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誰かの祈りに応えるものよ

誰かの祈りに応えるものよ⑨

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 俺は近くの机に肘を付けて、頭を手に乗せながら話す。

「あれ、人里に降りてくることなんてないだろ」
「そりゃまぁ……あんなのがホイホイやってきてたら街なんて作れねえしな」
「あれはおそらく腐肉食性の動物だ。爪や嘴の形が狩りには適していないし、頭部に毛がないのは腐肉を漁った時に腐った体液がついて病に犯されないようにだろう」
「腐肉食?」
「基本的には腐った肉を食う生き物だって意味だ。もちろん小動物ぐらいなら食うかもしれないが」

 俺と傭兵相手に怪鳥が攻め切れていなかったのは、純粋に戦うという機能が著しく低い生き物だったからだ。
 龍のような他の生物と争うことを前提とした体ではなく、あくまでも腐肉を食うための体付きをしていた。

「あの広場に腐肉らしいものが詰めてある袋があった。なぁ、ニエ」
「えっ、あ、はい。端っこの方に変な汁が垂れてる袋があって、腐ったものの匂いがしてました」
「おそらく、石像を盗もうとした誰かがあの鳥を躾けて、石像を運ぶようにさせていたんだろうな。腐肉は臭いを発生させることで発見させやすくするためだろう」

 ミルナは俺の言葉に反応する。

「し、躾けてって、そんなこと出来るの!?」
「出来たんだろう。意のままに操るなんてことはかなり難しいだろうが、アレぐらいの生き物なら「石像を決まったところに運べば食事が出てくる」みたいな学習はそれほど難しくなくさせられると思うぞ。似た石像を作って訓練ぐらいさせられるだろうしな」
「……誰かが、狙ってやった……と?」
「掴むという動作が不得手な生き物が無理矢理重いものを運ぶのは不自然だからな。その可能性が高いだろうな」

 混乱している様子のミルナに俺は伝える。

「完全に野生のよりかは幾分かマシだろう。人の手にあるってことだからな。ある程度は場所に限りが出てくる。飛んでいった向きからおおよその方角も分かるし。生態的にそれほど重いものを長時間運ぶことには向いていないから距離もさほど遠くないはずだ」
「……距離と方角はある程度定まっていて、人の手がある場所……か。まぁ確かに見つけるのは不可能ではなさそうだ。……お前、魔物の学者か何かなのか?」

 首を横に振ってから再びミルナに目を向ける。

「が、勝てるかどうかはまた別の話だな。まぁ普通に手がかりを見つけてから街の人に任せるとか……」

 俺がそう提案すると、隣にいたニエがおずおずと気弱そうに口を開く。

「あの……その人達は、なんでそこまでして盗んだんでしょうか?」
「……まぁ、俺にはそれの価値はわからないな。単純に価値のあるものだからか、何かに使えるのか」
「…….価値はあるだろうが、重要なのはやはり召喚に使えることだろうな」
「祭りに参加すればいい気がするが……。いや、本当に召喚出来ても英雄を街に取られるだけか。だが、盗品を使ってこの街の祭りみたいなことは出来ないしな」

 つまり……ある程度、石像さえあれば召喚出来るだろうという考えがあり、召喚した後に自分達で確保するために手間をかけて盗んだ……というところか。

「……召喚したら石像はなくなるのか? いや、実際に召喚したことはあるんだから、そういうわけじゃないか」
「置き換わるようにして英雄が召喚され、英雄が死ぬと石像が戻ってくる。……まぁ伝承レベルでしかないが」

 ニエの方に目を向けると、ニエも小さく頷く。……事実の可能性は高そうだな。会ってしばらくは石像扱いだったしな。

「……取り返すのはかなり急がないと厳しいな」
「またあの鳥に会ったら勝てないぞ? 今度は離脱出来るかも分からないしな」
「まぁ俺も諦めるのがいいとは思うが」

 ミルナは真っ直ぐに俺を見る。

「私は一人でも行くわ」

 傭兵はボリボリと頭を掻いて気怠そうに立ち上がる。

「まぁ雇われてるからしゃーねぇな。お嬢を一人で行かせるわけにもいかねえし」

 ニエは不安そうに俺を見て、俺は深くため息を吐く。
 正直なところ、関わって俺に得はないし、関わってやる義理もない。せいぜいそれが難しいことを伝えてやるぐらいだろう。

