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二章 騎士団と自警団

13話 最悪の再会

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 王都の外に現れた魔物を片付けたニールたちは、貴族の屋敷が多くある区域の近くを歩いていた。騎士団の本部やエンディの家を訪ねるために通ったことのある道だが、市場や宿屋の周りとは異なり日中はあまり人の姿を見かけない。日が落ちると、夜会に出かける貴族たちの馬車が行きかうようになるところだ。
 フランシエルは歩きながら背伸びをし、塀の向こうにある屋敷をよく見ようとしていた。

「貴族って何をしてるの?」
「一概にこう、という説明は難しいですが、例えばフランさんと同じ年ごろの女性であればおめかしをして舞踏会に出席し、夫となる者を見つける……などですね」

 ルメリオの話を聞き、フランシエルはえ、と驚きの声を上げた。

「あたしの年でもう結婚するの!? 早くない?」
「良いか悪いかはさておいて、貴族の世界では当たり前のことです」
「ふーん、何か大変そうだねぇ……あたし、まだ結婚なんて全然考えてないよ」
「……あ」

 前からやってきた人物に気づき、ニールは足を止めた。
 現れたのはニールを差し置いて騎士団入りした貴族の青年、テオドールだった。相手も気づいたようで、ニールを正面から見据えて腕を組んだ。

「誰かと思えば、常識知らずの田舎者じゃあないか。まだここをうろついてたのか」
「ニール、知り合いですか? 随分な物言いですが」

 ゼレーナの問いに、ニールは口ごもった。

「ああ……」

 甲冑こそ着ていないが、彼の胸には騎士の証が見える。
 テオドールはニールの仲間たちを見て、鼻で笑った。

「妙ちきりんな奴らを引き連れて、騎士団長気取りか? 誰にこびを売ってるんだ? そんなことをしたって本当の騎士にはなれないぞ。さっさと田舎に帰って、土まみれで家畜でも追っかけてればいいんだ。お前にはそれがお似合いさ」
「……っ!」

 ニールは拳を握りしめ、テオドールを睨んだ。自分のことはどう言われても構わないが、仲間や故郷の人々のことを馬鹿にされるのは許せない。
 しかしニールが何か言う前にフランシエルがずい、と前に出て腰に手を当てた。

「ちょっと、何なのその言い方! 誰だか知らないけど、ニールがどれだけ頑張ってるか知らない癖に勝手なことばっかり言わないで!」
「そうだそうだ! おれたちは英雄だぞ、騎士よりもっと強いんだからな!」
「僕たちは王都の平和を守るために戦っているんだ。馬鹿にされる筋合いなんてないよ!」

 フランシエルやアロンに続き、温厚なエンディも啖呵たんかを切る。思ってもみないところから言い返され、テオドールはまごついた。

「ふ、ふん。女や子供にかばわれるなんて情けない奴。相手にするだけ時間の無駄だな」

 吐き捨てるように言い、ニールたちの脇をすり抜けて去っていく。

「なんだぁ、あいつ。あんな棒みたいなナリで、戦場に出たらすぐ死んじまいそうだぜ」

 遠くなっていく背を見ながらギーランが言う。同感です、とゼレーナも頷いた。

「いかにもな貴族のボンボンですね。鼻についてしょうがない」
「……でも、騎士なんだよ」

 ニールはそれだけ言うのが精いっぱいだった。王都に初めて来た日のことを思い出し、ニールの胸中に影が落ちる。田舎者だというだけで馬鹿にした態度をとってくる、そんな人物が騎士として認められていることが悔しい。

「皆、嫌な思いさせてごめん……もう行こう」

***

 休憩のため宿屋に戻ってからもニールは浮かない顔のままだった。話すこともなくなり、何かを考え込むように目を伏せるばかりだ。フランシエルは彼を励まそうと奮闘していた。

「ねえニール、そんなに落ち込まなくても大丈夫だって。あたしたちだって何にも気にしてないし」

 明るい調子で声をかけるが、ニールの様子は変わらず相槌すらもない。

「……ニール、最近頑張りすぎなのかも。そうだ、この後はちょっとお休みしてお散歩にでも行ったらどうかな? よかったらあたしも一緒に」
「放っておいてくれ! どうせ皆には何も分からない!」

 不意に怒鳴られ、フランシエルは口をつぐんだ。場がしんと静まり返る。

「あ、えっと……」

 必死に言葉を紡ごうとするが何も出てこない。フランシエルのその様子を見てニールも我に返ったらしいが、ふい、と顔を背けた。

「……一人にしてくれ」

 立ち上がり、足早に宿屋の二階へと上がっていく。彼の姿が見えなくなった後も、フランシエルは呆然とその場から動くことができなかった。

「……相当だな。あれは」

 イオが静かに言った。ニールがあれほど激昂げっこうしたことは今までない。仲間たちも皆、多かれ少なかれ驚きを隠せないようだった。

「どうしよう、あたし……」

 フランシエルの視界に涙がにじむ。ニールを励ましたかったのに、逆に怒らせてしまった。先日、落ち込む自分に寄り添ってくれた彼を支えてあげたかったのに、うまくやれない自分が情けない。

「大丈夫です。貴女は何も悪くありませんよ」

 ルメリオが傍に来て、フランシエルの肩にそっと手を置いた。

「あんな言い方をするニールに非があります……とはいえ、彼には彼で思うところが色々あるのでしょう」
「騎士に対して複雑な思いがあるんでしょうね。先日のわたしの一件からは、立ち直ってくれたと思ったのですが」

 ゼレーナが宿屋の二階へ続く階段に目をやりながら言った。
 
「ニール、おれたちのこと嫌いになったりしないよな?」

 不安そうなアロンに対し、まさか、とエンディがかぶりを振った。
 
「それは絶対にないよ、だってニールだもん」

 涙をこぼすのはこらえているものの肩を落とすフランシエルを見て、ルメリオが小さくため息をついた。

「まったく、フランさんをこんな顔にさせるなんてニールは男の風上にも置けないですね……すみませんが、この後は私とニール抜きで行動して頂けますか? 頃合いを見て私が彼と話をします」
「そうさせてもらうぜ、湿っぽいのはごめんだ。今の大将じゃ足手まといにしかならねぇ」

 ギーランが立ち上がり、戦斧せんぷを担いで宿屋の外へと向かう。
 
「では任せますよルメリオ。フラン、行きましょう」

 ゼレーナに促されフランシエルは傍らに置いていた武器をとった。出ていく前に、ルメリオの方を振り返る。

「ルメリオ……ニールのこと、怒らないでね。お願い」

 ルメリオは小さく笑った。

「私としては思いきり説教してやりたいところなのですが、貴女の頼みなら断るわけにはいきませんね。怒りはしませんよ。どうぞ私を信じてくださいな」
「うん、ありがとう、ルメリオ」

 戻ってくる頃にはきっと、いつものニールに戻っているはず。彼のために今できることは、自警団の務めをしっかり果たすことだ。
 気持ちを切り替え、フランシエルは仲間たちに続いて宿屋を出た。
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