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完璧淑女の片思いのお話
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※本編40話より後のお話です。
***
王城の中庭に面したテラスにて小さな茶会が開かれていた。エリーズとヴィオルと共に席についているのは、エーデルバルト公爵家のグローリエだ。国王の馴染みである彼女は純金にも劣らぬ美しい髪と知性を宿した灰色の瞳を持つ女性で、今ではすっかりエリーズとも気兼ねなく話せる間柄になっていた。
「わざわざお二人揃ってお時間を作ってくださってありがとうございます」
「とんでもありません。グローリエ様とお話できてとても嬉しいです。そうよね、ヴィオル?」
「ああ、そうだね」
そう言ったものの、ヴィオルの視線は茶会が始まってからずっとエリーズの方に向けられている。
「ねえエリーズ、いつものあれをやって」
皿の上に並んだクッキーを指しながら彼が言う。エリーズはたじろいだ。「あれ」が何を示すのかは分かっている。
「あれは二人きりの時にすることでしょう? 今はグローリエ様がいらっしゃるから……」
諭すように言ったが、ヴィオルはいやいやと頭を振った。
「今がいい。お願い、一回だけでいいから」
エリーズの手をとって頬をすり寄せながら懇願する姿に根負けし、エリーズは空いているほうの手でクッキーを一つつまんだ。
「もう……本当に一回だけよ?」
クッキーをヴィオルの口元へ持っていくと、彼は雛鳥のように従順に口を開けた。クッキーを頬張りうっとりと目を細める。
「美味しいよ、ありがとう」
グローリエが蚊帳の外に追いやられて不快な思いをしていないかと、エリーズは内心おろおろしながら彼女の方に目をやった。グローリエはまるで何も見なかったかのようにカップに口をつけている。
「あ、あの、ごめんなさいグローリエ様。こういうことは普段は本当に二人きりの時しかしないんです」
臣下や他の貴族の目があるところではさすがのヴィオルも最低限の節度は守る。彼が己の欲望に忠実に甘えてくるのは、それだけグローリエに対し気を許しているという証拠だろう。
「……王妃様が謝る必要などございませんわ。文句があるのはそちらの紫頭に対してですので」
グローリエにぎろりと睨まれても、ヴィオルはどこ吹く風でエリーズの指に自分のそれを絡める。
「羨ましいなら素直にそう言えばいいのに」
グローリエに未だ婚約者はおらず恋人の存在も全く聞かない。以前、彼女はエリーズに想い人がいることは打ち明けたが、名前までは教えてくれなかった。その相手とは進展したのだろうか。
「グローリエ様、この前教えて頂いた意中のお方との間には、最近なにかありましたか?」
「……いえ、特には何も。別にそれでいいのです」
ヴィオルに対しての強気な物言いから打って変わって、自信のなさがにじむ声だった。
「そうなのですか……でも、ずっと片思いでお辛くはないですか? 好きな人とはたくさんお話してお出かけもして、それから……時々はお菓子を食べさせ合えたら、今よりもっと楽しいはずですよ」
その瞬間、ヴィオルが盛大に吹き出したかと思えば次には身をよじらせて笑い出した。
「ヴィオル、ど、どうしたの?」
滅多に見ない彼の大爆笑する様に、エリーズは目を丸くした。笑えることを言ったつもりはないのだが。
「いやぁ、ごめん。エリーズは何も間違ったことは言ってないよ」
ヴィオルはそう言って、笑い過ぎで目尻に浮かんだ涙を指で拭った。まだ少し肩が震えている。
「ただ、あのジギスがそういうことをしてるのを想像したらどうにも我慢できなくて」
「ヴィオルっ!」
グローリエの慌てふためく声が飛んだ。目を見開き、顔色はやや青ざめている。
「ん、何?」
「グローリエ様がお好きな男性って、ジギスさんのことだったのですか?」
エリーズの言葉を聞き、ヴィオルはきょとんとした様子で妻とグローリエの顔を交互に見た。
「あれ? グローリエ、エリーズに話してない?」
