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決意・・・語り、半沢匡弥
しおりを挟むちょっと前の話・・・おれは、二週間ため続けた宿題を片付けるために、みんなと一緒に久しぶりにマリ・ベーカリーに行った。実は、結実ちゃんと直接あって話をするのも久しぶり。メールや電話はするし、試合の日もいつもきてくれるけど、それじゃあ全然足りない・・・少なくとも、おれはそう思っていた。
「ほんとによかったのに」
送るといったおれを断った結実ちゃん。でも、結局おれはこうして自転車を押しながら、彼女の家の前まで来た。
「実は、話したいことがあって」
「なぁに?」
ちょっと首を傾げて、おれを見上げる。
「ごめん・・・」
「え?」
「・・・別れよう」
結実ちゃんの表情が曇り、大きな瞳が潤む・・・。
「どうして?私・・・何か怒らせるようなことした?」
「そうじゃない・・・」
「じゃあ、どうして?」
「今でも好きだよ、すごく。でも、今のおれには、野球が一番だから・・・ゆっくり会う時間もないし、デートもできないし、どこにもつれてってあげられないから・・・だから・・・」
「つれてってよ」
言いかけたおれを遮って結実ちゃんが言う。
「え?」
「甲子園まで」
「結実ちゃん・・・」
「夏中応援に行くから!そばにいけなくても、見に行くから!連れてってよ!甲子園まで!」
涙目のまま、きっとおれを睨むように見た。
「・・・・・・」
わかったよ・・・でも、やっぱり・・・。
「でも、やっぱり別れよう・・・」
おれの言葉に、結実ちゃんがしばらくおれを見詰めて黙り込む。
「・・・そう・・・」
しばらくして・・・一言だけ言った。おれの気持ちにきっと、納得してくれたんだ。
「甲子園で、もう一度君に告白するよ」
魂が抜けてる・・・。
「匡弥、しっかり!」
朝斗に背中を軽く叩かれる。
「うん」
原因は、結実ちゃんと別れたからじゃなくて、決勝戦が迫っているから。そう、おれ達はついに、神奈川の頂点へと上り詰めようとしている。甲子園まで、あと一戦。
「すごいな」
部活が終わってから、おれ達は6人だけで校庭に座って空を眺めている。日が長くなり、きれいな夕焼けが紺色の中に溶けて、もうすぐ、山並みが影絵のように黒く浮かび上がってくる。
「きたね」
ついに、ここまで登ってきた。
「まだ、あと一戦ある」
そう、まだあと一戦ある・・・でも、言い換えれば、あと一戦しかない。
「やればできる」
やればできる・・・ここに来るまで、確かにたくさんの幸運に恵まれてきたかもしれないけど、頑張れば夢って、叶えられるものなんだ。
「さあ、もうちょっとで、神奈川の一番上の景色に出会えるよ」
握り慣れたバッドを手に、おれは県内最後の試合へ望んだ。
「さすがに決勝だね」
勝負の舞台慣れしているアキでさえも目を見開いて会場を見回す。今までのどの試合よりも観客が多い。ベンチまで声援が押し寄せてくる。そして、声援に押しつぶされそうになる。
「敵方の声援ばっかりだけどね」
今日の相手は、去年の甲子園出場校。当然、甲子園の常連だし、秋沢は予選会であたったこともない相手だ。しかも、あっちは私立で、こっちは公立。普段の練習設備から言っても、雲泥の差がある・・・ま、それは言い訳になっちゃうから、今は忘れよう。
「あ、」
会場内を移動中に、今日の対戦相手チームとすれ違った。
「今日は、宜しくお願いします」
「こちらこそ」
立ち止まって言ったおれに、日に焼けて、いかにも野球部って感じの主将格の人が答えた。
「ほんと、イケメンぞろいだね」
そう、今まで何の功績もなかった秋沢野球部に張られた宣伝文句は“イケメン揃いのアイドル球児”さすがにここまで来ると、あちこちのスポーツ誌に名前が挙がるようになる。でも、おれ達は別に、アイドルしてるわけじゃない。しかも、アキ以外は別に普通の高校生だと思う。
「普通だとおもいますけど・・・」
「控えめで、いかにもアイドル球児らしいね。でもまあ、顔で野球するわけじゃないからね」
これって、嫌味?
