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第二章

第10話:王子様と身バレ

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 眠気がやってくるが、眠るわけにはいかない。
 他の護衛も当然いるが、どれほど信頼出来るかは分からないから、起きておくしかない。

『もしも、お前の妹が別のやつを連れて行くと言ったらどうするつもりだ?』
「無理を通して拗れた方が危ないッスから、諦めて邪神探しッスかね」
『そうか』
「もしもこのことがバレて一気に襲ってきたとすれば、人数差的に俺がいたとしてもどうしようもないッスし……。 まぁ、全員殺したりして得する人は少ないから大丈夫だと思うしかないけどッスね」

 本当に心配だからついていきたい以上の理由はない。 俺の実力はヨクやシャルより若干上な程度で、もし彼等ぐらいのやつが二人もいればほとんど抵抗出来ずに負ける程度だ。

 日の光を見ていると、扉から出てきたシャルに声をかけられる。

「ご苦労だったな」
「あ、おはようッス。 朝から美人さんの顔を見れて幸せだなぁ……」
「ふざけるのは大概にしておけ。 ……一度、寄宿舎に帰って身支度を整えてから来い。 すぐに出るぞ」
「……了解ッス」
「分かっているとは思うが、勝手な行動はせずに私の指示に従えよ?」
「了解ッス」

 ティルからすると、剣士の実力など分からないだろうし、昔からいて信頼出来るものは多かっただろう。
 俺がティルに頼んだから……ではなく、おそらくはシャルの推薦だろう。

「あと……レイヴが来てくれて、助かっている。 ……これからもよろしく頼む」
「……じゃあ、身支度を整えてくるッスよ」

 これからも、と呼ばれると気まずい。 行って帰ってくれば王は決まり、おそらくだがティルを狙う奴は減る。 そうなれば、護衛を辞めて邪神の捜索に力を入れた方が、結果的にティルの安全に繋がるだろう。

 欠伸をしながら部屋に帰って、水で濡らした布で体を拭いてから、武装を全て身に付ける。
 完全体レイヴ=アーテルである。 今ならだいたいのやつには勝てる。 ヒトタチが相手でも、能力なしで両手足を縛る、ぐらいのハンデがあれば余裕で勝てる最強形態である。

「……あー、戦闘とかなければいいんスけど」
『都市の外に出るのだから、魔物は出るだろうな』
「それなら大丈夫なんスけど、対人はなぁ……」
『それこそ、お前の専門だろう』
「得意不得意は別として気は向かないッスよね」

 人を傷つけるのも、もちろん怪我をするのも嫌いだ。 得意ではあるが、好きかどうかはまた別のことだ。

『……手を貸そう』
「直接人間に手を出そうとすると、堕ちやすいッスよ」
『お前やお前の弟妹を守るだけなら問題ないだろう』
「かあ……私も……なにか、その……がんばる」
「……いい友達を持ったッス。 泣いてもいいッスか?」

 へらりと笑ってそう言えば、ふたりにため息を吐かれる。
 それに笑って返してから、装備を確認して多少の保存食を詰めて、ティルの元に戻る。

 既に手筈は整えられており、すぐにでも出れそうな二頭立ての大きい馬車を横目に見て、ティルの部屋に向かう。 彼女の部屋に着く前に、既に人が集まり……グレイが長い黒髪の少年を見て呆れたように口を開いたところだった。

「おい、クラウ……護衛をふたり連れて来いと言ったよな?」
「んん? いや、ふたりまでって聞いたよ。 ふたりまでってことなら別にいないくても構わないって意味かと思ったんだけど」
「どこの馬鹿が護衛なしでくるんだよ! こういうのは許されてる最大数でくるんもんだ! アホか!」
「そんな怒鳴らなくてもいいじゃないか……」

 気の弱そうな少年は、ぴくりと肩を震わせてからティルの後ろに隠れようとするが、ティルの方が年齢が下で背丈も低いこともあって全く隠れられていない。

 怯えた様子と気の弱そうな表情を見ると、護衛も付けずに向かうという豪傑のような行動が酷く噛み合っていないように思えた。

「グレイ兄さんは、怒りっぽいなぁ」
「お前な、何をしにいくか分かっているのか? 次の王を決めにだ。 古今東西、その玉座を巡って兄弟や家族の間で、血みどろの争いを繰り広げているわけだ。 それが……なんだ。 ひとりで来るって、頭おかしいのか?」

