クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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 その日の夜。小夜は家に帰ってからずっと悩んでいた。大量の洗濯物を畳む手が普段よりずっと遅くなっていた。その代わりに司波と若手二人組は着々と畳終わっていた。

「お嬢!クリスマスパーティー楽しみですね!僕、初めてだからワクワクが止まらないっす!」

小夜の悩みとは裏腹に先日、厨房で怒鳴られていた若手が機嫌良く小夜に話しかけている。小夜は少し間を置いて、自分に話しかけられていることに気づいた。

「そ、そうね。」
「いつもはどんな感じなんですか!?」
「どんな感じって…」

 百目鬼組で行われるクリスマスパーティーはどこのクリスマスよりもうんと物々しい。屈強で目つきは鋭い柄の悪い男たちが黙々と飯を食い、ケーキを頬張るのだから物々しいのは当たり前なのだが、それとはまた別にクリスマスパーティーを行う意味に皆は普段より気を張るので、なおさら物々しくなる。
 十二月二十五日。欧米では家族と過ごす特別な日だが、日本では違う。日本では一般的に恋人と過ごすための特別な日となっているのは皆承知だろう。
 清兵衛は一段と警戒心を強くし、組の男には女を作らないようにと口を酸っぱくして言っている。というのも、昔、組の中に女にたぶらかされた男がおり、その男が組の秘密事項を流してしまったという事件が起きたからだ。以来、組の男は恋愛禁止の中に生きている。
 それゆえ、百目鬼のクリスマスパーティーに出席するということは自らの潔白を証明するという重要な意味を持っているのである。ちなみに、小夜以外、組の人間はGPSで裏切り行為をしていないか監視されている。小夜にも一応、GPSが付いているのだが、うまく誤魔化しながら生活している。

「結構、厳粛な雰囲気だよ…」

小夜は曖昧な返答をした。

「「へ~…」」
「これ!若いの!」

小夜に近づいて話を聞いていた二人は司波に強く頭を引っ張叩かれた。

「見てわからないか?お嬢様は今悩み事があるんだよ。そうズカズカと話しかけるんじゃない。モテないよ。」
「いって~~!司波さん、モテないって言ってもどうせ俺ら恋愛できないじゃないっすか!」

二人がブツブツと言っている間に司波は畳まれた大量の洗濯物を持ち上げ、小夜に一礼してその場を後にした。

(司波さんには敵わないなあ。
 それにしても、クリスマス、どうしよう。一日中ってどんくらいなんだろう。六時にはパーティー始まっちゃうよ…)

 小夜の悩みは冬休みに入ってからも解決することなく、遂に約束の日の前日、十二月二十四日になってしまった。
 小夜は風呂に入り終わり、自室で次の日の服を決め悩んでいた。

(クリスマスに誘うってことはやっぱりデート的な感じなのかな。)

小夜が鏡の前でニヤニヤとしながら服の組み合わせを見ていると、通知音が鳴った。通知を開いてみるとそこには以下の文面が書かれていた。

[明日、駅前の大広場に九時集合。あと、動きやすい服で来いよ。]

小夜は『動きやすい服』というのに少し違和感を覚えたが、スニーカーに合うスラックスと服、鞄、コートを選び、眠りについた。

~翌朝 九時~

 小夜は昨夜決めた服を着て待ち合わせ場所に着いた。待ち合わせ場所である室内型大広場にはまだ点灯されていない大きなクリスマスツリーが中心に置かれていた。既にそこには朔也がおり、何故かエプロンを付けていた。

「朔也くん!」
「おう。…って、しっかりした服着て来たんだな。」
「え?まずかった?」
「いや、むしろ周りの目からはいいかもな。」
「ん?どういうこと?ていうかなんでエプロン?」

小夜の疑問の顔を楽しそうに見る朔也は持っていた大きな鞄から大きな紙を取り出した。

「なあに、これ?」

その紙には正確に書かれた大広場と花飾りが描かれており、事細かく書かれた字があった。

「今からお前にはこの設計図通りに花装飾をこの広場にしてもらう。」
「え!?」
「今日はクリスマスツリーの点灯式があるんだ。点灯は六時。テレビも来るからそれ用の飾り付けだ。依頼を受けたのはいいんだが、人手が足りないんだよ。」
「じゃあ、今日はお仕事?」
「そういうことだ。」
「えー…」

小夜は落胆とし、その場で項垂れた。しかしそんな暇もなく、その後に着いた朔也の高校時代の同級生四人と作業を始めた。
 作業は簡単な物ではなかった。朔也がデザインした通りに花束を作成し、それを決められたところに置いたり、飾ったりを繰り返した。小夜は花の扱いに慣れているため花束を作るのを主として作業していた。

「やっぱお前、花屋むいてるよ。」
「そ、そうかな…」
(だから急に褒めないでよ~~///)
「おーい!朔也!!このレースどうやってつけんだ??」
「今そっちに行くから待ってろ!!
…じゃあ、残りよろしくな。」
「うん。任せて。」

