続・恋の魔法にかかったら~女神と従士の幸せ蜜月~

花乃 なたね

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14話 招かれざる獣

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 早いものでカーネリアス公国での滞在も八日目。折り返しも既に過ぎてしまった。
 カルロやユーディニア様のことは少し気がかりだったけれど、気持ちを切り替えて最後まで楽しもう、ということになった。
 ちょうど今夜、大きな劇場で様々な踊りや曲芸が披露される催しが開かれるそうなのでそれを見に行くことにして、昼の間はゆっくり過ごした。

***

 催しが行われるのは「天球劇場」と呼ばれる場所だった。演者が演技を披露する円形の床を囲むように、客席が層のように連なっている。ディオンが出場した剣術大会が行われた競技場と形は似ているけれど、あちらは屋根がなかったのに対しこの建物は天球の名の通りに丸い屋根に覆われている。紺色に塗られた天井に白い点がいくつも描かれていて、会場の照明を受けてまるで本物の星のようにきらめいている。何か特殊な塗料を使っているのだろうか。
 数百ある座席は、他のお客さんで埋め尽くされている。わたしもディオンも悪目立ちしないように、夜会の時よりかは少し控えめのよそ行き姿だ。
 山高帽に燕尾服姿の男性が会場の中央に現れた。

「紳士淑女の皆さま、本日はご来場頂きまして喜びの極みにございます!」

 よく通る声で言い、客席に向けて帽子を取り一礼する。

「この場には我が公国のまばゆき太陽、カーネリアス公爵閣下がおいでです!」

 男性が示した先、客席の一番上よりもさらに高いところに、カーテンで区切られている席が用意されていた。そこにいたのはユーディニア様だ。他の貴族に付き添われていた彼女が立ち上がり、手を振ってみせる。客席にいる人々が揃って彼女に向かい頭を下げた。わたしたちも同じようにする。
 わたしのいるところからユーディニア様の表情までは見えないけれど、立ち姿は最初の方に見た堂々とした姿だ……立ち直ってくれたのだろうか。
 どこからか音楽が鳴り、最初の演者が姿を見せた。催しの始まりだ。

 きらびやかな衣裳を身につけた女の人たちが優雅に踊ったり、男の人が玉乗りをしながら火のついた松明たいまつを何本も使ってお手玉をしたり――時間を忘れて圧巻の光景に見入っていると、進行役の男性が再び出てきた。

「今宵お集りの皆さまは実に幸運!」

 男性が高らかに話し出す。

「魅惑の一夜の最後を飾るのは、世にも珍しき神秘の獣でございます!」

 何か、珍しい動物でも出てくるのかしら。

「さあ、とくとご覧にいれましょう!」

 男性が、演者が出入りする場所を示す。カーテンの向こうから運ばれてきたのは四角い檻。その中に、四つ足の生き物が入れられている。

「え……?」

 それが何か分かった瞬間、わたしは思わず声を漏らした。檻の中で唸り声を上げているのは、真っ黒な体に、鋭い牙が突き出た頭が二つついた異様な姿の――魔物だ。

「これぞ、世にも珍しき双頭の獣!」

 その姿に周りのお客さんたちは興味津々な様子だった。フロレンシア王国でも研究のために魔物を生け捕ることはあるし、討伐された死骸から採れる毛皮や角を欲しがる貴族もいるが、見世物にするために捕まえるというのはあり得ない。万が一逃げ出したりすれば大惨事になりかねないのだ。

「……あれは魔物よ。危険だわ」

 ディオンも苦い顔をした。

「……趣味がいいとは言えないな」

 カーネリアス公国にはあらゆる娯楽が集っているが、危険が伴うもの、身を滅ぼしかねないものは外されている。剣術大会でも参加者に貸し出された剣は斬れないように加工されているものだったし、賭博場なんかは建設されていない。女性が男性に奉仕をする場は一応あるそうだが、環境や従事する女性の権利が徹底的に守られた場所が一か所だけだという。すべてユーディニア様のご意向だ。
 それなのに、危険な魔物を見世物として生け捕るなんて……これをあの方が本当にお許しになったのだろうか。
 むちを手にした男性がそれをしならせ、床に叩きつけて乾いた音を打ち鳴らす。魔物が興奮して吠え、檻の格子に噛みついたり体当たりを繰り返す。もしかすると数日にわたり餌を与えられていないのかもしれない。
 観客たちの熱狂の声と、怯える声とが混じり合う。それにあおられたかのように、魔物が狭い檻の中で激しく暴れ始めた。どれほど頑丈に作られた檻だとしても、これ以上は……
 金属音が鳴り響く。檻の鍵が内側から壊され、扉が開け放たれた。黒い体躯が劇場の床に躍り出る。恐れていたことが起きてしまった。

「駄目っ!」

 反射的に、わたしは魔物の前で魔力を爆発させていた。強い光を至近距離で当てられた魔物がひるみ、前足で顔を何度も擦る。
 一層けたたましい悲鳴が上がったかと思うとそれが連鎖するかのように次々と響き渡り、状況を理解した観客たちが一斉に立ち上がって劇場の出口に押し寄せ始めた。
 人の波に押されてよろめいたわたしの肩をディオンが支えてくれた。魔物は未だ動けない状況だが、視力を取り戻せば逃げ遅れた観客に襲い掛かるだろう。もし劇場の外に出てしまったら――

「ディオン」

 わたしは彼の目をまっすぐ見た。

「わたしがあの魔物を何とかするわ。あなたはここから逃げて、逃げ遅れた人や困っている人がいたら助けてあげて」

 一瞬の間の後、ディオンは頷いた。

「分かった……セシーリャ、気を付けて」

 夫婦から魔術師と従士の間柄へ切り替わり、わたしたちはそれぞれ真逆の方向へ駆け出す。鞭を手に魔物の傍らにいた男性は、いつの間にかいなくなっていた。
 魔法杖がないため最大級の力は出せないが、それでも何とかなる、何とかしなければいけない。わたしは大魔術師。ここがどこであろうとも、人を守るために力を振るうのがわたしの役目。
 演者が立つ床まで下り、魔物から距離をとりつつ両手の中で魔力を捏ねる。劇場からはすでにほとんどの人がいなくなっていた。あとは魔物の注意をこちらに向け続けるだけだ。
 魔物が太い首をぶんぶんと振り、二つある頭が両方ともこちらを向く。ぎらつく目がわたしに狙いを定めた。

「さあ、来なさい!」

 わたしは声を張り上げ、飢えた獣に目がけて魔力を放った。
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