クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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転入生

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 注)小夜の虚偽のギブスは正月までに取った程で話を進めます。


 クリスマスも終わり、世の中の雰囲気が正月へと切り替わる頃、百目鬼組では師走という字の如く、忙しさを増していた。小夜も流石にこの時期に家を出て行くこともできず、また、ここ最近清兵衛の機嫌を損なわせることばかりしてしまったので、朔也には家庭の用事と言って、お休みをもらっていた。
 百目鬼組の正月はクリスマスパーティーと比にならないくらい忙しい。日頃百目鬼組と提携をしている者たちや他の県で事務所を構える百目鬼組の人間をはじめ、分家や桐ヶ谷組を含む子分組が年初めの挨拶にやってくるのだ。故に正月前の百目鬼組の人間は司波を筆頭に掃除から着物の仕立てまで、とにかく忙しいのである。
 屋敷内が忙しなくしている間、清兵衛と成亮は屋敷を出る。百目鬼組も旧家として力があるのだが、上には上がいるもので、その名を口にすることがはばかられる程の組がある。その組に年納めの挨拶をしに行くのだ。ソノ組は日本だけでなく、世界にも力を広げ、今では裏世界の支配者と呼ばれている。
 そして、来たる一月一日。小夜はおろし立ての着物を苦しそうに着ていた。

(着物って苦手なのよね…)

小夜以外にも百目鬼組の人間は今日ばかりは気を張ってきちんとしている。
 小夜がやることは単純だ。清兵衛と成亮に挨拶に来る人間をもてなし、ただひたすら二人の横で黙っているだけである。
しかし、今回ばかりは少し違った。相変わらずの調子で挨拶を済ませた桐ヶ谷旭が小夜に話しかけてきたのだ。

「お嬢さん!お久しぶりです!って言っても小さい頃会ったきりだから覚えてないか!いや~、それにしても、お嬢さんは夏夜さんに似て、本当に別嬪べっぴんになりましたね~!」
「お褒めの言葉、ありがたく存じます。」
「はっはっはっはっ、言葉も綺麗だな~!進学校の白輪に通ってるって聞いたけど、学校の方は楽しいですか?」
「…はい。周りの人に恵まれて、楽しく過ごしております。」

小夜は戸惑いながらも答えていた。旭の後ろを見ると、次男はもうやめてくれと言わんばかりに迷惑そうにし、長男はもう慣れたというように澄ました顔をしていた。

「楽しく…ねえ…。」
「旭!!もう帰れ!後ろが詰まる。」
「へいへい。帰りますよ。」

桐ヶ谷組は清兵衛の声によって一掃され、すぐさま帰っていった。

 忙しなくすぎた正月も終わり、冬休みがもう終わってしまうという頃、小夜は店に復帰した。

「急にお休み取ってごめんなさい。」
「ほんとだよな。働き始めてすぐに長期休みとか。」
「…ごめんなさい。」

小夜は朔也が真面目に怒ったので、口を噤んで俯いた。すると、急に朔也は笑い出し、小夜の頭をトンと叩いた。

「なんて顔してんだよ。冗談だって。」
「なんだ~、よかった~。怒られたかと思った…」
「家のことしてたんだろ?お疲れ様な。」
「……うん。」

いつも通りの朔也に安堵し、小夜はほっと息をついた。
 それからの小夜の残りの冬休みはバイトと勉強に費やされた。商店街の人たちとも今までと変わることなく、平穏にいることができた。

~冬休み明け~

 噂というものはすぐに飽きられてしまうもので、冬休み明けの学校で極端に小夜に反応する者もおらず、話題に出ることもなかった。しかし、相変わらずクラスの人間から話しかけられることはなかった。
 チャイムが鳴り、皆が席に着いた頃、担任が一人の男の子を連れて入ってきた。

「みんな。久しぶり。突然だが転入生を紹介する。…さ、名前言って」
「鈴木武流たけるです。今日からよろしくお願いします。」

愛想よく笑った少年は、好青年らしいサラサラとしたストレート髪の持ち主だった。その笑顔に女子が少しだけどよめいている。小夜はどこか見たことのあるような気がしていた。

     「カッコ良くない?」「待って。イケメンすぎ。」
     
武流が担任に指定されて座った場所は小夜の一つ後ろの席だった。武流の横の席の女の子は喜びを隠せないでいる。小夜はまた一人敵ができたような気がして、少し気分を落とした。
 武流は非常に人に好かれることが得意な人間だった。昼休みになるまでにはすっかり周りの人間と打ち解け、小夜の後ろは楽しそうな雰囲気で溢れていた。小夜はその雰囲気を背中で感じ、本来ならば、とやり場のない気持ちを募らせていた。
 昼休みのチャイムが鳴った時、小夜はいつもより急いで空き教室に向かおうとした。

「ねえ!」

急いでいた小夜を引き留めたのは後ろで楽しそうに話していた武流だった。

「まだ話してないよね?…武流って言います。よろしく。」
「あ…はい。」
「おい!武流くん!そいつに話しかけない方が…」

小夜が目の前にいるのにも関わらず、男子生徒は武流に小夜のことを流暢に話し始めた。武流は笑顔を真顔に変え、黙って話を聞いていた。教室の空気はいつの間にか冷たく張り詰めたものになり、小夜の居場所が削り取られているようだった。話を聞き終わった武流は小夜の方を向いた。