「当たり前でしょう、知っているのは貴方だけよ!」
なーんだ、と呟いてヴィオルはエリーズに微笑みかけた。
「ごめんエリーズ、大っぴらにはしないでやって。君たちがいつの間にか随分と仲良くなってるものだから、てっきりそのことも知ってるとばかり」
「ええ、もちろんよ」
エリーズはこくこくと頷き、グローリエの顔を見た。呆気なく秘密をばらされ、いつもの凛とした姿は見る影もなく肩を縮めている。
どうやら彼女はこと恋愛においてはかなり奥手なようだ。ジギスも色恋には全く興味がないのだろう、彼に関する浮いた話は噂話が飛び交う王城や社交の場でも全く聞かない。どちらが動くこともない状況がずっと続いているらしかった。
「わたしに何かお手伝いができないかしら……」
例えば夫婦の関係を円満に保つための秘訣は何かと問われれば、エリーズは自分が日頃意識していることを助言できる。ただ、片想いを成就させるために何をすべきかという問題に即答することは難しかった。エリーズの最初で最後の恋は、ものの数時間で叶ってしまった。
「……いえ、王妃様。いいのです」
グローリエは目を伏せつつ言った。
「私の気持ちを伝えて、ジギス殿を困らせるのは望むところではございません。今のあの方にとって一番大切なことは他にあるのですから」
ヴィオルが何か言いたげな顔をしたが、口を開くことはなかった。
彼女にかけるべき言葉はないかとエリーズは頭を巡らせた。
「でも……」
「お気遣いありがとう。でも本当に、気になさらないで。こんなつまらないことで王妃様のお手を煩わせる訳には」
「つまらないなんて仰らないでください!」
エリーズは身を乗り出した。誰かを愛する心を、自分自身で価値のないものと決めつけてしまうことが許せなかった。
「王妃様……」
「聞かせてください。グローリエ様はジギスさんのどんなところがお好きなのですか?」
「それは……その」
グローリエは身じろぎし、心許ない様子で己の髪を撫でた。
「……とても、誠実な方です。余り感情を表に出すことはありませんが、内側には王国に尽くす熱い御心をお持ちだと、話していると感じるのです」
「ふふ、よく分かります。ヴィオルもジギスさんにはたくさん助けて頂いてるものね?」
「まあね。後はもう少し僕に優しくしてくれたら完璧なんだけれど」
今すぐに恋を実らせることができないのなら、せめてグローリエの気持ちに共感してやりたかった。エリーズから見てもジギスはとても頼りがいのある人物だ。グローリエは彼が被った鉄仮面の下に、鮮やかなルビーの輝きを見ている。
「……ふふ」
グローリエが笑みをこぼす。ずっと秘めていた自分の想いをエリーズたちと分かち合って安心したのだろう。少女のようなに無邪気な笑顔だった。
***
その夜、エリーズは私室にてヴィオルと寄り添ってソファに座り、穏やかな時間を過ごしていた。
「……ねぇ、ヴィオル」
「ん?」
「グローリエ様、今日のことでご気分を悪くされていないかしら? わたし色々と言いすぎてしまったように思うから……」
昼間の茶会を終えてから、エリーズの心の隅に引っかかっていたことだった。ついつい熱くなってグローリエの胸の内をあれこれ聞き出してしまったが、彼女にとっては他人から触れられたくないことだったかもしれない。
まさか、とヴィオルは笑ってエリーズの髪を撫でた。
「大丈夫だよ。文句を言われるとするなら僕の方だ。彼女の秘密をばらしてしまった訳だし」
「……もしもグローリエ様がジギスさんと結婚したいと思っても、難しいのかしら?」
王侯貴族の婚姻は、ただ好きだからというだけでは成立しないのが普通だ。家同士の、あるいは国の利益になるかどうかが重視される。ヴィオルはエリーズとの愛を貫いたが、周囲はすぐには納得しなかったはずだ。
「いや、そうでもないよ。グローリエは家の存続のために婿を迎える必要がある。ジギスは次男だからうってつけだし、公爵家と繋がりが持てるなら彼の家としても万々歳だと思うよ。本人たちも『国王被害者の会』として気が合うだろうしね」
ヴィオルはひと呼吸おいて続けた。
