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11話 明かされる思惑と密かな想い

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 その夜、蒼水晶邸の一室でくつろぐわたしたちの元に、パウエルさんがやって来た。こんな時間にこちらから呼んでいないのに来るなんて、何かあったのだろうか。

「夜分に申し訳ございません。お二人にどうしてもお会いしたいと訪ねて来られた方が」

 パウエルさんも少し困った様子だった。

「公国貴族のカルロ・サヴォーナ様がお見えです」
「カルロ……?」

 ディオンはその名前に聞き覚えがあるようだった。もしかして今日、ディオンをおもてなしした貴族の方かしら。
 ディオンは眉根を寄せて少し考え込む素振りを見せた後、わたしの方を見た。

「セシーリャ、すまないが彼を通してもいいだろうか」
「ええ。分かったわ」

 ディオンには何か心当たりがあるのかもしれない。カルロという人がどんな人物なのかは分からないが、素直に彼に従うことにした。

***

 応接間のソファにディオンと二人並んで座り待っていると、パウエルさんに連れられて一人の青年が姿を現した。年は二十代のはじめくらいで、髪は黒い。細身で物静かな印象を受けるが、真面目そうな人だ。ひときわ目を引くのは彼の瞳の色――右は蜂蜜のような金色で、左は海のような深い青色をしている。生まれつき左右の目の色が異なる人がいるというのは聞いたことがあったけれど、実際に会うのは初めてだ。

「ディオンさん、遅い時間に本当に申し訳ありません」

 青年はディオンに向かって深々と頭を下げ、次にわたしの方を向いた。

「初めまして、奥様。カルロ・サヴォーナと申します」
「セシーリャ・エインゼールです。よろしくお願いします、カルロ様」

 立ち上がり礼をすると、カルロは更に腰を低くした。

「どうか気を遣わず、僕のことはカルロと呼んでください」

 テーブルを挟んでわたしたちの向かいに腰かけたカルロのもとへ、お茶が運ばれてくる。パウエルさんたち使用人が皆いなくなった後、カルロが口を開いた。

「あの……昼間は申し訳ありませんでした」

 どうして彼が謝るのだろう。むしろ、悪いのはわたしの方だ。わたしのせいで、場の空気が悪くなってしまったのだから。

「カルロが謝る必要なんて……わたしの方こそ」
「セシーリャ」

 ディオンがテーブルの下でそっとわたしの手を握り、カルロの方へ顔を向けた。

「昼間に設けられたあの場……俺の優勝を祝うというのはやはり建前だったということだな」
「え……?」

 一体どういうこと? 訳が分からず、わたしはディオンとカルロの顔を交互に見やった。カルロは少し決まり悪そうな表情を浮かべている。

「……お気づきだったんですね。そうです、ディオンさんの仰る通りです」
「建前って……他に何か目的があったということ? 今日のお茶会はユーディニア様のご厚意ではないの?」
「貴族たちを集めて、お二人をおもてなしするよう指示をしたのはユーディニアです。ただ、目的が違うんです」

 彼は一旦言葉を切り、眉根を寄せながら再び話し始めた。

「剣術大会でのディオンさんの姿を見てから、ユーディニアはディオンさんに執心しています」

 ――つまり、ユーディニア様がディオンのことを好きになってしまったということ?

「えええええええっ!?」

 思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまい。慌てて自分で自分の口を塞いだ。
 ディオンはもてる人だけれど、まさかよりにもよってユーディニア様まで……。

「お二人を別々の場に呼び出して、お互いに何か不満がないかを聞き出して……ディオンさんからセシーリャさんを引き離すきっかけを掴む、それがユーディニアの目論見もくろみでした」