「ヤクザか…。へ~それは、怖いね。関わりたくないや。」

武流の言葉に小夜は半ば無意識で教室を飛び出した。味方になってくれると思っていたわけではないが、直接に言われたことがショックだった。教室から微かにどよめきが聞こえた。きっと、武流を慰めているのだろう。小夜は走って空き教室に向かった。

ーーーー空き教室ーーーー

「そういえば小夜ちゃんって武流くんに会った?」

武流の名前を急に出したのは紬だった。

「あ、会ったよ。でも、私がヤクザの子って分かってすぐに顔色変えたけどね…」
「へ?」
「ん?」

紬は小夜の回答に戸惑っている様子だった。小夜は紬の戸惑いに戸惑い返した。そして、紬と香は急に笑い始めた。

「何言ってるの?武流くんは桐ヶ谷組の次男だよ。」
「え!?」

小夜は一瞬止まった思考を叩き起こし、正月の時を思い出した。そうだ。あの時に見た顔だ、と思い出した途端、再び二人は笑い始めた。

「小夜ってほんと面白いのな!はははっ!」
「でも、鈴木って…」
「あ~、旭さんはだいぶ前に離婚して、武流は母親の元に行ってたから母親の旧姓なんだよ。」
「でもでも、そしたら桐ヶ谷組とは関係ないんじゃ…」
「武流くんのご両親は訳あり離婚だったから、不仲ではなかったの。その証拠にこの前再婚したからね。だから武流くん自身は小さい頃から桐ヶ谷組の人たちと関わってたよ。」
「正真正銘のやっさん育ちだな!はははっ!」

二人は笑っていたが、小夜のはらわたは煮えくりかえっていた。

(あいつ、分かってって…あんなこと…)

 小夜は学校が終わり、すぐさま武流を人通りの少ない場所に連れていった。

「なんですか?恐喝ですか?」
「鈴木武流!あんた桐ヶ谷組の次男なんでしょ!」

小夜の怒った顔を見た武流は先ほどの好青年とは思えない嘲笑を浮かべた。

「総裁似の恐ろしさだな…。もうちょっといじめたかったんだけどな~。誰から聞いたの?」
「そ、そんなのどうでもいいでしょ!」
「紬か、香さん?」
「うっ…」
「ふっ、わかりやす。」

小夜は完全に舐められていると思い、武流の胸ぐらを掴んだ。

「昼のあれ、何?おちょくってんの?」
「そうだとしたら?」
「…あのね。ただでさえ肩身狭いのに、これ以上蒸し返すようなことやめてくれる?ああいう空気になるって分かってたでしょ?」

小夜の睨む目を見ながら武流は胸ぐらを掴んだ小夜の右手をとり、強引に引っ張った。小夜の顔は急に武流の顔に近づき、背丈が足りずに小夜の体は爪先立ちで武流に寄りかかってしまった。

「そんなに肩身狭かったら、俺のこと暴露して仲間一人増やしたら?ちょっとは居場所できるかもよ?」

小夜はその愚問に鼻で笑って改めて武流を睨んだ。

「お生憎さま。自分がされて嫌だったことを人にするほど腐ってないわよ。」

その言葉に武流は少し目を見開き、真剣な顔をして黙った。しかし、また嘲笑を浮かべ小夜の手を離した。

「…それに今の私が何言ったって、誰も信じないわよ。」

小夜は少し俯き、悲しげな顔をした。悲しげな顔すら美しく見えるのは元の顔が端麗だからだけでなく、苦しい現実を受け止めてできた強さからもきているのだろう。武流はその儚げな顔を見て戸惑ったものの、調子を取り戻し、無造作に小夜の頭に手を置いた。

「じゃあ、精々肩身狭く学校生活送るんだな。」

小夜は再び頭に血を昇らせ、武流の手を振り解いた。

「気安く触らないで!」

小夜は武流をその場に置いて、いつもより大股で朔也の店に向かった。

(なんなの!あいつ!)

ーーーー百目鬼組 屋敷ーーーー

清兵衛と旭は真っ昼間から酒を酌み交わしていた。

「今日からお前の次男坊は小夜の学校に通うんだろ?」
「やだな~、武流って呼んでくださいよ~。二年後には貴方の孫になるんだから。」

旭は酒を注ぎ足して、気味が悪いほど嬉しそうに笑った。

「はあ…。わざわざ転校させる必要あったのか?」
「俺が言ったんじゃないですよ。武流がね、結婚する前に会っておきたいなんて言うもんだから。」
「それで二人の仲が悪くなったらどうするんだ?」
「それはないですよ。」
「なぜ言い切れる?」

旭はお猪口ちょこを置いて、無精髭を撫でましてニヤついた。

「武流は、お嬢さんに気があるようなんでね。」
「ふっ、てめぇにとって都合の良い息子ってわけか。」
「くっくっくっ、都合の良い息子に育ちましたよ。」

この大人二人の手によって運命の歯車を狂わされることを若者たちはまだ知らない。


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