「失礼します」
「では、またグランドで」
なんか嫌味っぽかったけど、そんなこと、今気にしてる場合じゃない。相手になんと言われようと、観客がなんと思おうと、おれたちはおれたちの野球をやればいい。
「でも、この顔のおかげで遠征費は稼げてるけどな」
継亮と朝斗のあこぎな商売のおかげで、おれ達は遠征費のほとんどをそれでまかなえてる。
「まあ、なんて言われてもいいよ」
「大切なのは結果だから」
みんな今の嫌味もすっきりと忘れて試合に望めそうでよかった。
「胃が痛い・・・」
ナリは全試合でこう言い続けて来たけど、今日はおれも胃が痛い。なんたって、この試合は、おれが小学生のときから野球を続けてきて、いままでで一番大きな舞台なんだから。胃が痛くて当然だ。
「匡弥、しっかりしろ」
和騎に喝を入れられた。和騎は胃が痛くないの?
「匡弥、はい」
継亮が小さな錠剤とペットボトルの水を寄越した。
「なに?」
「胃薬」
おれは頷いて胃薬を流し込んだ・・・よし、大丈夫。胃薬飲んだから、もう胃が痛くなるわけない。大丈夫、大丈夫、大丈夫。
「深呼吸して」
朝斗の号令でみんなが思いきり息を吸い込む。すぅーーーーー・・・・・・苦しい。
「匡弥、吸ったら吐いていいんだよ」
あ、そうか!
ふぅーーーーー。よし、行くぞ。
「さ、いこう」
甲子園まであと一歩。おれたちはゆっくりと踏み出した。
今日は、序盤からいつもと違う展開だった。いつもの秋沢野球は序盤は負けている。奇跡のサヨナラとかぎりぎりで逆転勝利するパターンが大半だ。でも、今日は序盤の現段階で勝ってる・・・。
「怖いな・・・」
5回が終わった時点で2‐1・・・怖い。いつもなら、5回の終わりは1か0。どうして今日は、2なのだろう。
「守ったほうがいいのかな?」
守る・・・。
「いや、攻める」
ナリの言葉に、和騎は首を振った。
「でも・・・」
迷う朝斗と何も言わないみんな。
「たった1点しかないんだから、考えるのはやめようよ」
「アキ・・・」
「今の1点はないものと思って、いつもどおりの野球をしよう。いつものオレたちなら、負けてるころだよ。今日も、負けてるつもりで行こう」
アキの言うとおりだ。守る野球よりも、攻める野球よりも、まず、いつもの野球だ。
「よし、いこう」
1点あることに油断したわけじゃない。どちらかといえば、後半調子が上がる攻めの秋沢野球になった。でも、試合は初の延長戦に持ち込まれた。
「さすがに手強いね」
オレたちが裏の攻撃だから、同点にならない限り、ここで勝敗が決まる・・・現時点で一点負けてて、ツーアウト。塁に出ているのは和騎だけ。和騎が帰ってくるだけでは足りない・・・勝つためにはあと一点・・・。甲子園に行くためには・・・。
関谷がいたら・・・次の打席を任せたい・・・。
「・・・仕方ない・・・」
言いかけたおれに、神様は味方した。
「半沢さん、大関さん・・・」
立っていたのは、関谷だった。
「ナイスタイミングだね」
「お帰り」
一瞬、おれの妄想かと思うくらいのタイミング・・・よかった。来てくれて本当によかった。
「さあ、打ってオレたちを救って」
ナリがバットを差し出す。使う人がいないのに、毎試合毎試合、ずっとみんなで交代で持って歩いていた関谷のバット。今日それは、やっと持ち主の手に戻った。
「打てなかったら、どうするんですか?」
泣いてるのか笑ってるのか分からないけど、関谷は嬉しそうだ。
「打てるよ。それがルーキーの役目でしょ?」
「そうっすね」
袖で涙を拭い、いつものようにつり目がちの強気な目をして、関谷は打席に向かった。
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