「もしも僕がジギスに『エーデルバルト公爵家に婿入りしろ』って言ったら彼は従うと思うんだけど、そうしようかってグローリエに持ちかけたら断られたんだ」
「グローリエ様は本当にジギスさんを愛していらっしゃるのね。だから無理やりに結婚させることは望まないんだわ」
「とはいってもね……このまま進展なく十年も二十年も過ぎられたら困るんだけどなぁ」
「グローリエ様が好きと一言、伝えることができればいいのに……」
そうだねと答えながら、ヴィオルはエリーズの肩を抱き寄せた。
「一つ確かなのは、恋は理屈では語れないということだね。僕はあらゆるものを投げ捨ててでも君の傍にいたいと望んだけれど、人を臆病に変えてしまう力もあるんだろう」
思い起こせばエリーズもヴィオルと初めて会った時はときめきを覚えたものの、きっと自分から好意を寄せられても迷惑だろうという後ろ向きな気持ちも同時に抱いた。立派な淑女となるべくずっと己を磨いてきたグローリエですらそう思ってしまうのだ。
ヴィオルの指がエリーズの髪を滑った。
「エリーズ、良かったらグローリエのことを少し気にかけてやってくれる? 彼女が本音をぶつけられる相手はそう多くない……彼女にも、しっかり自分の幸せを掴んで欲しいんだ。たくさん苦労をかけてしまったから」
「ええ、もちろんよ。何か考えてみるわ」
エーデルバルト公爵家は長きにわたり王家を支えてきた。次期当主であるグローリエはヴィオルの大切な友人であり、エリーズにとっては貴い身分の女性として生きる者の手本のような存在だ。日頃の恩を返す絶好の機会でもある。
それに、愛する人と心を通わせる喜びがいかほどのものであるかはエリーズが一番よく知っている。グローリエにもこの幸せを味わってもらいたかった。
「……よし、じゃあ今日はこの話は終わり」
ヴィオルはそう言うと、エリーズを更に引き寄せて、向かい合う形で己の膝にまたがらせた。反射的に彼の体にしがみつくエリーズに対し顔をすり寄せる。
「今日の君はグローリエに構ってばっかりだ。そろそろ君の旦那様がご機嫌斜めになってしまうよ?」
「まぁ、それは大変だわ」
エリーズはくすくすと笑って夫の髪を撫で、その唇にキスを落とした。
***
王城の中庭に面したテラスにて小さな茶会が開かれていた。エリーズとヴィオルと共に席についているのは、エーデルバルト公爵家のグローリエだ。国王の馴染みである彼女は純金にも劣らぬ美しい髪と知性を宿した灰色の瞳を持つ女性で、今ではすっかりエリーズとも気兼ねなく話せる間柄になっていた。
「わざわざお二人揃ってお時間を作ってくださってありがとうございます」
「とんでもありません。グローリエ様とお話できてとても嬉しいです。そうよね、ヴィオル?」
「ああ、そうだね」
そう言ったものの、ヴィオルの視線は茶会が始まってからずっとエリーズの方に向けられている。
「ねえエリーズ、いつものあれをやって」
皿の上に並んだクッキーを指しながら彼が言う。エリーズはたじろいだ。「あれ」が何を示すのかは分かっている。
「あれは二人きりの時にすることでしょう? 今はグローリエ様がいらっしゃるから……」
諭すように言ったが、ヴィオルはいやいやと頭を振った。
「今がいい。お願い、一回だけでいいから」
エリーズの手をとって頬をすり寄せながら懇願する姿に根負けし、エリーズは空いているほうの手でクッキーを一つつまんだ。
「もう……本当に一回だけよ?」
クッキーをヴィオルの口元へ持っていくと、彼は雛鳥のように従順に口を開けた。クッキーを頬張りうっとりと目を細める。
「美味しいよ、ありがとう」
グローリエが蚊帳の外に追いやられて不快な思いをしていないかと、エリーズは内心おろおろしながら彼女の方に目をやった。グローリエはまるで何も見なかったかのようにカップに口をつけている。
「あ、あの、ごめんなさいグローリエ様。こういうことは普段は本当に二人きりの時しかしないんです」
臣下や他の貴族の目があるところではさすがのヴィオルも最低限の節度は守る。彼が己の欲望に忠実に甘えてくるのは、それだけグローリエに対し気を許しているという証拠だろう。