 だから、皆して自分の夫や婚約者の悪口を言って、わたしをそれにのせようとしていたのだ。
 わたしたちの仲を裂こうとするなんて、本来ならば怒るべきなのだろう。だけど、驚きと戸惑いの方がはるかに強かった。あのユーディニア様が――堂々とした姿で豪奢ごうしゃなドレスを着こなして、多くの人たちに慕われていたあの方がこんなことをするなんて、到底信じられなかった。

「本当に申し訳ありません」

 カルロはまた頭を下げた。今の話が本当なら、首謀者はユーディニア様であってカルロは悪くないけれど……。
 わたしはディオンの顔をちらりと見た。彼は黙ったまま、険しい顔をしている。
 カルロは言葉を続けた。

「僕がここに来た理由はこのことを謝るためと……お願いしたいことがあります」

 一瞬、目を伏せた後に彼はディオンの方へ視線を移した。

「ディオンさんに、ユーディニアに会って頂きたいんです」
「え……?」

 意味が分からなかった。カルロはユーディニア様の計画をわたしたちに伝え謝ってくれた。なのに、ディオンとユーディニア様を会わせたいだなんて……。一体、彼は誰の肩を持っているの?

「それはできない」

 ディオンがはっきりと告げた。

「人が他の誰かを想うことは自由だ。だが、その想いを貫くために人の幸せを壊すことは誰であろうと許されない。閣下のことは統治者として敬意は払うが、一人の人間として信用することはできない。会いたいとも思えない」

 ディオンの言葉には重みがある。彼はその壊された幸せの中に生まれて周りから否定され続けて、わたしに出会うまでずっと、自分が何のために生きているのか分からずに苦しみ続けてきた。ユーディニア様のことを受け入れられないと思うのも当然のことだ。

「分かっています、でも! こうするしかないんです、ユーディニアを止めるためには!」

 今まで落ち着いた調子で話していたカルロが、語気を強めた。

「本当は、こんなことを平気でするような子じゃない、彼女は優しい子なんです! でもこのままじゃ……彼女は変わってしまいます、その前に何としてでも止めないと……」

 彼が見せる今までにない必死な様子に、ディオンも少し驚いている。わたしはカルロに尋ねた。

「ユーディニア様に、何かあったの……?」
「……すみません、全てお話しします」

 いくらか平静さを取り戻したカルロが、ひと呼吸おいて話し始めた。

「この公国は、カーネリアス公爵家の直系の方が治める習わしです。ユーディニアの前に公国を治めていたのは彼女のお母上、アメイリア様でした。アメイリア様がある貴族とご結婚され、授かったのがユーディニアです。仲の良い優しいご両親のもと、彼女は明るくいい子に育ちました」

 でも、とカルロは顔を曇らせた。

「ユーディニアが十歳の時、お父上が突如行方をくらませました。ある使用人身分の少女も同時にいなくなり、周りに事情を聞いたところ……二人は以前から隠れて逢瀬を重ねていたと証言がありました」
「駆け落ちしてしまったの?」

 おそらくは、とカルロは頷いた。

「そのことにアメイリア様は大変衝撃を受けて……その日からふさぎ込み、徐々に寝込むようになっていきました。誰の言葉にも耳を貸さず、口を開けば夫だった人への呪詛じゅそを並べるばかりで、ユーディニアにも辛く当たるように……」

 語るカルロの表情も辛そうだ。

「やがてアメイリア様の心は壊れてしまい、ユーディニアが自分の娘だということも分からないまでになって……ついにある時、自ら命を絶たれてしまいました」
「そんな……」

 あまりにも救いがなさ過ぎる話だ。

「ユーディニアは十一歳で、家族を失ってしまったんです。でも彼女は泣くこともせず、その日から公国の統治者として生きると宣言しました。周りの貴族を動かして、同年代の子たちならお喋りやお洒落に使う時間もすべて勉強にあてて……それから今までの五年間、公国が荒れることなくいられたのは、間違いなくユーディニアの努力のお陰です」

