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一章 結成!自警団

14話 守りと癒しの魔法

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 森を行く道中、ゼレーナが昨日会ったという蜂の姿の魔物に何度か遭遇した。そう苦戦はしないもののこれでは根本からの解決にはならない。

「今日はもっと奥まで行こう。強い魔物がいるかもしれない。気を付けてくれよ」
「構うもんか。小うるさい虫どもの相手にゃ飽きてきたところだ」

 手ごたえのない魔物の相手ばかりで、失われつつあったギーランの士気が再び上がってきているようだ。
 森の奥に進むにつれて日の光が届かなくなってくる。静かな中、風とは違う音がどこからか聞こえてきた。花の間を忙しく飛び回る蜂の羽音より、いくらか低い。

「魔物の羽の音ですね」

 ゼレーナが小さな声で言った。ニールはああ、と頷いた。

「近くにいるんだ。行くぞ」

 蜂の魔物は凶暴で、敵を見つけるとまっしぐらに飛んでくる。ニールたちは足音を抑えながら魔物を探した。
 やがて前方に毒々しい黄色と黒の体色の、群れた魔物たちの姿が見えた。十数匹が円形になり羽音を響かせている。
 魔物に囲まれて、誰かが立っている。半球状の壁のようなものを張り巡らして魔物たちの接触を防いでいた。魔物が何匹か体当たりをし、ぶつかって弾かれることを繰り返している。壁から細いツルのようなものが伸びて、魔物をぎ払わんと振るわれた。
 半透明の壁の中に立っていたのは、街で見かけたあの青年――ルメリオだった。

「助けるぞ!」

 ニールの掛け声で、仲間たちが戦闘の構えに入る。魔物の群れの注意がこちらに向いた。ルメリオを放り出し、一斉にニールたちの方へ飛んでくる。数は多いものの、撃退するまでそう時間はかからなかった。
 魔物をすべて地面にたたき伏せた後、ニールはルメリオの元へと向かった。先ほどまで彼を守るように張られていた壁は今は消えている。

「大丈夫か?」
「……ええ」

 ルメリオは短く答え、観察するような視線をニールたちに向けてきた。事情を知らない彼にはニールたちが二日連続で森に踏み込む怪しい集団に見えているのだろう。

「……どういうつもりか存じませんが、ここに金目のものは何もありませんよ。また先ほどのような魔物に出くわす前に去った方がよろしいかと」
「ルメリオはここで何をしているんだ?」

 シエラから聞いていたため、ついうっかり彼の名前を呼んでしまったが、ルメリオはニールたちに直接名乗っていない。ルメリオはいぶかしむような顔をしたものの、そこには言及しなかった。

「貴方がたには関係のないことです」

 助けてもらった恩からか昨日のようにあからさまな敵意は向けてこないものの、態度は素っ気ない。

「俺たちはベルセイムの人から、さっきみたいな蜂の魔物がたくさん現れて困っているから退治して欲しいって依頼を受けてここに来たんだ。どこかに、巣があるんじゃないかって思ってて……ルメリオは何か知らないか?」

 ルメリオは何かを言いかけたが、その言葉は再び聞こえてきた羽音によって遮られた。先ほどの魔物の群れが鳴らしていたそれより、もっと大きく耳障りだった。
 ルメリオが静かに言った。

「噂をすれば来たようですね。巣が」
「巣が来る?」

 どういうことだ、とニールが尋ねようとしたその瞬間、上空に巨大な影がひらめいた。その影が、ニールたちをめがけて急降下する。
 目の前に現れたのは今まで相まみえてきたものより、もっと巨大な蜂の魔物だった。長身のギーランよりも更に大きい。周辺を同じ姿の小さな魔物が囲んでいる。丸々とした腹の周りを、ごつごつしていていくつもの穴が空いた茶色の塊が覆っていた。その穴から魔物が出たり入ったりしている。

「うえぇ……夢に出そうです」

 ゼレーナがうめいた。
 あの巨大な魔物がすべての原因、まさしく「巣」だ。
 「巣」の羽音が一層激しくなり、侵入者を排除せんと周りを囲む魔物たちが一斉に襲ってきた。

「来るぞ!」

 仲間たちと共に迎撃を始めたが、倒しても倒しても魔物の勢いは止むことがない。「巣」からどんどん新しい魔物が顔を出す。

「ニール、きりがないよ!」

 魔法の大鎌を振るいながら、エンディが悲痛な声を上げた。
 このままでは全員が力尽きてしまう。「巣」を倒さなければ――しかしその方へ向かおうとすると、小さな魔物たちが阻んでくる。
 魔物の一匹がニールの腕に噛みついた。袖に血がにじむ。危うく剣を取り落としかけた時、痛みがすっと引いた。