「……王妃様が謝る必要などございませんわ。文句があるのはそちらの紫頭に対してですので」
グローリエにぎろりと睨まれても、ヴィオルはどこ吹く風でエリーズの指に自分のそれを絡める。
「羨ましいなら素直にそう言えばいいのに」
グローリエに未だ婚約者はおらず恋人の存在も全く聞かない。以前、彼女はエリーズに想い人がいることは打ち明けたが、名前までは教えてくれなかった。その相手とは進展したのだろうか。
「グローリエ様、この前教えて頂いた意中のお方との間には、最近なにかありましたか?」
「……いえ、特には何も。別にそれでいいのです」
ヴィオルに対しての強気な物言いから打って変わって、自信のなさがにじむ声だった。
「そうなのですか……でも、ずっと片思いでお辛くはないですか? 好きな人とはたくさんお話してお出かけもして、それから……時々はお菓子を食べさせ合えたら、今よりもっと楽しいはずですよ」
その瞬間、ヴィオルが盛大に吹き出したかと思えば次には身をよじらせて笑い出した。
「ヴィオル、ど、どうしたの?」
滅多に見ない彼の大爆笑する様に、エリーズは目を丸くした。笑えることを言ったつもりはないのだが。
「いやぁ、ごめん。エリーズは何も間違ったことは言ってないよ」
ヴィオルはそう言って、笑い過ぎで目尻に浮かんだ涙を指で拭った。まだ少し肩が震えている。
「ただ、あのジギスがそういうことをしてるのを想像したらどうにも我慢できなくて」
「ヴィオルっ!」
グローリエの慌てふためく声が飛んだ。目を見開き、顔色はやや青ざめている。
「ん、何?」
「グローリエ様がお好きな男性って、ジギスさんのことだったのですか?」
エリーズの言葉を聞き、ヴィオルはきょとんとした様子で妻とグローリエの顔を交互に見た。
「あれ? グローリエ、エリーズに話してない?」
「当たり前でしょう、知っているのは貴方だけよ!」
なーんだ、と呟いてヴィオルはエリーズに微笑みかけた。
「ごめんエリーズ、大っぴらにはしないでやって。君たちがいつの間にか随分と仲良くなってるものだから、てっきりそのことも知ってるとばかり」
「ええ、もちろんよ」
エリーズはこくこくと頷き、グローリエの顔を見た。呆気なく秘密をばらされ、いつもの凛とした姿は見る影もなく肩を縮めている。
どうやら彼女はこと恋愛においてはかなり奥手なようだ。ジギスも色恋には全く興味がないのだろう、彼に関する浮いた話は噂話が飛び交う王城や社交の場でも全く聞かない。どちらが動くこともない状況がずっと続いているらしかった。
「わたしに何かお手伝いができないかしら……」
例えば夫婦の関係を円満に保つための秘訣は何かと問われれば、エリーズは自分が日頃意識していることを助言できる。ただ、片想いを成就させるために何をすべきかという問題に即答することは難しかった。エリーズの最初で最後の恋は、ものの数時間で叶ってしまった。
「……いえ、王妃様。いいのです」
グローリエは目を伏せつつ言った。
「私の気持ちを伝えて、ジギス殿を困らせるのは望むところではございません。今のあの方にとって一番大切なことは他にあるのですから」
ヴィオルが何か言いたげな顔をしたが、口を開くことはなかった。
彼女にかけるべき言葉はないかとエリーズは頭を巡らせた。
「でも……」
「お気遣いありがとう。でも本当に、気になさらないで。こんなつまらないことで王妃様のお手を煩わせる訳には」
「つまらないなんて仰らないでください!」
エリーズは身を乗り出した。誰かを愛する心を、自分自身で価値のないものと決めつけてしまうことが許せなかった。
「王妃様……」
「聞かせてください。グローリエ様はジギスさんのどんなところがお好きなのですか?」
「それは……その」
グローリエは身じろぎし、心許ない様子で己の髪を撫でた。
「……とても、誠実な方です。余り感情を表に出すことはありませんが、内側には王国に尽くす熱い御心をお持ちだと、話していると感じるのです」
「ふふ、よく分かります。ヴィオルもジギスさんにはたくさん助けて頂いてるものね?」
「まあね。後はもう少し僕に優しくしてくれたら完璧なんだけれど」
