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18話 あなたと最高の休日を

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 ユーディニア様が蒼水晶邸を去って数時間後――わたしたちの身に起こったのは怒涛の展開だった。
 まず初めにカーネリアス城の使いの方がやって来て、招待されたのは「太陽の宮殿」と呼ばれている立派な建物。カーネリアス公国の中で最も格式高い場所で、王族、それもごく限られた国の方々しか滞在できないところだ。
 特別に観光させてもらえるだけなのかと思っていたら……使いの方から告げられたのは、残りの休暇をここで過ごして欲しい、というものだった。ユーディニア様からの心ばかりのお詫びとお礼だというらしい。
 そこまでしてもらう必要はない、とディオンと二人でご遠慮させて頂こうとしたけれど、すでに準備が進められているので……と言われると強く断ることもできず、結局そこに留まることになってしまった。
 それだけには収まらず、次はわたしたちの元にたくさんの贈り物が届けられた。ドレス、帽子、アクセサリー、ワイン、柄のところに複雑な彫刻が施された剣……大魔術師の身分といえども到底手を出せないような一級品ばかり。それらを持ってきてくれたのは、ニコラとエリッサだった。

「ニコラ、すまないがこれほど上等なものばかり受け取る訳にはいかない」
「そう言わないでくれよ旦那。貰ってくれないと俺たちがユーディニアに叱られちまうんだ」

 やや大げさにニコラが眉を下げた。

「あの子なりに色々考えてのことです。どうかお受け取りください」

 お詫びとお礼を兼ねているといっても、お釣りが出るくらいだと思うのだけれど……貰う貰わないで話が平行線にしかならないため、せっかくのご厚意なのだから受け取って大切に使おう、ということで落ち着いた。
 それから、とニコラが箱を一つ取り出した。

「これは、俺たちからの礼だ」

 良かったら開けてみてくれ、と言われ、ディオンが箱のふたを取る。中に入っていたのはビーズの目が可愛らしい馬のぬいぐるみと、ふわふわした生地でできた空色の布。
 これって、もしかして……

「大体のものはユーディニアが先に用意しちまったからさ。お節介かなと思ったんだけど……」
「でも、品質はとても良いものですよ。買っていかれるお客様がとても多いんです」

 不安そうな二人とは反対に、ディオンはふっと笑った。

「有難く受け取らせてもらう……必ず必要になるものだ」

 そうだろう? と言うように、彼がわたしに目配せをする。わたしも微笑んで頷いた。
 少し恥ずかしい気もするけれど……空色のおくるみは、男の子と女の子、どちらにもよく似合うはずだ。

「これからは多分ユーディニアもいくらか丸くなるだろうと思うし、俺たちがちゃんとあいつを支える。皆でこの国をもっといい場所にするよ」
「それから、わたしたちもお二人みたいにいつまでも仲の良い夫婦になろうと思います」

 ニコラもエリッサも、晴れやかな表情を浮かべていた。彼らなら絶対に大丈夫だろう。
 これ以上わたしたちの邪魔をするわけにはいかないと、若い二人は手を繋いで足取り軽やかに去っていった。

***

 そしてその夜。太陽の宮殿内の寝室から繋がるバルコニーに立ち、わたしは空を見上げていた。

「なんて綺麗なの……」

 遮るものが何もない景色。満天の星とその中に浮かぶ月を眺めていると、そう声を漏らさずにはいられなかった。手を伸ばせば届くのではないかと思えてしまう。

「セシーリャ」

 呼びかけられて振り向くと、ディオンがこちらにやって来るところだった。

「ディオン見て、すごく綺麗よ」

 そう言って上を指さして見せたが、彼は夜空には目もくれず、わたしのあごに指をかけて瞳をじっと覗き込んできた。

「そうだな……本当に綺麗だ」
「わ、わたしのことじゃなくて……景色が」
「月よりも星よりも、あなたの方が美しい」
「そんなこと言って……後から景色をもっと見ておけばよかったって後悔しても知らないわよ?」
「俺にとって一番大切なのは、隣にセシーリャがいてくれるかどうかだ」