 怒鳴るように不摂生な色白の肌をしたクラウを責め立てるグレイだが、クラウは不思議とそれ以上の怯えた様子は見せずに答える。

「いや、だってグレイ兄さんって王になる気ないでしょ? ティルヴィングも。 なら僕を殺す意味ないしさ……」
「ないのは事実だが、フリだったらどうするつもりだ!」
「いやぁ、だったら護衛連れても無理でしょ。 グレイ兄さんの方が僕より強いし、護衛も多分優秀だもの。 だったら、僕の死後無駄に国の人材を減らすより使ってもらった方がいいわけだしさ」
「……ダメだ。 こいつの考え理解出来ねえ……」
「普通のことを言ってると思うんだけどなぁ……」

 うわ、変な奴だ。 呆れた様子のティルはクラウを引っ張って自分の背から出す。

「……とりあえず、急いで出発しましょうか。 ……見つかってはいけないんでしょう」
「ああ……ダメだ。 頭痛くなってきた」
「お疲れ様です」

 控えめながら、はっきりと口に出して話を進めるティル。
 頭を抱えながらも色々と考えている様子のグレイに、何か干し肉らしいものをぼうっと齧っているクラウ。

 どうにも変な弟妹が仲よさそうにしていることが嬉しく、同時に寂しい。 流石に今、抱きついたり頭を撫でたりしたら怒られそうだ。

 ぞろぞろと馬車に向かう中、クラウが俺を見て……頷いてからティルを呼び止める。

「ティルヴィング、これ借りていい?」
「えっ、借りてって……その……一応私の護衛で……」
「馬車の中で暇つぶしに話とか聞かしてもらうだけだよ。 引き抜いたりしないからさ」
「え、ええ……ぐ、グレイお兄様、どうすれば……」
「自分で決めろ」
「れ、レイヴ様がよろしければ……」

 クラウは頷いてから俺に目を向ける。

「もちろん、嫌ってことはないよね?」
「……あー、まあいいッスけど」

 弟と話をしたいのは俺もだ。 よく分からない彼の言葉に頷いて、彼の用意してきた馬車に乗り込む。
 普段使っているものとさほど変わらない座り心地を妙に思っていると、急いでいることもありすぐに三台の馬車は出発した。

 がたりがたりと揺れる馬車の中、ケミルが俺に話しかけて来る。

『……返事はいらない。 弟とは言えど、一応、警戒はしておけよ』

 まだ神とも契約していないような子供相手に、一対一で警戒も必要ないだろう。
 リロを頭の上から降ろして膝の上に乗せると、クラウはゆっくりと俺に向かって口を開ける。

「はじめまして、だよね。 レイヴァティン兄さん」
『……は? いや、なんでだ。 ご、誤魔化せレイヴ!』
「……は? えっ、いや、何言ってるッスか!?」
「いや、挨拶だけど……。 あっ、ちゃんと敬語使ってないから?」
「いや、敬語なんて必要ないッスよ! 俺、ただの下町のイケメンお兄さんッスから」
『イケメンではないぞ、レイヴ』

 クラウは荷物からコップと水筒を取り出して、ゆっくりと注いでからそれを口にする。

「面倒だし、そういうのいいよ。 ……だいたい自分で調べて知ってるから。 別に誘導尋問するつもりもないしね」
「……えー、っと、いや、なんで知ってるんス? あと、このことは内密に……」
「んー、レイヴァティン兄さんが出て行ってから僕が産まれたわけだけど、母子ともに死んだってことになってたよね。 同時にってなると、暗殺かなって思うけど……まだまだ父さんが元気なのに暗殺してもあまり意味ないしさ。 また子供を産んだらいいだけだし」
「……だから、死んだのは偽装で出て行ったって、ちょっと突飛すぎやしないッスか?」
「それでその結論に至るには足りないけど、疑問に思って調査するきっかけには充分な理由ではあるよ。 後は、レイヴァティン兄さんがいなくなってからの従者の配置換えとかから中心に探って、兄さんの世話役だった人に幼少期のことを聞いたりして、だいたい察したってことだよ」

 ……ティルから賢いって聞いてたけど、これはそういうレベルなのだろうか。 ケミルが黙っちゃってるぞ。 多分話についていけてない。 ああ見えてちょっとアホだから、ケミルは。