今すぐに恋を実らせることができないのなら、せめてグローリエの気持ちに共感してやりたかった。エリーズから見てもジギスはとても頼りがいのある人物だ。グローリエは彼が被った鉄仮面の下に、鮮やかなルビーの輝きを見ている。
「……ふふ」
グローリエが笑みをこぼす。ずっと秘めていた自分の想いをエリーズたちと分かち合って安心したのだろう。少女のようなに無邪気な笑顔だった。
***
その夜、エリーズは私室にてヴィオルと寄り添ってソファに座り、穏やかな時間を過ごしていた。
「……ねぇ、ヴィオル」
「ん?」
「グローリエ様、今日のことでご気分を悪くされていないかしら? わたし色々と言いすぎてしまったように思うから……」
昼間の茶会を終えてから、エリーズの心の隅に引っかかっていたことだった。ついつい熱くなってグローリエの胸の内をあれこれ聞き出してしまったが、彼女にとっては他人から触れられたくないことだったかもしれない。
まさか、とヴィオルは笑ってエリーズの髪を撫でた。
「大丈夫だよ。文句を言われるとするなら僕の方だ。彼女の秘密をばらしてしまった訳だし」
「……もしもグローリエ様がジギスさんと結婚したいと思っても、難しいのかしら?」
王侯貴族の婚姻は、ただ好きだからというだけでは成立しないのが普通だ。家同士の、あるいは国の利益になるかどうかが重視される。ヴィオルはエリーズとの愛を貫いたが、周囲はすぐには納得しなかったはずだ。
「いや、そうでもないよ。グローリエは家の存続のために婿を迎える必要がある。ジギスは次男だからうってつけだし、公爵家と繋がりが持てるなら彼の家としても万々歳だと思うよ。本人たちも『国王被害者の会』として気が合うだろうしね」
ヴィオルはひと呼吸おいて続けた。
「もしも僕がジギスに『エーデルバルト公爵家に婿入りしろ』って言ったら彼は従うと思うんだけど、そうしようかってグローリエに持ちかけたら断られたんだ」
「グローリエ様は本当にジギスさんを愛していらっしゃるのね。だから無理やりに結婚させることは望まないんだわ」
「とはいってもね……このまま進展なく十年も二十年も過ぎられたら困るんだけどなぁ」
「グローリエ様が好きと一言、伝えることができればいいのに……」
そうだねと答えながら、ヴィオルはエリーズの肩を抱き寄せた。
「一つ確かなのは、恋は理屈では語れないということだね。僕はあらゆるものを投げ捨ててでも君の傍にいたいと望んだけれど、人を臆病に変えてしまう力もあるんだろう」
思い起こせばエリーズもヴィオルと初めて会った時はときめきを覚えたものの、きっと自分から好意を寄せられても迷惑だろうという後ろ向きな気持ちも同時に抱いた。立派な淑女となるべくずっと己を磨いてきたグローリエですらそう思ってしまうのだ。
ヴィオルの指がエリーズの髪を滑った。
「エリーズ、良かったらグローリエのことを少し気にかけてやってくれる? 彼女が本音をぶつけられる相手はそう多くない……彼女にも、しっかり自分の幸せを掴んで欲しいんだ。たくさん苦労をかけてしまったから」
「ええ、もちろんよ。何か考えてみるわ」
エーデルバルト公爵家は長きにわたり王家を支えてきた。次期当主であるグローリエはヴィオルの大切な友人であり、エリーズにとっては貴い身分の女性として生きる者の手本のような存在だ。日頃の恩を返す絶好の機会でもある。
それに、愛する人と心を通わせる喜びがいかほどのものであるかはエリーズが一番よく知っている。グローリエにもこの幸せを味わってもらいたかった。
「……よし、じゃあ今日はこの話は終わり」
ヴィオルはそう言うと、エリーズを更に引き寄せて、向かい合う形で己の膝にまたがらせた。反射的に彼の体にしがみつくエリーズに対し顔をすり寄せる。
「今日の君はグローリエに構ってばっかりだ。そろそろ君の旦那様がご機嫌斜めになってしまうよ?」
「まぁ、それは大変だわ」
エリーズはくすくすと笑って夫の髪を撫で、その唇にキスを落とした。
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