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ライバル

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 小夜の気持ちは朔也の店に近づいていくと徐々に落ち着いていった。朔也に会えることだけが唯一の癒しであった。
 しかし、その日は違った。店の裏玄関から入り、作業部屋に着くと知らない女の人が丸椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。小夜と女の人はしばらく目を合わせたままだった。秒針が五回ほど鳴ったかと思ったとき、女の人は急に大きな声を出した。

「朔也~~~!!お客さん!!」

小夜は訂正しようとしたが、その前に朔也が来てしまった。

「ああ、お前か。」
「ただいま。」
「おかえり。」

女の人は小夜と朔也のやりとりに驚き、二人の顔を交互に見ていた。

「何?朔也にこんな可愛い妹なんていたっけ?」
「妹なんていねぇよ。アルバイト。」
「ああ、なるほど。
 初めまして。朔也の幼馴染の野田絢香です。」
「初めまして!アルバイトの小夜です。」

絢香はストレートで綺麗な長い茶髪を右に分けて流している大人な女性だった。
 朔也は絢香が飲み終わって置いたマグカップを持って水場に行った。絢香はすぐに朔也のところに駆け寄り、朔也の手に持っているマグカップを手に取った。

「仕事中だったんでしょ?私やっとくから。」
「ありがとうな。」
「でも、あの朔也がね~。女の子をバイトにか~。びっくりだわ。」
「うるせぇよ。」

水場で親しげに笑い合う二人を見て小夜は胸を締め付けられ、苦しさを隠すように更衣室に駆け込んだ。

(何これ…、すごい苦しいよ…)

 小夜がバイトに入ってからも、何故か絢香は店の中に居座っていた。小夜は武流のことも相まって、余計に気分を落ち込ませた。
 小夜が作業部屋の掃除をしていると、小夜に元気がないことを察した朔也が小夜に話しかけた。

「どうした?今日、元気ないな。」
「え?…ああ、ちょっと嫌なことがあって。」
「話、聞くぞ?」
「ううん。大丈夫。」
(ヤクザ絡みになると話せないよ…)

小夜と朔也が作業をしながら話しているのを見た絢香は、急に二人の間に割って入ってきた。

「なんか楽しそうだね~。いいなあ、二人ともラブラブだし。私も働こっかな。」
「は?お前はすぐに向こうに帰るだろ。」
「一時帰国は二週間あるんです~。それとも何?私がいるとイチャつけないとか?」
「ば…!そんなじゃねーよ!こいつは…」

小夜はその言葉の続きを固唾を飲んで待った。朔也にとって自分はどんな存在なのか聞きたかった。朔也は小夜の顔を見て、目を逸らした。


   「こいつは、妹みたいなもんだよ…。」


小夜はその言葉に落胆し、その場しのぎの愛想笑いをして二人から離れた。期待していたわけではなかった。いや、本当は朔也も自分のことを好きなのでは、と思っていた。小夜は勘違いをしていたのだと恥ずかしくなり、裏玄関から出て、赤くなった頬を外気の寒さで冷やしていた。
 その間、朔也は小夜の笑顔に違和感を覚え、追いかけようとしたが、絢香に止められた。

「じゃあ、明日からよろしくね!」
「明日!?」
「私には時間がないもん。良いでしょ?」
「……分かった。ただ給料は出ないからな。二人も雇えるほどの金はねぇ。」
「分かった!」

 次の日から絢香はボランティアとして店で働くことになった。小夜は唯一の居場所が奪われていくかのような気がして徐々に明るさをなくしていった。何より、二人が小夜には分からない昔話を楽しそうに話しているのを見るのが辛かった。