「えっ……」

 気づくとルメリオが隣に立っていた。
 ゼレーナは彼に魔法で傷を治してもらったと言っていた。今のはルメリオの治癒の力だ。

「ありがとう!」

 ルメリオは無言でニールを見た。どうするつもりか、と目で問いかけている。
 きっと勝てるはずだ、彼と力を合わせれば――ニールは口を開いた。

「ルメリオ、力を貸してくれ。俺の周りに壁を張ってほしいんだ。俺が魔物の親玉に突っ込む」
「……私の力では、壁を張れるのは二人が限界です」

 ルメリオが答えた。ニールを手伝ってくれるのだ。ニールは近くで戦斧を振り回すギーランの方を見た。

「俺と、あっちに頼む!」

 ルメリオが杖を軽く上にあげると、ニールの周りを覆うように魔法の壁が現れた。植物のつたが幾重にも絡み合い、目の荒い網のようになっている。

「ギーラン!」

 ニールは突如現れた自分を囲む壁に驚くギーランに呼びかけた。

「特攻をかける! 俺について来てくれ!」

 ニールの考えを理解したらしいギーランが、にんまりと笑みを浮かべた。

「大将、俺の使い方が分かってきたじゃねえか」

 戦斧を担ぐギーランと共に、ニールは「巣」のもとへ走った。小さな魔物たちが体当たりしてきたが、ルメリオが作ってくれた壁がはじき返してくれた。
 ギーランが雄叫びと共に戦斧せんぷを振り下ろした。その一撃が巨大な魔物の体を覆っていた巣をたたき割り、本体にまで到達する。
 耐えきれず地に落下した魔物の親玉を、ニールの剣とギーランの戦斧が葬った。
 巣の残骸から蜂の魔物が飛び出してきたが、慌てたように忙しなく宙を飛ぶだけで襲ってこない。残党はアロン、ゼレーナ、エンディが片付けた。
 ずっと響き渡っていた羽音がようやく止み、全員でほっと息をついた。アロンがへなへなとその場に座り込んだ。

「刺されなくてよかったー」

 ゼレーナはまだ顔をしかめたままだ。

「羽音が耳に残って離れない……まったく不快です」
「皆、頑張ってくれてありがとう。俺たちの勝ちだ」

 仲間たちに労いの言葉をかけ、ニールは離れたところに立っているルメリオへ視線を移した。ルメリオは帽子を脱ぎ、ほこりをはらっている。ニールは彼のもとへ駆け寄った。

「ルメリオのおかげで助かったよ。ありがとう!」
「……いえ、礼を言うべきなのは私の方です。私の力では、雑魚の退治で精いっぱいでしたから」

 ルメリオは帽子を被りなおした。少しだけ、表情が柔らかくなっているように思えた。

「これで、商人たちが危険な目に遭うこともなくなるでしょう……私も、少し気が楽になりました。感謝致します」

 では、と言って去ろうとするルメリオをニールは呼び止めた。

「待ってくれ、ルメリオも手伝ってくれたんだ。一緒に街へ報告に行こう!」
「結構。報酬は皆さんでお分けください」

 ルメリオはベルセイムの街の人々と関わる気はないようだった。しかし、魔物による被害がそこまで大きくならなかったのはきっとルメリオが魔物たちを遠ざけてくれていたからだ。一人で森にいたのもそのためだろう。
 彼がこの先もずっと、後ろ指をさされながら生きていく必要はない。

「じゃあさルメリオ、俺たちのことをこれからも手伝ってくれないか?」

 ルメリオは黙って、顔だけで振り向いた。

「俺たちもルメリオと同じなんだ。困っている人を助けるために動いてる。一人より、皆でいた方が楽しいさ。ルメリオを悪く言う人がいたら俺たちが守る」

 ゼレーナが小さく何かを呟く声が聞こえたが、内容まではニールの耳には届かなかった。
 ルメリオは何も答えなかった。ニールの心の中を探ろうとするような目でじっとこちらを見つめている。

「今すぐにとは言わない。俺たち、王都の『月の雫亭』っていう宿屋を拠点にしてるんだ。もしもその気になってくれたらいつでもそこに来て欲しい。歓迎するよ。ルメリオ」

 ルメリオは最後まで何も言わず、ふい、と顔を背けるとそのまま木々の間に消えていった。

「……ニール、本気で言ったんですか?」

 ルメリオが去った後、ゼレーナが苦い顔をして尋ねた。

「もちろん本気だ。ルメリオ、寂しそうに見えたから」
「あの人、また来てくれるかな?」

 エンディがニールの顔を見上げて言った。

「……どうだろうな。さぁ、俺たちも街に戻ろう。シエラさんに報告だ」

***

 そして数日後。月の雫亭の一階に、いつものようにニールたちは集まっていた。

「それじゃあ、今日は……」

 ニールが言いかけた時、宿屋の扉がそっと開いた。備え付けの鈴が音を立てる。
 現れた人物を見たニールは、思わず声を上げた。

「あっ……!」

 そこに立っていたのは、薔薇の杖を持った青年だった。
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