができる会なのである。
その中に桐ヶ谷組が入るということは無謀なことで、本来ならあってはならないことなのだが、清兵衛は余裕亜役と話し始めたので、男達は戸惑いを隠せないでいるのだ。
「佐藤の言うとおりだ。こんな野蛮な男一人だけでは入ることはできない。一生かけてもだ。だが、旭は一人では行かねぇ。百目鬼組が、あの方とこいつの仲介役をすることになった。」
「そんなこと可能なんですか?」
佐藤は間髪入れずに、清兵衛に突っ込んでいった。
「ああ。今回、もう一つ違うのがそれだ。あの方が日本に戻られる。旭のことも認知済みだ。」
「…もうそんなに話が進んでるんすね。」
佐藤が苦笑し始めると、旭は急に不敵に笑い始めた。周りの人間はその様子を悍ましいものを見るような目で睨みつけた。小夜は張り詰めた空気に固唾を飲んだ。
「そのために…。」
旭は不敵な笑みのまま、小夜の方に目を向けた。小夜は野心が駄々漏れている旭の目に背筋を凍らせた。
「小夜お嬢さん、俺の息子と春会合に顔を出してくれませんか?」
「え?…なんで私が…」
小夜は訳がわからず固まるしかなかった。疑問しかない小夜とは反対に、武流は異様に落ち着いていた。そのことが更に小夜を困惑させた。清兵衛は小夜の反応に目を逸らし、声を少し落とした。
「お前は知らなくていいことだ。」
「そんな…。」
「いいから黙って会合の用意にかかれ。」
「…はい。」
ーーーー小夜の部屋ーーーー
小夜は清兵衛に言われるがまま、朝の集会を途中で抜け、部屋着に着替えた後、会合の準備とやらを始めていた。新年度の挨拶だけなので、難しいことをする訳ではないが、それでも厳かな集まりであるため、きっちりとした着物で参加しなければならない。小夜はまず着物選びから始めていた。
「お嬢様。こんな柄はどうですか?」
司波はすぐに十数着の着物を小夜の目の前に広げさせていた。
「少し落ち着きすぎじゃないかしら?桜色なんか季節に合ってると思うんだけど…。」
「お前なぁ、夏祭りに行くんじゃねぇんだぞ。」
小夜から少し遅れて集会から抜けた武流は眉間に皺を寄せて、着物選びに口出した。
「何よ。女の感性に一々口挟まないでもらえる?」
「何が女の感性だよ。『サクラ』の会合に参加するのは百目鬼小夜としてじゃねぇんだぞ。百目鬼の一員として参加するんだから、百目鬼の印象に合った着物選ばなきゃだろ。」
「きゅ、急に真面目にならないでよ。ただでさえ、春会合なんて憂鬱なのに…。着物くらい自分で決めさせてよ…。」
急に武流が真面目に説いてきたため、小夜は少し小さくなって武流を上目で見た。武流はその反応に頬を赤らめ、何も言えなくなってしまった。
「お嬢様、武流さんが言うことも一理あるんですよ。」
「司波さんまで…」
司波は小夜が広げた着物を丁寧に畳みながら話し始めた。
「『サクラ』の会合は言わばマウントの取り合いをするような場所です。確かに一番の頭が信頼を置いた組だけが集まる場所ではありますが、会員同士はそこまで仲良くはありません。互いに力を見せつけ合い、頭の信頼を一番得ている組は俺たちだと言うのを見せたいがために集まっているんです。だから毎年、頭が参加しなくても開催しているんです。」
「…司波さん、行ったことがあるの?」
司波はその質問には答えず、少しだけ微笑んで話を逸らした。
「だから、お嬢様は百目鬼組の、武流さんは桐ヶ谷組の引き立て役にならなければなりません。故に、武流さんが言うように組の印象に合った容姿でいかなければいけないというのは合っているんですよ。」
小夜は司波の言葉に少し不満そうにしていたが、渋々と司波に勧められた藍色の着物を手に取った。
「まあ、でも、逆に男どもの引き立て役を買わずに、自分の色全開で行ってもいいかもしれないですがね。」
司波の言葉に小夜は喜んだが、武流は苦笑気味で司波を見ていた。
「それに、お嬢様はどんなお着物も着こなしてしまうでしょうしね。ね?武流さん。」
「え?!あ、えぇ…。そうですね…。」
油断していたところに見透かされたことを言われた武流は、更に頬と耳を赤らめて司波に返事をした。司波はその武流の反応に笑った。
着物選びが五着まで絞れたところで、司波は着物五着を成亮のもとに持っていき、その間に二人は休憩していた。
「武流はさ、なんでそんな落ち着いてられるの?」
「…これでも少しは緊張してるよ。」
畳の上で寝転がっていた小夜は急に起き上がり、武流を上目遣いで見た。
「でも、私ほどは戸惑ってなかった。」
「そ、それは前々から聞いてたからだ。」
「なんで今戸惑ってんのよ。」
「別に戸惑ってなんかねーよ!」
「ふーん。まあ、いいけど。」
小夜は再び、畳の上に大の字で寝そべった。武流はその様子を横目で見て、目を逸らせた。
「それにしても、なんで私たちが必要なんだろう。」
「…両家の安定を見せるためじゃないか?」
「え?」
武流はわざと、小夜に顔を見せないようにして話し始めた。