~四日後の昼休み~

「そりゃ、あれだな。昔の女だな。」
「昔の女って…。小夜ちゃん、香ちゃんは言いすぎてるだけだと思うよ。大丈夫だから。」
「そうなのかな。」

小夜が二人に恋愛相談をするのは毎日の行事と化していた。

「でも、その女の人は朔也さんに気がありそうだよね…。」
「やっぱり?」
「それに加えて、小夜ちゃんは妹って思われてると、ちょっと危ないかもね。」
「まあ、七つも離れてると、そうなるか…。」

三人は沈黙になり項垂れた。小夜と朔也の二人だけの空間だったら進展する可能性はあったのだが、他の女性が来て、しかもその女性が歳上となると、結果は目に見えているようなものだ。
 香は小夜と紬の顔を覗き込み、空気を変えるために話を変えた。

「そんなことよりさ、球技大会、もうすぐだぞ。」
「あ~~、また行事物だ~~。憂鬱。」

香と紬が残念がっているのを小夜は、分かりかねるというように首を傾げていた。

「そうか。小夜は省けになって日が浅いな。」
「省け…。そうなんだけど、ぐさってくる…」
「いいか?行事ものになってくると、グループ分けが必ずある。」
「うん。」
「私たちは必ず厄介者扱いになる。私ら二人は嫌煙の目で、小夜の場合は恐怖の目で見られるだろう。」
「嘘…。これ以上に白い目で見られるの嫌なんだけど…。」

香は得意げになって説明した後、かえって自分にダメージを及ぼし、再び項垂れた。
 白輪高校の球技大会は男子は野球、女子はバレーでクラス対抗となっている。どこの学校も同じだろうが、グループ決めをする際に、良い気をしない人が一人は高確率で出てくる。今この空き教室にいる三人が、その人間になることは目に見えている。というか、香と紬に関しては経験者である。しかも、ここ白輪高校は進学校。現実、水商売や裏社会などに関わりのある人間は、ほとんどいない。故に、小夜たちは周りの人間すべてから嫌煙されると言っても過言ではないのだ。
 小夜は今後、何が起きるかと不安を巡らせながら、昼食を食べ終えた。

~七限 ホームルーム~

「今から、今度の球技大会のグループ決めをする。体育委員は前に出て、取り仕切ってくれ。先生は…しばらく出るからな。」

 担任はどこか落ち着きなく、教室を出ていった。小夜は担任の額に滲んだ汗を見て、自分が原因になるイザコザから逃げたんだと察した。
 グループ決めは最初の方はスムーズに運ばれていった。しかし、ある程度のまとまりができた後、小夜をどこに入れるかでざわめいた。

     「ボールとか当てたら、殺されそう。」「ははっ、それはやばいわ。」

ただ怖がるだけでなく、面白がるように話す女子も出てきた。その中には、話を笑いながら聞く武流の姿もあった。武流は小夜を横目で小夜と目が合ったが、我関せずというように目を逸らした。小夜はその態度に虫唾が走り、目を瞑った。

(何よ。ムカつく。)

目を瞑った世界は黒く暗かった。自分の居場所がない中で、この暗闇だけが小夜の居場所となりかけていた。しかし、周りの声までは遮断できず、耳の中に入れるしかなかった。そんな中、一番耳に入ってきた声は武流の声だった。

「でもさ、ヤクザの人たちって『義理と人情』を大事にするって聞いたことあるし、仲良くしとくと得かもよ?そして今、百目鬼さん困ってそうだし。助けたら何かしてくれたりするかもね。」

小夜はその発言に目を大きく見開いた。女子たちは武流の話に飛び付いて、面白がって話を聞いている。

「武流くんが言うなら…私たちの班に入れてみる?」
「入れてみよっか!どうせ、どっかに入れなきゃだし。」

女子二人組は小夜の前に来て、小夜に話しかけた。

「百目鬼さん。…私たちの班に入る?」
「いいの…?」
「う…うん。」

小夜は不本意だが、助かったのは事実だったので深く礼をし、感謝した。しかし、小夜の心には重たい何かが、雪が募るように溜まっていった。
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