 ディオンはきっぱりと言った。

「たとえ黄金の城を与えられたとしても、あなたが一緒でないのなら俺にとっては何の価値もない」
「……ふふ」

 外装も内装も豪華すぎるこの屋敷で過ごす時間に緊張気味だったわたしだけれど、ディオンがいい意味でいつも通りなので気持ちが軽くなった。
 バルコニーのへりに手をかけて二人で並ぶ。夜風がふわりとわたしの髪を撫でた。

「色々あったわね……」

 初日の船から降りた時には、まさかここまで大きな出来事に巻き込まれるだなんて思っていなかった。

「……セシーリャには辛い思いもさせてしまったな」
「そんなことないわ。ディオンは何も悪くないし、わたしも全然気にしていないし……」

 もちろん、一時はどうなることかと冷や冷やしたこともあったけれど……最後には一人の女の子の心を救い、公国を揺るがす企みを阻止することができたのだから、それで良かったの一言に尽きる。

「ディオンの今まで知らなかったところをたくさん見て、もっとあなたのことが好きになれたわ」

 普段から見せてくれる気遣いはもちろん、わたしを守るために勇敢に戦ってくれたり、時々は独占欲が全開になったり――本当に、彼より素敵な人なんてどこを探しても絶対に見つからない。彼の愛を一身に受けられるわたしは、世界で一番幸せだ。

「……そうか。ありがとう」

 ディオンが微笑みを見せた。

「俺も……閣下の前であなたが、俺を愛したことを絶対に後悔しないと話してくれた時、とても嬉しかった。あなたのような美しい心を持つ人に愛されて……神にどれほど感謝してもし切れない」

 彼がすっとひざまずき、わたしの左手をとる。

「セシーリャ、改めて誓わせて欲しい……この先何が起ころうとも、俺はあなたの手を離しはしない。この命が尽きる日まであなたを守り、寄り添い、共に生きる」

 わたしの左手薬指にはめられた夫婦の証に、ディオンがそっと口づけを落とす。月と星に見守られて交わす愛の誓いは、まるで物語の主人公になったかのように思わせてくれる。

「嬉しい……! ディオン、愛してるわ。これからもずっと」

 立ち上がった彼の腕の中に飛び込む。目があったかと思ったその次には、唇同士が触れあった。
 ディオンと出会い恋に落ちてから、これが何度目のキスかなんてとうの昔に分からなくなっている。
 それでも、今もキスをする度にまるで雲の上にいるみたいに足元がふわふわして、頭の中がバラ色に染まって、目蓋の裏ではどんな宝石が放つよりも綺麗な光が弾ける。わたしたち二人だけが使える、特別な魔法。

「本当に幸せ……来て良かったわ」

 夢見心地でディオンの胸に頬をすり寄せると、彼が小さく笑う声が聞こえた。

「まだあと三日残っている。何をしようか」
「そうね……」

 実は、一番したかったことがまだできていない。
 本当は、最後の楽しみとしてとっておくつもりだった。でないと、溺れきって戻って来られなくなりそうだったから。
 でも、もう十分過ぎるくらいに動いたし……残りの三日くらいなら許されるだろう。

「思いきり夜更かしがしたいわ。それから朝寝坊して……お昼寝も」

 わたしが何を望んでいるか、ディオンなら分かってくれる。きっと彼も同じことを思っているはずだから。
 ディオンが目を細めた。喉が鳴る音が聞こえたような気がした。

「……最高だ」

 膝裏に手が差し入れられ、わたしの体は彼によって簡単に持ち上げられた。そのまま寝室へ直行し、ベッドの周りを囲む天蓋てんがいを肩で押しのけて、二人してそこに倒れこむ。
 二人で寝転んでも広すぎるくらいのベッドの周りに張り巡らされた薄い布が、わたしたちだけの世界を作ってくれているようだった。
 視線が、指が、脚が絡み合う。わたしの額、目蓋、鼻の頭、頬、首筋、鎖骨に次々とキスが落とされ、最後に唇を捕らえられた。
 先ほどよりももっと深い――食べられてしまうのではないかと錯覚する程のキスが、これからの時間が夜更かしどころでは済まないことを伝えてくる。
 隠しきれない欲をはらんだ瞳、身も心も溶かしそうな熱い体温、野獣めいた荒い吐息。すべてがわたしの理性を奪い、甘いよろこびと情熱の炎が渦を巻く世界に引きずり込む。

 ――最高の休日は、まだ終わらない。
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