 まぁ、格好ぐらい付けるか。

「……地図」
「地図?」
「地図はないか。あったらおおよその目星ぐらいは付けてやる」

 ミルナから地図を受け取って軽く読み込む。おおよその方角と距離、それに加えて石像を受け取る場所か。
 その方向には草原が広がっているようだし、幾らでも都合の良い場所はあるだろうが……いや、ここだな。

「見つけた。行くぞ」
「えっ、な、何を?」
「石像を受け取る場所だ」

 ニエは立ち上がって荷物を持ち、俺は片手でそれを制する。

「ニエは待ってろ」
「行きます。行くべきだと思っています」
「……俺は旨い飯が食いたい。頼んでいいか?」
「……ん、んぅ……わ、分かりました」

 ニエの扱い方が分かってきた気がする。ニエに食料の入った荷物を預けて、短刀を握る。
 ミルナは俺とニエのやりとりに驚いたような表情を見せて、ニエは拗ねたようにミルナに言う。

「カバネさんが言うなら、間違いないです。この世界のどんな誰よりも信じられます」

 あまり時間がないので部屋から出つつ、ミルナと傭兵の二人に伝える。

「戦力は劣るだろうから道すがら作戦を練る。人数や状況が分からないからかなり雑だろうから、頼むぞ」
「おー、金もらってる分は働くぞ」
「……ええ、死力を尽くすわ」

 せめて魔法にどんなものがあるのかぐらいは知りたかったが怪鳥程度・・でさえ人間では勝てない相手だ。
 道すがら傭兵に魔法の種類でも聞いていれば充分に対応出来るだろう。

 ◇◆◇◆◇◆◇

「本当にこの道を通るの? もっと遠い場所まで飛んでいってたら……」
「ここを通るのは間違いない。傭兵、轍もついさっき通ったような跡はないんだな?」
「ああ、しばらくは馬車が通ってはいないだろうな」

 石像を受け取る場所は間違いなく警戒されているだろうから避けて、通るだろう場所で待ち伏せをする。
 隠れるようなところはないので、その場に座って休憩をするフリをしておく。

 しばらくして、それがやってくる。馬に引かれて走る馬車だ。あまり急いでいる様子は見せていないが、染み付いた腐肉の臭いがそれが石像を盗んだ者であることを示していた。

 馬車がその道を通り過ぎようとした瞬間、俺と傭兵の目が合う。

 馬の目の前に突如として発生する氷の壁。

「ッッッ!? うおっ!?」

 急停止した馬に馬車がぶつかり、馬は暴れ出す。連中が混乱している間に、傭兵が剣を引き抜いて馬の綱を斬り裂き、その勢いのまま御者の男に剣を振るったが当たる寸前に風が発生して傭兵の身体を吹き飛ばす。

「魔法使い、か。最悪だな」

 この世界に置いて魔法使いは少ないらしく、その少ない魔法使いのほとんどは傭兵のように剣も扱う魔法剣士だ。
 魔法があろうがなかろうが、肉体的な強さは無駄にはならないからだ。

 つまり、後衛だから近寄れば簡単に倒せるなんて存在ではなく……武器を振るうだけの人間の上位互換だ。
 馬車を破るように出てきたのは六人、御者の男も合わせると七人と、馬車の大きさを考えると狭すぎるだろう人数だ。

 これは想定よりも少ない。馬車は一つではなく幾つもあると思っていた。
 馬が驚いて逃げていくのを横目で見つつ、腰を落として短刀を握る。

 背中にいるミルナにだけ聞こえるように、小さな声で言う。

「……頼んだぞ」
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