「百目鬼の爺さんは歳が歳だし、成亮さんは元々堅気の人間だし、しっかりとした後継がいるのかを頭は確認したいんだよ。桐ヶ谷組は新規だし、信用ゼロだからな。入会させるんだったら、長く続く組なのか、後継はいるのかってところだろ。」
「ふーん、なるほどね。でもそしたら、お兄さんが来るんじゃないの?」
「兄貴は…今は忙しいんだ。」
「…なるほどねぇ。」
武流は絞って出した嘘を言いながら、本当のことを知っていた。二人の婚姻が無事に行われれば、百目鬼組を継ぐのは武流だ。そのことがあるからこその、桐ヶ谷組の『サクラ』への入会。そして、仲介役の百目鬼組なのだ。
しかし、小夜は婚約自体を知らない。武流は複雑な気持ちで、小夜に嘘をついた。
小夜はまた大の字から寝返りをうち、仰向けになった。武流は逸らしていた目線をもう一度小夜に向けた。どうしても武流は小夜の体の線に目が行ってしまう。暖かくなり、部屋着が薄くなり始めたせいだ。普段は見えないような二の腕や太ももに目が行ってしまう。武流は何度も邪念を取り払おうとしたが、小夜の一挙動に何度も反応してしまう。
「…お前さ、もっと気使えよ。」
「え?」
「俺、男なんだけど。無防備すぎるだろ。」
「あ、ごめん。武流だとついつい安心しきっちゃって…。」
急いで起き上がった小夜の肩からブラストラップがほろりとおち、上の服が着崩れた瞬間、武流は小夜の二の腕を掴み、小夜をその場に倒した。
「武流…?」
「なんだよ、安心って。俺言ったよな。お前に気があるって。なめてんのかよ。」
「ちが…そんなつもりは…」
小夜は少し怯えるように武流を見ていたが、それすらも武流にとっては興奮をはやし立てた。
「じゃあ、誘ってんの?」
武流が赤らんだ小夜の頬に口を近づけると、小夜は力強く目を瞑った。その反応に武流は掴んだ小夜の二の腕から手を引いた。
「何間に受けてんだよ。冗談だっつーの。」
「わ、わかりにくい冗談やめなさいよ!」
小夜はすぐ上体を起こした。武流の鼻には小夜の香りが、手には体温が残っていたが、小夜の頭では、ある日の花屋の出来事が蘇り、ある人のことで頭がいっぱいになっていた。小夜の微妙な反応に少し苛立ちを見せた武流は、小夜の右の耳元に口を近づけた。
「今度気抜いたら、軽く二回は食ってやるからな。」
小夜は慣れていたはずの耳元での声に身を退け、真っ赤にした耳と顔を手で抑えた。
「く、食うって…。あんた…。」
鼻先がつきそうなほど、小夜と武流の顔が近づくと、武流はニヤリと笑ってみせた。
「俺、お前が思ってるほど草食じゃないから。」
「……へ、変態!!」
小夜は武流から素早く離れて距離を取った。
「変態って…。男としては健全だと思うぞ…。」
小夜は油断したことに反省し、初めて武流を男として意識し始めた気がした。
ーーーー清兵衛の書斎室ーーーー
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「しっかし、こんなにも早くあの方に会えるなんて、夢にも思ってなかったですよ。」
旭はわざとらしく言いながら、ソファに腰を掛け直した。
「はっ。『あの方』か。よくもそんな言い方ができるな。」
「ああ。そうですね。あの方の、『息子』と言った方が正確ですね。」
意味深な目線で清兵衛を見つめながら、旭はニタリと笑った。
「…お前があの方が亡くなったことに気づかなければ、俺だって協力なんざしてねぇよ。」
「最初はただの勘でしたが、清兵衛さんは分かりやすい方だから、鎌かけただけで分かりましたよ。」
「けっ。ムカつく野郎だ。」
「でも、俺のこと目にかけてくれたんでしょう?」
「…。」
「だから、お孫様も…」
「いい加減にしろ。つけあがるんじゃねぇぞ。」
清兵衛は旭の鋭い観察力に対して威嚇するように眼光を光らせ、旭を睨めつけた。
「おっと。やめてくださいよ。怖いなぁ。」
「思ってもないことを、易々と。」
旭は細い目をさらに細めて、堪えるように笑った。
「まさか、みんなが思ってる『あの方』は亡くなってて、若造の息子が継いでるなんて誰も知らないでしょうからね。」
「それを知ったから、お前は『サクラ』に入れる。下手したら殺されてもおかしくねぇんだぞ。」
「そのために百目鬼組がいるんでしょう?若造は『サクラ』の人間なしでは今は動けませんからね。何より最近、女に目をかけてるだとか…。いろんな伝手を使って聞きましたよ。夜桜もそろそろ散る頃ですね。」
「ふっ。」
得意げに話していた旭を、清兵衛は鼻で笑った。旭はその反応に話をやめ、清兵衛を見つめた。
「ナメるのも程々にしておけよ、小僧。あの方の息子だ。そんな生半可な人間ではねぇよ。少なくとも、俺が見た若頭は肝が据わった男だったな。」
「へー…。」
「夜桜が散ろうとな、夜の桜吹雪の中は道に迷うぞ。せいぜい気をつけるこったな。」
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