 小夜は呼ばれた場所で真剣に仕事をする朔也を遠くで見ていた。朔也の真剣な横顔にまた胸がとくんと鳴った。

(やっぱり、私…朔也くんのこと…)
「よ!バイトちゃん!」
「うわっ!」

朔也に見惚れていた小夜の横に急に現れたのは手伝いに来ていた同級生の一人だった。

「いや~朔也の店でこんな可愛い子がいたなんてね~」
「可愛いだなんて……。そんなことより、朔也くんってこんな大役を任される人だったんですね。」
「朔也から聞いてないの?あいつ、海外でも有名なフラワーデザイナーなんだよ。いろんなところからスカウトがあったけど断固として、地元で店やるって言って全部断ったんだ。顔も良くて、仕事もできる。かっこいいよな~。」
「はい。かっこいいです…」
「あれ?もしかしてバイトちゃん、朔也のこと好きだったりする?」
「そ、そんな」
「ははっ、わかりやすいね。でも、あいつはやめておいた方がいいよ。あいつが告られて付き合った奴なんて一人もいなかった。みんな泣かされてたからな…。あ、でも一人いたか。」

小夜の胸はその瞬間、霧がかかったように不透明になった。小夜は朔也から目を逸らし、作業を再開した。

「でも、君可愛いから、もしかしたらあり得るかもしれないね。」

そう言った途端に男性は小夜の横から急に消えた。気づくと後ろで朔也に襟を軽々つままれて、苦しそうな顔をしていた。

「彼女持ちが未成年をナンパしてんじゃねぇよ。」
「ナンパじゃねえって…。てか、この子未成年なの!?何歳?」
「十六です…。」
「十六!!?大人っぽいから二十歳くらいなのかと思った…」

驚く小夜はそっちのけで、朔也と同級生はわちゃわちゃと話していた。そのやりとりを見た小夜は、普段大人な朔也から子供らしさが垣間見えたような気がして噴き出すように笑った。その愛らしい笑顔を見た二人はしばらく小夜の顔に釘付けになった。

「やっぱ、かわい…」
「あ?」
「うっ、なんでそんなに怒るんだよ。」

 飾り付けが終わったのは五時過ぎだった。同級生たちは彼女と過ごすからと点灯式を見ずに帰って行った。小夜は今から帰れば六時のパーティーに間に合うと思ったが、朔也が点灯式後に片付けで残ることを知り、足が動かなかった。 
 外は暗くなり、周りは点灯式を見るために来た人や点灯式に出るタレントを見るために来た人でいっぱいになった。その次にテレビのカメラが来てタレントたちも来始めた。それと同時に小夜の携帯のバイブ音が頻度を増してなっていた。おそらく佐藤だろう。小夜はでなければいけないとわかっていたものの、作業道具を片付けていた朔也を見ているとでる気になれなかった。

「お前、なんか予定があるんじゃないか?」
「な、なんで?」
「バイブ音。さっきからずっと鳴ってるだろ。ここはいいから行けよ。」
「いやでも、頑張って飾り付けしたから点灯式見たいよ!私は大丈夫だから。」

そう言って、小夜は携帯の電源を消した。朔也は片付けを終え、小夜の横につき、装飾された大広場を見渡した。

「今日はありがとうな。クリスマスなのに。」
「ううん。お礼できて良かった。」
「俺の母親もここの飾り付け任されてたんだよ。お前みたいに俺も毎年クリスマスはここで飾り付けしてた。」
「そうだったんだ…」
「あの花の紹介カードも母親が入院中に書いたもんだ。復帰して使うんだって言ってた。」
「清子さんらしいね…」

朔也と小夜はしばらく黙ったままだった。点灯まであと一分。周りはクリスマスツリーだけに釘付けになっている。きっとカメラにも小夜たちが飾った花は少ししか映ってないだろう。小夜はその光景を見て少しだけ悲しくなった。

「お前さ。母親の墓に行って、死んだんだって実感が湧いたって言ってたよな。」
「うん。」
「今なら分かるかもしれない。お前といると、死んだんだって実感が湧くよ。もう六年も前なのにな…。」

朔也は小夜を見ずに話していた。その声は微かだが、震えていた。朔也は小夜の方を振り向き、笑った。悲しみが滲むとても歪な笑顔だった。

「でも今お前が横にいてくれて良かったよ。」

その瞬間、クリスマスツリーは淡い青色に光った。その煌びやかな光が朔也の潤んだ瞳を光らせ、小夜はその瞳に胸を締め付けられた。小夜はそっと朔也の袖を掴んだ。

「私で良かったら…ずっと側にいるよ。」

朔也は袖を掴んだ小夜の手をとり、大衆の目につかないところに小夜を連れ、抱きしめた。

「朔也くん…?」
「少しだけ、このままでいさせてくれ。」

朔也は前よりも強く小夜を抱きしめた。その抱きしめ方は雑で何かにすがるような抱きしめ方だった。小夜は右肩が朔也の涙で濡れているのを感じながら、自分の気持ちを確かめていた。確かめざるおえなかった。
 小夜の胸には大広場のクリスマスツリーよりも美しく、暖かい光が輝いていた。聖夜の寒空に芽生えた初恋の光であった。


ーーーーおまけーーーー

若衆二人組。洗濯を終わった後にて。

「クリスマスに会わずに、付き合えば良くないか?」
「でも、GPSあったら結局無理だろ。」
「そんなもんなかぁ。」
「兄貴達もクリスマス以外に会えばいいだろって思ってるぜ。総裁が怖いから言えねぇんだろ。」
「そうか!じゃあ、俺言って来るわ!」
「は!?バカか!おまえ!ちょ…!」

一人、頭のネジが外れた素直な若い新人は今日も平和に暮らしている。
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