「それで、ティルヴィングのところに得体の知れない従者が入り込んだって聞いてね」
「俺、そんな風に言われてるんスか……」
「ティルヴィングの愛人説も流れてだけどね。 まぁ……多分違うだろうなって思って」
「まだ子供なのにあるわけないッスよね」
「いや、もう結婚しててもおかしくない年齢でしょ。 王族的には」

 カルチャーギャップである。

『……レイヴ、こいつ怖い』

 安心してくれケミル、俺もだ。

「ティルヴィングはそういうことに興味なさそうだし、そうなると父さんが入れたのかなぁって思ってね。 だとすると、兄さんが候補に挙がってきて、実際に見てみたらグレイ兄さんに似てたから確信した感じかな」
「……あの、他の人に言われると困るんで……」
「ライト様の声を聞くことが出来る聖人の王子ってことがバレると、戦争に発展しかねないって考えてるんでしょ? でも、最近帝国にも何人か聖人が出てるから……」
「あっ、ライト以外にも声が聞こえるッスよ。 多分全部の神と話せるッス」
「……えっ。 ……えっ?」
「いや、そういうことッスから、割と真面目に帝国との揉め事の原因になりかねないッス」

 混乱している様子のクラウは、目を泳がせまくりながら咳払いをする。 あっ、こいつ自分のペースを崩されると立て直すのが下手なタイプだ。

『仕返してやったな!』

 そういうつもりではない。 というか、弟と混乱させバトルなんてしても意味がないだろう。

「……ああ、うん。 ……分かったよ兄さん」
「分かってくれたか弟よ」
「むしろなんで兄さんがここにいるのか謎が浮かんできたけどね。 隠れてなよ。 僕たちと関わらないようにしなよ」
「いや、たまたまティルのピンチに出くわして、成り行きで」
「……まぁ、家族が心配なのは分かるけどさ。 ……あー、兄さんに押し付けれると思ったから素直に来たのに」
「……お兄ちゃん、ちょっとクラウのこと苦手かもッス」

 ふたりでぐったりとうなだれる。
 どちらもが驚きで疲労困憊だった。 多分、俺もクラウも「なんだこいつ」という気持ちでいっぱいである。

「……じゃあ、王にはなってくれないんだね」
「そッスね。 王ってあれッスよね。 いいところの出の女の子としか結婚出来ないッスし」
「あっ、レイヴァティン兄さんってそういう感じの人だったんだ」
「いや、普通みんな女の子好きッスよ。 クラウも好きッスよね?」
「いや、別に」
「ええ……嘘ッスよね? シャル見てテンション上がったりしないッス?」
「しないよ」
「あっ、照れてるんスね。 クラウももう恥ずかしくなる年頃ッスかぁ。 感慨深いッスね」
「いや、さっき会ったばっかりだよね。 ……あれ、今更だけど、グレイ兄さんとは面識あるよね」
「昔は仲良しだったッスよ。 正直今も可愛くて仕方ないッス」
「……あれが?」
「あれが。 まぁもちろん、クラウもティルも可愛いッスけどね」

 色々と……不安も多いけど、会えて話せているのは素直に嬉しい。
 一生、関わりがないことも覚悟していた。 邪魔に思われて殺されることも、そういう運命にあると思っていたぐらいだ。 まぁ、ロクな死に方が出来ないのは変わらないだろうけれど。

「……正気?」
「当然ッスよ。 ……仲よさそうで安心したッス」
「……当人としては堪ったものじゃないけどね。 ……気を使うところが増えるだけだし……ふたりとも馬鹿じゃないけど、お人好しだから立ち回るのが下手で」
「子供なんだからそんなもんッスよ」
「……そう言える立場でもないから」
「無理しすぎッスよ。 人に頼ればいいんス」
「……説得力があるね」
「だろ?」

 ため息を吐いたクラウの頭をガシガシと撫でる。

「助けてやれなくて申し訳ないッス」
「……本当にね。 せめて、これが終わるまでは頼むよ」
「あいよー。 ……まぁ、神から教わった技を見せてやるっすよ!」

 そんな話をしている間に街から出ることが出来た。 ……正直なところ、一番危険な場所を乗り切ったことになる。 
 帰り道は襲われる理由が減るし、見晴らしのいい草原なら奇襲を受けることもない。

 とりあえず、一安心といったところか。
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