 それから、とカルロは自分の前髪を指で払いのけた。

「僕のこの目……これのせいで、僕は小さい頃から虐められていて……でも、ユーディニアだけは僕の目を綺麗だと言ってくれたんです。その時の彼女はまだ六歳で、自分より五つも年下の女の子に慰められるなんて情けない話ではあるんですけれど……救われたんです。ユーディニアの言葉に。優しくてしっかり者で頭がよくて……信じて頂けないかもしれませんが、それが本当のユーディニアです」

 ――ああ、そうか。カルロはずっとユーディニア様のことを想っているのね。

 好きな人が自分の方を向いてくれなかったとしても、せめて人としての道は踏み外して欲しくない。彼はそう思っているのだ。

「ユーディニアは多分、お二人の仲の良さが羨ましいんだと思います。誰よりも愛に飢えているんです。生涯、変わることのない確かなものが欲しくて、ディオンさんならそれをくれると思い込んでいる。ディオンさんからユーディニアを説得してくださいませんか。人の幸せを壊すようなことは駄目だと」

 わたしは再びディオンの様子をうかがった。彼の表情から険しさはかなり薄れている。しかし、カルロのお願いにすぐに頷くことはしなかった。

「……事情は分かった」

 やがて、ディオンは静かに言った。

「だが……閣下の心を溶かせる者がいるとするなら、カルロ、君ではないだろうか」
「え……」

 カルロの瞳が揺れた。

「今、俺たちに話してくれたことを、君の素直な想いを閣下に伝えればいい。少し顔を合わせただけの俺よりも、長く閣下の傍にいるカルロの言葉の方がよほど届くはずだ」

 ディオンの言うことはもっともだ。カルロとはついさっき知り合ったばかりだけれど、話していてとても誠実な人だと分かった。
 しかし、カルロの方も頷かなかった。

「……僕では無理です。『役立たず』ですから」

 カルロは自嘲じちょう的な笑みを浮かべた。

「ユーディニアは公国を取仕切る立場として、民や他国の方々からは高く評価されています。ですがその分、自分に近しい人たちには厳しくて……今日のことだって、僕も含め、お二人をおもてなしした貴族たちは皆、思いきり絞られました。あ、もちろんお二人に非は何もないですよ」

 わたしの脳裏に、エリッサの顔が浮かんだ。言いたくもない婚約者の悪口を言わされて、挙句の果てに失敗を責められるなんて気の毒過ぎる。
 表向きは善政をしいている上に、ユーディニア様には辛い過去がある。それを知る人は彼女に対して強く出ることができないのだろう。

「今の彼女は完全に心を閉ざしていて、周りの言葉を聞き入れようとしないんです。リカードみたいに上手く取り入っている人もいますけれど……ディオンさんの言葉ならユーディニアも聞く気になるかもしれない、僕はそう思うんです。ディオンさん、どうかお願いします」

 カルロの真剣な面持ちに、ディオンはふっと小さく息をついた。彼が首を動かし、わたしの顔を見る。

「……セシーリャ、俺が閣下と会うことを許してくれるか」

 もしわたしがそんなの嫌だからやめてと言えば、ディオンは絶対にそれに従うだろうけれど……ユーディニア様のため、ひいてはカルロのためになるなら、ここは力を貸すべきだ。

「ええ。カルロのことを助けてあげて」
「ありがとう……カルロ、俺にどれほどのことができるか分からないが、やれるだけのことはやってみよう」
「本当ですか、ありがとうございますっ!」

 カルロは立ち上がり、わたしたちに向かって何度も頭を下げた。

***
ゆるっと人物紹介⑨ カルロ・サヴォーナ
ユーディニアに仕える貴族の青年。生まれつき左右の目の色が違うことで揶揄からかわれていたが、ユーディニアの一言で救われて以来、ずっと彼女に想いを寄せている。
決して要領も頭も悪いわけではないのだが、常におどおどした態度でいるためかユーディニアからは頼りにならないと思われてしまっている。
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